祈りの舞
3
賑やかな夜が明けると、シグルド軍はアンフォニー城を制圧するために進軍を始めるた。
その中には昨日、軍に入ったシルヴィアとレヴィンもいた。
「お前は残ってろと言っただろうが!」
「どうしてよ、私だって皆の役に立つもん。こう見えても兵士さん達には評判よかったのよ。
あたしの踊りをみたら元気になるって」
「だからっ!戦い疲れた俺達をお前の踊りで慰めてやればいいだろ。
戦場まで付いて来るなんて守ってやれるとは限らないんだぞ」
「別にレヴィンが守ってくれなくてもいいもん」
「ああそうか!勝手にしろ」
レヴィンは怒ってシグルドのいる軍の前方に行ってしまった。
「なによ、レヴィンの怒りんぼ。もう少し優しくしてくれたっていいじゃない」
シルヴィアはレヴィンの後姿を見つめながら呟いた。
レヴィンはシルヴィアにとって大切な人だった。
旅の一座から逃げたして初めて優しい言葉を掛けて貰ったのがレヴィンだったのだ。
トボトボと歩いていると何かが日の光を遮った。
「えっ?
」
ふと見上げるとペガサスが数頭飛んでいた。
「天馬騎士?」
シルヴィアは初めて見る天馬の美しさに目を奪われて立ち尽くした。
天馬にめを奪われていたシルヴィアだったが、先程立ち去ってしまった筈のレヴィンに
声を掛けられ我を取り戻した。
「シルヴィア!何をボーっとしてる。置いてかれるぞ」
「レヴィンどうしたの?馬になんか乗って」
「あの天馬は知り合いなんだ。方向がエバンス城みたいだから止めに行く。
お前の事はノイッシュに頼んだから」
「待ってよレヴィン!」
しかしレヴィンはよほど慌てていたのだろう、シルヴィアの声には答えずに行ってしまった。
「レヴィンどうしてあたしを置いていくのよー」
心細くなったシルヴィアは悲しくなってその場にしゃがみこんでしまった。
「シルヴィア!どこか怪我でもしたのか?」
しゃがみこんでいるシルヴィアを見つけてノイッシュが駆け寄った。
「ノイッシュ・・・・」
「大丈夫かい?」
「うん心配させてごめんね。なんでもないの」
「ここはもうすぐ戦場になるエーディン公女のいる後方に行こう」
ノイッシュはシルヴィアを馬に乗せ自分も跨ると後方部隊の方に向った。
「なあ シルヴィア、レヴィンはシレジア人なのかい?
天馬騎士を見たら『知り合いだ!』って叫んで追いかけていったんだ」
「そうなんだ。あたしレヴィンとはこのアグストリアで会ったからレヴィンが何処の人かは知らないんだ」
「そうか」
ノイッシュはエーディンの姿を見つけると近寄ると、シルヴィアを降ろした。
そしてエーディンに事情を説明するとシグルドの許に戻るために、愛馬に乗ろうとした。
「ノイッシュ!気をつけてね」
「ああシルヴィアも」
「終わったら、私の踊りを見せてあげるから」
「楽しみにしてるよ」
ノイッシュはシルヴィアにそう言うと馬を走らせ去っていった。
「さあシルヴィアも手伝ってね。戦いが始まればここも忙しくなりますから」
「はい、エーディン様」
二人はこれから来るであろう怪我人のために、念入りに準備を始めるべく
救護用のテントに向った。
戦いはあっけなく終わった。
領主のマクベスは大金を積んで傭兵を雇っていたが、忠誠を誓っていた訳ではない
傭兵達はマクベスが負けると解ると殆どの者が戦場から離脱してしまった。
アンフォニー城の前に陣を張ったシグルドの許へ先ほどキュアンに雇われた
傭兵べオウルフが逃げずに残っている傭兵の掃討を買って出た。
「べオウルフ、いくらなんでも君一人じゃ無理じゃないか?何人か部下を付けよう」
「大丈夫さ。傭兵隊のリーダーであるヴォルツを倒せば奴らは瓦解する。
それに金の祈りの舞を見せてもらったしな」
「金の祈りの舞?」
「何だ知らないで置いていたのかあの踊り子」
「シルヴィアの事かい?」
「彼女に舞ってもらった奴らは負けないってジンクスがあるくらいだ」
「そうなのか!?」
「勝利の女神だ。しっかり守ってやりな」
べオウルフはそう言うと敵に向って馬を走らせて行った。
アンフォニー城はアーマー部隊が最後の壁となっていた。
装甲の硬い彼らを倒すのは骨が折れた。
エバンス城で仲間になったホリンのざんてつ剣とアゼルの魔法でじわじわと
追い詰めていったが時間が掛かる。
「シグルド、これでは時間が掛かる。被害が出たとしても最小限で済む筈だ!討って出よう」
「しかしキュアン」
そこにオイフェが慌ててやって来た。
「シグルド様!レヴィンさんが戻ってきました。
それですぐにシグルド様にお会いしたいそうです」
そうオイフェが伝えている間にレヴィンがやって来た。
「シグルド、遅くなってすまん。あのアーマー部隊は俺に任せてくれ」
レヴィンはシグルドにそう言うと後ろにいた天馬騎士を残し走っていってしまった。
「君は?」
「シレジアの天馬騎士フュリーと申します。。
あのレヴィン様はどうしてここに?」
「聞いてないのかい?
レヴィンは昨日の戦いで盗賊に襲われた近隣の村を助けてくれたんだ。
領主であるマクベスの悪行も彼が知らせてくれた」
「そうだったのですか。あの私もこの軍に加えていただけないでしょうか。
レヴィン様をやっと見つけられましたのにこのまま離れる訳にはいかないのです」
「うーん、私は別に構わないがレヴィンは了解しているのかい?
それにレヴィンは本当は吟遊詩人ではないんだろう?」
「そっそれは私からは・・・」
「解った。詳しくはレヴィンが戻ってきてからだ」
そう言うとシグルドはアンフォニー城の方を見ていたが
勝利の歓声が聞こえるとフュリーを促して城へと向った。
「レヴィン、ご苦労だったね。助かったよ」
「ったく人使いの荒い指揮官だ。このお礼は高くつくぜ」
そんな話をしている二人にフュリーが声を掛ける。
「レヴィン様・・・」
「フュリー俺はここが気に入ってるんだ。
当分の間はシグルド達と行動をともにするからお前はシレジアへ帰れ」
「そんな!レヴィン様を残してはいけません。
お願いしますシレジアへお戻りにならないなら私もご一緒させてください」
フュリーは必死にレヴィンに頼み込んだ。
レヴィンは困ってしまいシグルドに助けを求めたが彼は知らぬ振りを決め込んだ。
そこに元気な声が飛び込んでくる。
「レヴィン!怪我してない?」
ノイッシュに付き添われてやって来たシルヴィアがレヴィンに抱きついた。
「当ったり前だろ、俺を誰だと思ってるんだ」
「軟派な吟遊詩人」
「ちぇっ」
そんな二人を驚きの表情で見ていたフュリーに気付いたシルヴィアは
「ねえレヴィンこの天馬騎士さん知り合いなんでしょ。紹介してよ」
「解った。こいつは俺の幼馴染のフュリーだ。
フュリー、旅先で一緒になったシルヴィアだ」
「よろしくねフュリーさん、レヴィンてばあたしを軟派したよ」
「えっ!?」
「レヴィン様!どういうことですか?シレジアの王子とも在ろう方が!
こんな小さな少女を軟派するなんて」
「ちょっとー!失礼ね、これでもあたしは16才なんだから・・・って王子?
なにそれ!あたし知らないよ」
「フュリー!」
「申し訳ありませんレヴィン様・・・・」
「ねえレヴィンってシレジアの王子様なの?
どうして言ってくれなかったのひどいよ!」
「おい待てよ!シルヴィア」
「レヴィン様、私が追いかけます。今貴方が行っても何も聞こうとしないでしょう」
「しかしノイッシュ」
「レヴィン、ここはノイッシュに任せた方がいい。
それに何故シレジアの世継ぎの王子がここにいるのか聞きたいし」
「シグルド・・・・解った、ノイッシュ頼む」
「はい」
ノイッシュは一礼するとその場を後にしてシルヴィアを追いかけた。
アンフォニー城はマクベスが死にお祭り騒ぎになっていた。
ノイッシュはその騒ぎの中をシルヴィアを探したが中々見つからない。
城の外に出たのかとも思ったが、そんな様子はないようだった。
困っているとアレクがノイッシュの姿を見つけて声を掛けてきた。
「どうしたノイッシュ、浮かない顔をして。それよりお前天馬騎士の顔を見たか?
なかなか美人だったろ」
「ああ、それよりシルヴィアを見なかったか?見当たらないんだ」
あせっているノイッシュを面白そうに見つめたアレクは
「なんだノイッシュ、あの子を怒らせるような事したのか?彼女なら上にいるぞ」
「別に俺はおこらしいないぞ!それじゃあ俺は行くから」
ノイッシュは急いで上に向った。
「シルヴィア?いるのか」
「ノイッシュ・・・・探しに来てくれたの?」
「レヴィン様も心配していた。皆の所に行こう」
「レヴィン様か・・・ねえノイッシュあたしね、旅の一座から逃げて初めて
優しくしてもらったのがレヴィンだったの。
レヴィンはあたしを踊り子じゃなくて一人の女の子として接してくれた。
うれしかったな。でも・・・・王子様じゃ今までみたいには出来ないね」
「シルヴィア・・・良いんじゃないか今までどおりで」
「えっ?」
「レヴィン様、いや王子もそれを望んでいると思うな」
「いいのかな?それで」
「俺は大丈夫だと思う。それに遠慮しているシルヴィアは君らしくないよ」
「あーひどいよ、あたしだって色々考えているんだよ」
「好きなんだろ王子の事?」
「ち・違うよ、ただ一緒に居れたらいいなあって思っただけだよ。
あたしはあたしだけを見てくれる人が良いの。
王子様なんてこっちから振っちゃうもん」
「ふーん」
「あっなによそれ。良いわよノイッシュには私の踊り見せてあげないから」
「ご・ごめん、悪気はないんだ。機嫌を直してくれないか」
「ふふ捜しに来てくれたから今回は許してあげる」
シルヴィアはそう言ってノイッシュの手を取ると小さな声でお礼を言った。
次の日一人で食事をしているシルヴィアにレヴィンが近寄ってきた。
「シルヴィア、早いな」
「お早うレヴィン、昨日は困らせてごめんね」
「俺の方こそお前に嘘をついていて悪かったと思っている」
「そんな事ないよ『子俺は王子だ』って言ってる方が信じられないよ」
「それもそうだな」
「これからもよろしくね!レヴィン」
「ああ」
その後、シルヴィアはエーディンに呼ばれているからとレヴィンに言うと食堂を後にした。
****
その日はシャガール王に投獄されたエルトシャンを助けるための作戦会議が開かれた。
「ラケシスからの情報でマッキンリー城主のクレメントはスリープの杖を持っている事が判った」
「城に近づくのは無謀だな」
「そう言う事だキュアン。
それで部隊を二手に分けてまず城の周りにあるロングアーチを叩く。
囮には危険だがアレクの部隊とそれにフュリーにやってもらう。それでいいかレヴィン?」
「ああ、フュリーならロングアーチの攻撃くらい避けられる。なっフュリー」
「はっはい」
「アレクも頼んだぞ」
「お任せ下さい」
「しかしスリープの杖はやっかいよ、兄上はどうするつもりなのですか?」
「ティアドラのサイレスで封じるつもりだ」
「お姉さまを!無茶ですわ兄上」
「私も止めたんだが彼女が絶対に無理をしないからと」
シグルドは苦虫を潰したような表情だった。
「護衛は誰が付きますの?」
「アイラとホリン、それにノイッシュの部隊が一緒だ」
「それなら大丈夫かしら・・・ノイッシュ頼んだわよ」
「はい」
エスリンやシグルドが心配するのも無理が無かった。
ティアドラは数日前に妊娠している事が解ったのだ。
けれどエバンス城に彼女だけ戻すのも危険だったので一緒に行動していたのだった。
作戦会議が終わりノイッシュが部屋を出るとシルヴィアが待っていた。
「ノイッシュ」
「シルヴィア?どうかしたのか」
「あのね、あたしもティアドラ様と一緒に行ってもいいかな?」
「シルヴィア!それは無茶だ」
「でもティアドラ様のお腹に赤ちゃんが居るんでしょ。
あたし戦場では幸運を呼ぶ踊り子って言われてるの。
きっと役にたつから・・・・」
「しかし・・・・」
「どうしたノイッシュ?」
「シグルド様、シルヴィアがティアドラ様と一緒に行くと言うんです」
「シルヴィア、気持ちは嬉しいが危険だ。君はエーディン達と後方で待っていてくれ」
「危険は何処にいても同じです。それに私は剣や魔法はないけどなにかお役に立ちたいんです」
「しかし」
「いいんじねえか」
「べオウルフ!軽々しい事は言うな」
「こいつは何処かの姫さんよりよっぽど戦場なれしてる。
それに兵士達の士気も何故か上がる。良いと思うぜ」
彼はそれだけ言うとその場を去って行った。
シグルドはべオウルフが言っていた勝利の女神と言う言葉を思い出していた。
「シルヴィア。前だけには出ないでくれ、ノイッシュの指示に従うように」
「はい!」
ノイッシュはそれでも心配そうな顔をしていたがシグルドが決めた事を
翻す訳にもいかずシルヴィアに絶対に離れないように釘をさして
部隊を整える準備を始めた。
数日後、グランベル軍はあっけないほど簡単にクレメントを倒して
シャガール王とエルトシャンのいるアグスティ城を攻略する事になる。
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