季節がまた一つずれる。

あれから随分経った気がする。
未だに『グラン・メディカ』の下巻を開くことはできていない。

何かの手がかりになればと多くの本を読んだが、
物語に入り込むようなあの感覚を味わうことはなかった。

そして例の――確か、書架坑といったか――老人にも出会うこともなかった。

疫病は収まる様子を見せておらず、
私もまた、街を彷徨っていた。

あれ以来ずっと携帯劇場師は見かけていない。

良く知る
あてどなく歩く

ガンガンと音が響いてくる。路地を入ると、釘を打つ音だったとわかった。
そうだ、ここには棺職人の仕事場があったのだ。
子供のころからこの街で暮らしていて、大概のことは知っていたはずなのに。

幼き記憶に残る職人はもっと年配の男だった。
この男は息子だろうか。きっと代替わりしたのだろう。

随分と忙しいようだが、そんなに繁盛しているのかと問いかけると、
職人は手を止めて私のほうを見上げた。
どうやら一服する理由を見つけたことにしたらしい。

彼は煙草を咥えると火をつけ、一息深く吸うと長い煙の帯を吐き出す。

男はポケットから数枚のカインス銅貨を取り出した。
きっかり7枚数え、棺の中に入れる。

彼は傍らに置いてあった小さな冊子を取り上げてパラパラを繰り、うなずいた。
聞いてみると、死後のことについて書かれているのだという。

興味を持った私は、棺職人にその本を見せてくれないかともちかけた。

死にまつわる仕事をしてない者にとって面白いかどうかはわからんよと男は言いながら、
冊子を無造作に放ってよこした。