先天性股関節脱臼の全身麻酔下徒手整復術


赤ちゃんに全身麻酔をかけ、筋肉の緊張を和らげた状態で脱臼している骨頭を臼蓋の中に徒手的に整復する方法です。「徒手的に脱臼している骨頭を臼蓋の中に整復する」というのは、リーメンビューゲルが登場する前は標準的な治療方法でした。ただし、当時は無麻酔で整復を行い、その後の固定は股関節を極端に開いた(股関節を90度開いた)状態でギブスを巻いていましたので、ほぼ50%以上に骨頭壊死が発生していました。どうしてこのように骨頭壊死が高率に発生するのかについては数多くの研究がなされ、その原因も明らかになってきました。無麻酔で強引に整復をおこない、なおかつ極端に股を開いて固定すると、幼弱な骨頭に大きな圧力が加わって骨頭内の血流が阻害されることがわかったのです。このような研究成果を元に、今日では、整復時には全身麻酔をかけて強引な操作を止め、内転筋の切腱(股を開きにくくしている筋肉の腱の1部を切開すること)をおこない、ギブスを巻くときは股を開きすぎない位置(human position と呼ぶ)で巻くなど、同じ徒手整復といってもずいぶん異なる方法をとるようになっています。
この方法にはいくつものコツがあります。たとえば内転筋腱の切開を十分におこなうことが大切です。この場合、内転筋腱の付着部には横走する動脈があるので出血することがありますが、あらかじめ止血剤(エピネフィリン入りキシロカインなど)を注入しておけば出血は少量で済みます。また、非専門家がおこなうと多くの場合再脱臼がおこるのですが、これはギブスを巻くときに工夫(経験を積まないとすこし難しい)を行えば大抵は防げるものです。このようにこの方法を実践する場合には術者の技量によって成功不成功が大きく左右されます。正しく行えばこの方法による成績は極めて良好ですが、そうでない場合には骨頭壊死や再脱臼を起こしやすく、成績は芳しくありません。

この方法の利点は、入院期間が短くて済むことであり、逆に欠点は、全身麻酔をかけなくてはならない、ということです。
したがって、全身麻酔下徒手整復術の適応は、

1) タイプB,Cの完全脱臼で、なおかついろいろな他の疾患を合併しているために脱臼治療を短期間ですませなくてはならない場合。

2) 全身の筋肉の緊張が強い赤ちゃん。赤ちゃんの中には、生まれつき緊張の強い子もいます。このようなケースでは牽引の効果が出にくく、むしろ牽引によって筋肉の緊張を高めてしまう場合があります。

3) 関節の中に整復を障害する組織(介在物)がぎっしりつまっている場合。このような場合、開排位持続牽引整復法でも整復が難しくなります。第3段階で、介在物が多いため、骨頭の整復を維持するのが難しいからです。

4) タイプCの中でも脱臼の程度がより強い場合。このような場合、牽引効果が得にくいことがあります。第1段階で骨頭が下がりにくかったり、第2段階で骨頭がなかなか適切な位置に動いてこない場合があるからです。関節を取り巻く組織が極めて硬くなっていることが原因を推測します。このようなケースでも辛抱強く開排位持続牽引整復法を行えば整復されるのですが、赤ちゃんを何か月も病院生活を強いることは好ましくありません。子供病院であれば長期入院に対応できますが、水野病院のような一般病院では1か月を超える入院は、母も子もストレスが溜まってしまいます。

5) 整復されないまま長期間にわたってリーメンビューゲルを装着されていた場合。このようなケースでは、骨頭が臼蓋の後壁の奥深くに入り込み、そこで癒着などおこして牽引に反応しないことがあります。第1段階で骨頭が下がりにくかったり、第2段階で骨頭が前方に移動しないと判断されたら全身麻酔下徒手整復術に切り替えます。


6) その他


全身麻酔下徒手整復術の実際


手術場においてまず全身麻酔をかけます。麻酔がかかった状態で徒手的に整復を試みます。この段階で整復が容易であり、なおギブスを巻くことによって整復が維持できると判断されれば、内転筋腱を切開し、再度整復してギブスを巻きます。
関節が固く、骨頭を臼蓋の中にいれることができないと判断されたならば整復をあきらめます。このような場合には、2−3か月間をおいて再び同じように試みます。これまでの経験ではほとんどの場合再試行で、まれに再再試行で整復に成功しています。

ギブスが巻き終われば麻酔をさまします。病室に帰ってからはしばらく機嫌が悪いものですが、このときは積極的に抱っこをしていただきます。翌日超音波で整復位が維持されていれば退院です。


ギブス固定期間は通常、6か月児では1ヶ月間、その後リーメンビューゲルに変えます。1歳児で1.5か月、2歳児で2ヶ月で、その後は装具に変更します。もちろん介在物の状態その他によって固定期間は異なります。




ギブス固定後。←に注目。整復後不安定な場合には骨頭が下方に落ちないようにギブスに工夫が必要。


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