症候性側弯

神経疾患、筋肉疾患など、様々な病態に伴って発生する脊柱側彎を症候性側彎と呼び、原因不明の特発性側彎や脊椎奇形による先天性側彎と区別しています。本来側彎の治療は小児整形外科学を基礎とすべきものでありますが、わが国ではこの分野の研究が特発性側彎を中心として発展してきました。このことは世界的にみれば極めて例外的なことであり、良い面もありますが、多くの問題も同時に発生することになりました。たとえばわが国では症候性側彎の治療学が大変遅れているのですが、これは小児整形外科を基本としなければは不可能だからです。

脳性麻痺の患者さんや脊髄の問題で足が麻痺している方、また筋肉の力が低下している筋疾患の患者さんに側弯が生じてくる場合があります。立位ができている間は、自分でバランスをとることができ、また脊柱の筋肉もまだそれほど衰えていないので脊柱変形が発現しにくいものと思われます。しかし、小学校高学年ころになると筋力低下が進み車椅子中心の生活になると側彎が急速に進む場合があります。このような場合には、座位の安定を図り、背骨が彎曲することによる心肺機能への悪影響を予防するため彎曲を矯正し、進行を予防しなければなりません。彎曲の矯正は多くの場合手術的になされます。患者さんの中には特発性側彎症の患者さんよりカーブも強く、硬く、全身状態もやや不良な方が少なからずおられ、治療側も苦労することが稀ではありませんが、手術後の御両親の感想をお聞きすると、見かけのために手術した方にくらべ機能的に目に見えて改善することが多いためか(安定してすわれる、食欲がアップした、風邪を弾かなくなったなど)、多くの方が高い満足感をもたれます。1988年から2002年までに滋賀県立小児保健医療センターでは、症候性側彎61例の手術をおこないました。手術は特発性側彎と比較するとはるかに難しいものですが、今日では手技の向上、手術器械の改善、麻酔学の進歩などにより殆どの症例に対して安全に行えるようになりました。

神経疾患、脊髄疾患、筋肉疾患、骨疾患のそれぞれ代表的なものを解説します。

1. 脳性麻痺における側彎
 生活の中心が、坐位もしくは臥位である場合は、約半数に30度以上の脊柱側彎が合併しています。通常彎曲は骨盤の左右の傾斜を伴う為、患者さんは姿勢保持が困難となり、日常生活は著しく制限されてきます。座位を保つため上肢による支えが必要となり、日常動作に必要な上肢運動が困難となります。また、姿勢が崩れることにより正面を見ることが困難となり、目からの刺激が入りにくくなります。彎曲の程度が著しくなると、内臓に圧迫が加わり呼吸器系や消化系不全が起こって生命そのものまで脅かされる場合があります。たとえば、脊柱変形のため小腸が圧迫され腸閉塞が実際におこることもあります。この場合、カテーテルを小腸に入れることが必要ですが大変難しい操作となります。胸郭変形のため肺容積が減少し、風邪を引きやすくなり、しばしば肺炎を併発することもあります。このように脳性麻痺に伴う進行性の脊柱変形はまことに厄介なものとなります。
保存療法(装具療法)は10歳以下の年少時には有用で、側彎の進行を遅くする可能性がありますが、体格が大きくなったり、カーブが強くなると装具をつけること自体が困難になりますし、一般的に脳性麻痺のお子さんは、外から体幹を束縛されるのを嫌います。したがって、すでに重度の変形が有る場合には保存療法に固執するよりも最初から観血的治療が望ましいと考えます。
手術では骨盤の傾きを矯正し、頭部が骨盤の中心に来るようにします。そのためには、固定を強固にし、矯正のための金属棒は骨盤にまで延長しなければなりません。四肢麻痺の患者さんにおいては、骨脆弱を認めるのが普通であり、矯正に限界があるかもしれません。15歳を過ぎると脊柱可動性が乏しく(硬くなる)なりますので、手術は15歳になるでに行うのが良いと考えられます。また先にも述べましたように、15歳以前で40度のカーブを超えた場合は、側彎は60度以上に進行し日常生活に大きく影響するとされています。このような知見に基づき、的確に患者さんの将来を予測して、必要最小限の治療により患者さんの負担を少なくしていくことが合理的であると思います。ただし治療に際し、全身状態の把握は重要であり、特に栄養状態の不良な場合は手術の適応とはなりません。
側彎手術は患者さんにとっても治療者側にとっても負担の大きいものですが、術後得られるものは大きいものです。脊柱バランスが改善されれば座位が安定し、手も自由になりますので行動範囲が広がります。また内蔵への影響は改善されます。たとえば、手術後横隔膜が下に下がり肺容積が増大するので、風邪を引かなくなったとご家族から多数の報告があります。また、食欲が出てきた、声が大きくなったなどのうれしい知らせをたくさんいただきます。

    

脳性麻痺の女児です。高度の脊柱側彎の為、手術前には座位が不安定で、手で支えないと座位バランスがとれませんでしたが、術後は手の支持は不要となり長時間の座位が可能となっています。

 

2. 二分脊椎における側彎
二分脊椎における脊柱変形は、先天性椎弓欠損部から髄膜・脊髄が体外に脱出し神経麻痺が生じた場合に発生しやすくなります。麻痺が胸椎レベルでは全例に、下位腰椎レベルでは約半数に側彎が発生します。側彎の原因は、1)高位麻痺レベルによる体幹筋力低下、2)水頭症による痙性片麻痺、3)脊柱の成長により癒着した脊髄が牽引を受けて発生する麻痺、4)二分脊椎に伴う脊椎奇形、などが原因と考えられています。側彎は骨盤の傾きを伴うことが多く、体幹バランスが崩れ坐位が不安定になります。また坐位においては知覚麻痺がある両側の座骨部に均等に体重が加わらない為、同部に難治性の褥創ができやすくなります。さらに、股関節脱臼、膝関節拘縮、足部変形が合併する場合があるので患者さんの日常生活は著しく制限されるようになり、腹臥位での生活を余儀無くされることもあります。高度の弯曲に対して保存的治療は無効であり、観血的治療により、脊柱・骨盤の三次元的矯正をおこないます。まず、骨盤の傾きを矯正することが重要です。骨盤傾斜の矯正が不十分な場合は骨盤まで金属棒の固定を伸ばす必要があります。場合によっては骨盤の手術をおこなって坐骨を水平にすることが必要となります。前後方向の矯正では注意が必要です。下位腰椎の後彎を強くすると、女子の場合自己導尿が困難となり、弱めの後彎では股関節屈曲拘縮のため立位が不可能となる場合があるからです。術前には股関節を評価をし、場合によっては股関節手術を行っておかねばなりません。

3. 進行性筋萎縮症(いわゆる筋ジス)における側彎
進行性筋萎縮症における側彎は、起立歩行困難となり坐位が生活の中心となると発症し急激に進行します。矢状面での変形は、極端な腰椎後彎と胸椎前彎です。椎体は強い回旋をともない、彎曲と同時に骨盤の左右方向への傾きが生じる為、バランスが崩れて坐位保持が困難となります。体幹の重みがすべて一方の坐骨結節にかかるために同部に痛みを生じ、坐位が妨げられて患者さんの日常生活は著しく制限されるようになります。この疾患においては体の中心にある大きな筋肉と比べ、末梢の筋肉は比較的遅くまで保たます。そのため患者さんは車椅子生活となっても手を使った作業は可能であることが多いのですが、坐位を保持するために上肢が使われてしまうので、手の機能が十分に発揮されなくなります。したがって、側弯の矯正は生活を確保する意味でも必要なことと考えます。手術は全身状態が増悪しないうちに、そして彎曲が強くなる前に行うことが望ましく、脊柱の前後方向の変形と骨盤の傾きを矯正し、強固な固定をおこなって術後早期に離床するようにしなければなりません。一般に10歳ごろより肺活量の減少が始まるといわれており、1年に約4%ずつ、最終的に正常の25%まで減少するといわれています。また側彎が進行するにつれ肺活量も減少するため、早めに治療した方が手術による合併症も少ないとされており、肺活量が通常の40%以上、または側彎が35度以下であるうちに手術をした方が良いと報告している研究もあります。コルセットはカーブの進行を遅くはするかも知れませんが、止めることはできません。コルセットを長期使用した後、10代後半で手術が必要となっても、その時点ではすでに肺活量が30%を割っていたり、心臓が不整脈などの異常をきたしていて、もはや手術が行なえなくなっていることが少なからずあります。現在の日本では筋ジスの患者さんに早期に脊柱の手術を行うことはまだ殆ど受け入れられていないのが実状ですが、これは今まで我が国のこの疾患に対する医療の中で、患者さんにそもそも脊椎の手術を受けるという選択肢が無く、多くの方が20歳前後で亡くなることは避けられないとの認識が一般的であったためかもしれません。この分野で日本よりかなり進んでいるアメリカでは、小児科医が初めに患者さんまたは家族に病名を言う時に、同時に今後の治療計画として、10歳頃になったら背骨の手術をして背骨が曲がらないようにすべきであることを説明するそうです(Dr. John Bach, New Jersey Medical School, USAによる)。理由は明解です。患者さんの寿命を伸ばすためです。もちろん呼吸のリハビリテーションもきわめて大切です。両者がうまくなされれば、30代後半以後まで元気に生活している方が少なからずおられるようです。正しく座れることで、生活の内容(ライフクオリティー)も改善しますが、それ以上に重要なのはライフセービングです。この目的での側彎手術がもっとも必要なのは実はこの病気の患者さんであると思います。

4. 骨形成不全症における側彎
重度骨形成不全症においては、易骨折性とともに著しい骨変形、筋力低下を伴っています。このため支持ならびに移動能力が奪われ、2歳を過ぎても支持歩行不可能な場合があります。脊椎骨も脆弱で、重症例では椎体変形が見られます。椎体変形のある場合は、脊柱全長にわたる特異的な側彎を生じます。また、脊柱矢状方向においては、ほとんどの例に胸椎前彎、胸腰椎移行部の後彎、腰椎(特に腰仙椎部)の高度前彎が見られます。脊柱側彎は早期に発生し、10歳前後急激に進行することが多いようです。重症例では肋骨脆弱の為、保存療法が困難です。手術療法の場合、矢状方向の変形に伴う肋骨変形、ならびに骨脆弱性の為に、手術操作は困難を極めます。四肢長管骨にたいする髄内釘手術の後、側彎が進行すれば、高度彎曲に至らないうちに手術療法が必要でしょう。

      

上図は骨形成不全による側彎例です。高度な脊柱変形により座位が不安定でしたが、術後はバランスが回復しています。骨そのものが脆弱なため、また変形が著しいため手術は困難を極めますが、術後に得られるものは大きいです。

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