祈りの舞






ブリギットの活躍をエーディンの後を追いかけて来たジャムカとミデェールが
感嘆の面持ちで見ていた。

「凄いなアレがイチイバルの聖戦士の力か」

「ほんとうですね。あの矢はどこから出てくるのでしょうか?」

「神の与えた武器だ。人知でははかりしれないんだろう」

「ですがブリギット様だけにご苦労させる訳には参りません!行きましょう」

「ああ」

二人はブリギットを背後から襲おうとする海賊達を次々と倒していった。


間もなく戦意を無くした海賊は、投降したりあるいは逃げたりして戦いは終わった。

「お姉様、大丈夫ですか?」

「大丈夫よエーディン。それにそちらの方々も援護を有難う」

ブリギットは近づいてきたジャムカ達に礼を言った。

「無事で何よりだ。そりよりこれから如何する?」

「オーガヒルの海賊は解散させる。後はその後に考えるさ」

その言葉にエーディンは反対したがブリギットは『大丈夫』と言うだけで
聞く耳をもってくれない。
そんな姉妹を見ていたクロードがブリギットを諭すように話始めた。

「ブリギット、貴方の気持ちも解りますがあの城には貴方の元部下はいないでしょう。
それより貴方にはユングヴィの公女としての役目があります」

「役目?役目なら十数年いなかった私よりエーディンの方がいいんじゃないか?」

「いいえ!お姉様。
イチイバルを扱えるものこそがユンクヴィの正当な跡継ぎです。
私ではありませんわ」

「でもお父様もいるでしょう?」

「お父様は亡くなりました」

「亡くなった?エーディン如何してお父様が!?」

「それは」

ブリギットの問いにエーディンはなんと言って良いか分からず口を噤んだ。

「エーディン?」

「ブリギット、お父上の事はここでは話せる事ではないのです。
私がブラギの塔で見て来た事も含めてシグルド公子と合流してからお話しましょう」

「シグルド公子?エーディンは公子の許にいたの?」

「はい、シグルド様は私を助けてくれたのです」

「そう、ではお礼を言わなくては」

ブリギットの言葉にエーディンの表情は明るくなりブリギットに抱きついた。
そんな二人を見て周りの者もホッと胸を撫で下ろした。


「それではフュリー、頼みましたよ」

「はい、お任せ下さい」

フュリーはクロードの指示でシグルドに報告するためにシルベールに行く事になったのだ。

「フュリー、気をつけて」

「ノイッシュ。心配しないで。それよりシルヴィアに言伝でもある?」

「いや・・・もうすぐ会えるのだから」

フュリーは頷くと空へと舞い上がっていった。



「さあ 俺達も行こう」

ジャムカがそう言うと一行も元来た道を歩き始めた。
先頭はノイッシュとジャムカが最後尾はミデェールになった。

「それにしてもエーディンお姉様ったら天馬に乗って現われるなんて」

ティルテュがからかう様にエーディンに言うと

「だってデューの話を聞いて一刻も早くお姉様にお会いしたくて」

「ジャムカ王子やミデェールが止めなかったのですか?」

「クロード様もそう思います!?」

ティルテュが同感とばかりに頷いた。
するとブリギットが

「エーディンは昔からお転婆だったからね」

「「えっ!」」

二人は思いっきり驚きの声をあげる。

「知らなかった。お姉様ってお転婆だったの」


「まあ、頑固とは思っていましたが」

「もう・・知りません」

エーディンは真っ赤になりながら先頭にいるジャムカの許に行ってしまった。

「クロード様、もしかしてエーディンはジャムカ殿と?」

「ご結婚したらしいですよ」

「そう」

ブリギットはそう言うと少しため息を付く。

「疲れましたか」

「少し・・・色々な事がありすぎて」

「そうですね。休息をとれる時間があればいいのですが」

クロードはこれから先の出来事が分かっているのかそう小さく呟いた。


*****


その頃シグルド軍は悲しみに包まれていた。
ノディオンの王エルトシャンの遺体に縋り付くラケシスの側には
親友であるシグルドとキュアンがいた。

「ラケシス、辛いだろうがエルトシャンを埋葬してやろう」

「いいえ!エルト兄さまはノディオンにつれて帰ります。
お姉様やアレスが待っていますもの」

「しかしこの暑さでは遺体が・・・」

「でも・・・・・」

「ラケシス酷のようだがこの状態のエルトシャンを
グラーニェ殿に見せる訳にはいかない。荼毘に臥せよう」

「シグルド様・・・・・」

ラケシスは力なく頷いた。


そこに血相を変えたエスリンが駆け込んできた。

「お兄様!大変です」

「どうしたエスリン?何があった」

「今、シャナンとオイフェが此処に来ているの」

「シャナンとオイフェが?」

「ええ、シャナンは泣いていて話が出来ない状態だし、オイフェも混乱してるみたいで」

「そうかエスリン、済まないがアイラとレックスを呼んできてくれ」

シグルドはラケシスをキュアンに任してシャナン達の待つ天幕へと急いだ。


天幕に近づくとシャナンの泣き声と思われる子供の声と
さらに小さな子供の泣き声が聞こえた。

「赤ん坊の泣き声?まさか!?」

シグルドは嫌な考えを打ち消すと天幕に入って行った。

「シグルド様!」

「シグルド!」

泣きながら抱きついてきたシャナンはただ謝るシャナンを抱きしめながら
息子のセリスを抱いているオイフェに訊ねた。

「オイフェ何があったんだ?」

「ティアドラ様が攫われました」

「っ!」

「ティアドラ様はシャナンにセリス様を預けてシクルド様に会いに行くために
城門まで行ってそこで暗黒魔道士に・・」

「暗黒魔道士、何故攫われたと?」

「それがシャナンも不安になってアーダン殿と私に知らせてくれたのです。
私達は慌ててティアドラ様を追いかけました。
ティアドラ様は城門で暗黒魔道士と戦っていて
アーダン殿は大声をだし城の兵士達に知らせるとティアドラ様のもとへ」

その後の事を思い出したのだろうオイフェも泣き出してしまい天幕には
三人の子供の泣き声が響いていた。


一方クロードの指示でシルベールに向かっていたフュリーは遙か彼方に
煙が上がっているのを確認した。

「あれはアグスティ?違うわノディオン・・」

フュリーはいやな予感がしてシルベールに向かうのを止めてアグスティに向かう事にした。
フュリーが城に降り立つと城内に入り責任者であるアーダンを探した。

「すみません、あの何かあったのですか?」

廊下ですれ違った兵士に聞いてみるとアーダンの負傷とティアドラの誘拐を知らされる。

「ティアドラ様が!」

フュリーは詳しい事情を聞くためアーダンのいるであろう医務室へと向かった。



医務室のドアをノックして入ると動くのは到底無理なはずのアーダンが
シルヴィアの止めるのも聞かずに何とか動こうともがいていた。

「アーダン、無理よ。貴方は今は安静にしていて!
オイフェがシグルド様にお伝えしにいったし、ティアドラ様も皆が一生懸命に捜してるわ」

「離してくれシルヴィア。俺はシグルド様にここの全権を任されたんだ。
それなのに奥方様を暗黒教団のヤツに攫われて俺は・・・俺は・・・・」

「でも・・・・・」

シルヴィアもアーダンの気持ちも痛いほど解っていたが今の彼を動かす訳には
いかなかったので懸命に止める。

「そんな体でティアドラ様を助けれる訳ないでしょ!
貴方の命を盾にティアドラ様の動きを封じるだけよ」

「しかし・・・・・」

「シルヴィアの言うとおりですよアーダンさん」

その声に二人は振り向いた。

「フュリー!」
「フュリー殿如何して此処に?」

「クロード様の命でシグルド様の許に行く途中だったのですが
上空から遙か彼方に煙があがったのを見て・・・・・」

「煙?」

「ええ、あれはノディオンです」

「ノディオンが!?」

「はい、ですから私は今からシグルド様の許へと向かいます。
アーダンさんも備えの命令を」

「ああ・・・・そうだな」

アーダンは頷くと従卒に部下数名を呼んでくるよう指示した。


「それにしても貴方がそれほどの傷を受けるなんて・・・・・」

「あの魔道士は強い。今まで戦った暗黒魔道士とは桁違いだ。
ティアドラ様の魔力を押さえ込もうとしていた」

「ティアドラ様の!?」

フュリーは風の魔道士を多く輩出する国の者だけあってティアドラが優れた魔法力を
持っているのを感じていた。
そのティアドラの魔力を封じる者がいたと聞いて思わず身震いした。

そんな彼女にシルヴィアが声を掛ける。

「フュリー・・・・・大丈夫?疲れているんじゃない?」

「シルヴィア大丈夫です。それより貴方こそ無理しないで下さいね?
一人の体ではないのだから」

「うん、大丈夫」

きっとノイッシュの事を聞きたいのに我慢しているのを察したフュリーは

「ノイッシュは元気ですよ」

「ほんと?良かった」

シルヴィアに笑顔が戻ったのを確認すると

「それでは一刻を争う事態になるかもしれないので私は行きます」

まだ動けないアーダンに挨拶をするとフュリーは天馬の許へと急いだ。
何かとてつもない災いが起こるそんな気がしていた。


****


一方シャナンとオイフェからの知らせを受けたシグルドは直ぐにでも
アグスティに戻りたかった。
しかし一軍の将が軍を置いて一人戻る訳にも行かなかったので変わりに
キュアンとエスリンがアグスティに向かっていた。

「シグルド様・・・・・」

泣きつかれたセリスを腕に抱きながら放心しているシグルドにアレクが
気遣わしげに声を掛けた。

「アレクか・・・・オイフェは落ち着いたか?」

「はい、あのアイラ王女が面会したいと」

「アイラが?解った通してくれ」

アレクは頷くと天幕の外にいたアイラを呼びに行った。


「シグルド公子・・・・・」

「アイラ・・・・・シャナンの様子は?」

「今は眠っている。レックスが見てくれているから」

「そうか、シャナンには済まない事をした。
私がティアドラを頼むと言わなければあんなに自分を責める事にはならなかっただろうに」

「シグルド公子」

「しかし私は今のシャナンには気にするなとお前は悪くないとしか言えない」

「公子・・・・・気を使わないでくれ。
シャナンは強い子だ。きっと立ち直るさ。それよりアグスティに戻らなくて本当に良いのか?」

「数日にはグランベルの役人が到着する。来たら軍をとって返すさ」

しかしその言葉は深夜に着いたフュリーの報告で一変した。

「ノディオンが!?」

「はい、あれは確かに戦乱の煙です」

「解った。アレクいますぐ出立の伝令を」

「はい!」

アレクが天幕を出て行くと入れ替わりにアイラとレックスが入って来た。

「シグルド公子、今アレクから聞いたのだがアグスティに戻るのか」

「いやアグスティには戻らない」

「えっ!?それでは何処に?」

「オーガヒルに行く」

「オーガヒルに?それではアグスティは如何する」

「キュアンが居れば大丈夫だ。
彼は私より戦いの匂いに敏感だから危険と判断すれば
きっとオーガヒルに来るはずだ」

「解った。公子の判断に従おう」

「有難う。それより問題はラケシスだ」

「そうだなノディオンが戦火に巻き込まれたとなるとエルトシャン殿の遺骨を
持って帰城も出来ないだろうし」

「やはり事情を話して一緒に来てもらうしかないか」

シグルドはラケシスの嘆く顔が目に浮かびため息をつくのだった。

****

深夜も休まずに馬を飛ばしなんとかアグスティ城に辿り着いたキュアンとエスリンは
医務室にいるであろうアーダンの許へと急いだ。

「キュアン様、エスリン様」

寝ながらではあったが的確に指示を出していたアーダンは二人の姿に気付き起き上がろうとした。

「アーダン無理はしないで、今リライブをかけるから」

エスリンはそう言うとアーダンに向かってリライブの杖を振った。
エスリンのリライブのお陰でアーダンは全快とは行かないまでも動いて指揮するほどに回復した。

「話はフュリーから聞いたが、その後の状況は?」

「それが・・・・」

アーダンは信じたくないといった表情で部下の持ってきた報告書をキュアンに差し出した。

「これは?」

「ノディオンの報告書です」

キュアンはその報告書に目を通して驚愕する。

「アーダンこれは・・・・・」

「はい、まさかこんな事が」

「どうしたのキュアン?」

「ノディオンを襲ったのはグランベルだ」

「なんですって!」

「アーダン、この報告書の見る限りでは有無を言わさずといった感じたが?」

「はい・・ノディオンの生き残りは殆どいないと」

「そんな!グラーニェ様は?アレス王子は・・・・」

「エスリン、二人の事も心配だがここも安全とは言えない」

「キュアン?」

「指揮をしているのはあのランゴバルト卿だ」

「そんな・・・・・」

「シグルドや君の父上のバイロン卿と敵対していた人物だ。
このまま済むとは到底思えない」

「ええ・・・・そうね」

エスリンは夫の考えに同意した。

「アーダン、私はシグルドにここの様子を見て来てくれと頼まれただけだ。
しかしそうも言っていられる状況ではないようだ」

「はい、指揮権はキュアン様に。どうかご指示を」

「シグルド軍の者全てはオーガヒルに撤退する」

「はっそのように通達します」

アーダンはそう言うと、キュアンの指示の許撤退の準備を始めた。
次の日シグルド軍はオーガヒルに撤退するため一年余り過ごしたアグスティ城を後にするのだった。


その頃、数日たってもなんの連絡も来ないオーガヒルではノイッシュがイライラしながら
城の最上階からアグスティ城の方角を見つめていた。
すると昨日とは違い軍らしきものがオーガヒルに向かって進軍してくる。

「なんだ?」

ノイッシュは気になり目を凝らしたがまだ遠くて、何処の部隊か判らなかった。

「ジャムカ王子の判断を仰ぐか」

そう呟くとノイッシュは階段を駆け下りた。


ノイッシュの報告を受けたジャムカは兵力が少ないので城からは出ずに
様子を見ることにした。

「クロード様、敵でしょうか?」

「私にも判りません。しかし今は敵でない事を祈りましょう」

それから数時間後、キュアンが出した伝令が到着しキュアン達がここに向かって
来ている事が解りノイッシュ達は安堵の声をあげた。
しかしジャムカは軍がアグスティから出た事に危機感を覚えた為
警戒を解こうとはしなかった。

夕刻、休みなしで進軍したキュアン達はオーガヒルに辿り着いた。

「キュアン王子、無事でなによりだ。それでアグスティで何があった?」

「ジャムカ王子、ここでは話せない事ばかりだ。
主だった者を会議室へ集めて欲しい」

「承知した」

キュアンとエスリンは休む間もなくアーダンを伴い従卒の案内で会議室へと向かった。


キュアン達がもたらした知らせはオーガヒルにいた者達を驚かせる物ばかりだった。

「そんな・・それではグランベルは協定を無視して本格的にアグストリアに攻め込むというのですか?」

エーディンは余りの事に顔が真っ青になっていた。
しかしノイッシュはそれどころではなかった。
ティアドラ様の誘拐。
主君であるシグルドの事を思うと側にいられない自分が歯痒かった。
そんな一同に諭すようにクロードが発言した。

「皆さん、今こそ心を落ち尽かさなければいけません。
きっとシグルド公子もこちらに向かっているはずですからもう少し辛抱しましょう」

其処にいた者達もクロードの言葉に頷き一応会議は終了した。
ノイッシュはアーダンとキュアンにもっと詳しい話を聞くため2人に駆け寄っていった。



部屋を出るとクロードとエスリンは部屋の前で心配そうに中を窺おうとしているシルヴィアをみつけた。

「シルヴィア!無事だったのね。よかったわ」

「エスリン様、あのノイッシュは?」

「キュアンとアーダンと話してるわ。
許してあげてね彼は騎士だから。
貴方を忘れているわけではないのよ」

「はい・・・解っています」

シルヴィアはそう言うとエスリンとクロードに一礼して去って行った。

「エスリン、彼女は?」

「クロード様は初めてでしたか?
彼女はシルヴィアといってとっても素敵な舞を舞うんです。
ノイッシュの奥方です」

「彼女が!?」

クロードは今自分の前を去って行った少女がブラギの塔で光の一部を宿す者と解り驚愕の
声をあげるのだった。





MENU  BACK  NEXT