書架坑の底
老人 そして一冊の本

差し出された本を受け取り、私はその表紙に目を走らせた。
あの携帯劇場師――ユメミヤが着ていた道化服と同じ色の革、同じ模様の装丁。
表題は『ユメミヤ殺し』と読める。

老人の言葉に、私ははっとして視線を上げた。そう、この本は彼女そのものなのだ。
机の前に再び腰を下ろした老人は、箔押しの道具の手入れを始めた。

彼は机の上に置いてあった最後の一冊を取り上げた。『グラン・メディカ』の下巻だ。

老人は私の目を見た。

私は手にした本に再び目を落とした。老人がうなずく。

どこかの街の広場
携帯劇場師子供たち

物語が語られはじめる。携帯劇場師の演目を見ていた私は気付いた。
これは……『グラン・メディカ』の下巻だ!

しかし彼女の手は止まってしまった。
劇場箱のハンドルはそれ以上回らず、人形もその動きを止めてしまう。

ユメミヤは私がいることに気づくと、苦し気な笑みを浮かべた。

劇が進まないので子供たちが騒ぎ始める。

謝罪の言葉を口にしながら携帯劇場師はあめだまを配り、私のほうへとやってきた。
そして一冊の本を差し出す。

そして彼女は、「本当なら種をまいた私が刈り取るべきなのですが」と呟くように付け加えた。  



『グラン・メディカ』の下巻。私はその表紙に指をかけた。

今まで封じられていた物語は、
何事もなかったかのように開いた。


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