会いたくて
5
それはつかの間の平和だった。
グランベルの軍はレンスターの各地の反乱を沈めるのに苦労していて
レンスターの外れの近くにあるダーナには中々やってこなかった。
フィンの心には様々な葛藤が渦巻いていたが、何も言わずべオウルフの捜してきた
武器屋の店番の仕事をこなしていた。
ラケシスはナンナとリーフの世話に明け暮れていた。
リーフはラケシスのことを『かあさま』と呼んで懐いた。
フィンも『とうさま』と呼ばれた時は戸惑っていたようだったが
べオウルフに敵に気づかれなくて好都合だと言われ納得するのだった。
「ただいま」
「とうさま!おかえりなさい」
「リーフただいま、いい子にしていたかい?」
「うん、今日はナンナに絵を描いてあげたの」
「そうか・・・ナンナとかあさまはどうした?」
「ナンナが眠いって泣いたからあっちのお部屋だよ」
リーフは子供部屋を指差した。
フィンはリーフを抱き上げ子供部屋に行ってみるとラケシスはナンナを寝かしつけて
そのまま眠ってしまったようだった。
「かあさまねてる」
「ほんとうだ。このまま寝かせてあげよう。リーフはお腹減っていないかい?」
「すこしだけ・・・」
「じゃあ、とうさまがケーキを焼いてあげよう」
「わーい、さとうとミルクたっぷりね」
フィンの作ったケーキを食べて満腹になったリーフは椅子の上で眠り始めたので
フィンはリーフを抱き上げ子供部屋に運んだ。
リーフをベットに寝かせたフィンはラケシスを起こす事にした。
「デルム、今行くからね」
ラケシスは泣きながら寝ていたのだ。
フィンは彼女の髪をそっと撫でた。
いくら元気にしていてもイードで消えた我が子を彼女が忘れるはずがなかった。
時々彼女は思い出したように夜中に泣いていた。
フィンはその度彼女を抱き寄せて眠っていたのだ。
(まさか私の居ない間、泣いているのでは・・・・)
フィンは最愛のラケシスが自分の居ない場所で泣いているかと思うと胸の潰れる思いがした。
「ラケシス!起きてください!もう夕方ですよ」
フィンは彼女を悪夢から引き離すべく声をかけた。
「うーんフィン?あっ、私・・・眠っていたのね」
「ええ 疲れていたのでしょう。今日は私が夕飯を作りましょう」
「大丈夫よフィン。それより夜、べオウルがが来るって連絡が入ったわ。
なんでも大事な話があるみたい・・・・」
「そうですか・・・・」
フィンは何か言い知れない不安を感じるのだった。
夜 べオウルフが一人の男を連れてフィン達の許へとやってきた。
「よお、久しぶりだな」
「ええ、それよりべオウルフ!お客様を連れてくるならちゃんと言ってよ。
それなりの準備もしたのに・・・・」
ラケシスは何も言わないで客を連れてきたべオウルフに食ってかかった。
「こいつが気を使わせたくないから言うなって止めたんだ。なっルッツ」
「申し訳ありません」」
「気にしないでください。それよりどうぞ中へ、食事も用意してあります」
フィンがそう言って中に招き入れる
。
「おおそうだ。遠慮するな」
べオウルフの言葉に
「貴方の分はないわよ」
とラケシスは冗談ともつかない事を言うのだった。
そこにリーフがナンナの手を引いて近寄ってきた。
「ベオさんだー。こんにちは」
「げんきにしてたかー、ナンナもげんきかだったか」
ナンナはリーフの後ろに隠れてしまった。
そんなナンナをフィンは抱き上げ、べオウルフとルッツを中に勧めた。
だがそれはルッツの言葉に遮られる。
「姫!!ご無事で何よりです」
「えっ?貴方は・・・・」
「お忘れになるのも無理ありません。私がエルトシャン様に仕えていた時
は姫様はまだ幼くていらした」
「貴方はアグストリアの!」
「はいシャガール王に仕えていましたが、故あって出奔しました」
「そうだったの・・・会えて嬉しくおもいます。ここでは話づらいわ向こうでお話しましょ」
ラケシスは彼を部屋に案内するのだった。
食事を済ませナンナとリーフを寝かせ戻ってきたラケシスがルッツに話しかけた。
「ねえ ルッツはアグストリアから離れてどうしていたの?」
「シレジアにいました」
「えそうなの?どうして訪ねて来てくれなかったの?私がいたの知らなかったの?」
「お訪ねしようかとも思ったのですが故郷を捨てた身、合わせる顔がないと・・・・」
「それなら私だって・・・・」
ラケシスは俯いた。
「それからどうしたのですか?」
フィンが代わりに質問する。
「バーハラの悲劇の後、戻ってきたレヴィン王の命でイザークのセリス様の消息を探す為に
シレジアを出ました」
「セリス様を!それで生きておられたのか?」
フィンは声を上げた。
ラケシスも
「エーディン公女は?オイフェは元気?」
「はい 皆様シャナン王子の伝手でイザークの奥地に匿われています」
「よかった。連絡がとれたら良いのに」
「そうですね」
ラケシスとフィンの喜ぶ顔を見ながらルッツは
「ラケシス様、驚かないで頂たいのですが」
この後のルッツの言葉にフィンとラケシスは絶句する事になる。
「フリッツ?彼がエーディンと一緒によかった」
ラケシスは嬉しそうに涙を浮かべた。
「姫さんフリッツて誰だ?」
「ノディオン王家の騎士よ。クロスナイツとしてお兄様の下に居たの。
私が商隊に入れてもらった時、彼が傭兵として現れてビックリしたわ。
イードで死んだと思っていたけど・・・・」
ラケシスの言葉にフィンは子供の事で傷つく彼女を心配した。
「彼は元気なの?」
「フリッツも姫様の事をとても案じていました。
自分が守りきれずどうなったのかと・・・・。
そしてもしレンスターで姫様にお会いしたら伝えて欲しいと」
「えっ?」
「デルムット様は必ずお守りしますからと」
「デルムット?デルムがイザークにいるのルッツ?」
ラケシスはフィンに支えられながらもルッツにデルムットの生存を確かめた。
「はい、彼が懐に入れてお守りしたそうです。
逃げているうちに砂漠を抜けイザーク領内に
そこでエーディン様と合流したそうです」
「フィン、、あの子が生きてるなんて・・・・わたし・・・」
「ラケシス・・・・よかった。君の願いが通じたんだよ」
「フィン・・・・・」
「よかったな姫さん フィン」
べオウルフもこの若い夫婦の苦しみを見ていただけに心から喜んだ。
泣いて話も出来なくなっているラケシスの代わりにフィンがフリッツに訊ねた。
「元気なのですか?デルムットは」
「元気で育っていますよ。
子供達の中では今の所一番下の子なので皆に可愛がられています。
特にセリス様が本当の弟のように面倒を見ていて
デルムット様もセリス様を慕っておいででした」
「セリスが・・・・」
ラケシスは片言でシグルドに纏わり着いていた幼子のセリスを思いだしていた。
「今は此処もイザークも混乱しています。連絡はもう少し落ち着いてからのほうがいいでしょう」
「でも どうやって・・・・」
「シレジアに落ち着いたら連絡がはいります。シレジア経由で連絡してみては?」
「だがレンスターが落ちた今、シレジアに矛先が向くんじゃないか」
べオウルフが考えたくはないがと前置きして言う。
「レヴィン王にはフォルセティがある。神器があればやすやすとはやられないだろう」
フィンがラケシスを力づけるようにいった。
「神器か・・・・今所在が解ってるのは敵の武器がほとんどだ。
グラーニェ様とアレス様の居場所が解れば」
フィンが悔やむように首を振った。
「やはりアレス様は行方不明なのか?」
ルッツはがっくりと肩を落とす。
「ルッツ、貴方は此処にアレスを捜しに来たのね」
「はい、もしかしたらラケシス様も生きていらしてご一緒しているのではと・・・」
「レンスター城を落ち延びて、お姉様の所に言ったときには邸はもぬけの殻だったの」
「そうですか・・・・」
「ごめんなさいルッツ」
「ラケシス様の所為ではございません。姫様が生きていらしたのです。
きっとアレス様にもヘズルの加護がこざいます」
「ええ ほんとうにそうね」
四人はそれからもシレジアのレヴィ達の様子やシグルド軍の生き残りの話などを
夜遅くまで話すのだった。
「もしかしたらまだ生き延びている方がいるかもしれないわ」
ラケシスはジャムカやアレクの生存を聞き奇跡を信じたくなっていた。
「そうだな皆けっこうしぶとかったらしい」
べオウルフが冗談のように言うとラケシスがべオウルフが一番しぶといと言って
皆を笑わせるのだった。
その夜は二人はラケシスの勧めで家に泊まった。
そして次の日ルッツは、アレスを見つけたら必ず連絡すると言ってダーナを後にした。
***
平穏な日々がそれからも続く筈だった。
けれどもデルムットの生存を知ったラケシスの心には
一人で自分を待ってるであろう我が子の顔が浮かび落ち着きがなくなっていくのをフィンが
心配気に見守っていた。
ルッツの話を聞いて半月後
「フィン、私イザークにあの子を迎えに言って来る」
「ラケシス!何を言うんだ。そんな危ないことはさせられない」
「私はデルムットを貴方とナンナに会わせたいの。
一人ぼっちにさせておけないわ。私行く、お願い行かせて」
「駄目だ。貴方は私がどんな気持ちでバーハラの戦いのてん末を聞いたか知っているはずだ!
あんな思いはもうしたくない。どうしてもと言うなら私が行きます」
フィンは絶対に放さないとばかりに彼女を抱きしめた。
「私だってイード砂漠でレンスター軍が全滅したと聞いた時死にそうだったわ。
でも私も貴方も生きてた。
それに駄目でしょ貴方にはリーフを守るっていう大事な役目があるのだから」
「ラケシスお願いです・・・・・もう少し待って下さい。
何か良い方法を考えます」
「フィン・・・・・」
必死に彼女を止めようとしているフィンの気持ちがラケシスにも伝わり
彼女の決心も揺らぎそうになる。
けれどもデルムもこの幸せを味あわせてあげたい
ラケシスはそう思い一晩かけてフィンを説得した。
二日後、ラケシスは早朝に家を出ようとしていた。
子供達が起きていると出て行けなくなるので寝ている間に出発する事にしたのだ。
「じゃあ行ってきます。フィン余り無理しないでね」
「貴方もですよラケシス。べオウルフ彼女を頼む」
ラケシスがイザークに行くとフィンから聞いたこの男は護衛を買ってでた。
「心配するな。イード砂漠さえ越えれれば、イザークのセリス達の許にはたどり着ける。
それよりお前はなるべくここから動くなよ。連絡が取れなくなったら困るからな」
「ああ、わかってる」
「それじゃあフィン、ナンナをよろしくね」
ラケシスは見送るフィンを何度も振り返り手を振るのだった。
イード砂漠に入ったラケシスは順調に進んでいた筈だった。
けれど運命の神は彼女に試練を与える。
それは幼き娘と愛する夫を置いてきた罰なのだろうか。
イード城近くの小さな村で休んでいたラケシスは夢を見た。
二手に分かれた道、片方にはデルムット、もう一つの道にはフィンとナンナ。
(どうして?私はどちらの道にも行きたい。皆を心から愛しているの。
デルムットに会いたい、あの子を抱きしめたい。
ナンナの髪にほほずりしたい、彼に会って思いっきり抱きしめて欲しい。
それがいけない事なの?神よ・・・・)
「おい、ラケシス!大丈夫か?だいぶうなされていたぞ」
「ベオウルフ・・助かった。きっと気が弱くなっていたのね。もう少しなのに」
「後もう少しでリーボー城だ。
そこを抜ければ何とかなるだろう、もう少し寝るぞ」
けれども二人は眠る事が出来なかった。
突然、暗黒教団が村を襲ったのだ。
「くそっ、逃げ切れるか・・・・・」
「捜せ、我らが主は生贄をお望みだ。生きの良い男女を5、6人捕まえろ」
ラケシスとべオウルフは見つからないよう宿を出て村の出口に向かった。
だが逃げ切れなかった。いやラケシスだけなら逃げれたかもしれない。
けれど彼女は囮となったべオウルフを置いて行けなかった。
「ばかやろう。何故逃げなかった、子供に会いたかったんだろう」
「戦友を置いては行けないわ。それにそんな母親をあの子は軽蔑するわ」
「ちっ馬鹿野郎が、フィンに怒られちまうぜ」
そこに暗黒教団のダークマージがやって来た。
「ほう、これはいい。我が主のコレクションにちょうど良い」
「おい、コレクションてなんだ?」
「態度が悪いがまあいい。教えてやろうお前とこの女は石像になるのだ。
永遠に今の姿を保てるのだ嬉しいであろうクックッ」
「なっ!?冗談だろう!」
「うるさい奴だ。お前から石にしてやる」
男はそう言ってべオウルフに向かって呪文を唱えた。
「くっ体が・・・・」
「べオウルフ!」
ラケシスは段々と石になっていく彼の名を呼んだ。
「すまない守ってやれなくて・・・・」
彼はみるみるうちに固まっていき動かなくなった。
「いやー!!」
「大丈夫ですよ。貴方もこの男と同じくなるのですから。
そうですね、貴方は美しいですから、王室にでもかざりましょう」
「くっ・・・・そんな目にあう位なら私は死を選びます!」
「気の強い女だ。だがその気の強い口調ももう発せられなくなる」
男はラケシスにも呪文を唱える。
(ああ そんな・・・・体が動かない・・・フィン・・・・。
貴方の言う通りにしていればよかったの?
これは罰なの?ああ 考えがまとまらない)
足から始まった石化はもう心臓近くまできていた。
「フィン・・・・あ・い・・・た・・・」
ラケシスの言葉は最後まで発せられなかった。
「ふむ良い出来だ。おいこの2体は壊さないようにイード城へ持って行け」
二人の石像は人知れずイード城の奥へと消えて行くのだった。
「とうさま、かあさまはいつ戻ってくるの?」
「ナンナ、かあさまはきっと砂嵐にあって戻ってこれないんだ。もう少し待とうね」
「ヒック、かあさまにあいたいよー」
****
「エーディン様」
「なあにデルムット?」
「かあさまととうさまは砂漠の向こうにいるんだよね」
「そうよ」
「会いたいなー、僕が馬に乗れたら一気にいけるのに」
「デルム・・・・・」
「大丈夫です。ぼく、大きくなったら絶対会いにいくんだ!」
「僕も付いてってあげるよ。デルムット」
「セリス様!」
皆が付いてってあげるから。
それは皆が会いたいと思っているから。
父と母に・・・・・。
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