誓 い
体が石の様に重い。彼女は疲れた体を奮い立たせて馬の手綱を引いた。
「エーディン様、レスターがむずかって私の手には負えません。
代わりますから傍にいてあげてください」
オイフェはそう言うとエーディンから手綱を受け取った。
「ありがとうオイフェ。貴方もシャナンも疲れているでしょう・・・・」
「大丈夫です。それより今日は野宿になりそうです」
「そう・・・余り人目のつかない所をみつけて今日は休みましょう」
エーディンはそう言って馬車の奥にいるレスターの許へと向かった。
「レスターどうしたの?お腹がすいのたかしら」
「マンマー、マンマー」
「エーディン・・・ごめんなさい。
僕がきちんとレスターの相手が出来ないから」
「何を言うのシャナン。貴方は小さな子達の兄としてよくやっています。
本当はこれは大人の役目なのに本当にありがとう」
エーディンはそう言って微笑むとシャナンを抱きしめた。
シャナンは照れながらも溢れそうになる涙を拭った。
「シャナー、イタタなの?」
その声はやっと片言を話すようになったセリスだった。
「なんでもないよ、セリス。もう眠くないのかい?」
「ウン!あそんでシャナー」
セリスはシャナンの名前を呼び抱きついた。
「ウワッ」
その勢いでシャナンはひっくり返った。
「まあセリスったら」
エーディンはその格好が可笑しくてつい笑ってしまった。
その騒ぎを耳にして眠っていた子供達が目を覚ました。
「アー、ウーアー」
「ウーン、アー
」
「オハヨー」
順番にアイラとレックスの娘のラクチェ、その双子の兄スカサハ
そして戦乱の中で親とはぐれてしまい、エーディン達に拾われたトリスタン。
「うわっ!みんな起きちゃった」
「さあシャナン、皆のお相手をお願いね」
エーディンはそう言うとレスターを連れオイフェの方に行ってしまった。
「そんなー」
シャナンは情けない声を出したが、その声は幼子の歓声かき消されていった。
「オイフェ、いい場所は見つかりそう?」
「ええ、もう少し行ったら古びた教会があると以前に出会った商隊の人が言っていたので」
「そう」
「それより皆起きてしまったみたいですね」
「ええ、もう少したら食事にしないとね。泣き声の大合唱になってしまうわ」
日も暮れかかった頃、目的地の教会に辿り着いたエーディン達は
休む間も無く食事の準備に取り掛かった。
「トリスタン、皆を見ていてね」
「はい、エーディンさま」
トリスタンはそう言うとセリスの手をしっかりと握り、まだハイハイがやっとの
レスター達を一生懸命にあやしていた。
「トリスタンが聞き分けのいい子で助かりました」
オイフェがため息をつきながら言うと
「ぷっオイフェ、なんかジジ臭いよ」
とシャナンがからかう様に言った。
「なっ!!」
「シャナンったら、それはオイフェが可哀想よ」
とエーディンもクスクスと笑いながら言う。
「エーディン様まで・・・」
オイフェはガックリと肩を落とした。
三人が笑いながら食事を作っていると突然、子供達の悲鳴にも似た泣き声が聞こえてきた。
三人は慌てて子供達の許へと走った。
「どうかしたのトリスタン!?」
「大丈夫かセリス」
「セリス様!!」
そこには大怪我をした一人の騎士がいた。
その男は大事そうに包みを抱きしめながら
「すまない驚かせるつもりはなかった。
天幕が見えたのでつい・・・子供達だけとは思わなかったので」
「ひどい怪我、待っていていまリライブをかけます」
エーディンはシャナンに杖を取ってくるようにたのんだ。
「何があったの?」
「同行していた商隊が盗賊に襲われた」
「そう・・・何処に行こうとしていたの?」
「レンスターだ」
「エーディン、持ってきたよ」
「ありがとうシャナン」
「待ってくれ、貴方はユングヴィのエーディン公女?」
男は驚きの声をあげ、彼女を見つめた。
「ああ、神よ感謝します。
エーディン様、私はエルトシャン王に仕えていたクロスナイツの一人でフリッツと申します」
一瞬身構えた三人はエルトシャンの名を聞くと驚きそして
「話は貴方の怪我を治療してからにしましょう」
「すみません。あのミルクはありますか?」
「えっ?」
フリッツは大事そう抱きしめていた包みを三人にみせた。
そこには金色の髪の赤子がスヤスヤと眠っていた。
「安心して、たくさんとは言えないけどその子が満足するぐらいはありますから」
エーディンはオイフェに目配せするとオイフェは心得ているとばかりに
フリッツから赤子を貰いセリス達の傍に連れていった。
エーディンはライブを唱えてシャナンの用意した薬でフリッツの手当てをした。
しばらくしてエーディン達は仮眠をとっていたフリッツのもとへと集まった。
「あの・・・」
オイフェが申し訳なさそうに声をかけた。
「すまない。眠ってしまったようだ」
「いいえ、それより何があったのか話しくれますか?」
「はい・・・」
フリッツが話し始めようとした時
「シグルド達、無事にバーハラについたの?」
シャナンは彼の話を遮り突然フリッツに尋ねた。
「御存知ないのですか?」
「えっ?」
「シグルド様の軍は叛乱軍としてバーハラで攻撃され皆殺しにされたました」
「嘘だ!」
「そんな・・・シグルド様・・・」
「全員亡くなったのですか?」
エーディンが抑揚の無い声で尋ねた。
「ラケシス様の話だとシレジアに逃れてきた者は一人もいないと」
「ラケシス?彼女に会ったのですか」
エーディンが泣き出しそうに聞いた。
「はい、私はエルトシャン様亡き後、あても無く商隊の傭兵をしていました。
そしてシレジアでレンスターまで行きたいと言う女性が加わりました。
驚きました。身なりは質素にしていましたがすぐに姫様とわかりました。
私は姫様にシレジアの方が安全では?と言いました。
すると・・・・」
(フリッツ、私はこの子を父親の国で育てたいの。
きっとアレスもレンスターに居るわ。
貴方はノディオンの騎士としてアレスを探してちょうだい)
エーディンは力なく微笑むと
「ラケシスらしいわ。それで彼女は?」
「わかりません・・・盗賊に襲われた時には姫様は隊列の前にいました。
私はデルムット様を守るのがやっとで姫様を見失ってしまいました」
フリッツは悔しそうに首を振った。
「それではあの赤ん坊はラケシスの子なのね」
「はい」
エーディンはシレジアで仲睦まじくしていたラケシスとフィンを思い出し
やり切れない気持ちになるのだった。
その時
「エーディン!!どうしてそんなに冷静でいられるの?
皆がシグルドがジャムカがブリギットが死んじゃったんだよ」
「シャナン!」
「僕・・・・絶対に信じない。だってセリスが・・・」
シャナンはそう言うと走って子供達の眠る天幕に行ってしまった。
「シャナン・・・エーディン様、後でシャナンには私から良くいい聞かせます」
「オイフェ・・・・誰だってこんな悲しいことは信じたくないわ。
でもね、私たちはあの子達を守らなくては」
「はい、エーディン様」
「あの、私も同行させて下さい。足手まといかも知れませんが」
「いいえ、とても心強いわ。お願いしますねフリッツ」
エーディンは泣きそうなオイフェをそっと抱きしめると
「オイフェ、私とフリッツが起きてるから、貴方は少し眠りなさい」
「でもフリッツさんは怪我を・・・・」
「大丈夫だ、何かあったら大声をだすから
」
「それじゃあ、後で交代しますから」
オイフェはそう言うと天幕には行かずにエーディン達の近くに
マントを広げ横になった。
オイフェの寝息が聞こえて来ると
「眠ったようですね。
エーディン様・・・これからこの世界はどうなるのでしょうか」
「私には判りません。ただあの子達だけは・・・」
エーディンは子供達の眠る天幕を見つめたまま、言葉を発する事はなかった。
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