祈りの舞






シグルド軍はアグスティ城に立て篭もるシャガール王の対応に苦慮していた。
下手に攻めれば、軟禁されているエルトシャンに危害が及ぶかもしれないからだ。

「シグルドこうやって居ても時間が過ぎていくだけだ。
エルトシャンの安否も気になる」

「キュアンしかし下手に攻めるとあのシャガール王の事だ何をするか分からない」

「いや、だからこそ一気に攻めた方がいい。
彼の事だ攻め込まれれ、己の不利を悟ればエルトシャンを交渉の道具にしてくるだろう」

「そうかもしれないな。オイフェ!」

「はい!」

「作戦会議を開くから、主だった者を集めてくれ」

「承知しました」

オイフェはシグルドとキュアンに一礼すると部屋を出て行った。

「お姫様が大人しくしてくれてるといいが」

「無理だろうな・・・」

シグルドの願いはキュアンにあえなく否定された。


「私も行きます!兄上をお助けするためなら何でもいたします」

「ラケシス危険なんだ。このマッキリー城で待っていて貰えないか?」

「シクルド様!ティアドラ様もこの城を攻略するのに出撃したではありませんか。
私もお役にたちたいですわ

こうなるとラケシスは絶対に引かない。

「いいじゃないお兄様、ラケシスはライブも使えるわ。
それにグランベルが侵攻したと言われるのを避ける為にもノディオンの王女が
居た方がいいでしょ?」

「エスリンそれはシグルドや私にも解っている」

「キュアンそれなら、ラケシスの話はこれでお終い。お兄様もいいわね。
フィンを護衛に付ければ大丈夫よ、ラケシス絶対にフィンの側を離れたら駄目よ」

「はい!承知しています」

ラケシスは満足気に頷いた。




次の日の戦いは一方的だった。
圧倒的な強さのシグルド軍の前にシャガール王は怖気づき、牢に軟禁していたエルトシャンを
牢から出すとシグルド達の許へと交渉に向わせた

「エルトシャン!無事だったか」

「シグルドこれは如何いうことだ?グランベルは我がアグストリアに侵攻する心算か」

「それは」

「俺は騎士としてシャガール王をお守りしなければならない。城の包囲をといて貰おうか」

「エルトシャン来た早々それはないだろう?
シグルドが誰のために此処にいるのか判らないお前でもないだろう」

「すまない、だがキュアン」

「エルトシャン直ぐにとはいかないが為るべく早く、軍は引かせようと思っている。
少し待って欲しい」

「本当だな」

「ああ約束する」

「その言葉信じよう」

エルトシャンもシグルドの立場を解っていた為、それ以上は言うのを止めるだった。

そこに勢いよく扉が開けられた。
「お兄様!」

「ラケシス!?お前も来ていたのか」

「お兄様の苦境をシグルド様にお伝えしたのは私です。
お城で唯待っているだけなどという事はできません」

「ふうシグルド、キュアン世話を掛けたようだな」

「そうでもないさ。なっ!」

シグルドの問いにキュアンが苦笑いしながら

「苦労したのは俺の部下のフィンだ。これで返してもらえると嬉しいのだが?」

「えっそんな・・・・フィン!私は貴方に迷惑かけたのかしら?」

ラケシスは慌てて後ろから付いてきたフィンに聞くと

「そんな迷惑などという事はありません」

「よかった」

ラケシスの笑顔にフィンは真っ赤になり俯いていた。
それをエルトシャンは複雑にシグルドとキュアンは楽しそうに見ていた。


****


数ヵ月後、ユングヴィのエーディンとヴェルダンのジャムカ王子の結婚式が行われる事になり
気まずいままに別れたエルトシャンも妻と息子のアレス王子とお祝いに駆けつけた。

「エーディン公女、ジャムカ王子、お祝い申し上げる。
この事がグランベルとヴェルダンの国交回復にになると良いのだが」

「ありがとうエルトシャン王。俺はシグルドを信じてる。
彼は本国に何度も働きかけてくれている、後は待つしかない。貴公もそうだろう?」

「ああ」

「もう!新郎がそんな難しい顔してどうするの!さあ花嫁の所に早く行って」

ジャムカはエスリンに連れられて花嫁であるエーディンの許へと行ってしまった。
残されたエルトシャン達の所へシグルド夫妻とキュアン王子がにこやかにやって来る。

「エルトシャン、グラーニェ、よく来れたな」

キュアン王子がそう言って手を差し出す。
エルトシャンもその手を握り返しながら

「グラーニェが行きだがってな」
「まあ貴方私の所為になさいますの?意地っ張りです事。
ティアドラ様、お体の調子は如何ですの?」

「ええ順調だとお医者様には言われてますの。
それよりグラーニェ様、とても素敵な物語を奏でる二人が居りますの。一緒に如何?」

「まあそれは楽しみですわ。皆様もご一緒に?」

「グラーニェ殿、私達はここで飲んでいますから妻と行ってきて下さい」

シグルドが苦笑しながら二人を送りだした。


「シグルド、何がそんなに可笑しいんだ?キュアンは苦虫を潰したような顔をしてるし」

「素敵な物語っていうのがな」

「うわー止めろ!」

「なんだ?気になるじゃないか話せよ」

「エスリンとキュアンの駆け落ち物語で、聞くたびにスケールアップしてるんだ。
どうやら女性陣が話しに尾ひれを付けてるらしい」

「ほう、それは面白い。後で見に行ってみるか」

「甘いぞ・・・・」

「お前の困った顔を見るのも一興だ。いつも達観した顔して面白くない」

「言えてる」

久しぶりに政治の事から離れ話せた三人の間には穏やかな空気が流れた。



三人がワインを二本ほど開けた頃ラケシスがフィンを伴ってやって来た。

「まあお兄様方!そんなにお飲みになって、大丈夫ですの?」

「ラケシス久しぶりに会った兄に言う最初の言葉がそれか?」

「知りません。兄上は私に何も告げずに、居なくなってしまわれるのですもの」

「やれやれ妹に嫌われたらしい」

エルトシャンが冗談とも真顔ともいえぬ顔でそう言うと

「そんなことありませんわ!」

ラケシスは慌てて否定するのだった。

「それよりお兄様方、これからシルヴィアが祈りの舞を踊るの。
あちらへ行きましょう?」

「ふむ噂に聞くシグルド軍の舞姫か一度見てみたかったんだ」

「今日の踊りは特別なのよねフィン?」

「はいそう聞いていますが」

「特別か楽しみだな」

一見、感心がないように振舞っていたシグルドとキュアンだったが
実はシルヴィアの舞のファンであった。


ラケシスに引っ張られながらやって来た舞台の前には主だった者がとっくに集まっていた。

「シグルド様」

「キュアンこっちよ!」

「貴方、こちらに・・・・」

「何故か前列に陣取っている妻に呼ばれシグルド達はその隣にそれぞれ座った。
真ん中には今日の主役のエーディンとジャムカもいる。

「ティアドラ、物語を見てたのではないのかい?」

「ええシルヴィアの舞いもレヴィン王子の笛も詩も素敵でしたわ。
シルヴィアはとても張り切っていて、今日のフィナーレに最高の舞を舞うそうです。
疲れてなきゃいいのですけど」

シルヴィアを心配するティアドラにシグルドが安心するよう声を掛けようとした時

「大丈夫、アイツなら一晩中でも踊ってるさ」

「レヴィン!ご苦労だったね。もうお役御免かい?」

「ああ祝い事には吟遊詩人は必要不可欠さ、それにご婦人の期待には応えなくては、ね?」

今や遅しと待ち兼ねる観客達にの耳に、シルヴィアが舞うときに奏でる鈴の音が
聞こえて来る。舞台を見ると何時もとは少し雰囲気の異なる少女がそこに佇んでいた。

「愛し合う者が離れる事のないように祈りの舞を神に捧げます」

シルヴィアはそう言ってひざまずく。

「キュアン、いつもと違うみたいね?」

「しー黙って」

少女はすっと立ち上がると何時もの舞いより静かに動き始めた。
手を胸に交差させまるで祈るようにクルクル回る。
そうかと思えばかろやかにステップを踏み、新しく夫婦となった二人の回りを何度も舞い踊る。
其のうち少女は隠し持っていた小さな錫杖取り出すとシャンシャンと鳴らし
静かにステップを踏み出した。

「えっ?あれは」

「どうかしたのかシグルド?」

「いや・・・・どっかで見たような感じがする」

「お兄様も?私もよでもシルヴィアのような舞い姫をお城に呼んだことないし」

「そうなのか?俺は見たことはないな」

キュアンはそう言って思い出そうとしている妻と親友を見つめた。

「俺はある・・・・」

「えっ?何処でだエルトシャン!」

「エッダにあるブラギの神殿だ。たしか・・・・ブラギに仕える巫女が舞う踊りだ」

「どうしてそれをシルヴィアが?」


驚いているシグルド達と同じように驚愕している人物が親友に揺すられていた。

「おいノイッシュどうしたんだ?いくら彼女の踊りがいいからって、放心する事ないだろが!」

「すまないアレク。あの踊りを彼女が踊るとは思わなくて」

「なんだ?俺には何時もより淑やかに踊ってるようにしか見えないが?
まっそれでもいつもの倍は綺麗な舞だ」

ノイッシュはアレクの話に頷き返しながらも、シルヴィアの舞を食い入る様にみつめるのだった。

「ちぇっおいノイッシュ!そんなに熱い視線で彼女を見てたら、またエスリン様にからかわれるぞ。
それとも否定しないのか」

「ああ・・・・」

少女の舞に気を取られていたノイッシュはうわの空で返事をしてしまい
アレクはそれを信じてしまった。

「おっやっと認めたか。じゃあ後で彼女を労ってやれよ!
雰囲気が大切だ。いいな!彼女を狙っている奴は結構いるんだからな」

親友の肩をポンと叩いてアレクは気の早い祝杯を挙げるべくその場を離れてしまった。

「おっおいアレク!いったい如何いう事だ?」

親友の行動に思考がついていけないノイッシュは彼を追いかけようとして
側にいたもう一人の友アーダンに聞いて、己の発言に赤面してしまった。

「まずいなアレクの誤解を解かないと」

「そうか?無理に思うがそれより舞が終わったみたいだぞ。労ってやれよ」

アーダンはアレクの所に行こうとしている不器用な友を回れ右させると背中をポンと押してやった。
巨体のアーダンに押され勢いよく前につんのめったノイッシュは、アンコールも終わり
舞台から降りて揉みくちゃにされかかっている、少女の目の前で何とか踏ん張った。

「ノイッシュ!どうだった?私の踊り」

「よかったよ」

「ノイッシュ!」

気の利かない兄の部下の言葉にエスリンの非難めいた声が掛かりそうになったが
夫であるキュアンが妻の口を塞いだのとシルヴィアの

「ほんとう?嬉しいなノイッシュにそう言って貰えて」

と言うその言葉と少女の嬉しそうな顔で遮られたのだった。



宴はお開きとなり、広間は片付けの者達が忙しなく動いていたが
その片隅に遅い食事を取っているシルヴィアとそれを見ていたノイッシュがいた。
「ごめんねノイッシュ付き合わせて」

「気にするな俺がそうしたいんだ」

「ありがと」

シルヴィアは自分をジッと見つめる視線に照れながらも美味しそうにジュースを飲む。

「ねえ聞きたい事って何?何でも聞いて!」

「ここでは言いづらいんだ。もしよかったら君の部屋で話したい」

「えっ!?」

シルヴィアは驚いて飲み込んだパンが気管に入りそうになった。

「ウッ、ノイ・・ッシュ・・・・それって」

「大丈夫かシルヴィア?」

背中をさすりながらノイッシュは心配そうに彼女の顔をのぞきこんだ。
ボッとシルヴィアの顔は真っ赤になったがノイッシュにはその意味が解っていないようだ。

「あっあのもうあたしお腹一杯になったから・・・・」

「そうか?それじゃあ部屋に戻るか」

ノイッシュは自分が抱えている疑問で頭が一杯でシルヴィアが
勘違いした事に気付かなかった。
と言うよりアレクに言わせれば、奥手のノイッシュに察しろと言うほうが無理と言うだろう。
誤解したままのシルヴィアはドギマギしながらノイッシュを部屋に入れるのだった。

「なあに話って?」

「実は・・・・・」





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