祈りの舞



12



シルヴィアに子供が産まれて一週間ほど経ち
彼女と子供は医務室からノイッシュに与えられた部屋へと戻ることになった。
ノイッシュは2人が快適に過ごせるように部屋の準備をしながら
クロードに言われた言葉を思い出していた。
自分の話をシルヴィアはどこまで理解できるだろうか。
そんな事をふと思ったが直ぐにその考えを打ち消した。
彼女は周りからは、子供っぽく見られがちだったが頭の良い気が利く女性だ。
ノイッシュの説明を聞けばすぐ理解してくれると解っていた。
しかし2人の間に生まれたアイリーンの立場は微妙だ。

今はまだクロード神父が継承者としているからいいが、成長していけばどうなるか分からない。
もちろんノイッシュは我子を護るつもりではいたが、ブラギの血を引く事は公には出来ないと思っていた。
そこにドアをノックする音が聞こえたのでノイッシュは慌ててドアを開けた。

「ただいま、ノイッシュ。私がいなくて寂しかったでしょ?」

「まあな・・シルヴィア、本当にお疲れ様」

「ノイッシュありがとう。それでアイリーンのベットは何処なの?
この子って本当に手の掛からない良い子みたい。
お腹が減った時にちょっと泣くだけで後はとっても大人しいの」

「へえ・・・・セリス様の時とは違うな」

ノイッシュはセリスが生まれた時の子とを思い出してそう呟いた。

アイリーンを寝かせたシルヴィアは、ノイッシュが入れてくれた紅茶を飲む為に椅子に座った。
どこから切り出すべきか迷っていたノイッシュはカップを口に付けては離すという状態を繰り返していた。
そんなノイッシュにシルヴィアは不思議そうに声を掛けた。

「ノイッシュ如何したの?なんか落ち着き無いわよ。何か心配事?」

「ああ、君に大事な話があるんだ」

ノイッシュは何も知らずに微笑むシルヴィアを見て心を決め話し出した。


「それじゃあ、その行方不明の公女様があたしだっていうの?」

「ああ・・・・・」

「でも証拠は?聖痕のことは偶然に濃くでたのかもしれないし
それにクロード様もノイッシュも金髪でしょ?あたしの髪もアイリーンも緑よ。
此処に来て思ったのあたしの両親はシレジアの人だったのかなって」

「そうだ君の母上はシレジアの方だ」

「えっ?!」

「君の母上はクロード様のお母上である公妃が亡くなられた後
後添えとしてシレジアから参られ数年後、君が生まれた。
ご両親もクロード様も大変喜ばれた。
君が攫われたあの日は、君の3才の誕生日をお祝いする式典の最中だったんだ」

「そんな・・・」

「シルヴィア、君には信じられない事ばかりで混乱しているのは分かっている。
だが・・・・我父になり代わり、言わせて欲しい」

ノイッシュはそう言うとシルヴィアの前に肩膝をついた。

「ノイッシュ?」

「我父の力及ばずに公女さまには大変なご苦労をおかけ申し上げお詫びのもうしようもございません。
願わくば死した父をお許しいただきたく・・・「やめて!!」」

シルヴィアはノイッシュに抱きついた。

「ノイッシュお願いだからそんな事はしないで。
あたしは誰の所為だとも思ってないから。
それに踊り子としてアグストリアにいたから
貴方に会えてこうして貴方の奥さんなれた。
だからあたしはこの運命に感謝してるの」

ノイッシュはシルヴィアを抱きしめながら思った。
彼女のそう思える心こそがブラギの直系の証だと。


******


その夜、ノイッシュとシルヴィアはアイリーンはを連れてクロードの部屋を訪れた。

「よく来てくれましたね。二人ともどうぞこちらへ・・・・・」

通された部屋には何故かシグルドやキュアン夫妻それにレヴィンまでがいた。

「待ってたのよ二人とも、早く座って」

「エスリン様、あの・・・・」

「驚かせてごめんなさいねシルヴィア。
少し貴方達にお話があってクロード様に無理に同席を許して頂いたの」

エスリンがすまなそうにうに言い、その後にシグルドが話を続ける。

「私達はあちらの部屋で待っているから三人でゆっくりと話して欲しい」

そう言って立ち上がると隣の部屋へと行ってしまった。


少しの沈黙の後、最初に口を開いたのはクロードだった。
「シルヴィア、とても驚いたでしょう?
でも私はとても嬉しいのですよ。捜し続けていた貴方が見つかって」

「クロード様・・・・あたし・・・・」

「すぐには受け容れられないでしょうが少しづつでも私を兄と思ってくださるのを待っていますよ」

クロードの言葉にノイッシュは少しながら驚いた。
温和な彼が遠まわしながらも早くシルヴィアに事実を受け入れて欲しいと言ってるのだ。
いつものクロードとは違う事にノイッシュは何か言い知れぬ不安を覚えた。

それはシルヴィアも感じていた。
しかしその疑問を彼女は口にはしなかった。クロードの瞳の中に深い哀しみを見つけたから。

「クロード様、お暇な時でいいですからお母さんやお父さんの事を教えてくれますか?
それにあたしの生まれた故郷の事も・・・・・」

「もちろんですよ。沢山お話したい事があるのです。
どれだけ父も母も貴方を愛していたのか、待っていたのか」

クロードの言葉にシルヴィアは堪えきれなくなり、涙を浮かべた。
天涯孤独と思っていた自分を捜していてくれた事が、待っていてくれた人がいた事がとても嬉しかった。
そんなシルヴィアの気持ちを察してノイッシュがそっと手を握った。

「あのクロード様、一つだけ聞きたい事があるんです」

「なんでしょうか?」

「あたしはこのまま踊り子でいていいんですよね?」

「シルヴィア?どうしてそんな事を言うんだ!?君は・・・・」

驚いてしまったノイッシュを制してクロードが応えた。

「貴方がこのままでいたいと言うかもしれないと解っていました。
それも含めてこれからの事を話したいのです。
ノイッシュ、シグルド公子達を呼んで来て下さいますか?」

ノイッシュは頷くと隣の部屋にいる彼らを呼びに行った。
シグルド達は直ぐにやって来た。
そしてシルヴィアが涙ぐんではいるが、取り乱していないのを見てホッとした表情をした。

「シルヴィア大丈夫?」

「はい。エスリン様、お気遣い有難うこざいます」

「当たり前でしょ。貴方は大切な仲間で、お兄様の腹心であり私の遊び相手のノイッシュの奥さんなんだから」

「エスリン様・・・・・」

「シルヴィア、私達は本当に嬉しいんだ。
これでノイッシュの心の枷が執れると思うと・・・」

そのシグルドの言葉をノイッシュは慌てて遮った。

「シグルド様・・・・それ以上はまだ・・・・」

「すまない・・・」

シグルドはノイッシュに頷きそれ以上は何も言わなかった。
気まずい雰囲気を破ったのはやはりエスリンだった。

「あのね2人に話って言うのは、突然なんだけどシルヴィアにレンスターに
来てもらえないかなかなっと思って」

「「えっ!?」」

ノイッシュとシルヴィアは驚きの声をあげた。

「エスリン、結論だけ言ってどうする。
すまない2人とも驚かせて」

キュアンはそう言うと二人に夏までにはレンスターに帰るつもりでいる事、そしてその時に
シルヴィアとアイリーンも一緒にレンスターへ行ってはどうかという事だった。

「あの、あたしはここにいてはいけないんですか?」

シルヴィアは混乱しながらも取り乱さずにキュアンに訊ねた。

「どちらが良いのか私達にも判断がつかない。
ただいずれにしてもこの軍にいれば戦いに巻き込まれるだろう。
私の国が安全とは言えないが軍について行くよりは良いとおもう」

シルヴィアは叫びたかった。
どうして自分達だけ離れなければいけないのか危険はセリスやシャナンも同じはずだ。
しかし言えなかった。
セリスはシグルドの子だ。
護る兵も沢山いる。
シャナンにもアイラがついており更にオードの血筋としての力を出し始めていた。
しかしアイリーンは自分が護るしかないのだ。
ノイッシュに戦いの中ずっと一緒にいてくれとは言えなかった。

「あの・・・・あたし・あたし・・・・」

シルヴィアは抱いていたアイリーンを見つめた。
自分にそっくりな瞳の色、しかし目元はノイッシュにそっくりだ。
ノイッシュと離れたくないそう思うだけで涙が出てきた。
座っていた椅子から立ち上がるとアイリーンをギュっと抱きしめて部屋を飛び出した。

「シルヴィア!」

ノイッシュは慌てて彼女を追いかけた。

「傷つけてしまったわね・・・・」

エスリンがそう言って2人が出て行ったドアを見つめた。

「そうだなしかし時間がない。2人には申し訳ないが・・・・」

落ち込んでいるレンスター夫妻を見ていたレヴィンはため息をつくと呆れたように言った。
「あんた達は考えすぎなんだよ。
シルヴィアは今まで一人で生きてきたんだ、強い娘なんだよ。
軍に居たってやっていける。そう思わないかシグルド公子?」

「そうかもしれない。だがレヴィン私は女性達をもう戦わせたくない。
いや私について来た全ての者達をこれ以上辛い目にあわせたくない」

「シグルド・・・・」

「じゃあ考えようぜ。どうすれば仲間を失わずして濡れ衣を覆せるか」

レヴィンの言葉は叶うはずがないと無意識のうちに皆が解っていた。
しかしそこにいた者達はそれでも頷くしかなかった。

「シルヴィア待ってくれ。走ると危ない」

ノイッシュは直ぐにシルヴィアに追いついた。

「シルヴィア、俺は君を手放すつもりはないから!だから泣かないでくれ」

「でも・・・・」

「君もアイリーンも俺が守るから」

「ほんとうに?」

「ああ。絶対に守ってみせる、キュアン王子には俺から言っておくから何も心配しなくていいから」

ノイッシュはそう言うとそっと彼女を抱きしめた。

「部屋に戻ろうかノイッシュ。なんだか疲れちゃった」

「ああ・・・・」

ノイッシュは頷くとアイリーンをシルヴィアから受け取り片腕に抱き、もう片方は彼女の手を取った。
そんな気遣いが嬉しくてシルヴィアは泣き笑いの表情を愛するノイッシュに見せるのだった。




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