先天性股関節脱臼の原因

要約:わが国における先天性股関節脱臼の発生率は約0.1%である。発症原因として、子宮内単殿位姿勢、出生後の股関節伸展位の他動的強制、性ホルモンの異常などが考えられる。又、遺伝や向き癖も関係している。


発生率


私が以前勤務しておりました滋賀県立小児保健医療センターでの20年以上にわたる検診結果によると発生率は0.12%であり、これは他の施設からの報告とも矛盾しません。また、発生率を出生した月別に検討すると、6月が最も少なく、11月から2月の冬場に生まれた赤ちゃんに発生率が高いことが明らかになっています。これは寒い時期には赤ちゃんに厚着をさせるため、下肢の自由な運動が妨げられていることも影響していると考えております。  
下の図は滋賀県の地図です。水色の部分が琵琶湖です。八日市(橙色)と水口(褐色)の地域で、20年以上にわたって出生した赤ちゃん全員の検診を行ってきました。




  
この疾患は整形外科学の歴史といっても過言ではありません。したがって、発生原因については昔からさまざま今日、先天性股関節脱臼の原因として以下のことが考えられています。

1)子宮内の姿勢異常。
骨盤位分娩児に脱臼が多いのですが、厳密には骨盤位分娩の1種である単殿位(子宮内で膝を伸ばしている姿勢をとっているのが特徴)分娩児に多いことが明らかになっています。単殿位分娩児の脱臼発生率は約30%で、頭位分娩児の100倍の発生率です。また、たとえ帝王切開で生まれた場合でも、お母さんのおなかの中で単殿位の姿勢をしていた場合には脱臼発生率は極めて高いので注意してください。また、単殿位分娩では斜頸の発生率も高いことが明らかになっています。したがって、お子さんが単殿位で生まれた場合には専門的な検診を受ける必要があります。

           
     胎内での単臀位姿勢      単殿位で生まれたばかりの赤ちゃん

2)出生後の持続的下肢伸展の強制。
下肢をのばした状態で赤ちゃんのおしめをあてる習慣のある民族ではこの疾患の発生率が高く、逆に赤ちゃんにおしめを使用しない習慣のある民族では発生率が低いことはよく知られています。たとえば脱臼の発生率が極端に高いスウェーデンのラップ族はトナカイを追ってソリで移動する民族ですが、移動に都合の良いように、赤ちゃんの下肢を伸展させて小さなソリに載せるのが習慣となっています。また、モンゴル民族も脱臼が多いことで有名ですが、かれらは牧草を求めて移動する習慣があります。このとき馬に乗せやすいように赤ちゃんの下肢を伸ばした状態でぐるぐる巻きにする習慣があります。アメリカインデイアンは下の図のように赤ちゃんの下肢を伸ばした状態でゆりかごに入れる習慣がありました(ワシントンの博物館で撮影したものです)が、かれらも脱臼発生率が高いことで有名です。アメリカインデイアンもモンゴル系であり、祖先の習慣をそのまま引き継いだと想像します。我民族も今から30年位前までは下肢を伸展しておしめを巻く習慣があり、脱臼発生率は2%もありました。日本人はモンゴルの血を引いているといわれていますが、このような育児習慣から推測するとなるほど、と考えさせられます。現在人工股関節手術が整形外科でよく行われていますが、その8割以上は、この当時の脱臼に起因する股関節の変形に対しておこなわれているものです。
赤ちゃんの下肢を伸ばした状態にしておくと、やがて赤ちゃんは一所懸命に股関節や膝関節を曲げようとします。このとき、下肢が伸ばした状態を強制的に続けると、股関節を曲げる力が、股関節脱臼を引き起こす力に変換してしまいます。巻きおしめをしたり、厚着、横抱きなどをおこなうと、股関節は強制的に伸展位に保持されます。

      

スエーデンのラップ族  モンゴル系の1民族  アメリカインデアン       

我が国においても昔は先天性股関節脱臼の発生率は2%と高率でありましたが、その大きな原因の1つは、赤ちゃんに巻きおしめをしようしていたことが考えられます。しかし、1970年代に始まった予防運動の普及や、赤ちゃんをとりまく環境もよくなってきたことなどが影響して、この疾患は減少してきました。

                                  

       昔の巻きおしめ(脱臼発生率2%)      現在のおしめ(脱臼発生率0.1-0.2%)

一方、脱臼発生率の低いあるアフリカ民族では赤ちゃんを裸のまま育てる習慣があります。脱臼予防のところで述べますが、赤ちゃんが自由に下肢の運動ができる状態にしておくと脱臼が起りにくいことを示唆しています。

このように先天性股関節脱臼は後天的にも発生する場合があります。先天性という名称はふさわしくないということで学会でも現在名称を検討中です。

3)遺伝因子。
先天性股関節脱臼の患者さんと血縁関係にある女性(脱臼のお子さんの姉妹、お母さん、お祖母さん、叔母さん、従姉妹)に発生率が高いことが明らかになっています。滋賀県立小児保健医療センターで私たちがおこなった調査によれば、先天性股関節脱臼のお子さんの実に37.4%が家族歴を有していることがわかりました。したがって、先天性股関節脱臼の患者さんと血縁関係にある女性の方は年齢を問わず一度は股関節検査を受けられることをお勧めします。

4)極端な向き癖。
正常な赤ちゃんであれば向き癖があるのが当然です。いつも真上を向いている赤ちゃんの場合にはなんらかの神経学的異常(たとえばヌーナン症候群など)を疑わなくてはなりません。私は向き癖は利き手と関係すると考えていますが、興味深いことに、赤ちゃんの向き癖の方向と脱臼にも深い関係があって、向く方向と脱臼側は反対であるのが普通です。たとえば右向き癖の赤ちゃんに脱臼があるとすれば左側にあるということになります。両側脱臼では、向き癖の方向と反対側の脱臼はより高度の脱臼となっています。私は30年以上この疾患にかかわってきましたが、例外は数例しかありませんでした。整形外科に「絶対」はないのですが、ほとんどすべての例では向き癖と脱臼側とは深い関係があるといえます。
さて、私が京都大学の大学院にいるとき調査したのですが、赤ちゃんの向き癖の方向は、3分の2が右向きで、3分の1が左向きでした。脱臼の統計をとると、脱臼は圧倒的に左側に多く発生します。なぜ左に多いかということについてはかなり前に英国で議論されました。「脱臼の検査のときに、多くの場合、右利きの医師が行うため、右の手に力が入って赤ちゃんの左股関節の検査の際により力が入って股関節の脱臼を触知しやすいのだ」ということが権威ある雑誌に述べられています。これの真偽は別として、私は、脱臼が左側に多いのは、右の向き癖の赤ちゃんが左に比して多いからであると考えています。
多くの場合、生後3−4ヶ月くらい経つと向き癖は次第に弱くなってきます。そして、少数ですが、赤ちゃんによっては、この向き癖が3−4ヶ月くらいで反対側に変わることもあります。タイプAI脱臼が自然治癒してゆくのを観察すると、この向き癖がすこしづつ弱くなってゆくのにつれて脱臼が改善してゆくことがわかります。向き癖と脱臼側が一致しない例外的な数例は、数ヶ月の後(脱臼検診の後)に向き癖が変化したものではないか、と考えています。

なぜ向き癖と脱臼側が関係するか考察してみましょう。たとえば左側に脱臼があるとすると、赤ちゃんは通常右の向き癖があります。そうすると、赤ちゃんは体も右を向く傾向があって、それにともなって、左股関節は内転(下肢を内側に閉じる)してきます。股関節の内転は伸展とともに脱臼を誘発するポジションとなります。このようにして、左に脱臼があって、顔は右の向き癖があるということは脱臼治療には不利な状況です。しかし、だからといって、向き癖を矯正するのは困難です。向き癖は神経学的、内因的なものだからです。向き癖が脱臼の原因であるのかでおうかは不明ですが、脱臼を促進する因子であることは充分考えられます。

5)その他、女子に発生率が高いことや、動物にホルモンを投与する実験などの結果から性ホルモンが発生に関与していることが知られています。

ホームページのトップへ