祈りの舞






クロード神父達がブラギの塔に向って3日目、シグルド達のいるアグスティ城は
シャガール王の命令を受けたマディノ軍に包囲され掛けていた。

「シグルド!何を躊躇っているんだ?出陣の用意は出来ているんたぞ」

「キュアン、もう少しだけ待ってくれ。
エルトシャンから何とかすると連絡があった。だからもう少しだけ」

「シグルド解った。だが後少しだけだぞ」

「ああ」

しかしシグルドの願いも空しくエルトシャンからの連絡は無く、代わりにエルトシャン配下の
クロスナイツが現れたとの報告が入った。


「シグルド」

「キュアン出陣しよう。オイフェ!」

「はい!」

「レックス隊に城の周りのアーマ隊への攻撃とマディノ城への進軍をと伝えに言ってくれ」

「承知しました

「キュアン、お前はここに残ってくれ」

「シグルド!何を考えている?」

「クロスナイツが動いたら出来るだけシルベール付近から遠ざけてくれ」

「どうするつもりだ?」

「エルトシャンがまだ出てこない事を祈るばかりさ」

シグルドはそう言うとキュアンの肩をポンと叩き部屋を後にした。



キュアンを部屋に残してシグルドは足早にティアドラが居るであろう自分達の私室に向った。
途中でエーディンの手伝いで負傷者を受け入れる部屋の準備をしているシルヴィアに会う。

「シルヴィア!そんな大きな荷物を持っていて大丈夫なのか?

あんまり無理をしてはいけないよ」

シグルドが心配するのも無理がなかった。結婚してもうすぐ一年になるシルヴィアは
ノイッシュの子を身篭っているのだ。

「シグルド様、お気遣いありがとうごさいます。
でも妊娠って病気じゃないから動いた方がいいんですよ。その方が安産だし」

「そうなのか!?知らなかったよ」

「シグルド様達位の身分の方達になると安静にしてなきゃ大騒ぎですものね」

シルヴィアはそう言って微笑んだ。


「もう立派な母親の顔だなシルヴィア」

「えっ?」

「ティアドラもセリスがお腹にいる時、君と同じような笑顔をしていた。
シルヴィア、ノイッシュが居なくて寂しいだろうが我慢しておくれ」

「シグルド様、お気遣い有難うごさいます。
あたしなら大丈夫ですから、それよりティアドラ様の所に行くのではないのですか?」

「ああ出陣するからな。君も余り無理をしないように」

シグルドはそう言ってティアドラの居る部屋へと向って行った。


「始まるのか、エーディン様に知らせなきゃ」

シルヴィアは戦いの始まりをエーディンに知らせる為に足早に部屋へと向った。

「シルヴィア!慌ててどうしたの。まだ安定期ではないのだから大人しくしてないとだめよ」

「平気ですよ。それより今、シグルド様にお会いしたのですけどもうすぐ出陣だそうです」

「そう、解りました。シルヴィア今回は貴方は残って貰いますからね」

「でも・・・・・」

「城での救護活動の方が大変なのよ。
城に戻されるという事はそれだけ重傷なんですから」

「あたしに出来るでしょうか?」

「治療は医師とプリースト達に任せておきなさい。
貴方は負傷者達を励ます事が役目」

シルヴィアの明るく優しい性格はシグルド軍の誰からも好まれていて
何故か彼女から励まされると皆、元気と勇気が沸いた。
その為、軍の間では『太陽の舞姫』と言われていたのだった。

「解りました。エーディン様、無事に戻ってきて下さいあたし祈ってますから」

「貴方の祈りの加護があれば安心ね」

エーディンはそう微笑みながら言うと医師達に指示をだし始めシルヴィアもそれを
手伝うのだった。



その頃、強行軍でブラギの塔に向っていた三人は何とかマディノ城を突破して
馬をひたすら塔に向って走らせていた。

「こんな所を敵に見つかったらやばいわよね」

「ティルテュ、そういう不吉な事は言わないほうがいいですよ。現実になりますから」

「まさかそんな事ないですってば、神父様。ねっノイッシュもそう思うでしょ」

「そうですね、ならない様にしなくては」

その言葉でティルテュはもう不吉な事は口には出さないと心に決めるのだった。

「あっ!クロード様、ティルテュ様、ブラギの塔が見えてきましたよ」

ノイッシュに言われ二人は前方に見え始めた塔に目を奪われた。

「あれがブラギの塔。神父様、本当にあそこで未来が分るの?」

「ええそう言い伝えられています。ブラギ神に祈りが届けば必ず」

「急ぎましょう。何かやな予感がします」

ノイッシュがそう言うと二人も頷き、馬を急がせた。

夕刻になり太陽が水平線に半分程、隠れてしまった頃になり三人はブラギの塔に辿り着いた。

「ティルテュとノイッシュはここでで待っていて下さい。なるべく早く戻りますので」

クロードは二人に告げると祈りの間らしき所に入っていった。
残された二人は、ただ待ってるのも落ち着かなかったので辺りを見回る事にした。


「ノイッシュ!こっちに来てみて」

ティルテュ呼ばれて行って見ると、海の向こうに僅かな明かりが見える。
「ねえ、あっちってマディノ城のほうでしょ。夜の明かりにしては不自然な明るさに見えない?」

「そうですね。もしかしたら戦いが始まっているのかもしれない」

「心配でしょ奥さんの事?」

「シグルド様がいらっしいますし。彼女も強い人ですから」

「へえエスリン様が言っていたのは小さくて可愛い人だって言ってたのに」

ティルテュはからかう様にノイッシュに言う。

「確かに見た目の彼女は小さい少女です。
でもシルヴィアはとても心の強く気高い娘なんです」

「そうなんだ、戻ったら会わせてね。お話してみたいわ」

寡黙なノイッシュにそこまで言わせる少女をティルテュはとても見たくなってしまうのだった。


クロードが部屋に入っていたのはそんなに長い時間ではなかった。
祈りを始めてすぐにクロードの頭の中にイロイロな場景が浮かんでは消えた。
断片に出て来ない映像。
シグルドやバイロン卿が無実なのは分ったが敵の映像がおぼろげにしか分らない。
「これでは陛下をレプトール卿から引き離せない。

ブラギ神よ!私にもっと確かなものを!」

クロードはそう言うとまた一心不乱に祈った。


「ねえノイッシュ、神父様まだかな?」

ティルテュは塔から見える大陸の明かりがどんどん大きくなっていく気がして不安になってきた。
ノイッシュはそんなティルテュに慰めの言葉をかけて安心させる。

「もう少し待ちましょう。この大陸に何か大きな変事が起きているのです。
そう簡単に答えは出て来ないでしょう」

そう彼女には言ってみたもののノイッシュ自身も不安に駆られていた。

(城にいる皆は大丈夫だろうか・・・・シルヴィアは無茶はしてないよな)

お転婆な妻を思うと早く城に戻りたくてしょうがなかった。

それから間もなくクロードが入っていた部屋の扉がゆっくりと開いた。

「クロード様!大丈夫?だいぶ疲れてるみたい」

「大丈夫ですよティルテュ。さあ二人ともシグルド公子の許へ急ぎましょう」

「お待ち下さいクロード様、この暗闇の中動くのは危険です。
今日はここに留まり明日、日の出と共に出発しましょう」

「ですがノイッシュ一刻を争うのです。私は行きます」

クロードはそう言うと塔の階段を下り始めた。

「行きましょうノイッシュ。
此処に朝までいて無事だったとしても、あっちで危険だったら同じでょ」

ノイッシュはティルテュの言い分に苦笑しなからも頷き、急いでクロードの許へと行くため
階段を下りるのだった。

帰りはティルテュはノイッシュの前に乗る事になった。
急いで戻るには馬の扱いに慣れているノイッシュと乗った方が良いと言うことになったのだ。

「クロード様、私が先に行きます。何かあったらいって下さい」

「私の事は大丈夫です。さあ行きましょう」

暗闇の中頼りになるのは遠くに見える村の集落の明かりだけだ。
ノイッシュは敵に遭遇する事の無い様、祈りながら馬を走らせるのだった。



一方 三人が暗闇の中、馬を走らせ向っているマディノ城はレックス公子の素早い進軍で
一日で陥落し、シグルド軍の一部が駐留していた。
シグルドはレックス公子がマディノ城を制圧したと知らせると素早くジャムカ王子の部隊を向わせた。
城に着いたジャムカ王子はレックスに労いの言葉を言い、すぐに”人払いを”と言った。

「何かあったのかジャムカ?」

「シグルドは速攻でシャガール王を攻めるつもりだ。
君には海沿いにシルベール城に向かい背後にまわっていて欲しいそうだ」

「なるほどしかしクロスナイツが出て来ているんだろう?大丈夫なのか」

「エルトシャン王のミストルティンか敵にまわるのは辛いな」

「シグルド公子とキュアン王子は俺達と違って、エルトシャン王と友人同士だから更に辛いだろうな。
それよりこの城はどうするんだ?兵を常駐させておいたほうがいい。
海の向こうのオーガヒルの奴らの様子が妙だ」

「それならお前には悪いがシグルド公子から俺が残るようにと指示を受けた」

「それで人払いか。手柄を横取りするのかと思う者が何処にでもいるからな。
この戦いに名誉などないのに」

「レックス公子」

「すまん、何かやな予感がするんだ。
バトゥ王の時と同じ感じだ。何かに操られている気がして面白くない」

「そうだな」

ジャムカは父を操っていた暗黒教団の事を思い出し、眉をひそめた。


*****


次の日 レックス公子はシルベール城へと進軍を開始した。
斥候の連絡ではシャガール王はシグルド軍本隊に気を取られ
背後に伏兵はいないようだった。

「アイラ、疲れてはいないか?」

「レックス、心配するな。昨日の戦いなど準備運動のようなものだ」

「タフだなおアイラは・・・・・」

「それよりシグルド公子は大丈夫だろうか」

「キュアン王子もいるから戦いには勝つだろうが、精神的に彼はまいっているだろうな」

「そんな事はないだろう?彼はとても強い」

「そうだな・・・公子は俺なんかより何倍も強い」

「レックス・・・・・」

アイラは何か悩んでいる様子のレックスに気付いていたが問いただせずにいた。



レックス達が進軍を開始した頃、シグルド軍は思わぬ人物と対峙していた。
昨日までは見えなかったエルトシャンの姿が前線に出てきていた。

「エルトシャン・・・・・」

「シグルド様、如何いたしますか?
ここで時間を取られればレックス公子の部隊が孤立してしまいます」

アレクが心配そうに尋ねた。

「しかし・・・・・」

シグルドは苦慮していた。
親友と戦う事は嫌な事ではあったが騎士としては避けられない事だった。
しかしエルトシャンは魔剣ミストルティンを持っているが
自分はまだ聖剣ティルフィングを手にしてはいない。
その違いは一つの戦いの勝敗を左右しかねないものとシグルドは思っているのだ。
多くの兵士の命を預かるシグルドにとっては、一気に攻め込める状況ではなかった。
しかしその状況はオイフェのもたらしたキュアン王子の到着で一変する事となる。


一方、クロード達も思わぬ事態に襲われていた。
もう少しでマディノ城に通じる村に着くという所でオーガヒルの海賊に捕まってしまったのだ。
海賊達は三人をシグルド達へのかけ引きの材料にするために殺さずに閉じ込めていた。

「申し訳ありませんクロード様、私がいながらこのような目に。
これでは護衛の意味がありません」

「ノイッシュ、貴方の責任ではありません。
それより当分ここを抜け出す事は叶いますまい、少し話しをしませんか?」

クロードは疲れきって寝ているティルテュが起きない事を確かめてそう言った。
ノイッシュも塔から出てからのクロードの苦悩の表情を見ていたため頷いた。

「クロード様、ブラギ神はどんな神託を貴方に見せたのですか?
何かシグルド様に良くない事でも起こるのですか」

「ノイッシュ、ブラギ神は全てを見せてくれた訳ではないのです。
しかしバイロン卿がクルト様を殺してはいない事は確かです」

「そうですか。安心しました。
ではこれでこの地の戦いが終われば我々はバーハラへ戻れるのですね」

しかしクロードは首を振った。

「ノイッシュ貴方にも薄々は解っている筈ですよ。
世界が何かに引っ張られるように混沌としていくのが」

「ですが!」

「詳しい事はシグルド公子に会ってからお話しましょう。
私が見たものは普通の人達には信じたくない物ばかりなのです」

クロードの言葉にノイッシュは絶句してしまった。

そんなノイッシュにクロードは悲しい笑み浮かべこう言った。

「しかし希望もあるのです。遙か未来に小さな光が見えるのですよノイッシュ。
その光の源は貴方の近くもあるのですから」

クロードのその言葉にノイッシュは自分が一番愛する少女を思うのだった。








MENU  BACK  NEXT