先天性股関節脱臼に対する大腿骨骨切り・骨盤骨切り(ソルター手術)の同時手術
先天性股関節脱臼の場合、程度の差はあっても大腿骨の股関節に近い部位の変形があります。程度は個々によって異なりますが、変形が強い場合には骨頭が臼蓋の中心に向いていない為、股関節が不安定となり、成長過程で臼蓋形成不全が進行し、場合によっては著しい亜脱臼となることも稀ではありません。また、骨頭が正しい方向に向いていない場合には、手術的整復やソルター手術によって骨頭を覆うことを試みてもうまく行きません。
大腿骨切り術は、大腿骨の股関節に近い部位で骨切りをおこない、骨頭を臼蓋の中心に向け両者の正しい位置関係を構築し、さらにこのような状態を保つことにより臼蓋の発達を促すことることを目的としています。この場合、骨頭が正しい方向に向いても、骨頭と臼蓋の間に大きな関節介在物がある場合には同時に関節を開いて整復を邪魔している物を取り除く必要があります。また、大腿骨の変形があると多くの場合臼蓋形成不全も存在していますので、同時に骨盤骨切り術(ソルター手術やトリプル骨切り術)をおこなってより安定な股関節を形成しなくてはなりません。
大腿骨切りと骨盤骨切り(ソルター手術)の同時手術は手術侵襲も大きく、出血量も多くなるので敬遠されてきました。どうしても行わなくてはならない場合には、術前に大量の自己血を採取したり、2回にわけて手術をおこなったりしてきました。しかし小さい子の自己血採取はしばしば困難であり、注射針を数回にわたって刺すことは子供に恐怖心を植え付けることにもなります。また、大きな手術を2回に分けて行うことは患者家族にとってあまりにも大きな負担となります。そこで水野病院では3年前から小児麻酔専門医による低血圧麻酔を導入しております。低血圧麻酔により、止血操作が容易となったばかりでなく、術中総出血量を大きく減少させることができ、同時手術を安全かつ確実におこなうことが可能となりました。
下図は2008年までにおこなった18例の同時手術の手術時間と術中出血量のグラフです。たとえば5歳で体重18kgの子供であれば術中出血量は180cc以下に抑えたいところです。通常の麻酔法で行えば大腿骨切り術で100〜150cc、ソルター手術で150〜200cc、合計250〜350ccとなることが予想され、通常輸血を準備して臨まなくてはなりません。しかし、低血圧麻酔法を用いればグラフのように100cc前後以下に抑えることができ、しかも最近では40ccの出血で手術が終了しており、輸血の心配はまず無いといってよいでしょう。出血の心配をしないで手術ができる、というのは大きな強みです。手術内容そのものに神経を集中することができるからです。

2歳女子、他院にて整復を行ったが、初診時、写真のごとく立位で不安定な関節であった。
しかし、股関節を外転かつ内旋すると骨頭と臼蓋の関係は改善した。

大腿骨切りをおこない、骨頭を臼蓋の中心にに向けたところ。
さらにソルター手術を同時におこなってさらに安定性を与えた。

5歳のX線像。股関節は安定し、歩行はもちろん駆け足も良好である。

手術時間は約3時間20分、麻酔導入、ギブス巻きなどにさらに1時間30分必要です。9時手術室に入室すれば2時前後に帰室ということになるでしょう。
術後の強い痛みは1−2日で和らぎ、1週以内には痛みはなくなります。今日では良く効く痛み止めがあり、患者さんにあった方法により痛みを緩和するようにしています。なお痛み止めを大量に使うことは副作用の点からも危険があり、完全に痛みを止めることはかえってよくないときもあるため、患者さんに応じた痛み止めの対応を行います。また、全身麻酔の影響で術後嘔吐、嘔気が続くことがありますが、次の日の朝頃には消失します。
手術合併症
1)出血によるショック:出血量は少ないのでこれまで経験しておりません。万が一合併症が発生したときは輸血を含めた救急対策、ならびにその原因の追求を早急におこないます。ギブスは出血を吸収する機能があり、このことによって手術創内に血液がたまるのを防いでおります。出血によりギブスが汚染されることがありますが、少量の汚染ならば問題にはなりません。
2)肺炎、尿路感染症:元気な子供であれば通常考えられません。全身状態が良く無い場合には可能性が高くなります。術後の体位変換を定期的に行って肺炎防止を行います。また必要に応じて抗生物質の投与を行います。
局所の合併症としては
1)骨癒合不全による関節変形:骨が脆いためにピンの固定が不良の場合におこる可能性があります。また、不慮の事故(交通事故とかベットから転落する)の為に外力が加わってピンがはずれることがあります。変形が大きいと判断された場合には再度骨固定を行います。
2)手術側の大腿骨短縮:脱臼の程度が強ければ矯正のために大腿骨を短縮しなければなりません。そのため、術後脚長差が出現します。ほとんどが2cm以内であり、日常生活において問題となることはありません。たとえ跛行があったとしても、術後4年くらいで脚長差は目立たなくなり歩様は改善しますが、万が一脚長差が持続すれば脚延長術も考慮されるかもしれません。
3)大腿骨の股関節に近い部分の外側への突出:やせ形のお子さんでは目立つことがありますが、数年以内には目立たなくなります。
4)大腿骨頭壊死:これまで経験しておりませんが、
5) 創感染:水野病院ではまだ経験しておりません。全身状態が良く無い場合に起こりやすくなります。たとえ感染したとしてもあわてることはありません。骨癒合をまってから早めに金属を抜去すれば治癒してしまいます。
6) 褥そう:まれに見られますが、最終的には完全に治癒しております。これも全身状態が良く無い場合に起こりやすくなります。発生した場合には、局所の圧迫を防いで治癒に向かわせます。
7)骨盤の骨の手術操作の為に皮膚に分布する神経が麻痺し、大腿部前面のしびれ感が出現することがあります。回復するのに長期間(1年以上)かかる場合がありますが、小児で問題となることはありません。また、骨盤変形の為に、稀ですが将来妊娠出産の時に帝王切開が必要となることがあるかもしれません。このことは心に留めておいてください。
8)同時に観血的整復をおこなった場合には、骨頭壊死などの合併症が発生することがあります。もし発生した場合には成長の過程で骨頭が大きくなったり、変形したりすることがあるので、骨盤側と大腿骨側に追加手術が必要な場合があります。
術後の予定
ギブス固定6週、その後訓練をおこない可動域か改善し、仮骨形成が充分となれば坐位とハイハイを許可(およそ術後8週たってから)、術後12週で全荷重します。
退院は術後1週以内(ギブスが乾けば退院)、第2回入院期間はギブス除去後2週以内(ROM回復し、ハイハイと坐位ができたら退院)、10週で全荷重、抜釘術後2-3ヶ月。抜釘後は問題がなければ13-14才になるまで、1年おきの診察です。遠方からの患者さんの場合には全荷重が可能になるまで入院可能ですが、その場合には御相談ください。
抜釘の場合には数日の入院です。