会いたくて
突然目の前が真っ暗になった。
3年近く、一緒にいた仲間達の突然の悲報。
誰かに縋りたかった
(違う・・・・・、あの人の傍に行きたい)
ラケシスは混乱するシレジア城の一室に向かった。
「ラーナ様・・・・私、ここを出てレンスターに行きます。お力になれない事をお許し下さい」
「ラケシス・・・・考え直す事は出来ないの?ここに居れば安全なのですよ。
それにデルムットもまだ旅に出るには幼すぎます」
「いいえ 私はデルムットを父親の国で育てたいのです。それに兄との約束を果たします」
「エルトシャン王の?」
「アレスはレンスターにいます。私は彼をいつかノディオンに連れて行きたいのです」
「そうですか・・・・ですが満足な護衛き着けてあげれませんよ」
「護衛は要りません。レンスターに向かう商隊に付いて行きます」
「解りました・・・・・」
ラーナはラケシスの意志が固く説得は無理だと諦めた。
ラケシスはラーナの許しを得たので早速準備に掛かった。
幸いにも商隊はすぐに見つかった。
ただ出発までに一日しかなく準備に夜半まで掛かってしまった。
荷造りも一通り終わり、一休みしていると扉がノックされティルテュが顔を出した。
「あっ ティルテュ!」
「ラケシス様、荷造りは終わったの?」
「ええ 一通りはそんなに持っていけないから・・・。
ごめんなさいティルテュ公女、貴方の力になれなくて」
「そんな事ないわ。ここにはラーナお母様もいる。
それにシレジアの人達もグランベル人の私に良くしてくれるから。
でも寂しくなるな皆の事をお話出来る人が居なくなっちゃう」
「クスッ 子供が産まれたらそんな事言ってはいられなくなるわ」
「そうね・・・・明日見送りには行かないわ。泣いて引き止めてしまうから」
ティルテュはそう言ってラケシスに抱きついた。
「うん解った」
同じ歳だったが育った環境の所為かラケシスの方が姉の様に接していた。
特にシグルド達がシレジアを去った後は、二人はいつも一緒にいて仲間の無事を祈っていた。
次の日ラーナが付けてくれた護衛を断ると
ラケシスはラーナ一人に見送られ商隊と一緒に旅立った。
「ラケシス様、どうぞ馬車にお乗り下さい。これからイード砂漠までは一ヶ月ほどかかりますから」
「いいのよ、それより無理言ってごめんなさいね」
商隊の主人はノディオンとレンスターを行き来していてラケシスと顔見知りであった。
「お気になさらないで下さい。
後ろのほうに私の妻と子供も居りますので、お子様だけでも預けてはいかがですか?」
「有難う。疲れたらお願いします」
ラケシスはデルムットと離れる事を躊躇して丁寧に断った。
主人もそんなラケシスの思いを察してそれ以上は何も言わなかった。
「そう言えばアグストリア出身の傭兵が一人いたはずです。後でお会いになりますか?」
「えっ!?アグストリアの・・・・」
彼女は自分が逃げ出してしまった故郷の名にひどく動揺したが、
どんな人物か興味もありその人物に会うことにした。
夕方、ほとんど休憩もせずに移動していた商隊は程よい地形を見つけそこを野営地とし
ラケシスは商隊の主人に連れられて彼の家族の元に案内された。
「ラケシス様、今日から食事はこちらでお取り下さい。
お気に召しますかどうか分かりませんが・・・・」
「心遣い感謝します。
でも私も戦場でこうゆう生活には慣れました、気にしないで下さいね」
「はい それでは昼間にお話した者を連れてまいりますので」
主人はそう言ってその場を離れた。
ラケシスはどう接していいか戸惑っている主人の妻に声を掛けた。
「今日からお世話になります。色々迷惑を掛けると思うけど宜しくお願いします」
「いいえ姫様、勿体のうございます。アグストリアでは主人が大変お世話になったとか。
そのご恩返しが出来ればよろしいのですけど・・・・」
「私は何もしていません。実際は私の兄が貴方のご主人と取引していたのだから・・・」
「そうですか・・・・」
彼女は余り政治には詳しくないのかそれ以上は何も聞いてはこなかった。
「姫様 お子様はお腹を減らしているでしょう。
山羊の乳ですがございますのでどうぞ飲ませて差し上げて下さい」
「まあ、乳があるのですか?どうしようかと思っていたの。遠慮せずに頂きますね」
ラケシスはグズリ始めていたデルムットに乳を与えた。
「美味しいデルム?今日はいい子だったわね。明日からもいい子でね」
デルムットに乳を上げた後に自分も食事を取り一息ついた頃
主人が一人の男を連れて戻って来た。
「ラケシス様 お食事は済まされましたか?
この者がさきほど言っていた者なのですが・・・・」
主人はそう言って固まってしまった。
彼が連れて来た男がラケシスに駆け寄って、膝まづき泣いてしまったのだ。
「あの・・・二人にさせてもらえるかしら」
ラケシスも目に涙を溜めて頼んできた。
「はい・・・・」
その場にいた者はそっとその場を離れていった。
「フリッツ何ですか!騎士が人前で涙を見せるとは・・・・」
「申し訳ございません。姫様に生きて会えるとは思いもしなかったので」
フリッツと呼ばれた青年はラケシスの叱責に我を取り戻していた。
「それにしても貴方が傭兵をしていたなんて、皮肉な運命ね。お兄様が生きていたら・・・・」
「いいえ 私に堪え性がなかったのです。
アレス様を見つけ出しアグストリアをグランベルから取り戻そうと言う者もいたのですが・・・・・」
「そう・・・・でもアレスはまだ幼いわ。今担ぎだしても殺されるだけよ」
「はい・・・それより姫様はどうしてここに?
私はてっきりシグルド様とバーハラに行きあの虐殺に巻き込まれてしまったと思っておりました」
「私も一緒に行くと言ったのですけど、シグルド様に押し切られてしまって・・・・。
子供を一人にするのかと」
「子供?」
フリッツが驚きの声を上げラケシスを見つめ、そして彼女に抱かれている赤ん坊に気が付いた。
「ラケシス様、その赤子は?」
「私の子です。デルムットと言います」
その赤ん坊はラケシスと同じ金色の髪で青い瞳をしていた。
「まあ デルムは起きてしまったのね」
ラケシスは優しくその赤ん坊に微笑んだ。
フリッツは少し混乱したが彼女の微笑みを見て、一つの事に思い当たる。
(ああ あの笑みはフィン殿に向けられていた物だ)
「デルムット様のお父君はレンスターのフィン殿ですね。それでレンスターに行くのですね」
「ええ この混乱の時期に行かないとこの大陸を自由に行き来出来ない気がして」
「そうかもしれないですね」
フリッツはグランベルのシクルド軍の残党狩りを目の当たりにしていたので納得した。
「ですが姫様も相変わらず無茶をなさる。イーヴ殿がいらしたら頭を抱えていたでしょう」
「クスッ そうかもしれないわね」
「それより これからもデルムット様をお抱きになりながら旅をなさるおつもりですか?」
「ええ そのつもりです」
「いけません!無駄に体力を消耗します。
それにデルムット様をお抱きになりながら戦えますか」
「でも!私はこの子とは離れたくないの!!目を離している間に何かあったら・・・・」
ラケシスは震えていた。
親しい者達が次々と自分の前からいなくなり、デルムットもと考えるだけで体が震えた。
「姫様・・・・・」
フリッツにもそれは解った様で
「では 私がデルムット様をお預かりして姫様の傍に居ります。
それがお嫌でしたら馬車にお乗り下さい」
「フリッツ・・・・・解ったわ。貴方にデルムットを預けます」
彼女はフリッツの条件を受け入れた。
この商隊と同行する時に彼女はマスターナイトとしてこの商隊を守る事を
自分に課していたので後ろで守られることなどもっての他であった。
「本当に貴方は昔から強引ね」
「ノディオン王家に仕える者として言うべき事を言ったまでです」
二人はその後主人とその家族を呼び心ばかりの宴を開いた。
****
フリッツはラケシスからアグストリアを脱出した後の事を少しづつ聞いていた。
ラケシスは余り話したがらなかったがフィンの事になると顔を赤らめ
嬉しそうにそして辛そうに話すのだった。
「それではラケシス様はフィン殿は生きていると思われるのですね?」
「ええ 最初はキュアンさまやエスリン様とイード砂漠でトラキアに襲われて
死んでしまったと思ったの・・・・。
でもねっ!なぜかデルムを見ていると早く会いたいって言っている気がして・・・・」
「そうですか・・・・その予感が本当だと良いですね」
「ええ それよりフリッツ、子守は慣れた?四苦八苦していたみたいだけど」
デルムットはおとなしい赤ん坊で余りグズらなかったが
フリッツ自身が赤ん坊とほとんど接した事が無かったので慣れるまで一週間ほど掛かった。
「姫様!お人が悪いですよ。剣しか持った事がなかったのですから」
「あら 世話は任せろと言ったのはフリッツよ」
フリッツは彼女には敵わないと首を振りデルムットに話しかけた。
「デルムット様、意地悪なお母上と思いませんか?早く私の味方になって下さいね」
「フリッツ!デルムは私の味方ですからね」
ラケシスはそう言ってフリッツからデルムを引き取った。
「もうすぐ国境のリューベック城ね。シグルド様がランゴバルト卿から奪還して
シレジアに還ってきたけどレヴィン王子がいない今グランベルの格好の標的ね」
「はい・・・・・レンスターと協同でグランベルに当たれれば良いのですが・・・・無理でしょう」
二人がそんな話をしていると商隊の主人がやって来た。
「ラケシス様、フリッツ殿お話があるのですが、今、先にリューベック城に行かせた者の話によると
此処一帯に大掛かりな盗賊団が出没しているそうです。どういたしますか?」
「そうなの・・・・夜に動くのは無理なのかしら?」
「話によると先日、商隊が襲われたと言うので2、3日は大丈夫かと」
「じゃあリューベックには必要最小限の人数をやって、後はイード砂漠の国境に向かいましょう。
イード砂漠に入れば賊も追って来ない筈だわ。そこでリューベックに行かせた者達を待ちましょう」
「それしかないだろうな」
「承知しました。その様に手配します」
ラケシスとフリッツは此処に来るまでに少ない人数で何度も賊を退け商隊の信頼を得ていた。
今回も旨くいくはずだった。
あの悪魔達がいなければ・・・・・。
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