祈りの舞
13
シレジアの春は遅い。
しかしシグルド軍のいるセイレーン城は春の喜びに包まれていた。
シルヴィアとノイッシュの娘アイリーンが生まれて二ヶ月あまり、アグストリアから逃れ
僅かな安らぎを得たシグルド軍には小さな命が育まれつつあった。
「シグルドー、セリスー」
アイラと早朝練習を終えたシャナンが、朝の散歩に出ていたシグルド親子を見つけて駆け寄った。
「シャナン、おはよう。凄い汗だな」
「おはようシグルド。へへ今日は打ち合い30本だったんだ」
「30本!?アイラ、ちょっとハードではないのか」
シグルドはシャナンの後に続いてやって来たアイラに苦笑しながら聞いてみる。
「心配は無用だシグルド。シャナンはオードの直系だ、この位なんともない」
「君がそう言うのならそうだな。・・・・アイラ少し具合が悪そうだが如何かしたのか」
シグルドの問にアイラは
「ああ 少しだけな。後で医務室に行って見る」
「そうか・・・・あまり無理はするな。そうだ今日はシャナンは俺が預かろう」
「いいのか?」
「セリスもシャナンに懐いてるし今日は家族サービスをするつもりなんだ」
シグルドはセリスをあやしているシャナンを呼んだ。
「なあに?シグルド」
「今日はレヴィンの誘いで湖に行くんだがシャナンも一緒に如何かと思ってな」
「えっ いいの?」
シャナンは嬉そうに聞いてきたが直ぐにアイラを振り返った。
「アイラの許可は貰ったから遠慮しなくていいぞ」
「ほんと?やったー!シグルド、アイラありがとう
セリス、今日はずっと一緒にあそべるぞ」
そう言って、はしゃぐシャナンをアイラとシグルドは微笑ましく見守るのだった。
朝食を終えて仕度を整えたシャナンはアイラに連れられてセイレーン城の城門にやってきた。
「アイラ・・・皆がいるけど如何したのかな?」
「見送りにしては多いな」
そんな2人に気付いたシグルドが2人を呼んだ。
「シグルド公子、何かあったのか?」
「ああアイラ、何でもないんだ。
ただ出かける者達とかち合ってしまってね。
それにセリスがアイリーンもと駄々をこねてね」
シグルドが示すほうを見るとエーディンに抱かれているセリスの側にノイッシュが夫妻いた。
エーディンが駄々をこねるセリスに何か言い聞かせている。
「シャナン、セリスの所に言って相手をしてやりなさい。
そうすればセリスの機嫌もなおるだろう」
「うん、そうするね。セリスー何を泣いてるの?」
シャナンが近寄って行くとセリスはエーディンの腕の中からシャナンへと手を伸ばした。
「あーうー」
「シャナン、貴方が来てくれて助かったわ。
セリスったらアイリーンが気になるらしいのよ」
エーディンに言われてシャナンはシルヴィアに抱かれている赤ん坊を見た。
アイリーンは人々に注目されているにもかかわらず、泣きもせずに笑っている。
シャナンはセリスとアイリーンを見比べるとポンと手を叩いた。
「ねえアイリーンも一緒に行かない?」
「えっ!?」
「セリスはきっとアイリーンと友達になりたいんだよ。赤ちゃん同士だし」
シャナンの言葉にそれはないだろうと思っている大人達だったが否定して傷つける訳にもいかず
どうしたものかと顔を見合わせる。
そこに痺れを切らしたレヴィンが様子を見に来た。
「どうしたんだ行かないのか?」
「ねえレヴィン。アイリーンを連れて行ったら駄目なの」
シャナンがエーディンからセリスを受け取りながら聞いてきた。
「アイリーンも?って事はノイッシュ達も行くのか?馬車がもう一台いるか」
レヴィンの言葉にノイッシュは慌てて
「いや俺たちはシレジア城下に行こうかと」
「えーでもセリスは一緒に行きたがってるよー」
その言葉にセリスを見た大人達はセリスがアイリーンに何かを話しかけているのを見て
小さな笑みを浮かべた。
「よしノイッシュ、シルヴィア、城下へはお前達だけで行けばいいさ。アイリーンは俺が預かる」
「レヴィン王子!?」
「そんな無理よレヴィン」
慌てて止める二人だったがレヴィンは任せておけと強引に2人を納得させると
シルヴィアからアイリーンを受け取ってシャナンを引き連れてシグルドの元へと向かった。
「待たせたなシグルド。ティルテュ公女」
「レヴィンその子は・・・・」
「アイリーンじゃない、レヴィン王子抱かせてくれる?」
ティルテュはレヴィンからアイリーンを引き取ると彼女に頬ずりした。
「わー柔らかい」
「よくノイッシュ達が預からしてくれたなレヴィン」
「セリスがアイリーンにご執心でな」
「「えっ!?」」
シグルドとティルテュは驚きの声をあげ、レヴィンを不思議そうにみるが
レヴィンは機嫌よさそうに口笛を吹きながらシャナンを連れて馬車に乗り込んでしまった。
「さあ2人とも出発だぞ。遊ぶ時間がなくなるぞ」
レヴィンの言葉に2人は頷き馬車に乗る事にした。
*****
レヴィンに連れられてやってきたシグルド達はその場所の美しさに感嘆の声をあげる。
所々に雪は残っているが、セイレーン城付近とは違いそこは春の兆しが所々に現れていた。
近くには小奇麗な山小屋もありそこの煙突からは煙もでていた。
「あそこには誰かすんでいるのレヴィン?」
そうシャナンが訊ねると
「あそこは別荘みたいものなんだシャナン。
まだ外は寒いからマーニャが暖炉に火をともしてくれているのさ」
「マーニャ殿が来てくれているのか?」
「ああ、昼食の準備やセリス達の昼寝用のベットもあるから
思う存分楽しんでくれ」
その言葉にシャナンは抱いていたセリスを降ろして手を繋ぐと湖に向かって駆け出した。
「俺が2人を見ているから、荷物を小屋に追いて来れば良い」
「そうさせてもらうよレヴィン」
シグルドはそういうと小屋に向かったがティルテュはアイリーンを抱いたままレヴィンと隣を動かなかった。
「ねえレヴィン、どうしてあたしを誘ってくれたの?」
「なっなんだよ突然!」
「だってあたしと貴方ってそんなに仲が良いわけではないでしょ。それにあたしは・・・・」
「なんかさ俺、ティルテュの事が気になるんだよな。あの打ち上げ花火の時から」
「えっ!」
「俺さ、元気のいい娘が好きみたいなんだ」
「そっそうなんだ・・・ありがとう」
「それにティルテュの髪の色もな」
「・・・・」
「あーレヴィン。ティルテュを口説いてるー!」
「なっシャナン!お前は余計な事を言うな!」
シャナンの言葉にティルテュとレヴィンは真っ赤になる。
そんな2人をセリスは不思議そうに見上げていた。
そして照れたレヴィンが逃げるシャナンわ追いかけ始め
それを小屋の中からシグルドとマーニャが笑ってみていた。
お昼になりマーニャの作った昼食を食べながら過ごしていたシグルド達に小さな出来事が起こる。
昼食を食べ終えたセリスはシャナンと寝かされていたアイリーンの側にいたのだが
突然シャナンがシグルド達を呼びに来た。
「如何したんだシャナン?何があったんだ」
「いいから!ちょっと静かにしてセリスを見ててよ。ちゃんと聞き耳たててね」
大人達は何の事か解らなかったがシャナンの言うとおりする。
すると
「リーン・・・・ねんね。リーン・・・ねんね」
なんとセリスが片言でアイリーンに話しかけているのだ。
それも自分がいつも寝かされる時の真似もしていた。
「うわっ!やったなシグルド!」
「公子おめでとうござます」
「セリスがしゃべってる・・・リーンだって」
「ああ・・・・嬉しいんだが複雑な気分だ」
「どうしてだ?」
「第一声は私を呼んでくれると嬉しかったのだが・・・・」
シグルドがそう言うとシャナンが頬を膨らましながら
「それなら僕だってシャナンって言われたかったよ」
と言い、シグルドはレヴィンにシャナンと同じレベルだとおおいにからかわれるのだった。
そして楽しい一時を過ごしたシグルド達はセイレーン城に戻りさらに嬉しい知らせを聞くことになる。
アイラの懐妊の知らせである。
その夜は城の内外でお祝いの歓声がいつまでも聞こえていた。
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