脳性麻痺

 最近は脳性麻痺の患者さんが水野病院を訪れる機会がおおくなりました。私は滋賀県から東京都に移っていろいろ思うことがありましたが、その1つはこの疾患に対する治療についてです。滋賀県では乳児検診によって脳性麻痺、もしくはそれが疑われる場合には県立小児保健医療センターに紹介され、小児神経科、整形外科、眼科などで詳しい検査が行われすみやかに訓練を中心とした治療が開始され、大きな成果を上げていました。ところが、東京都においてはどうでしょうか。いくつかの施設で個別に治療はなされているようですが、どうもシステムとして確立したものが存在しないようです。本来脳性麻痺の治療の中心は小児科です。個々の症状にどう対処するかだけでなく、家庭でどのように接してゆくか、さらに学校の選択をどうするか、などなど小児科の先生を中心としてグループとして対処してゆくべき疾患なのです。東京都にはこのような治療システムがそもそも存在していないようです。これは何とかしなくてはなりません。水野病院は町の普通の病院ですので、障害児の治療にはいろいろ制約がありますが、可能な範囲でこの疾患の整形外科的治療を開始しようと思います。とりあえず両麻痺(簡単にいえば支え歩きなど下肢の移動機能を持っている)お子さんを対象として取り組んでゆきます。

脳性麻痺とは

 
脳性麻痺とは、出生前後の様々な原因によって脳神経細胞が障害されて生じる運動麻痺のことです。四肢・脊椎の筋肉は協調性を失い短縮したり過緊張したりし、やがて関節は本来の可動性を失い、変形が進んで患者さんの日常生活は著しく制限を受けるようになります。
障害は四肢脊柱ばかりではありません。脳の視細胞が障害されると斜視などが発生し、両眼視ができなくなります。目の障害は手の発達を妨げ、さらには知的発育を阻んでしまいます。したがって、可能な限り障害を取り除いてゆく必要があります。
脳性麻痺にもいくつかのタイプがあり、大きくは痙直型、不随運動型、失調型にわけられ、痙直型はさらに、片麻痺、両麻痺、四肢麻痺に分類されています。もちろんそれぞれのタイプの中には重症度があり、重度のものほど四肢脊椎の障害は重くなってきます。ここでは主として痙直型について述べてゆきます。

片麻痺による変形

片麻痺とは文字のごとく左右のどちらかの上肢ならびに下肢の麻痺があるものです。歩行は可能で、多くの場合普通学校に通って生活ができます。ただし、どちらかというと不器用でありスポーツなどは苦手な場合が多いようです。特にボールを扱うスポーツが不得意です。麻痺側の下肢はやや短いくなりますが、多くの場合2cm以内の差ですので足底板をいれるなどして十分対処できます。30%くらいに麻痺側の足の内反もしくは外反変形が出現します。また、10%弱に外反母趾が発生します。股関節脱臼の発生率はは4−8%です。

両麻痺による変形

上肢よりも下肢の麻痺が強い状態です。少なくとも何らかの支持があれば歩行可能なことが多いようです。私の経験では、最終的に歩行が可能かどうかは、およそ5−6歳までに歩けるかどうかで決まります。下肢を交互に動かせるかどうかも重要なポイントです。
下肢の痙性麻痺(筋肉が硬く緊張する麻痺)のため、股関節と膝関節は屈曲位となり、足首は底屈して踵が挙がった状態になる為立位が不安定となります。椅子に座った時、膝を曲げる筋肉が硬いので骨盤が前に移動しやすく、長時間座位が不安定となります。また背部が丸くなり(円背)、顔がいつも下を向いているため、たえずよだれが垂れていることもまれではありません。突然の声にびっくりして体が反り返って椅子から前に滑り落ちることもあります。
約10%に股関節脱臼を認め、35%に外反足、9%に内反足が出現します。また9%に外反母趾が発生します。
両麻痺の場合の治療目標は、安定した歩行です。その為に股関節脱臼を予防すること、もし脱臼が発生したならばすみやかに整復することが必要です。とにかく運動機能の中心は股関節ですので、ここに障害が発生すると歩行は著しく妨げられます。
膝を曲げる筋肉の緊張が強く座位が安定しない場合には、この筋肉の延長が必要です。多くの場合5歳前後に行うのが適切です。また同時股関節周囲筋、大腿四頭筋、にアキレス腱の延長を同時に行います。こうした柔部組織の延長手術は10歳以降におこなうのは好ましくありません。すでに関節の変形が発生し、また本人が変形した姿勢に適合しているからです。
足の変形も歩行の妨げとなります。特に内反変形はたとえわずかであっても矯正しなくてはなりません。外反変形が強い場合には靴が履きにくかったり、歩行の蹴りだしが弱くなったりするので、これも矯正が必要です。

四肢麻痺による変形

四肢の麻痺の為、ほとんどの場合歩行は不能となります。治療の目標は安定した座位ということになります。重度の麻痺では首が安定しないため、座位の際には頭の支持が必要となることもあります。
股関節脱臼は50%に発生します。股関節脱臼は安定した座位姿勢を大きく妨げますので、腸腰筋、内転筋、膝屈筋などを延長してその予防に努め、もし脱臼したならばあらゆる手を使って整復しなければなりません。完全脱臼が放置されれば、半数の例で10代の後半に耐えがたい股関節痛が発生します。
四肢麻痺では脊柱側彎も高頻度に発生します。多くの場合股関節脱臼を伴い、それぞれが影響しあって変形が増強してゆきます。高度な側彎があると座位のバランスが悪くなり、安定した座位ができなくなりますので矯正が必要です。


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