祈りの舞



11


それは小さな奇跡なのか、クロードには判らなかった。
シルヴィアが赤ん坊を産んだのは明け方の日が出始める頃だった。

「シルヴィア、よく頑張ったわね」

「エーディン様・・・赤ちゃんは?」

「大丈夫よ、今体をきれいにして貰っているから。貴方によく似た女の子よ」

「そうですか・・嬉しいなあ」

シルヴィアはエーディンの言葉に安心したのかウトウトとし始めた。
そんなシルヴィアを医師に任せると、エーディンはクロード達が待つ一室へと硬い表情で向かった。


ドアを開けるとノイッシュが駆け寄って来た。

「エーディン様!!シルヴィアは?子供は無事に?」

「ええ、安心してノイッシュ。赤ちゃんもシルヴィアも大丈夫です」

「よかった・・・・すいません、私はシルヴィアの所へ行ってきます」

ノイッシュはそう言って部屋を出て行こうとしたが、突然クロードに呼び止められる。

「クロード様?」

「ノイッシュ、シルヴィアに会う前に貴方に知っていて欲しい事があるのです。
エーディン、貴方にお願いをした事を心苦しく思います」

「いいえクロード様。知らずにいる事の方が・・・・」

エーディンは苦しそうに首を振った。

「如何したというのですか?クロード様、エーディン様」

ノイッシュは2人の様子に不安になり問いかける。


「ノイッシュ、私は以前貴方に言いましたね。
貴方とシルヴィアの中にも小さな光が生まれると」

クロードの言葉にノイッシュはオーガヒルで言われた言葉を思い出して頷いた。

「私はブラギの塔で、未来を垣間見ました。
それは避けては通れない運命です。
遠い将来ブラギの血を引くものが聖杖バルキリーを使います。
しかしそれは私ではありません」

ノイッシュはクロードの言葉に絶句した。

「そんな!では一体だれが?」

「エーディン、シルヴィアが産んだ子供に聖痕はありましたか?」

「はい・・傍流とは思えぬほどはっきりと」

「なっ!?」

「やはり・・・・ノイッシュ、聖杖バルキリーを使う者は貴方達の中から生まれます。
今日生まれた子かもしれません。次に生まれてくる子かもしれません。
ですが確かな事は貴方達の中から生まれるのです」

ノイッシュの体はガタガタと震えていた。
確かに自分には僅かにブラギの血が入っている。
しかしそれは継承者を生み出す程の濃いものではなかった。
クロードに違うと言いたかった。
しかし声が発する事を拒否するかのように出なかった。
エーディンは呆然とするノイッシュを心配そうに見つめていた。

そんな重苦しい部屋の扉がとても嬉しそうな女性の声と共に開いた。

「ノイッシュ!可愛い貴方の娘を連れてきたわよ。
如何したの三人とも深刻な顔をして?」

生まれたての赤ん坊を抱いたエスリンが三人を見て驚きの声をあげて立ち止まる。
後ろにはシグルドとキュアンもお祝いを言うために一緒に来ていた。

「クロード様?ノイッシュ?いったい如何したというんだエーディン?」

シグルドは的確に答えられるのはエーディンと判断し問いかけたがエーディンは悲しそうに目を伏せた。
歓喜に溢れている筈の部屋の重たい空気を破ったのはノイッシュだった。

「エスリン様、娘を抱かせて貰えますか」

「当たり前でしょ。貴方は父親なんだから落とさないようにね」

エスリンはそっと赤ん坊をノイッシュ渡した。
赤ん坊を渡された彼は一瞬、愛しそうなそして泣きそうな顔をしたが直ぐにその表情は消えて
いつもの真面目な彼の顔になった。
そして次に彼の言った言葉にシグルド達は驚きの声をあげる。

*****

「エーディン様、何処に聖痕があったのですか?」

「右肩よノイッシュ」

「聖痕?どうゆうことだ?」

「シグルド、落ち着け。今は見守るしかない」

「しかし・・・・・」

キュアンに止められてシグルドは逸る気持ちを抑えてノイッシュの行動を見守った。
ノイッシュは清潔で柔らかな布に包まれた娘の右肩をそっと布からだした。
そこには紛れもないブラギの聖痕が浮かんでいた。

「くっ・・・・」

赤ん坊を抱きしめたまま動かないノイッシュを心配してエスリンが近づいた。

「えっ!?この印は・・・・ブラギの聖痕・・・」

「なんだって!」

シグルドとキュアンはエスリンの言葉に驚き駆け寄った。

「これは・・・・」

「何故、ノイッシュの娘の体に?クロード様、お話下さいますね」

「ええ、シグルド公子。長くなるのでこちらに」

クロードはそう言ってシグルド達に椅子を勧めた。
エーディンもまだ立ち尽くしているノイッシュを座るように促した。


「14年前のエッダの乱を覚えてますか?公子」

「ええ私はまだ子供でしたがグランベル中が騒然としていたのを覚えています。
確かクロード様の歳の離れた妹君が攫われたのでしたね」

「そうです。エッダ公国の総力をつぎ込んで捜索しましたが妹は見つかりませんでした」

「たしかその時、エッダ公爵の奥方も亡くなられた筈でしたね。
その後、ノイッシュが私の遊び相手として城内にあがった」

シグルドの言葉にノイッシュが反応して顔をあげたそして苦しそうに口を開いた。
「あの時、私の父は攫われた公女を探すためにグランベルを出ていました。
父は己を責めていました。エッダ公のご信頼を裏切り賊に公女を奪われたと・・」

「ノイッシュ。あれは貴方のお父上の所為ではありません。
それにあの出来事はこれから起こる事の前触れに過ぎなかったのです」

「クロード様?」

「シグルド殿、シルヴィアはきっと私の生き別れになっていた妹です」

「えっ!?」

シグルド達は驚きの声をあげる。

「赤ん坊に浮かんだ聖痕がその証拠です。
聖戦士の父を持つシルヴィアと傍流でもノイッシュの中にもエッダの血は流れています。
その血の具現がこの子でしょう」

「でもクロード様、クロード様だっていつか結婚なされて子供がお生まれになるでしょう?
その時この子の存在は・・・・」

「エスリン!失礼だぞ余計な事はいうな」

「でもお兄様・・・・」

シグルドとエスリンが言い合いをはじめた時、不意に赤ん坊が泣き出した。


「お前達が煩くするからだぞ」

「「キュアン!」」

「ノイッシュ何をそんなに恐れているだ。
この子の人生はまだ始まったばかりなんたぞ。父親のお前がそんな事では駄目だ」

「キュアン様・・・・」

「そうですよノイッシュ。私は言った筈です、この子は希望の光だと」

「光かあ・・・ノイッシュ良かったわね。改めておめでとう」

エスリンの言葉にシグルドもキュアンも頷く。

「エスリン様・・・・・有難うこざいます」

ノイッシュの顔は先程より幾分かは明るくなっていた。
その表情に彼を気遣っていたシグルド達はホッと胸を撫で下ろした。


そんなノイッシュを見つめていたエーディンが嬉しそうに話しかける。

「ノイッシュ・・・気持ちも落ち着いてきたみたいだから
赤ちゃんを連れてシルヴィアの所に行きなさい。
きっと彼女、待っているわ」

「エーディン様・・・・そうですね。女に会ってきます。
クロード様、彼女が動けるようになったら直ぐに今の話をします」

「ノイッシュ・・・・・待っていますよ」

「はい。それでは失礼させていただきます」

ノイッシュはそう言うと部屋を退出して行った。

「クロード様・・・・ノイッシュは大丈夫でしょうか」

クロードは大きく頷くとシグルドに言った。

「大丈夫ですよシグルド公子。彼の側には大切な人が2人もいるのですから。
貴方がセリスを大切に思っているように。
そしてセリスも大切な希望の光なのです」

「ええっ!セリスもなの?いいなあ」

エスリンの言葉にエーディンが悪戯っぼい笑みを浮かべて言う。
「何言っているのエスリン。貴方にもあるじゃないアルテナっていう名の光が」

「あっ!」

エスリンはその言葉に思わずキュアンを見てその後にクロードを見た。
2人は当然という顔で微笑んでいた。

*****

ノイッシュはシルヴィアのいる部屋をそっと開けて静かに入って行く。
シルヴィアはまだスヤスヤと眠っていた。
シルヴィアを見ていてくれていた医師はノイッシュに一礼すると部屋を出て行った。
ノイッシュは彼女が寝ているベットの側にある椅子に腰掛けた。
その時、人の気配を察知したのかシルヴィアが身動きした。

「うっうーん。だ・だれ?」

「すまない、起こしてしまったか・・・・」

「ノイッシュ?来てくれたのね・・・」

「当たり前だろ・・・・シルヴィア」

「えへ・・・・ねえ赤ちゃん見てくれた?」

ノイッシュは頷くとベビーベットに寝かせていた娘を抱き上げて彼女の許に連れて行った。



「あたしと同じ髪の色・・・・」

「瞳もだ。この子は君にそっくりだよ」

「そっか・・・・なんか嬉しいような残念のようなそんな気分」

「どうして?俺は君に似てくれて嬉しいよ」

「私だって嬉しいよ。だけどちょっと憧れてたのノイッシュの髪の色に似て
金髪だったらってとても綺麗だろうなって思って」

「そうか?俺は君の髪の色の方が好きだが・・・・」

シルヴィアは真っ赤になりながらも起き上がり彼の頬にそっとキスをして礼を言った。

「シルヴィア、礼を言うのは俺の方だ。
ありがとう、俺に新しい家族をくれて・・・・」

「ノイッシュあたしも嬉しい。私にもノイッシュの他に家族が出来て、この子は私達の宝物ね」

シルヴィアはそう言いながらノイッシュから赤ん坊を受け取ると、愛しそうに頬ずりした。
ノイッシュもそんなシルヴィアを愛しそうに見つめた。


暫くしてシルヴィアはノイッシュに預けた赤ん坊を見ながら訊ねた。
「この子の名前決めてくれた?」

「考えてはあるが君が付けたいと言っていたから君に任せる」

「そう思っていたんだけど、この子の顔みたらノイッシュに付けて貰いたくなっちゃった」

「そうか。それじゃあ遠慮なく付けさせて貰うよ。
アイリーンという名はどうだろうか?」

「アイリーン・・・いい名前。うん、あたしとっても気に入ったわ」

そしてシルヴィアは赤ん坊に囁いた。

「アイリーン、今日から貴方はアイリーンよ」

母親に呼ばれた小さな命は、母親と同じ瞳で不思議そうに彼女を見た。
親になったばかりの2人はそう感じた。






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