ソルター手術(ソルター骨盤骨切り術)

要約:5歳前後の時点で臼蓋形成不全が残存すれば、時期を選んでソルター手術(骨盤骨切り術)を行う必要がある。この手術は確立された安全な手術であり、長期成績も良好である。ただし、亜脱臼の状態の時にこの手術を単独に行ってはならない。

ソルター手術(骨盤骨切り術)は、骨盤骨切り術により急峻な臼蓋(骨頭の受け皿)を矯正し、関節の安定を得ることにより将来痛みの出現することの無い股関節を形成することを目的としています。現在痛みがあるわけでもなく、跛行があるわけでもないお子様に行う手術なので、ご家族はなかなか手術に踏み切れないこともあります。しかし、平均寿命が80才を越える時代、痛みの無い股関節を形成しておくことは重要です。例えていえば、地震で家が倒壊する前に耐震構造に変えてしまうのと同じ考え方です。地震で家が倒壊すると人的被害も大きく、また家の再建は簡単とはゆきません。一方、耐震構造に変えるのはそれほど大工事ではなく、安全に行えるでしょう。
この手術は、1961年にカナダの整形外科医師、ソルターによって初めて報告された手術です(Journal of Bone and Joint Surgery 161;43B:518-39 , 1961)。この手術の本質についてソルターは「先天性股関節脱臼がある場合には臼蓋前方の被覆が悪くなっている(言い方を変えれば臼蓋の形成が悪くて骨頭の前方を充分覆うことが出来ていない) 。その為、骨盤の骨切りをおこなって、臼蓋を前に倒して(傾けることによって)骨頭を充分に被覆する」、と語っています。この目的に開発されたのがソルター手術です。

この手術の適応は、臼蓋形成不全です。臼蓋形成不全は先天性股関節脱臼に伴って発生します。脱臼が完全に整復されなかった場合はもちろん、整復治療がうまくいっても臼蓋形成不全が残存あるいは新たに発生する場合もあります。また、最近注目されているのは、脱臼とは無関係に発生する臼蓋形成不全です。成人の変形性股関節症を分析すると、股関節脱臼がなかったにもかかわらず臼蓋形成不全が発生したと考えられる症例がたくさんあります。こうしたことから、臼蓋形成不全には先天性素因もある程度関係していることが推測されます。

ソルター自身も強調していることですが、亜脱臼を伴っている臼蓋形成不全に対してのソルター手術は禁忌です。専門施設以外では未だにこの原則がまもられていないケースを見かけますので注意が必要です。

手術の実際をレントゲン写真で説明します。
    
5才女子、左股関節に臼蓋形成不全(CE角マイナス1度, 臼蓋角33度)がありました。
このまま放置すれば将来股関節痛の出現が予想されます。

皮膚切開は、骨盤上前部におこないます。傷跡はちょうどバンドをしめる部分より少し下のところです。通常はパンツに隠れて目立つ事はありません。右のレントゲン写真は手術直後です。矢印のところで骨切りをおこない、臼蓋を傾けています。できた隙間には近くの骨盤から採取した骨片を挿入して金属のピンで固定します。骨頭が臼蓋に充分覆われているのがわかります。金属ピンは数カ月後には除去します。骨採取部位は数年後には跡形も無く再生します。

10才時です。その後臼蓋はさらに発育してCE角30に改善しています。手術によって骨頭を覆うだけでなく、その後の臼蓋の発育を促す条件をつくることも骨盤骨切り術の重要な目的です。ここまで股関節が形成されれば将来にわたって問題となることはありません。

手術時間は、手術開始から最後の皮膚縫合まで約90分、、レントゲン確認やギブス固定等で30分、麻酔準備と覚醒時間で約1時間、入室から退室まで約2.5-3時間です。ただし、年齢や、臼蓋形成不全の程度にもよって異なり、手術時間は30分から1時間くらいの誤差はでることがあります。下のグラフは、私が水野病院に赴任してからこれまで行ったソルター手術49例の手術時間です。

出血量をグラフにしました。3例目からは低血圧麻酔(麻酔専門医による安全で特殊な麻酔方法)で手術をおこなっていますので、極端に出血量が減少しています。肥満などがある場合を除いて、多くの場合50cc以下に抑えることができるようになりました。自己血を採取する必要もありませんし、大腿骨切りやその他の手術を輸血無に同時にすることも可能となりました。出血量が少ないと、術後元気があって食欲もあまり落ちず本人はより快適なな入院生活が送れます。

術後の痛みについて:当日は麻酔の先生が仙骨ブロックをしてくださるので、夜までほとんど痛みがありません。仙骨ブロックがきれたときは座薬を使用しますが、それでも痛みが強い場合には点滴から鎮痛剤を投与します。術後2日目には痛みは半減し、3−4日目には多くの場合痛みが消失します。痛みは薬でどんどん抑えていきますので、昔と違って強い痛みで苦しむ、ということはないと思います。

手術合併症


1)出血によるショック:この手術においてはこれまで重篤なものは経験しておりません。可能性は低いのですが万が一合併症が発生したときは輸血を含めた救急対策、ならびにその原因の追求を早急におこないます。ギブスは出血を吸収する機能があり、このことによって手術創内に血液がたまるのを防いでおります。出血によりギブスが汚染されることがありますが、少量の汚染ならば問題にはなりません。


2)肺炎、尿路感染症:全身状態が良好なお子さんでは問題となることはありません。万が一発生した場合には、術後の体位変換を定期的に行って肺炎防止を行います。また必要に応じて抗生物質の投与を行います。

局所の合併症としては
1) 下肢延長:0.5-1cmほど下肢が長くなりますが、歩行その他に影響はありません。


2)骨癒合不全による関節変形:なんらかの障害により寝たきりの状態が続いた場合には骨が脆くなってピンの固定が不良となっておこる可能性があります。この場合は手術的にピン固定をやりなおします。


3)創感染:ソルター手術ではまだ経験がありませんが、ソルター手術よりも複雑なトリプル骨切り術で3例経験しています。創感染が発生した場合には排膿などの処置をおこないつつ、骨癒合を待ちます。その後にピンを抜けば感染は治癒します。


4)褥そう:ソルター手術ではまだ経験がありませんが、ソルター手術よりも複雑なトリプル骨切り術で1例経験しています。原因はギブスの材質の問題でした。ギブスを変更してから1例も発生していません。


5)骨盤の骨の手術ですので、骨盤の形が変わります。ただし、人間の骨というのは時間とともに本来に形に自然矯正されますので、10才未満であれば問題となりません。10才以上の年齢でこの手術を受ける場合には、将来妊娠出産の時に、産科の先生に骨盤の手術を受けたことを伝えてください。場合によっては帝王切開が必要となるかもしれません。


6)大腿部前面のしびれ感:手術操作の為に皮膚に分布する神経が麻痺することがあります。10才未満であれば本人も言われなければわからないくらいで問題となりません。1年以上たつと自然回復します。

7)手術創:皮膚切開の部分に残ります。しかし、下着に隠れる部分であり通常は数年以内には傷の赤みも褪色し目立たなくなります。体質によってはミミズ腫れとして残ることもあります。

術後の予定

手術後1週間以内に退院です。ギブス固定は写真のように行います。

  

股関節は約30度屈曲していますので特別な車椅子で移動可能です。この車椅子の取扱業者は病棟から紹介いたします。食事は30度くらい体を起こした状態で可能です。排尿は尿器を、排便はおむつや便器を差し込んだりしておこないますが、慣れればご家族の方が支えてトイレ便器使用も可能です。

術後6週で1泊2日の入院により、ギブスを除去して訓練をおこないます。術後約8週で可動域が改善し、骨の形成が充分となれば坐位がOKとなります。
術後12週となれば外来で全荷重します。

手術成績

2003年11月30日までに201例の手術を行ないました。短期成績は良好です。手術を受けたお子さんが成人後にはどのようになっているかという長期成績については1995年、滋賀県立小児保健医療センターから発表しております(日本小児整形外科学会雑誌:35-39、1995)のでそれをそのまま記載します。
成績は股関節機能や、レントゲン上臼蓋がどの程度骨頭を覆っているか等を評価し、優、良、可、不可、と判定します。不可というのは将来変形がおこって痛みなどが生じるおそれのある関節を意味します。
先天性股関節脱臼が原因で臼蓋形成不全となった患者さんで、ソルター手術を5才までに受けすでに成長終了した20例を調査しました。他の疾患を合併している場合や他の手術を同時におこなっているケースは除外しております。このようにしてこの手術を単独でうけられた20例の長期成績は、優17、良1、可2であり不可はありませんでした。
現在では技術もより洗練されてきましたし、手術方法や手術器械も格段に進歩しておりますので、今後はさらに良い長期成績を確信しております。

ホームページのトップへ