要約:リ−メンビューゲルの装着は簡便であるが、実際の使用にあたっては専門医の監視下に細心の注意が必要である。タイプAの亜脱臼は良い適応であるが、タイプB,Cについては重大な合併症が発生することがあるので安易に用いるべきでない。装着した日の夜間に赤ちゃんの機嫌が悪い場合には躊躇無く抱っこをすべきである。このようにするといくらかでも重大な合併症が防げる可能性がある。
1)リ−メンビューゲルの導入
リ−メンビューゲルは1957年先天性股関節脱臼の治療装具としてチェコスロバキアから我が国に紹介されました。数年前に学会でこの装具を我が国に紹介された故鈴木良平先生(私とは名字が同じなだけであり少なくとも近い血縁関係はありません)の御講演でこの時の経緯をお聞きしましたので簡単に説明します。
1957年に世界青年学生スポーツ大会(後にユニバーシアードと合併)が開催されましたが、大会終了後、日本の体操選手がチェコスロバキアに招待されました。チームドクターとして鈴木良平先生が体操選手と伴にチェコスロバキアのオストラバを訪問されました。この時先生がオストラバ市民病院整形外科を見学され、見つけられたのがPavlik
先生の考案したリ−メンビューゲルです。
2)我が国におけるリ−メンビューゲルの普及
リ−メンビューゲルが登場する前までは、脱臼の治療は全身麻酔をかけて、強引に脱臼を整復し、股関節を極端に開いた状態でギブス固定をしていました。このような方法ですと大腿骨頭に無理な力がかかるため、大腿骨壊死という厄介な合併症が頻発していました。当時は先天性股関節脱臼の発生率が約2%の高率であり、整形外科の外来はギブス固定を受けた赤ちゃんで込み合っていた、と聞いております。鈴木良平先生は帰国後リ−メンビューゲルによる先天性股関節脱臼の治療を追試をされ優れた成績を挙げられました。どうして優れていたかというと、装具が簡便であるだけでなく、整復する際に人為的に強引な力を加えることがないので、それまでの徒手整復ギブス固定による方法と比べると大腿骨壊死という厄介な合併症の発生率が非常に低かったからであります。ただし、導入当初からリ−メンビューゲルに問題がなかったわけではありません。その1つは、すべての脱臼がリ−メンビューゲルで整復されるわけではなく、またたとえ整復されても少数例ですが大腿骨壊死が発生したからであります。このことが後に大きな問題となってきます。
3)リ−メンビューゲルによる脱臼の整復メカニズム
1950年にPavlik 先生によりリ−メンビューゲルに関する最初の論文が発表されました(Trmeny jako pomucka pri leceni vrozenych dysplasii kycli u deti. Lek Listy. 1950;5:81-85)。この論文ならびにその後の論文の英語訳を読むと、Pavlik先生はリ−メンビューゲルによる治療原理は、「股関節は動く器官であり、治療は自動運動をとおしてなされなければならない。そして吊りバンドによって股関節と膝関節の屈曲を保つと骨頭を臼蓋にむけることができる」と考えていたことがわかります。それまでの治療方法はあくまでも整復は徒手的に行い、その後はギブスその他で股関節を固定する、というのが当然とされていましたので、徒手整復もおこなわず固定も行わないリ−メンビューゲルによる治療は当時の常識を覆すものでありました。やがて従来の方法と比べリ−メンビューゲルによる整復成績が遥かに優れていたためこの方法は少しずつ広まってきました。ただ、整復原理は提示されたものの、実際に整復される状況は誰も見たことが無い(見ることができなかった)わけですから、脱臼整復原理がほんとうにPavlik 先生が言う通りなのかどうかはわからず、本当の意味での整復原理は長い間謎につつまれていました。
1980年代前半には、リ−メンビューゲルの整復原理にたいし問題提起がなされました。我が国では岩崎勝郎先生(故人)が、リ−メンビューゲルを装着すると下肢の重みによって股関節が開き骨頭整復が起こる、と発表したのです。すなわち、下肢を動かしながら整復が起こるのでは無く、リ−メンビューゲルを装着すると、股関節の伸転が出来ない為、赤ちゃんが眠っているあいだに股関節は下肢の重みで開排するために内転筋拘縮が除去されて整復が起こると主張したのです。これに従えば、リ−メンビューゲルは機能的治療法ではなく、本質的には徒手整復と同じメカニズムで整復されることになります。整復の力源は、徒手整復の場合は術者であり、リ−メンビューゲルでは赤ちゃん自身の下肢の重力である、ということが異なるわけです。この理論に従えば、リ−メンビューゲルも持つ様々な問題点がよく説明されます。リ−メンビューゲルによる整復率が60〜85%と必ずしも良好ではないこと、大腿骨頭壊死が少数ながらも発生する事、なども理解されます。岩崎先生の論文は整形外科領域では世界的に最も権威のあるJournal of Bone and Joint Surgery に掲載されました。下肢の重みによって股関節が開き骨頭整復が起こるということは、その後超音波断層像を用いた研究により確かめられています。
4)リ−メンビューゲルの問題点
1970-80年代にはリ−メンビューゲルが日本中に広まりました。しかし、沢山の症例を治療する過程で、当初から指摘されていたこの装具の問題点が、やがて我が国の学会でも話題となり、白熱した議論がおこなわれきました。リ−メンビューゲルの問題点は3つあります。第一には、すべての脱臼がリ−メンビューゲルで整復されるわけでない点。たとえばタイプC脱臼では整復されるのは稀ですし、タイプBの場合には20−30%は整復されません。下の図は滋賀県立小児保健医療センターにおいて未治療の先天性股関節脱臼のタイプ別割合をしめしています。一口に先天性股関節脱臼といっても重症度は様々であり、実際にはタイプAが一番多く、全体の70−80%を占めていることがわかります。タイプAはこの装具の良い適応であり、ほとんどが合併症なく整復されます。リーメンビューゲルによる整復率が70−80%であるというのは実際の脱臼ではタイプAが70−80%であることが理由と考えられます。
第二には、大腿骨壊死の発生が皆無というわけではない点。たとえばタイプB脱臼では約30%に大腿骨壊死が発生します。
第三には、リ−メンビューゲル除去後に骨頭の外偏化が起りやすい点。とくにタイプB脱臼では歩行開始後に骨頭の外偏化がよく見られます。以上ですが、とくに2)の大腿骨壊死は大きな問題となっています。先日の世界小児整形外科学会でもこのことが議論となりました。日本から複数の施設の結果をまとめた報告でもおよそ13-16%に壊死が発生したことが明らかにされました。日本小児整形外科学会発行の冊子(リーメンビューゲル治療マニュアル 平成23年度版)にも骨頭壊死発生は5-15%と記載してあります。それではなぜそのような危険な方法が我が国で一般化しているのか、というのは他に有効な方法が普及していないからです。私たちのおこなっている開排位持続牽引整復法は壊死の発生が極めて少ない方法です。それならばなぜこれをもっと広めないのか、と言われますが、実際には難しいのです。というのはこの開排位持続牽引法は、脱臼の病理を理解し、超音波診断の前方法を習得しないとできないからです。それにはそれなりの専門病院で半年から1年は勉強しなくてはなりません。これが普及がなかなか進まない理由です。したがって、現時点ではリーメンによる治療が一般的になっているわけです。
大腿骨壊死は、大腿骨への血流が途絶えることにより発生します。様々な研究者が動物実験や臨床的観察を行うなかで、次ぎの事柄があきらかになっています。1)整復前の脱臼の程度が強いほど大腿骨壊死が起こりやすい。2)骨頭が整復された後、股関節を極端に開いた状態で固定すると発生しやすい。3)開きにくい股関節を無理やり開く状態に置いておくと発生率が高くなる。4)整復された時に、関節内に完全な整復を妨げるような介在物が存在すると大腿骨壊死が起こりやすい、ということです。
5) リ−メンビューゲルの正しいつけかた
胸ベルトの位置は腋下になければなりません。あまり下方につけると下肢運動が妨げられます。また、ベルトは4本の指が楽に入るようにしてあまり強くしめてはいけません。
リ−メンビューゲルによる整復法において大腿骨頭壊死を防ぐ完全な方法はありません。しかし、1)タイプC脱臼ならびにタイプB脱臼には使用しない。2)装着前に牽引をする、3)下の図のように下腿の下に小枕を入れます。このようにして股関節が開き過ぎないようにすることが重要です。このような注意をすることで大腿骨頭壊死の発生を減少させることはできます。
6)リ−メンビューゲルを装着した時の注意。(1)帰宅してから、激しく赤ちゃんが泣く場合には、直ちに抱っこをする。それでも泣き止まないときは躊躇なく装具を完全にはずす。2)股が開き過ぎないように膝下におしめを折り曲げたものを入れて、股が75度以上開かないようにする。
この2点は、これまで整形外科学会において繰り返し議論され、強調されてきた事柄です。いまから20年くらい前の専門学会で議論され、最終的に「骨頭壊死の予防はやはり母親の愛情である(泣いたら抱っこするということを意味しています)」ということで締めくくられたことをいまでも鮮明に記憶しております。「赤ちゃんがいくら泣いてもリーメンビューゲルをつけたまま上向きに寝かしておかなくてはいけない」というように指示された、という話をときどき聞きますが、赤ちゃんが激しく泣いているということは骨頭の阻血(血流が途絶える)による痛みである可能性があるわけですから危険な状態かもしれないのです。第2は、上向きに寝かせたときは(特に睡眠中)股関節が開きすぎないように膝から足首の下にタオルをいれることです上の図を参照してください。このことは昔米国の研究者が実際の赤ちゃんで確かめて発表したもので、専門家ならだれでもしっている有名な論文となっています。
このことにより大腿骨頭壊死は完全とゆかないまでも、かなりの割合で防げるはずです。リ−メンビューゲルを装着した際には、主治医からこの2点について厳重な注意があると思いますが、再度確認してください。
最近発表された論文にもありましたが、高位脱臼の場合はリーメンビューゲルが成功することは稀です。本当は超音波断層像によって重症度を明らかにすべきですが、超音波装置の無い施設でもたとえば単純レントゲン写真によって高位脱臼は診断できるはずです。リーメンビューゲルの適応のない脱臼に対しこの治療をおこなうことは無駄なだけでなく、それ以後の治療を一層困難にしてしまいます
私は、タイプAの脱臼に対してはリ−メンビューゲルは良い適応があると考えています。もちろん厳重な監視下に入院の上装着します。
リ−メンビューゲル装着の注意は、まず腋下ベルトの位置です。これが低くてはいけません。前ベルトは屈曲ベルトで、股関節を100度以上に保つようにします。後ろベルトは股関節が十分閉じることができるくらいにします(これがきついと開排が強制されてしまいます)。後ろベルトについては、内転することにより脱臼がおこるのを防ぐくらいの角度にする考え方もあります(safe zoneという概念)。小枕を後ろベルトに取り付け、下腿が夜間に開き過ぎないようにします(75度以上は開かないようにします)。装着後にはリ−メンビューゲルがただしく装着されているかどうかを2週おきに医師がチェックします。赤ちゃんの成長は早いので、すぐにリ−メンビューゲルのバンド部分がきつくなります。
リ−メンビューゲル装着後には超音波断層像によって大腿骨頭が正しい位置にあるかどうかを2週間おきにチェックします。整復後4-6週ぐらいで骨頭は臼蓋の奥深く入き、その後骨頭はすこしずつ大きくなって行きます。およそ2-3ヶ月ぐらいでリ−メンビューゲル除去開始します。いきなり外すのでは無く、最初の1週間は1日2時間、その次ぎの週は2時間を2回、そして昼間、というように超音波断層像で整復状態を確認しながら徐徐に外してゆきます。