祈りの舞
9
クロードはエスリンと別れると自分に宛がわれた部屋へと向かった。
先程見かけた緑色の髪の少女シルヴィアの面影が頭に浮かぶ。
(彼女と一度話をしてみたい)
クロードは自分の心が弱くなっているのを自覚していた。
(神よ・・私一人には荷が重過ぎます)
彼はそう心の中で呟くと廊下の窓から見える月を見上げた。
そんな彼の耳に小さな鈴の音が聞こえた。
「誰ですか?」
「あっ!ごめんなさい邪魔をするつもりはなかったんです」
クローードは突然現われた少女に動揺した。
「貴方は確か先程の・・・・」
「はい、シルヴィアです」
クロードは何故か彼女から目が離せずにじっと彼女を見つめてしまっていた。
「あの驚かせてすいません神父様」
「いえ、いいのですよ。別に景色を見ていただけですから」
「よかった。でもあんまり窓近くに寄らないほうがいいですよ。
どこから矢が飛んでくるか解らないから」
「そうですね。教えて下さってありがとうこざいます」
「いえ、これはノイッシュのうけうりです。
あたしは危なっかしいって彼は言うんです」
「そういえばエスリンが貴方はノイッシュの奥方だと言っていましたね」
「そ・そんな奥方なんて、あたしはノイッシュのそばに居られたらそれで良いんです」
「ですが夫婦になったのでしょう?」
「でもノイッシュはグランベルの騎士だし、あたしはただの踊り子で・・・・」
「シルヴィア・・そんな事を言ってはなりませんよ」
「でも・・・・」
「今のシルヴィアの言葉を聞いたらノイッシュが悲しみますよ」
「ノイッシュが?あたしノイッシュが困るのはイヤ。
ノイッシュにはこれ以上心配かけたくない」
「よかったですねノイッシュ」
「えっ!?」
クロードの言葉にシルヴィアは振り向くと少し困った顔をしたノイッシュが立っていた。
「ノイッシュ・・・」
「シルヴィア、ただいま」
ノイッシュの言葉にシルヴィアの表情はパッと明るくなり彼に向かって駆け出した。
「わっ!シルヴィア走るな、転んだらどうするんだ」
「大丈夫!ノイッシュが助けてくれるでしょ」
シルヴィアはそう言うとノイッシュに抱きついた。
「お帰りなさいノイッシュ怪我はしてない?」
「ああ大丈夫だ。それより君こそ無茶してないだろうな?
君一人の体じゃないんだから大人しくしていてくれよ」
「解ってるって!皆どうして私が無茶すると思うわけ?」
シルヴィアは少し拗ねた表情になる。
そんな二人の耳にクロードの笑い声が聞こえてきた。
「フフフ、二人はとても仲が良いのですね」
「クロード様!申し訳ありません。これは・・・その、あの」
「いいんですよノイッシュ。
貴方のそんな表情が見れるとは彼女に感謝しなければなりませんね」
「クロード様・・・・・」
「さあ数日振りの再会なのでしょう?二人でゆっくりしてくださいね」
クロードはそう言うと自分の部屋へと歩き出した。
「あっあの神父様!」
「はい?なんでしょうシルヴィア?」
「あの・・今度あたしの踊りを見てくれますか?さっきのお礼に」
「私に?それは楽しみですね。それでは」
二人から離れていくクロードの耳にシルヴィアの楽しそうなの声が聞こえた。
*****
次の日の昼過ぎシグルドが全軍を連れ到着した。
「お兄様!」
「シグルド!」
「キュアン!エスリン!皆も無事だったか」
「お前のほうこそ。シルベールからよく離れられたな」
「フュリーの知らせで一刻の猶予もないと思ったんだ。
それで何が起こっているんだ?」
キュアンはシグルドにノディオン城の事を報告した。
「そうか城は落ちたか。それでグラーニェ殿もアレス王子も行方知れずか」
「ああ・・しかも捜索したくてもランゴバルト卿の軍が駐留している限り難しい。
ティアドラ殿の救出も儘ならず、すまない」
「いや、ティアドラの事は俺の責任だ。
俺がティアドラの話をもっと聞いていてあげていれば、彼女はずっと何かを恐れていた」
「シグルド」
「お兄様・・・・」
キュアンもエスリンも疲れきった彼にかける言葉を持たず押し黙ってしまった。
「シグルド公子」
その沈黙を破ったのはシグルド到着の知らせを聞き部屋を訪ねてきたクロードだった。
「クロード様!ご無事でしたか」
「ええ・・・ノイッシュのお陰です。
それより貴方にお知らせしなければならない事があります。一刻を争うのです」
「解りました。キュアン達がいてもかまいませんか?」
「此処にいる者達は全て当事者です。主だった方々を呼んで頂けますか」
クロードの言葉にシグルドは主だった者を呼んだ。
部屋に集った者達の顔はこれから事を考えてかどれも緊張していた。
その中でもランゴバルトを父に持つレックスの表情は真っ青だった。
「レックス・・・・大丈夫?」
「ああ、アイラ大丈夫だ。いつかはこうなると思っていた」
「レックス・・シグルド殿がお前をどうにかすると思っているのか?」
「まさか、彼はそんな男じゃない。ただ・・・・・」
レックスは自分が父を止めれなかった事を悔いていた。
静まりかえった部屋にクロードの声だけが響く。
「ブラギ神は全てを教えては下さいませんでした。
しかし世界がこれから暗黒の時代になるのは確かです」
「クロード様、それを止める手立ては?暗黒教団が係わっているのは確かなのです。
それをグランベルに伝えれば」
シグルドが問いかけるとクロードは
「今は無理です・・・シグルド公子貴方は今この大きな流れの中心にいる。
もがけばもがくほど渦の中に入っていってしまう」
「そんな・・それではお兄様はどうすればいいのですか!?」
「エスリン、落ち着いて」
「公子・・私はこれからランゴバルト卿の許にいってあの方をなんとか説得します」
「無理だ!親父は聞く耳もたない」
「ええ??私だけでは無理かもしれません。レックス公子、貴方も一緒にきてくれますね」
「俺も!?」
「はい、貴方は2年近くシグルド公子と共にいました。
公子の無実を一番分かっているいるはずです。
それに息子である貴方の話を卿も聞き流しはしないでしょう」
「そっそれは・・・・・」
レックスはクロードの言葉に俯くだけだった。
そんなレックスにアイラもその他の仲間も声をかけれずにいた。
そんな部屋の静寂を破る報告が入る。
「大変です!グランベル軍が進軍してきました」
「なに!来たか・・・・・」
「公子ここでお待ち下さい。私が卿に会って参ります」
「いいえクロード様。私が行きます・・このままではここにいる者達にまで迷惑が掛かってしまう」
「無茶だシグルド」
「そうよお兄様」
シグルドの決意を聞いてキュアンやエスリンが止める。
そこに今まで姿の見えなかったレヴィンが部屋へとはいってきた。
「シグルド、今行くのは危険だ。
このままではお前は今までの騒動の首謀者にされるだけだ」
「しかし・・・・・」
「シグルド、お前に会って欲しい者がいる。マーニャ入ってくれ」
レヴィンはそう言って一人の天馬騎士呼び入れた。
「お姉様!」
フュリーは驚きの声をあげる。
マーニャと呼ばれた女性はフュリーに微笑むとシグルドの前に進み出た。
「シグルド公子、お初にお目にかかります。
シレジアの四天馬騎士の一人マーニャと申します。
シレジアの王妃ラーナ様の命でシグルド公子様をシレジアへご案内いたします」
「私を!?」
「はい・・・シグルド公子にはレヴィン様が大変お世話になりました。
その恩人の窮地に我らが手を貸さぬ訳にはまいりません」
「レヴィン・・君が?」
「いや・・俺は何もしていない」
「公子・・・・この大陸に何かが起こっているのはシレジアにも関係する事なのです。
貴方様はまだやらなければいけない事があるはずです」
「しかしここには今まで私について来てくれていた兵達が」
するとマーニャは心得ているとばかり微笑んだ。
「ご安心下さい。兵士達を乗せる船も用意してあります」
「シグルド公子、これは貴方に与えられた定めです。躊躇う事は許されません」
「クロード様・・・・」
「お兄様!」
「シグルド・・・」
仲間達の声に勇気づけられるようにシグルドは深く息を吸うと
「すまない 皆。私はラーナ王妃様のご好意に甘えようと思う。
しかし皆を道連れにするには忍びない。残りたい者は残ってくれ」
しかし出発の用意が整った時、この地に残ると言った者は一人もいなかった。
ランゴバルト卿が攻め込む前になんとかオーガヒルを離れる事ができたシグルドは
セリスを抱きながら離れていくアグストリアを見つめていた。
「セリス済まない。母上を探す事が出来なくなってしまった。
しかし私は諦めないぞ!必ずティアドラをお前の母を探し出す」
セリスは父の言う事が分かるのか母とそっくりな瞳でシグルドを見つめていたが
シグルドを勇気付けるように彼の髪を引っ張ると二コリと笑った。
MENU BACK NEXT