先天性股関節脱臼整復後の股関節発育


要約:先天性股関節脱臼治療後は、成人に達するまで経過観察が必要である。成人に達した時にはCE角25度以上になることが望ましい。CE角が20度未満の場合には将来痛みが発現する可能性がある。5-6歳の時点で、X線診断を行い、CE角が15度を超え、臼蓋角が27度未満であれば最終的に股関節の形成は良好となる確率が高いが、CE角が15度未満で、臼蓋角が27以上であれば手術が検討される。ただしその場合、骨頭と臼蓋の関係、臼蓋そのものの形態、そしてそれまでの経過や遺伝的因子の存在などを十分に考慮する必要がある。



 先天性股関節脱臼が合併症なく整復された後は、股関節の発育が順調に進んでいるかどうかについて14才頃までは定期的に観察しなければなりません。途中で発育が思うようにゆかない場合には早めに対処が必要です。放置すると将来間違いなく変形性股関節症となって痛みが生じてくるからです。遅れる事なく正しく外科的処置を行えば一生問題となることはありません。
 それでは、成人になったときにどのような股関節であれば生涯にわたって問題がおこりにくくなるでしょうか。これについては1940年代に Severin という有名な整形外科医が、成人の股関節におけるCE角が25度以上であれば良いと提案し、今日にいたるまで世界中の整形外科医師がこれを基準として使用しています。この数値がなぜ出てきたのかについての文献が見当たらないのですが、おそらく経験上得られたものと思われます。実際私もこの数値は妥当と考えておりますが、その根拠についていくつかの症例を提示してお話します。

 水野記念病院には、股関節痛のために多くの成人の患者さんが訪れますが、この中で一番多いのは、臼蓋形成不全が原因で発症するケースです。たとえば下図のX線写真を検討してみましょう。

症例1.26歳女性で、右股関節痛の為水野記念病院を受診しました。

26歳女性、学生時代はスポーツをやっていた。18歳ころより右股関節痛始まる。右CE角15度。すでに臼蓋には骨硬化像などが見られるが、骨頭の変形は無く、痛みの原因は臼蓋形成不全による変形性股関節症と考えられる。三か所骨切りにより軽快したので、やはり痛みの原因は臼蓋形成不全にあったと考えられる。

 この女性は成人になってからのCE角は15度であり、10代後半から痛みが出てきました。科学的に考えると、CE角がこの患者さんと同じく15度の例を多数集め、その中で何人が痛みを発症したか、ということを統計学的に明らかにする必要があるのですが、これは現実にはなかなか困難なことです。しかし、生活習慣などによって痛みの出現時期は大きく変わってきますが、「成人になった時点でCE角が15度前後ならば、10代後半には痛みが発現する可能性がある」、ということは言えます。残念ながら乳児期のX線写真が無いので、5-6歳ころのCE角は推測するしかありません。私は、さまざまなデータを総合すると、おそらく5-10度前後だったのではないかと思っております。

 症例2.下の写真は、15歳の女性です。12歳の頃より長時間歩行時に痛みが出現したり、股関節への負担が大きかった日の夜に痛みが発生したりしていたとのことです。

15歳女性。12歳の頃より長時間歩行時、或いは股関節への負荷が大きかった日の夜間に右股関節痛発生した。15歳時の右CE角は5度であった。。
図のように骨盤3ヶ所骨切り術を受けてから痛みが消失したので、痛みの原因は臼蓋の形成が不十分であったことに起因すると考えられる

この女性の場合も、5-6歳の頃のCE角は5-10度前後であったと推測されます。

 症例3.下の図は、11歳の女性です。3ヶ月検診で股関節の異常を指摘されたとのことですが、その後放置していたとのことで詳細は不明です。11歳になってからスポーツをすると股関節痛が発現するようになりました。

11歳女性。スポーツにより股関節痛発症。CE角0度
12歳時に両股関節の大腿骨骨切り、骨盤の三か所骨切りにより、現在は症状無い。

 このケースのようにCE角が0度の場合には10代の前半には痛みが発生してきます。

 他の症例なども検討すると、CE角が10度未満の場合には激しいスポーツをやっていると10代で痛みが発生し、CE角が10度以上―20度未満であれば20歳―30歳以降、とくに出産を契機にに股関節痛が発生するような印象をもっております。20-30歳に痛みが発症した場合、初期であれば関節の変形は著明でないので、骨盤骨切りなどで対処すれば人工関節など使用しないで対処することができます。しかし、実際にはこの年齢で手術を受けるというのは容易ではありません。社会人であれば職場を長期間休まなくてはなりませんし、出産を経ていれば赤ちゃんの世話をしなければならないので入院治療は大変なこととなります。結局20-30歳以降に痛みが発生した場合には我慢してしまうことが多くなります。こうして40歳くらいまで放置すると股関節変形が進み(変形性股関節症)人工関節が必要となります。それでは、成人になったときにCE角が25度以上になるようにするにはどうしたら良いか、ということを考えてみましょう。

股関節の発育には様々な因子が関与していると推測されます。大きな因子は3つあると考えられます。1つは脱臼の存在です。脱臼があれば臼蓋は育ちにくいのは当然であり、脱臼が長く続いた場合には重度の臼蓋形成不全が形成されます。したがって、その後たとえ整復されても臼蓋の形が正常に追いつくのは難しくなります。1歳すぎに整復された場合にはその後臼蓋は発達しますが、なかなか正常までにはならないことが多いものです。
2つ目は先天性の因子です。背が高い低いと同じように、生まれつきの因子が存在しています。血縁関係のある方に臼蓋形成不全がある場合には特に注意しなくてはなりません。
3つ目は、座位の姿勢が考えられています。このことは私が最近発見した事実です。私はなぜ、片側脱臼の例で健側までもが臼蓋形成不全となる例があるのか検討してきました。骨盤の上部の横幅が狭くなると股関節臼蓋の発育も悪くなります。骨盤の上部の横幅が狭くなるお子さんでは、多くの場合、小さいころからいつも「お姉さん座り」(トンビ座り、W字座り)をしていたことが判明したのです。現在まだ調査中ですので、断定的なことは言えませんが、これまでの予備調査でははっきりしています。そして、「お姉さん座り」をしていたお子さんは歩行開始すると、たいていの場合「内旋歩行」(うちわ歩行、足先を内に向けて歩く)を行います。

  
やってはいけないーお姉さん座り(トンビ座り) お姉さん座りの習慣があると、将来、写真のような内旋歩行となる。

「お姉さん座り」が股関節の形成によくないことは、手術中にも気が付きました。というのは、たとえばソルター手術をする場合、臼蓋を形成させるときは「お姉さん座り」と逆の「お父さん座り」の姿勢をとらせなければ効果的な臼蓋形成手術はできないのです。ひとたび気が付いてしまえば、「なんだ、そうだったのか」ということだったのですが、もっと早く気が付くべきでした。日本の女性の股関節臼蓋形成不全の発生率が高いことは国際的にも有名であり、これに関するいくつかの論文もありますが、私は女性の座り方にその一因があると推測しています。つまり、われわれ日本人は正座をするのですが、女性の場合は正座の機会が多く、また正座は長くできないので、崩れて「お姉さん座り」になりがちなのです。

骨盤の上部が狭くなる、という現象は実は以外な事実とつながっています。先日骨産道を専門にしている産科の先生と話す機会がありました。そこで分かったことは、妊婦が分娩の際に胎児の娩出を無理なく行う為には骨盤上部が横に広くなくてはならない、というのです。骨盤上部の横幅が狭いと娩出の際に胎児の回旋異常が起こり易い、ということです。すなわち、整形外科の望ましい骨盤形成と、産科学にとって望ましい骨盤形成とは偶然かどうかわかりませんが、同じだったわけです。

これを読んだ皆様でお子様がおられる場合は、今からでも決して遅くはありません。お子様がもし「お姉さん座り」をしていたら注意していただき、できれば「お父さん座り」(あぐら座り)を積極的にさせてください。女の子の場合、お行儀という問題はありますが、そんなことを言っている場合ではないのです。
ところで私はときどきバレリーナのお子様の診察をすることがあるのですが、バレリーナの方は、骨盤上部の横幅が広く、理想的な骨盤をしています。バレーの先生は「内旋歩行」や「お姉さん座り」を禁止しているとのことですが、それと関係ありそうです。また、スポーツも一般的には勧められます。たいていのスポーツは「外旋歩行」つまり「あぐら」と同じ格好をするからです。下の写真はバレリーナの座り方、歩き方です。レントゲン写真でこのお子さん達の骨盤、臼蓋は理想的です。骨盤のことだけを考えれば皆がバレリーナになるのが良いのですが、いろいろな事情からそうはゆきません。せめて、普段から右の写真のようなバレリーナ座りを実践していただければ、と思います。。

     

バレリーナの姿勢、見習うべき「バレリーナ座り」



片側だけの脱臼だったのに、5-6歳頃にはむしろ反対側の臼蓋形成不全が顕著になる場合は稀ではありません。また、脱臼はなかったにもかかわらず、成長とともに臼蓋形成不全が目立ってきた、というのはよくあることです。このようなケースは脱臼は発生していないので、乳児健診で発見されることはありませんので今後大きな問題となるでしょう。
 脱臼整復直後の状態からは、将来どのように股関節が発育してゆくかはわかりません。しかし、5ー6歳頃の股関節の状態がわかると、最終的にどのような股関節になってゆくのか、言い換えればCE角が何度になってゆくのかということをおよそ推測することができます。

1988年から1993年の間に滋賀県立小児保健医療センターで脱臼の治療を受けられたお子様で、現在成人の骨年令(およそ12才ー16才以上)に達した51人の方の調査をおこないました。この時代には全てのお子様にリ-メンビュ-ゲルを使用していました。リ-メンビュ-ゲルで整復できなかった(タイプBの1部とタイプCの全部)時にはオーバーヘッドトラクションや全身麻酔下に徒手整復をおこなっています。


臼蓋の発達は通常、CE角と臼蓋角を計測して数字で表現します。




下のグラフは、5ー6歳時の臼蓋角とC E 角と計測し、将来どうなったかを示したものです。○は秀、●は良、は不可です(秀とは一生問題がないことが確実で、良とは一生問題がないと推測される例、不可とはすでに手術をしているか、もしくは放置すれば将来痛みを生じる可能性が大きい例と考えてください)。
グラフからわかることは、5-6歳時にC E 角が15度を超えていれば成績は概ね良好である、ということです。一方、5ー6歳時に、CE角が15度以下で、臼蓋角が27度を超えている例は12例ありましたが、その内7例(58%)の成績は不良でした。



タイプ別に検討しますと、タイプ Aでは87%が秀または良、タイプBでは77%が秀または良、タイプCでは71%が秀または良でした。通常、脱臼度が高くなればそれだけ整復時の臼蓋形成が悪いわけですから、タイプCでは最終成績が劣るのは当然です。しかし、成績がタイプCでも決してすべての例で最終結果が悪いわけではなく、逆にタイプA でも油断は出来ない例があることを示しています。



さて、次に最終的に正常となった例を検討してみましょう。
正常となった例の特徴は、2-5歳の間と、8-12歳の間に CE 角が増大していることです。下の図はその代表例です。




最終的に成績の思わしくなかった例を検討してみましょう。
8-12歳の間の CE 角の発達があまり見られません。この時期の発達には、5-6歳時に CE 角が16度以上あることが必要です。また、その他にもまだわかっていない原因があるかもしれません。




 臼蓋の発育が悪く、将来CE角が20度未満となると予測された場合には5歳前後にソルター手術などが検討されます。なぜこの年齢で手術が勧められるかははっきりしています。子供にとって学校生活は大切なので、学校に上がる前までにすべてを済ませておきたいからです。学校へ行くようになったら股関節の問題から解放される、ということが重要なのです。一方、4歳未満の場合には、それ以降に臼蓋が発達してくる可能性が残されているので様子を見ます。ただし、4歳未満でも明らかに臼蓋の発達が見込めないと判断されればその限りではありません。
 実際には、5-6歳ころの手術をすべきか否かについての判断はなかなか難しい場合があります。5-6歳で、CE角が15度以下で、臼蓋角が27度を超えている場合には手術を検討すべきですが、この数字はあくまでも参考です。たとえば5歳でCE角が13度、臼蓋角が30度であったとしても、1年前の計測よりも大きく改善していればそのまま様子を見ることになりますし、逆にCE角が16度で臼蓋角が26度であっても1年前と比べて悪化していれば手術適応かもしれません。また、こうした角度の計測だけでなく、臼蓋の形や、親兄弟の関節の状態も大いに参考となります。
いずれにせよ、先天性股関節脱臼があった場合には、成長が終了するまで小児整形外科医師のもとで定期的診察が必要です。


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