先天性股関節脱臼に対する開排位持続牽引整復法

要約: 開排位持続牽引整復法は1993年に滋賀県立小児保健医療センターで開発された。この治療法の本質は、骨頭への圧力を最小限に抑えるため、脱臼した骨頭をゆっくりと時間をかけて臼蓋の中に入れてゆくことである。整復率の高さ、ならびに合併症の激減によりその成績は極めて優れている。これまで治療期間が長いのが欠点であったが、母親による下肢マニュピュレーションヲ取り入れることにより入院期間を大幅に短縮することができるようになった。

開排位持続牽引整復法は1993年に滋賀県立小児保健医療センターで開発された方法です。この方法が確立するまでは、私たちはリーメンビューゲルを治療の主体としていました。しかし、リーメンビューゲルによる整復法は骨頭壊死発生率が小さいとはいえ依然として深刻な問題でありました。そこでリーメンビューゲルを装着する前に牽引を行うなどいろいろ工夫を試みたのですが、それでも骨頭の壊死を防ぐことはできませんでした。しかし、どのような脱臼において骨頭壊死が多く発生するかということを分析する過程で、いろいろなことがわかってきました。その1つは、骨頭壊死の発生はタイプB脱臼に集中していたことです。そこで、タイプBに対して、骨頭の整復をいきなりするのではなく、時間をかけてゆっくりおこなえばよいのではないかと考えました。こうして考案されたのが開排位持続牽引整復法です。この治療法の本質は、幼弱で傷つきやすい赤ちゃんの骨頭に傷害を与えないように、脱臼した骨頭をゆっくりと時間をかけて臼蓋の中に入れてゆく、ということにあります。このあたりの事情を詳しく知りたい方は日本整形外科雑誌(我が国の整形外科の公式雑誌)72巻191頁、臨床雑誌「整形外科」56巻859頁などをお読み下さい。1993〜2004年における治療歴のない完全脱臼169関節(タイプB, C) の治療結果は、整復率は100%であり、治療による合併症は1例(0.6%)でした。これは、1993年までに行っていたリーメンビューゲルの成績と比べると有意に優れています。治療歴のある場合には治療期間も長くなることがあり(最長は4ヶ月)、整復率もやや劣りますし、とくにタイプCの場合には初回の整復はできずに2回目にやっと成功した例もありました。治療は以下の5つの段階を順に進みます。


第1段階:水平牽引によって上方に移動した骨頭を下方に引き下げ、臼蓋の入り口に近づける段階です。通常、この段階の期間が一番長くかかり、もっとも苦労するところなのでつい曖昧になりがちですが、整復を成功させる上で鍵となる重要な部分です。第1段階を曖昧にして次に進むとどこかに無理がかかり、整復を成功させることは困難となります。
ご家族の協力も大変重要となります。この段階では授乳、沐浴など必要に応じて抱っこすることは可能です。また御家族の方には下肢を他動的に引き下げる運動(バネ計りで2-5kgの力)を1時間おきに100回の牽引を行っていただきます。あるお母さんから聞いたのですが、「崖の上のぽにょ」の歌に合わせてリズミカルに牽引すると約100回牽引することになるそうです。リズミカルにおこなうことによって赤ちゃんが緊張することなく効果的に引き下げができるからです。このようにして固くなっている股関節を柔らかくし、動きやすくし、牽引効果を高めます。この方法は、内反足矯正法よりヒントを得たものです。最近ではご家族による牽引をゆっくり行う方法も取り入れています。この方法もリズミカルに牽引する方法と同じように効果的です。
牽引を開始してからしばらくは赤ちゃんの機嫌が悪い状態が続きます。牽引中に痛みはないのですが、下肢を曲げることできないので不自由を感じているのでしょう。激しく泣くようなことがあれば躊躇なく抱っこをしていただきます。数日の間には牽引に慣れてくるはずです。
およそ10日間くらい牽引をつづけると少しづつ股関節が柔らかくなってゆきます。2週ー4週間くらいで、X線上大腿骨頭が下がっていることが確認できれば第2段階に移ります。第1段階は2-4週間ですが、年齢が高かったり、脱臼の程度が強ければ2-3ヶ月要する場合もあります。特にタイプCの場合は長期間必要です。3才以上のお子さんの場合は、全身麻酔下に内転筋の延長を行い、大腿骨に鋼線を刺入し、鋼線による直接の牽引を行う場合もあります。

第1段階では2016年10月からホームトラクションを導入しました。牽引が長期間に渡る場合にはご家庭で牽引していただきます。

第2段階:開排牽引。リーメンビューゲル装着して、下肢を曲げて開いた状態で牽引を行なって下に落ち込んでいる大腿骨頭を外方に引き出します。牽引は赤ちゃんの最大開排角度で始め、最終的には75度まで開くように徐徐に開く角度を大きくしてゆきます。股が開き過ぎないように下腿の部分に小枕をいれます。
この段階でもだっこは自由ですし、母乳、ミルク、離乳食の際には抱っこして構いません。激しく泣くようなことがあれば躊躇なく抱っこをしていただきます。この段階では第1段階と同じようにお母さんに牽引方向に徒手的にリズミカルな牽引運動をしていただくこともあります。

第2段階は骨頭が簡単な操作で臼蓋と正面に向かうあうことができるまで続けます。この段階は約1週間ですが、これまでリーメンビューゲルの治療を行ている場合には骨頭は臼蓋の下方に深く落ち込んでいるため、この第2段階が長くなり場合によっては1-2ヶ月かかる場合があります。
タイプBの場合にはこの段階で整復されることがあります。



第3段階:最も重要な段階です。まず、リーメンビューゲルを装着して股関節を屈曲位に保ちます(リーメンビューゲルは第2段階後半に装着することもあります)。超音波断層像を見ながら、第2段階で引き離された骨頭を臼蓋の正面に位置するようにし、骨頭が下方に落ちないように股の近い部分に小枕をいれます。その後、重垂をすこしずつ減らして骨頭をゆっくりと臼蓋底へ移動させます。この第3段階が開排位持続牽引整復法の根幹をなすものです。第3段階は約1週間ですが、この間はこれまでと異なり、だっこはできません。ただし、激しく泣くようでしたら躊躇なく抱っこしてあげてください。とにかく激しく泣いている状態をそのままにしておくことはよくありません。牽引の巻き替えは股の位置をなるべく動かさないようにして行います。

タイプBで第2段階においてすでに整復されているケースでは、股に近い部分に置く小枕は不要の場合があります。


第4段階:ギブス固定を1ヵ月続け股関節を安定させます。ギブスを巻く時は通常赤ちゃんは静かにしていてくれます。また、ギブスで固定されていても赤ちゃんはいやがることもありません。ギブス固定期間は1ヶ月ですが、年齢が1才前後の場合には1.5ヶ月、2才前後あるいはそれ以上であれば2ヶ月となります。

最近では、タイプBの中で整復後に安定性がある場合には、ギブス固定を省略し、リーメンビューゲルのまま退院する場合があります。




ギブス固定中に改良したバギーに乗っているところ

第5段階:リーメンビューゲルを装着し、自動運動を促して関節の発育を促します。リーメンビューゲルはビニール製のものを用い、装着のまま入浴していただきます。装着は約2ヵ月行います。この時点で整復良好で股関節が安定していれば1週ごとに除去時間を増やし、1ヶ月で完全除去します。また、第5段階で生後7-8ヶ月を超えていてリーメンビューゲル装着が難しい場合にはリーメンビューゲルのかわりに装具装着をおこないます。装具装着は、年齢が1才前後の場合には3ヶ月程、2才前後あるいはそれ以上であれば4ヶ月程となりますが、状況によって装着期間は多少変動があります。また、股関節が安定してくれば装具を一時的にはずして入浴も許可されます。装具除去は1-2週ごとに除去時間を増やし、1-2ヶ月で完全除去しますが、タイプCの場合や、不安定性が残っている場合には夜間のみ装着が続けられるかもしれません。

          

リ−メンビュ−ゲル装着中  
  
  

入院期間中は、母子ともにストレスがたまるものです。可能であれば週末はご自宅で外泊をしていただきます。

1か月以上の入院はいろいろな意味で好ましくありません。したがって、開排位持続牽引法をおこなう中で、1か月以上の入院が予測される場合には、全身麻酔下での徒手整復法に切り替える場合があります。

タイプC脱臼では、途中で(たとえば第4や第5段階)で再脱臼がおこる場合もあります。再脱臼の場合にはその原因が必ずあるはずですので、それを確かめた上でもう一度開排位持続牽引整復法を途中の段階から繰り返します。

ギブスまでの治療期間は、タイプBでおよそ1-2ヶ月、タイプCで2-3ヶ月ですが、2000年から御家族の方による下肢他動的に引き下げる運動おこなうようになってから短縮しつつあります。

骨頭が整復され、安定した後には、経過観察期間となります。再脱臼の傾向は無いか、あるいは臼蓋は順調に発育しているかなどをチェックします。最初は数カ月おきに通院となりますが、その後順調であれば、15歳ぐらいまで1年ごとの診察になります。
タイプB,Cの脱臼で、治療開始年令が1才を超えていたり、遺伝的素因が強い場合には、脱臼は整復されてもその後の股関節の発達がはかばかしくない場合があります。こうした場合には追加手術(手術的に臼蓋の被覆を行うもので、手術的な整復ではありません)が必要な場合があります。この手術は Salter 手術と呼ばれ、安全で確立した手術法で、専門医がおこなえば骨頭壊死などの合併症はおこりえません。

3才を過ぎてからの開排位持続牽引整復法

先天性股関節脱臼を1歳過ぎから治療を始める場合には、長期の脱臼により股関節周囲の筋肉や靱帯なども変化しているため簡単ではありません。また、脱臼の程度も強く、ほとんどがタイプC、すなわち骨頭と臼蓋が完全にはずれている状態です。従って乳児期の治療とは異なり、骨折治療で用いられるような鋼線牽引の後で開排位持続牽引整復法を行う場合があります。

鋼線牽引をする場合の治療は以下の5つの段階を順に進みます。

第1段階:水平牽引。まず手術室において、全身麻酔下に内転筋の延長を行います。次に、両側の大腿骨に鋼線を刺入します。その後病棟で伸展位での大腿骨の直接牽引を行います。抱っこ、防水してのシャワーは許可されます。この段階は2-6週間です。

第2段階:開排牽引。膝を曲げ、さらに股関節を曲げた状態で開き、この姿勢で牽引を行います。臼蓋からはずれ下に落ち込んでいる大腿骨頭を外方に一旦ひっぱります。この段階は約1週間ですが、治療歴がある場合には1ヶ月以上かかる場合があります。

第3段階:まず、超音波断層像を見ながら、第2段階で引き離された骨頭を臼蓋の正面に位置するようにします。このようにして、骨頭が臼蓋の中に入ってゆく準備を整えます。その後、重垂をすこしずつ減らして骨頭をゆっくりと臼蓋底へ移動させます。この第3段階が開排位持続牽引整復法の根幹をなすものです。第3段階は約1週間です。

第4段階:ギブス固定を4-5週間続け股関節を安定させます。ギブスを巻く時は通常赤ちゃんはにこやかで静かにしていてくれます。また、ギブスで固定されていても赤ちゃんはいやがることもありません。
第5段階:開排装具を2-3ヵ月装着します。装具装着後1ヶ月くらいで、入浴を許可します。

合併症。ピン刺入部の傷痕が残ります。また刺入部が感染することがあります。

開排位持続牽引整復法でこれまでこれまでに3歳9ヶ月の完全脱臼の治療に成功しています。途中で(たとえば第4や第5段階)で再脱臼がおこる場合もあります。再脱臼の場合にはその原因が必ずあるはずですので、それを確かめた上でもう一度開排位持続牽引整復法を途中の段階から繰り返します。もしそれでも整復が困難な場合には、一旦退院していただき数カ月後に開排位持続牽引整復法を行います。
このようにしてもどうしても症例で整復が困難と判断された場合は1才過ぎに手術的に整復をおこなうこともあります。
骨頭が整復され、安定した後には、経過観察期間となります。再脱臼の傾向は無いか、あるいは臼蓋は順調に発育しているかなどをチェックします。最初は数カ月おきに通院となりますが、その後順調であれば、15歳ぐらいまで1年ごとの診察になります。
1歳過ぎに治療を開始した場合には、脱臼は整復されてもその後の股関節の発達がはかばかしくありませんので、追加手術(手術的に臼蓋の被覆を行う)が必要となります

保存的整復(手術をしないで整復すること)は難しく、熟練を要するのですが、手術的整復というのは治療する側にとっては手間もいらず、簡単な方法です。そのため、保存的治療が上手く行かなかったり、1歳を過ぎている場合には安易におこなわれる傾向があります。手術の根拠は、臼蓋の中に整復をさまたげる介在物が存在している、というものです。しかし、ここが重要なのですが、このような介在物は、骨頭をただしく臼蓋の中心に向けることができれれば自然に消退することがわかっています。下の図は私達の研究ですが、骨頭が正しく臼蓋の中心に向けることができれば整復を妨げている介在物が消えてゆく様を証明したものです。

              
 脱臼(タイプC)整復前    整復直後(多量の介在物)  整復6週後(介在物は消褪)

問題は、上のまん中の図のように骨頭を臼蓋の中心に向けた状態を保てるかどうか、ということが問題となります。

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