先天性股関節脱臼の予防・自然治癒


要約:
「赤ちゃんの下肢の自由運動を妨げない」或いは「赤ちゃんの下肢の自由運動を促す」ことにより、1)出生後の新たな脱臼の発生を予防すること、2)軽度の脱臼ーたとえばタイプAIなどの亜脱臼ーを自然治癒させることが可能である。


先天性股関節脱臼の原因の1つは、「赤ちゃんの下肢を伸ばした状態を持続させる」ことである、ということは「原因」のところで説明しました。言い換えれば、「赤ちゃんの下肢を他動的に伸ばした状態を持続させない」、ことにより新たな脱臼の発生を予防することができます。さらに、「他動的に伸ばした状態を持続させない」ことを発展させ、「赤ちゃんの下肢の自由運動を妨げない」或いは「赤ちゃんの下肢の自由運動を促す」ことによって、軽度の脱臼ーたとえばタイプAIなどの亜脱臼ーを自然治癒させることが可能です。このことは滋賀県立小児保健医療センターでの研究によって実証しました。ただし、タイプB,Cなどの完全脱臼、ならびに大多数のタイプAIIの亜脱臼については、この予防法を実践したからといって治癒することはありませんので注意してください。


下の図のようにな赤ちゃんの扱い方は大変危険です。
巻きおしめをしたり、横抱き或いは股に片手を入れて抱っこをすると脱臼が誘発されることがあります。





赤ちゃんを裸にして観察するとわかりますが、下の図のように赤ちゃんはいろいろな運動を周期的に繰り返しています。激しく泣きながら四肢の曲げ伸ばしをすることもありますし、下肢を曲げた状態もしくは伸ばした状態で眠っている時間もあります。予防とは、こうした赤ちゃんの自由な運動を妨げない、ということです。





脱臼予防という点だけを強調すれば、素っ裸にして下肢を自由に運動させるのがよいことはわかっています。しかし、私達は文明生活をしているので裸のままというわけにはゆきません。それで、やむなく赤ちゃんにおむつをしているわけです。それではどういうふうにオムツをあてれば「自由な下肢の運動を妨げないか」ということを検討した結果、「おむつを股だけに薄く当てる」ことが一番良い、ということがわかったのです。これがいまから30年以上前に石田先生の提唱で、京都大学整形外科教室を中心にして全国に広まった脱臼予防運動の実践です。下の図のように股だけにオムツをあてるのであれば下肢を曲げることも伸ばすことも可能です。伸ばすこともできる、ということにも注目してください。



私も初期からこの運動には深くかかわってきました。私が提案したことは、おしめの当て方だけでなく、赤ちゃんの抱き方やミルクを飲ませるときの姿勢にも注意を払おう、というものです。この提案に基づき当時大津日赤の看護婦さんたちが積極的にこの考え方を理解し実践運動に参加してくださいました。もちろんこの運動の成果をまとめて学会でも発表しましたし、この方法を普及すべく、繰り返し繰り返し講習会において説明してきました。滋賀県では脱臼予防の立場から赤ちゃんの抱き方やミルクの飲ませ方を指導したパンフレットを配っておりましたし、他府県でも同様の説明書が母子手帳にのっているのを見たことがあります。下の図は赤ちゃんの脱臼予防のための赤ちゃんの抱き方とミルクの飲ませ方です。赤ちゃんは下肢を曲げることも伸ばすこともできます。このときお母さんは背筋をのばすことが大切です。


赤ちゃんの抱き方やミルクを飲ませるときの姿勢にも注意を払おう、という運動は実は偶然からヒントを得ています。大津日赤の背後には比叡山があって、そこにはくさんの猿が住んでいました。あるとき比叡山に登ったのですが、猿の群れに出会いました。ふと見てみると母猿が赤ちゃん猿を抱いていたのですが、母子が向かい合うように抱っこしていることに気がつきました。猿に限らず、人間以外の哺乳動物は、母親と向かい合うように赤ちゃんを抱いています。比叡山の猿も例外ではなく母猿と向かい合うように小猿を抱いていました。このとき、人間も母親と赤ちゃんが向き合うように抱いたらどうだろうかとひらめいたのです。アフリカの母親は素っ裸の子供を向かい合うように縦にだいています。これは、裸の赤ちゃんはそのようにしたほうが抱きやすく自然だからです。人間の赤ちゃんの股関節の構造は大人と違って哺乳動物を同じ構造をしているからです。私は昔動物実験をやっていましたが、このときラットやウサギの股関節のレントゲン写真を見ると人間の赤ちゃんと同じ股関節の構造をしていることに驚いたものです。人間の赤ちゃんの股関節は他の哺乳類と同じであること、したがって、赤ちゃんを抱くときには向かい合うようにすること、そうすることにより生後の新たな脱臼の発生を予防することでき、さらにタイプAIのような軽度の亜脱臼は自然治癒させることができる、これが私の研究の結論です。

さて、予防については大きな誤解があります。一番大きな誤りは、おむつを股間に何枚も当て、無理矢理赤ちゃんの股関節を開かせよう、というものです。もし無理やり股関節を広げることが良い結果を生むのであれば、すべての赤ちゃんに対し装具で股を開いた状態にしておけば良い、ということになってしまいます。これは大変な誤りです。赤ちゃんは股関節を曲げることもありますが、自分で伸ばすこともあるわけです。自分で伸ばすことにより腸腰筋の拘縮をすこしづつ和らげることによって立位の準備をしてゆくわけです。実際に確かめたことですが、赤ちゃんの下肢を他動的に伸ばしたときには骨頭が不安定になりますが、赤ちゃんが自分で下肢を伸ばしたときには、骨頭は非常に安定しています。アフリカに脱臼が少ないことは有名な話ですが、アフリカの赤ちゃんは裸で下肢を自由に動かしているから脱臼がすくないのであり、決して無理やり下肢を曲げた状態にしているわけではありません。無理やり下肢を曲げた状態にしておくと股関節に障害をおこすことあります。昔、生まれた直後からオムツを何枚も股に当てていたために骨頭に障害が発生した例を実際に見たことがあります。脱臼予防とは、下肢の自由運動を妨げないことであって、決して下肢も無理やり広げた状態にしておこう、ということでないことを理解してください。学会においても私達を含めこの運動を進めてきた先生方は機会あるごとに誤りを指摘するのですが、ひとたび広まってしまった誤りを正すことは容易ではないのが現状です。特に関東地方ではこの誤った方法が広く普及しており、しばしば唖然とすることがあります。我が国の予防運動の提唱者の石田先生の論文を原著のまま御紹介いたします。「予防とは、生後1日からの自然肢位だけでなく、自由な運動をさせる育児です。股間にたくさんおむつをあてるのは、この目的にとってむしろ不利です。その理由のひとつは、股間にたくさんおむつを当てると、おむつカバーとともに膝のほうへぬげやすく、その結果巻きおむつとおなじようになって逆効果です。もう1つの理由は、開排位に矯正して固定すると、大腿骨骨頭に血流障害をおこす可能性があります。」石田勝正著、図説、先天性股関節脱臼、より。

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