祈りの舞
10
慌しくアグストリアを脱出したシグルド達は半月の逃避行を終えシレジアの港に何とか辿り着いた。
「マーニャ殿、無事にシレジアに辿り着けたのも貴方のお陰だ」
「シグルド様、私はラーナ様のご命令に従っただけです」
「そうそう、気にするなってシグルド。俺も一緒にいるからきっと感謝されてるぜここの人間達には」
「レヴィン様!」
「そうは言っても・・・・」
そんな会話をしている三人に到着の知らせが入る。
「わー凄いーー」
シルヴィアは船から見るシレジアの景色に感嘆の声を上げる。
「なんと豊かな自然でしょう」
シルヴィアの横にいたクロードも一面に広がる木々に目を見張った。
「こんなに森があるからシレジアの人達は天馬に乗るんですか神父さま?」
シルヴィアの発想に微笑みながらクロードは『そうかもしれませんね』と言った。
そんな2人に下船の準備をするよう声が掛かる。
「シルヴィア、重たい物は持ってはいけませんよ」
「はーい解ってまーす」
シルヴィアは身重である筈なのに軽快な足取りで、自分とノイッシュに与えられた部屋へと戻って行った。
船を降りたシグルド達は、ラーナ王妃の好意でセイレーン城に滞在する事になり殆どの者はそちらに向かう事になった。
「それではレックス、ジャムカ頼んだよ」
「心配するなって。ここには俺達を追ってくる者はいないんだから」
レックスの言葉にジャムカも頷いた。
「もう!兄さまは心配性なんだから。マーニャ殿がお待ちなんだから行きましょう」
エスリンに引っ張られるシグルドを見て、一緒にラーナ王妃と謁見するため同行するキュアンとクロードが
苦笑しながら後に続いた。
そんな一同を見送ったレックスとジャムカはセイレーン城へ向けて出発の号令をかけた。
シグルドがラーナ王妃と会って少しでも心落ち着く事を願いながら。
「セリス様、寒くないですか」
シグルドからセリスを預かったオイフェが気遣うように声をかける。
しかし父親と離されて機嫌の悪いセリスはクズリはじめてしまった。
困り果てたオイフェに馬車に乗って移動していた、エーディンから声が掛かる。
「オイフェ、馬に乗りながらの子守は大変でしょう。城に着くまで私が預かります」
「エーディン様、申し訳ありません」
オイフェはエーディンの言葉にホッとした表情で頷くとセリスを彼女の許へと連れて来た。
「さあセリス。馬車に乗りまょうね」
セリスはエーディンの姿に母の面影を見たのか嬉しそうに手を伸ばした。
******
グラン暦759年
年も改まったセイレーン城は新年のお祝い準備のために人々が城の中を駆け回っている。
そんな中で一人の少女、いやもうすぐ母となる少女が退屈そうに行きかう人々を見つめていた。
「退屈みたいですね貴方は・・・・・」
「クロード様!だって動き辛いし皆が大人しくしてなさいって」
「もうすぐ子供が産まれるのですから大事にしないと」
「そうですけど、あたし新年の舞を踊りたかったな」
「来年もありますよシルヴィア、子供と一緒に舞うのも楽しいでしょう?」
「言われてみればそうかも!」
クロードの提案にシルヴィアは嬉しそうに頷いた。
翌日
シレジア城のラーナ王妃の許へ新年の挨拶をするために城を留守にしていた
シグルドとキュアン夫妻が戻って来たので
セイレーン城は一日遅れのお祝いパーティをする為に主だった者達が城の大広間に集っていた。
シグルドの乾杯の声と共に、テーブルの上のご馳走に早速手を伸ばす者や
何時もは飲めない最高級のワインを嬉しそうに飲む者、会場は人々の笑い声に包まれていた。
そんな中シグルドに挨拶を済ませたノイッシュが最愛の妻であるシルヴィアの姿を探していた。
(シルヴィアは何処にいるんだ?いつもなら彼女の笑い声が聞こえてくるのに)
お祭り好きのシルヴィアはいつもだったら舞を披露しているこの時間
踊れる体ではなくなっても笑いの中心にいる筈と思っていたノイッシュは
姿の見えないシルヴィアが心配になり、周りの者達に気遣いながら探し始めバルコーニへと向かった
バルコニーへと出たノイッシュはうずくまっているシルヴィアを見つけて慌てて駆け寄った。
「シルヴィア!大丈夫か?今医務室に連れて行ってやるからな」
「ノイッシュ・・・・あたし・・・・お腹が・・・・」
「お腹!?」
「うん・・・・・お腹が痛いよ・・・・」
シルヴィアはそう言ってノイッシュに縋りついた。
ノイッシュは慌ててしまい、シルヴィアを支えてオロオロとしてしまった。
そんな2人に不意に声が掛かる。
「どうしたのですか?ノイッシュ?何かあったのですか?」
「クロード様!シルヴィアがお腹が痛いと・・・・」
「っ!それは大変です!産まれそうなのですよ。
医務室に運びましょう。私はエーディンを呼んできます」
クロードはそう言ってノイッシュに事態を認識させると何時もの彼の動きと別人のような速さで
エーディンを呼びに走っていった。
クロードの走る姿、それは滅多に見れる物ではない。
その姿を見たものは驚き固まってしまい声を掛けるのも忘れていた。
しかしハプニングに動じない者はいるものだ。
一直線に先ほどエーディンを見かけた場所に向かっているクロードに一人の女性が声をかける。
「神父様!いったい如何したのですか?そんなに慌てて」
「ああ、ティルテュ。エーディンは何処ですか?大変なのです!早くしないと・・・・」
クロードも慣れない事をして息があがっている。
「落ち着いて神父様。何が大変なのですか?」
「産まれそうなのです。ああ・・・・早くエーディンを見つけないと」
クロードの言葉にピンときたティルテュは今にも走り出そうとする彼を止めた。
「クロード様、私がエーディンを呼んであげる」
「えっ!?」
クロードはティルテュの言葉に戸惑い動きが止まった。
ティルテュはそんなクロードに”任せて下さい”と言って大きく息を吸い込んだ。
そして片手を挙げる。手の先はバチバチと電流が溜まっている。
「あの・・・・ティルテュ・・・・何を・・・」
「いいから、いいから」
そう言うとティルテュは天井に向かって電気の塊を放った。
そうその光景はまわりにいた者を呆然とさせた。
いきなりバチンと音がしてあたりに静電気が駆け巡る。
「なっなんだ!?」
シレジアの王子レヴィンはシグルド、それにエーディン夫妻とで歩けるようになったセリスを
頬ましく見つめながら歓談していたのだがそこにこの出来事だ。
敵襲かと身構えたがシグルドのため息とエーディンのクスクスと笑う姿に戸惑った。
「おいシグルド。どうゆうことだ?」
「ああ・・・すまないお転婆娘が久しぶりに見せてくれたから」
「お転婆娘?」
「レヴィン、ティルテュのことですわ。
それよりシグルド様何か会ったのかも知れませんわ。
ティルテュの所に行きましょう」
エーディンはそう言ってその場を離れる。
「我々も行こうか?レヴィン、ジャムカ」
苦笑しながらエーディンの後を追うシグルドの背中を見つめながら
「此処は室内たぞ・・・・ったく」
レヴィンはそう言ってジャムカに同意を求めた。
「壊れなかったから良いじゃないか」
合ってはいるが的はずれな事を言うジャムカにレヴィンは大きなため息を付くと
「行こうジャムカ」
レヴィンは思った。
(自分の城でやられたら怒るくせに・・・・)と。
シグルド達3人がエーディンを見つけて側に行くと、慌て気味のクロードをティルテュと2人で宥めていた。
「どうかしたのですか?クロード様」
「ああ シグルド殿。この2人に言ってくださいませんか。
子供が産まれそうなのに落ち着き過ぎです」
「子供?あっシルヴィアの陣痛が始まったのですか!」
「ええ、ですからエーディンに医務室に行くようにと言っているのですがまだ良いと言うのです」
「それは・・エーディン、どうして?」
「シルヴィアは初産ですから直ぐには産まれませんわ。
それより私はクロード様の方が心配ですわ」
「本当だわ、クロード様の子供が産まれる見たい」
ティルテュの言葉にシグルド達は固まりながらもクロードを見る。
一瞬何を言われたか解らないでいたクロードだったがティルテュの言葉に我を取り戻した。
「私とした事が・・すみません取り乱してしまいまして」
「クロード様、お気になさらずに。私もセリスが生まれた時は取り乱しましたから」
シグルドの言葉にクロードは頷きながら
「エーディン、貴方の言っている事も解りますが、
どうか私と一緒に医務室へ行って欲しいのです。お願いします」
クロードは穏やかに言ってはいたが目は笑っていなかった。
エーディンもそれに気付き頷いた。
エーディンとクロードを見送った後、シグルドは何事が起こったのか知りだ駆る仲間に説明するべくその場を離れ
ジャムカもそれに付き合った。
その為にその場にはレヴィンとティルテュの2人だけが残り、レヴィンが一言文句を言おうと口を開きかけた。
しかしそれはティルテュの言葉に遮られた。
「レヴィン王子、ごめんなさい。室内で魔法を使ったりして」
「えっ!?いや・・・・・その急いでた訳だし、しかしこれっきりにしてくれよ。
俺・・此処が気に入っているんだ」
「うん、申しませんから。エーディンの雷が落ちちゃうし」
その言葉にレヴィンはエーディンは何者なのだろうと首をかしげるのだった。
「男の子かな?女の子かな?」
ティルテュの嬉しそうな待ち遠しいようなそんな問に
レヴィンのエーディンへの素朴な疑問は忘れ去られていった。
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