ある街角
一人さすらう男――

その日も私は痛む両手をポケットに突っ込んで街を歩いていた。
傷を覆う包帯を人目にさらすことは耐えられなかった。不名誉な傷だ。

落ちかけた日を受け、街が長い影に覆われ始める。

家には机がある。ペンがある。積まれた紙には、文字一つ書かれていない。
戻りたくなかった。
私の足は家から離れる道を選んだ……。

目立たない路地裏
ひっそりと貼られたポスター

いつのまにか見知らぬ小路へ入っていた私は、壁に貼られたポスターに目をとめた。
どこからか子供たちの声が聞こえてくる。
その喧騒に導かれるようにして、やはり見知らぬ広場へと私は辿り着いた。

不思議なこともあるものだ。生まれてからずっとこの街で育ってきた。
この街で暮らし、この街で手に職をつけ、そしてこの街で罰せられたのだ。

その私が未だ知らぬ場所があったとは。

良く知る街見知らぬ広場
携帯劇場師と、子供たち

広場で子供たちに囲まれていたのは、一人の女だった。
道化がかった衣装に身を包み、前には支えのついた箱を立てている。
その箱の前面にはカーテンがかかっていて、側面には回転式のハンドルがついていた。

劇場箱だ。
すると、この女は携帯劇場師というわけか。

携帯劇場なんて、久しく見ていなかった。
子供のころには、楽しみにしていたものだが……

やがて携帯劇場師がハンドルを回しはじめる。
歯車がキシリキシリと、あの懐かしい音をたてはじめ、オルゴールの静かな曲があたりを包む。

女がその唇を開いた。


携帯劇場主の口上は続く。

オルゴールの音色に合わせて劇場箱の幕が上がり、
色とりどりの服を着せられた人形たちが姿を現した。

地上の楽園
思い上がった人々

昔々、人々は苦しみも悲しみも知らずに暮らしていました。
全ての者が等しく神々の寵愛を受け、天寿を全うするまで喜びに満ちた生を謳歌していたのです。

しかし、いつしか人々は神を忘れ、全ては自らが上等な生き物であるがためと思い込み、
敬意を失ってしまいました。
神の前では皆平等だった人々は、自分たちの間で優劣をつけ始めました。
誰もが他人よりも上等でありたい、周りを蹴落として優位に立ちたいと争いを始めたのです。

神々はそんな人々をみて悲しみ、彼らから天寿をとりあげることになさいました。
こうして『病』が壺から取り出されたのです。

その壺は世界が創造された時に、最初に用意されたものでした。
あらゆる悪いモノをあらかじめこの壺に閉じ込めることで、良き世界が造られたのです。

取り出された『病』はあっという間に世界に広がり、全ての生きる者の天寿を摘み取りはじめました。

やがて、『病』の力に苦しめられながらも希望を捨てなかった人々の中から
『病』に立ち向かう者があらわれました。
彼らは自然の中から薬になる草を探し出し、『病』の力をわずかながら削ぐことができるようになったのです。

薬師たちは新たな薬を求めて世界を旅しました。
そして、ついに一人の薬師が世界の片隅に埋もれていた壺を見つけたのです。

何人かの子供が小さな声で呟いた。