脳性麻痺に対する整形外科的治療
整形外科の役割は「四肢脊柱の運動機能を妨げている変形を矯正し、その子が本来持っている能力を最大限に発揮できる身体的条件を整えてリハビリが効果的に行えるようにする」ということです。身体の変形を残したまま訓練を続けても効果はあまり期待できません。たとえば股関節が脱臼したままで歩行訓練をおこなったと仮定してみましょう。体の支えの無い状態では、いくら歩こうとしても正しい歩行パターンは得られず、また正しい歩行にとって必要な筋肉が発達しないことは容易に理解できると思います。したがって、筋肉の拘縮が強くリハビリだけで治せないと判断されれば筋解離をおこなったり、股関節が脱臼しようとしていたりすでに脱臼しているのであれば手術的整復を行ったり、四肢麻痺で脊柱変形が強ければ骨手術によって金属を使って本格的に矯正しなくてはなりません。重要なことはあくまでも手術は本来の運動機能を妨げている不利な状況を除去し、リハビリを円滑に行えるようにする為のものであるということです。厳密に言えば「手術によって機能を上げるのではない」ということです。治療のタイミングも重要です。たとえば5歳までであればリハビリが重要です。そしてリハビリにもかかわらず拘縮が残れば5歳前後に筋解離を行います。股関節脱臼は運動機能を大きく妨げるのでなんとしても防止しなくてはなりませんが、万が一学童期に脱臼してしまったならば、多くの場合骨手術が必要となるでしょう。このように麻痺レベル、変形程度そして年齢を考慮しながら治療計画を立てます。
脳性麻痺の整形外科的手術療法には大きな誤解があります。たとえば「整形外科的手術によって歩けるようになった」ということがしばしば主張され、論議されています。しかし、このことをもっと正確に言うならば、「手術によって本来その子がもっている歩く能力をさまたげている種々の因子が取り除かれ、その後の訓練の結果歩行が可能になった」というべきであります。歩けるようになるかどうかはその子のもっている神経学的能力によって決まります。したがって歩行に必要な神経学的発達があるならば、たとえ現在歩行が不自由でも、それを妨げている原因を取り除き、その上で訓練を行えば歩行可能となるはずです。この点はしっかり押さえておく必要があります。実際には5-6才までにたとえ不自由でもなんとか歩行ができるようになった場合には、訓練によって実用歩行が可能となる可能性が高いことが経験上わかっています。5~6歳時点での変形は訓練だけでは矯正困難です。したがって、小学校入学までに変形があれば整形外科的変形矯正手術が重要となります。
整形外科的手術の実際を、代表的な両麻痺の場合について述べます。両麻痺というのは上肢、下肢に麻痺があるけれども、下肢の麻痺が相対的に強い場合を言います。なんらかの形で移動が可能ですが、下肢拘縮の為に歩行が妨げられていることが多いものです。整形外科的手術によって下肢拘縮を除去し、その後の訓練を続けることにより実用歩行が獲得できる場合が多いと考えます。
両麻痺においてよく見られる変形は、股関節の内転、屈曲拘縮、膝関節の屈曲拘縮(関節が伸びないこと)、足関節の尖足変形などです。これらの拘縮が長期にわたって持続すれば、股関節脱臼、足の内反あるいは外反変形が生じてきます。
股関節の変形と手術方法
股関節脱臼。股関節は人体で最大、最強の関節で、なんらかの障害が生じると人間の基本的な姿勢や移動が大きく障害されます。したがって、可能な限り本来の形態と機能を維持しなくてはなりません。
脳性麻痺で最初に発現する症状は股関節の内転拘縮です。内転拘縮が発生すると、両下肢が閉じたままとなり、さらには交差するようになってオムツが替えにくくなったり、歩行しづらくなったリします。これは股関節内転筋の短縮によるもので、ストレッチや装具などで改善しない場合には手術的治療が必要です。手術は内転筋の付着部で長内転筋などの腱性部分を解離します。もし、このような内転拘縮を放置しておくと股関節脱臼へと進展し、治療は一層困難となってしまいます。脱臼が高度になると股関節周囲筋の緊張により堪え難い痛みが発生することがあります。脱臼を原因とする股関節の痛みについては意外と知られていませんが、本人にとっては痛みはもちろんのこと、睡眠障害など本人にとっては大きな苦痛となります。とにかく内転筋拘縮は早め早めに対処することが重要です。
また、腸腰筋の拘縮によって股関節の屈曲拘縮(伸展が制限される)こともあります。屈曲拘縮があると、立位時に股関節が前屈したままとなり、正しい姿勢がとれません。この場合には腰筋の付着部を解離します。
術後はギブスを巻き、股関節を30度以上外転した状態とします。ギブスは6週間装着しますが、最初の3週で一旦外し、その後の3週は夜間のみの装着とします。
膝関節の変形と手術方法
膝関節の変形は膝屈筋の拘縮によっておこります。膝屈筋は長い筋肉で、関節運動によって大きく伸び縮みし、それが故に筋短縮の程度も大きくなります。膝関節の拘縮があると立位姿勢が悪くなるだけでなく、坐位の時骨盤が前方に移動し脊柱が丸くなって頚、頭が安定しなくなります。これは膝関節を屈曲する筋肉群が短縮していることが原因です。したがって、このような場合にはこれらの筋肉の腱の部分を延長して矯正します。
術後は膝伸展位で6週ギブスを巻きます。後半の3週は夜間のみの装着とします。
足の変形と手術方法
足の変形は尖足・内反・外反扁平足などであり、これらの変形があると歩行が不自由になります。尖足があると歩行時に踵が接地せず、安定歩行が困難となります。砂利道で転びやすく、疲れやすくなって長距離歩行ができません。また、坐位での下肢の安定が妨げられ、長時間坐位が困難となります。坐位姿勢では下肢の重みは足底で支えることになりますので、足底が正しく床に接地していないと長時間坐位は安定しなくなるわけです。
尖足は下腿三頭筋の短縮によって発現します。この場合、下腿三頭筋と連続したアキレス腱を延長することで矯正をおこないます。アキレス腱延長手術は極めて簡単で、20分程度で終了します。
アキレス腱延長後は、膝から足指までのギブス固定を4週おこないます。数日後にはギブスの状態で歩行していただきます。術後2週でいったんギブスをはずして創の状態を確認します。術後4週後には状態に応じ装具を装着することもあります。
内反変形は踵骨が内反・内転し、距骨の下へ潜り込んだ結果発生します。つまり骨と骨の配列に問題が起こるわけです。この場合、変形がつよければ骨と骨の配列を矯正する内反足手術、或いは年齢に応じて関節固定を起こないます。変形が軽度であれば、アキレス腱延長と後脛骨筋腱の延長などを組み合わせておこないます。腱の延長だけの場合にはギブス固定4週で良いのですが、骨手術の場合は6週間以上固定が必要となります。
外反扁平足変形は、尖足変形が持続した状態で体重負荷がかかると、足関節ではなくその遠位の関節(距骨と舟状骨の関節)で変形が起こった結果発症するものです。つまり、踵骨は尖足の状態のまま、距骨に対し、舟状骨が背屈・外転移動する結果発生します。外反扁平足変形は重度でなければそれほど困らないのですが、靴が履きにくいとか靴擦れができるようなことがあれば矯正が必要です。この場合、年齢が低ければ腱延長で対処しますが、年齢が高くなれば(10歳以上)関節固定術が適応となります。