誓い






レヴィンの知っているシャナンは、アイラに守られていた小さな少年だった。
けれども今、目の前にいる青年は若いが相当の修羅場をくぐり抜けただろう事は
その目を見ただけで感じ取れた。

「立派になったなシャナン・・・」

レヴィンはシャナンには「大きくなった」とは言わなかった。
それは少年がただ成長しただけではない事を十分察しての言葉だった。

「レヴィンは余りかわらないな」

「そうか?そうだなお前達のように苦労してないからな」

「レヴィン?」

「それより、ここはティルナノグなのか?」

「いいやティルナノグは砂漠の向こうだ」

「ではセリスは無事だな」

「ああだと良いのだが・・・この子がここに居る事を考えると」

シャナンは心配そうにレヴィンの腕の中のラクチェを見つめた。

「シャナン。この子はもしかして」

「ああ、面影があるだろう?
アイラの子供の頃を知っている者達は生き写しだと言っている」

「そうか・・・それで納得したよ。俺が来る前にこの子が数人の兵を斬った。
その切り口が昔見た流星剣と同じだったんでな」

「なっ!ラクチェが流星剣を?この子はまだ剣を持って半年も経っていないのに」

「そうなのか?怒りがそうさせたか」

シャナンはその言葉に自分が最初に流星剣を使った時の事を思い出していた。


「シャナン様!!」

その声はひどく慌てていた。

「ラクチェがこの村に!ってラクチェ?」

シャナンを呼んだ声はラクチェをみつけて駆け寄った。

「大丈夫だ。気を失っているだけだ」

「あの貴方が妹を?有難うございます」

「妹?ではお前はスカハサか!」

「えっ?俺の事を知っているんですか?どうして・・・・」

「ふっ、何度か子守をさせられた。お前の父上は強引でな」

「父の事を知っているんですか?」

「まあな・・・・それよりシャナンここでは落ち着いた話もできない。
 ティルナノグに行こう」

「そうだなスカサハはアサドにその旨伝えてきてくれ」

「はい」

スカサハは生存者を確認しているアサドのもとへと行った。



シャナン達は僅かな戦士を村の近くに見張りとして配置して
ティルナノグに行くため砂漠地帯へとはいった。

「うっうーん」

「ラクチェ!気づいたの?俺が解る?」

「スカサハ・・・どうしてスカサハがここに?あっリリー!!」

「駄目だよ。安静にしてないと」

「スカサハ!?リリーは?村の皆は?」

「リリーは亡くなったよ」

「そう・・・あれは夢じゃなかったのね。皆死んでしまったのね」

ラクチェはそう言って声を殺して泣き出した。

「ラクチェ・・・・」

スカサハは傷ついてしまった妹になんと言って声を掛けていいか分からずに
その背中をさすってやっていた。

「有難うスカサハ。スカサハがここに居るって事は、シャナン様が助けてくれたのね」

「ラクチェ覚えてないの?」

「えっ?

「助けてくれたのはシャナン様の知り合いなんだって。シレジアの人だよ」

「シレジアの!?じゃあ、かあさまやとうさまの事知ってる人?」

「そうみたいだよ。今シャナン様と話してる」

ラクチェはそっと馬車の中からシャナン達がいる場所を見た。

「あの人が?なんかシャナン様楽しそう」

「そうかな」

ラクチェはスカサハのその問いには答えず、また横になった。

「スカサハ、私寝るね。ティルナノグについたら起こしてね」

「うん」

スカサハはそんなラクチェに毛布を掛けてやるのだった。




ラクチェは辺りの騒がしさで目を覚ました。

「うーん、ついたのスカサハ?」

「起きたか・・・」

「シャナン様」

「歩けるかラクチェ?」

「はい、迷惑かけてすいません」

ラクチェはシャナンに支えられながら馬車を降りた。

「ラクチェ」

レヴィンと話ていたエーディンがラクチェの姿を見て駆け寄った。

「よかった無事で。村が襲われたと聞いて駄目かと思ったわ。
レヴィンありがとう」

「いいや、この子の運の強さだ」

レヴィンはそう言ってラクチェに微笑んだ。

「あの助けてくれて有難うこざいます。ぼんやりとしか覚えてなくって」

「いいさ。あんな風景は忘れたほうがいい」

「でも・・・・」

ラクチェは忘れてはいけない気がした。
けれどもそれを言葉にするのは難しかった。


シャナンとジャムカはグランベル兵の来襲に備えて、兵を配置すると
レヴィンの待つ部屋へとやって来た。

「待たせたなレヴィン」

「いや、俺の事はいい。それよりジャムカ、よく生きていたな」

「お前こそ。どうやってあの混乱の中を?」

「覚えているのは、風が教えてくれたシグルドの最後の言葉と
 泣いていたシルヴィアの顔だけだ。」

「シルヴィア?たしかクロード神父とノイッシュとエッダに向かった筈だったな」

「理由が解らないが、シグルドの進めにあの三人は従わなかったらしい。
バーハラの惨劇を察知していたのかも知れない。
俺は瀕死のままワープで飛ばされた。そこでフュリーとアレクに助けられたんだ」

「それじゃあ他にも飛ばされ者がいるかもしれないな」

「そうだといいんだが・・」

「レヴィン?」

「シャナン、アイラとレックスはシグルドを助けに突っ込んでいった。だから・・・・」

「そうかきっとアイラがレックスの止めるのも聞かずに行ったんだろう。
アイラは言っていた。イザークの民は恩儀は絶対に忘れないと・・・」

覚悟はしていたのだろう、シャナンは余り驚かなかった。

「それよりレヴィン子供達に会うだろう?」

「ああ」



三人は子供達が待つ部屋へと向かった。

「そう言えばジャムカの所も女の子がいたな」

「ああ、ラナという名だ。もうすぐ4才になる」

「そうか俺の娘と同じくらいか」

「お前にも娘が生まれたか。名前は?」

「ティニーと名付けた」

「可愛いだろうな」

「グランベルのブルームにティルテュと共に連れて行かれた」

「なっ!?」

ジャムカとシャナンは驚きの声を上げた。

「レヴィン・・・」

「俺のミスだ。城にいないほうが安全だと思い奥地に住まわせていたんだ」

二人は何と声を掛けていいか分からず黙ってしまった。

「エーディンには内緒にしといてくれ、これから俺のやる事を聞けば
エーディンは俺を怒るだろうから。泣かれても困るしな」

「助けにはいかないのか?」

「シャナン・・・俺はティルテュに生きていて欲しいんだ。
無茶をして死なせたくはない」

確かにフォルセティを使えば、敵地でも恐れる事はないかもしれなかったが
ブルームの持つトールハンマーと対峙すれば危険は大きかった。

「いつかはな・・・・」

レヴィンは昔見せていた笑みを浮かべた。



「ここか?」

中からは子供達の声が聞こえる。

「質問攻めにあうだろうから覚悟しといてくれ」

扉を開けると一斉に子供達の視線を感じた

「レヴィン様・・・・」

「オイフェ?」

「お出迎えもしませんで申し訳ありません」

「気にするな。この子がセリスか?」

オイフェの後ろから隠れて自分を見ている子供を見ながら訊ねた。

「セリス様この方はシレジアのレヴィン王です。お父上と共に戦われた方です」

「セリスです。ようこそいらっしゃいました」

「大きくなったなセリス。
俺が知っているお前はシャナンにそばで片言を話していたのに」

レヴィンはそう言ってセリスの頭を撫でた。

「あのレヴィン様は王様なんでしょ。どうして国にいないの?
王様ってお城にいるものでしょ」

「セ・セリス様!」

オイフェは慌てて止める。

「そうだなお前にはまだ難しいかもしれなと思うが。俺は王では無くなったっだ」

「どうして?」

「それはセリスが戦場に出た時に話そう」

「戦場・・・・」

「怖いか?」

「怖くないよ。オイフェもシャナンもいるし僕、強くなるんだ」

「そうか・・・」

レヴィンはセリスの言葉を聞きながら、シグルドの事を思い出した。


****


その夜ラクチェとスカサハはシャナンに呼ばれた。

「二人に話しがあるんだ」

「ちちうえとははうえの事?」

「ラクチェ」

逸るラクチェをスカサハが止める

「そうだラクチェ、スカサハお前たちの両親はバーハラの戦いで
シグルド公子セリスの父上を助ける為に敵陣に向かっていったそうだ」

「それじゃあ、かあさまやとうさまは?」

「おそらく・・・・」

「嘘よ!だってレスターの父上だって、デルムの母上だって生きてたじゃない!」

「ラクチェ・・・シャナン様を責めるな」

「だけどスカサハ」

ラクチェはスカサハを見て絶句した。
スカサハは涙を拭こうともしていなかった。
流しているのも気づいていないのかもしれなかった。

「ラクチェ、スカサハ。俺だって信じたくない。
けれどもしこれから戦いの中で両親の死が決定的になった時
取り乱して命を落として欲しくないから今話した。それとこれをラクチェに・・・」

シャナンはラクチェに細い包みを渡した。

「これは?」

ラクチェは包みを開けた。それには使い込まれたているが手入れのされた剣だった。

「それはアイラが使っていた勇者の剣だ。お前達の父レックスから贈られた物だ」

「母上の。でもどうして私に?剣はスカサハの方ができるのに」

「今日、お前は敵に襲われた時イザ−ク王家の必殺剣を使った。
それにこの剣は余り重くないからな。女のお前が扱うのに丁度いい」

「でも・・・・」

「ラクチェ貰っておきなよ。俺に遠慮する事無いよ。それに・・・・」

「なによスカサハ・・・」

「それ持ってたら無茶しないでくれるかもしれないし」

「うっ」

「大切に扱えよ」

「ありがとスカサハ」

そんな双子のやり取りをシャナンは何も言わず見守っていた。



数日後

「もう少し居てくれればいいのに・・・・」

「すまない。これからレンスターとそれに入れたらバーハラにも行きたいんだ」

「そう・・・」

「無茶はするな」

「ああ、分かってるって。ジャムカ子供達を頼むな」

「当然だ」

「それじゃあ何かあったら連絡する」

レヴィンはそう言うと途中まで同行するアサドに合図をした。

「それではシャナン様、くれぐれも出歩かないように」

「アサド!俺はもう子供じゃないよ」

「だからこそです」

「シャナン、子供じゃないって言ってる間は子供だぞ」

「レヴィン・・・・」

「ジャムカやアサドがいるんだ。もう少し子供でいてもいいんじゃないか」

レヴィンはそう言ってウインクした。



***



それから十年近い月日が流れた。

「デルム!」

「セリス様」

「もう少ししたら出発だね」

「大丈夫です。オイフェさんもレスターもトリスタンだっているし」

「でもお目付け役のフリッツがここに残るから、君暴走しないようにね」

「セリス様・・・それよりフリッツをこき使って良いですからね」

「なに?まだ口利いてないの。いい加減にしなよ」

「利いてくれないんです。俺が利かないんじゃないです」

フリッツは今回初めて偵察の任務でイザークを出るデルムットについて行けずに
不機嫌になっていたのだ。

「親離れ子離れは必要さ」

「セリス様だってオイフェ様が遠出した時泣いてたじゃないですか」

「あれは小さい時だろ」

「でもあの時セリス様は・・・」

「わー言わなくていいって」

とそこに

「セリス様ー、かあさまがお呼びです」

「わかったよラナ。ほら行くぞデルム」

イザークで生まれたラナは13才になっていた。

そしてエーディンの才能を受け継いだ彼女は、プリーストとしてセリス達に
無くてはならない存在になっていた。

「ラナ、お父上の様子はどう?」

「まだベットからは出れないけど、少しは動けるようになりました」

「よかったー。会わせて貰えなかったから心配だったんだ」

「父は弱った姿を見せたくないんだろうって、かあさまが・・・」

「エーディンが?そっかそうだよね」

ジャムカはこの前のグランベルとの小競り合いで大怪我を負っていたのだ。

セリス達が歩いていると庭の方から剣のぶつかる音が聞こえてきた。

「あの二人またやってる・・・・」

「セリス様、ラクチェがしつこいってスカサハ嘆いてました」

「ラクチェはスカサハから一本とるのに苦労してるから。
ラナ、二人が怪我しないか見張ってて」

「はーい」

ラナはセリスに言われて双子の許へと駆けて行った。


「ラクチェ」

「ラナ。待っててね!いまスカサハから一本とるから」

「おい、まだやるのかよ。俺疲れたよ」

「何言ってるの。ラナの前で私に負けるのが嫌なんでしょ」

「なっ!手加減しないからな」

「当然」

「二人ともー、頑張ってね」

そしてその緊張感のない声援に二人は脱力するのである。


一方セリス達は

「えっ!?来週には出発するの」

「レヴィンからの知らせで子供狩りが、大掛かりなってきたからって
 オイフェが各国の状況を一刻も早くしりたいって」

「でもエーディン様、シャナン様が戻られてからって話ではなかったですか」

「デルムットの言うとおりなんだけどね。シャナンはいつもどるかわからないし」

シャナンは神剣バルムンクを探して、度々ティルナノグを留守にしていた。



「大丈夫だよ。ジャムカが頑張ってくれたお陰でグランベルも当分は
動かないと思うから・・・」

セリスはオイフェとアサドの指南のお陰で、若干17才で状況判断は大人顔負けだった。

「セリスがそう言うなら安心ね。オイフェには私から伝えておくわ」

エーディンは頼もしそうにセリスにそう言った。

その夜、ラナを除いた少年達はセリスの部屋に集まった。

「レスター、デルムット来週の出発だね。これ僕達から旅の安全に」

それは小さなナイフだった。

「皆・・・ありがとう」

「良いんだって!それよりレスターは筆不精みたいだけど、手紙書いてよね」

「なんだよそれは!ラクチェだって手紙なんか書かないだろ」

「また始まった。セリス様、デルムットこいつらはほっときましょう」

「そうだね」

「スカサハ!セリス様酷い」

「もう当分会えないんだから仲良くしなよ」

「喧嘩するほど仲が好いっていうし」

「デルムット私にやられたいの?」

「まあまあ、これでも飲んで」

セリスはそう言って小さな酒樽を出した。
そして次の日、五人はエーディンの大目玉をくらう事になるのだった。



一週間後

「それでは行って参ります。エーディン様宜しくお願いします」

「ええ、オイフェ心配しないで頂戴。レスター、デルムット無茶はしないでね。
トリスタンも二人をお願いね」

「はい、エーディン様、お任せ下さい」

「兄さまお気をつけて・・・」

「大丈夫だって、ラナも母上達の事頼むな。この人達は皆、無鉄砲だから」

「ちょっとレスター!」

エーディンとセリス達はレスターの言葉に抗議した。

「はい、兄さま任せて下さい」


「フリッツ・・・」

「デルムット様、気をつけて」

「うん、無茶はしないからね。セリス様の事頼んだよ」

「なんたよデルムット。そんなに僕って頼りない?」

「違います!」

「解ってるって、心配しなくても大丈夫だよ。皆がいるんだから」
「はい!」

別れが尽きない少年達を見ていたオイフェが声を掛ける。

「レスター、デルムットそろそろ行くぞ」

「はい」

二人の若者は馬上の人となり出発した。



「なんか寂しくなっちゃうね」

「ラクチェは喧嘩友達がいなくなって寂しいんだね」

「セリス様!」

「それじゃあ、お作法でも勉強する?貴方も王家に繋がる人間なんだから」

「そうしましょラクチェ」

「エーディンもラナも意地悪よ!私がそういうの苦手なの知ってるでしょ」

ラクチェは真っ赤になって城の中へと戻って行った。

「ラナも言うね」

「だってセリス様、ラクチェったらムキになるから面白くって」

ラナはラクチェとは3才年下だったが、さすがエーディンの娘である。


オイフェ達が旅立って2か月後にシャナンが戻って来たが
バルムンクの情報が入り、ティルナノグをまた離れようとしていた。

「シャナン心配しないで。
僕達なら大丈夫だって、自分達から攻め込んだりしないから」

「しかし・・・」

「これからの戦いにバルムンクは絶対に必要になるんだから」

「セリス・・・くれぐれも無茶はするな」

「大丈夫だって。本当にシャナンは心配性だな」

シャナンは後ろ髪が引かれる思いで、城を旅立っていった。
それから半年後、ティルナノグにグランベルが攻めて来た為に
セリス達は挙兵する事になる。






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