哀しみの風


グラン暦759年シレジア 冬

「ラーナ様、もうここも危険です。どうか城からの脱出の用意を」

「いいえ、私は王家の者としてこの城と運命を共にします。
 あなた方は市民達を守り安全な場所へ・・・・」

「それはできません。マーニャ様に必ず王妃様をお助けするようにと言われております」

「マーニャが・・・・」

「はい、マーニャ様は、反乱をおこした者達を倒すべく出撃いたしました」

「では待ちましょう。マーニャは必ず勝って戻ってきます。
 それにシグルド公子もこちらに向かっているはずです」

「ラーナ様・・・・、それでは我らは城門の守りを固めます」

「頼みます」


その頃
天馬騎士団のリーダー、マーニャは息絶えようとしいた。

「マーニャ、わたしは・・・・・」

「パメラ この国を・・、シレジアをお・ね・が・い・・・・」

「あっけないものだな、天馬騎士など我らバイゲリッターに掛かれば赤子も同然。
これでダッカー公もシレジアの王という訳だ。お前達も早くトーヴェ城を落とせ」

グランベルより援軍としてやってきたユングヴィのアンドレイはそう言うとパメラの元を立ち去って行った。

「私は何を血迷っていたのか、同胞を他国民に殺させるとは・・・・・」

「パメラ隊長・・・・」

「何人残っているか?」

「はっ バイゲリッターの者どもが敵、味方構わずに攻撃したので
 我らの隊もかなりの負傷者が・・・・」

「そうか・・・・、ダッカー公に進言してくる。お前達はシルクド公子の軍に降り、指示を仰げ。
 責任はすべて私が取ると言えば、殺しはしないだろう」

「隊長・・・」

「行くんだ。これ以上グランベルの者達の勝手にはさせられない」

パメラはそう言ってダッカーの居るザクソン城へと向かった。

数時間後・・・・、トーヴェ城を制圧しシレジア城の危機を聞いて、進軍するシグルド達の頭上に
天馬騎士団が現れた。

「フュリー あれは?」

「姉さまの隊とは違う見たいです。攻撃する気は無いようですが・・・・」

フュリーは話を聞くため空高く舞い上がった。

「フュリー様・・・・」

「あなたは確かパメラの隊の・・・・」

「はい・・・・、我々はシグルド公子に降伏いたします。どうぞ公子にお伝えを」

「解りました。それでパメラは?」

「ダッカー公を説得すると言ってザクソン城へ・・・・」

「そう・・・・、詳しくはシグルド公子に直接話して下さい」

フュリーにはパメラ隊の者達をシグルドの所に案内した。

「なに!!マーニャが死んだ・・・・」

「はい バイゲリッターの弓の攻撃に我ら天馬騎士団は壊滅状態に・・・・」

「そんな・・・・」

「それでラーナ様は」

シグルドはシレジア城にいる王妃の安否を聞いた。

「分かりません。ダッカー公が指揮を執っているはずなので、パメラ様が間に合えば・・・・」

「そうか・・・・・」

「シグルド、俺はフュリーと先に城に行く」

レヴィンはそう言うとフュリーの天馬に乗りシレジア城に向かった。

「シグルド様、私達も傷の浅い者は王子の後を追いたいのですが」

「そうしてくれ、騎馬隊は中々前に進まない。一刻も早くシレジア城へ・・・・」

「はっ」

シグルドの許しを貰った天馬隊はレヴィン達の後を追って飛び立った。



一方、シレジア城では

「王妃よ フォルセティをよこして貰おうか」

「ダッカー、貴方は・・・」

「グランベルの奴らに奪われる前によこして貰おう」

「ここにはありません」

「なに!?レヴィンの所か。だがあの者にフォルセティが扱えるのか?」

「まあいい、貴方を幽閉させて頂く。王妃を部屋に案内しろ」

王妃が部屋から出たあと、トーヴェ城が制圧されたとの報告が入ってきた。

「おのれシグルドめ!!」

「ダッカー様、パメラ様がお見えです」

「何!? 通せ」

「ダッカー様・・・・」

「パメラ お前は何をしておる!
トーヴェ城を制圧されてしまったではないか。早く兵を集め奪回しろ」

「もう おやめ下さい。このまま同胞が争えば、グランベルの思うつぼ、お考え直しを・・・・」

「何を言う。お前こころ変わりしたのか!!」

「もうすぐシグルド公子もやって参ります。ここは撤退して休戦を・・・・」

「むう・・・・、わかった」

ダッカーはあっさりとパメラの意見を聞き入れザクソン城へと引き上げて行った。

「ラーナ様を早くお助けして・・・・」

「はっ」

パメラは城内の者を落ち着かせると城門へと向かった。
そこにはフォルセティを継承したレヴィンがいた。

「パメラ 母上は・・・・」

「ご無事でこざいます。王子」

「そうか、お前が叔父上を説得してくれたのだな」

「・・・・・王子、貴方は甘いそれではこの国は滅びる。どうかフォルセティをダッカー様に」

「なに?」

「パメラ!?何を言うの。レヴィン様は正統な王位継承者、神器であるフォルセティも認めてるわ」

「フュリー・・・・では王子、私を殺せますか?」

「なにを言う!?」

「王家に弓を引き、マーニャを死なせ、他国の者を引き入れた裏切り者を・・・・・」

「パメラ・・・・」

「貴方はこれからダッカー公を倒しに行かなければいけない。
身内とはいえ許すわけにはいかぬはずです。どうかダッカー公のお供をお許し願いたく・・・・」

パメラはそう言うとレヴィンの前に膝まづいた。
固唾を呑んで見守っている人々の間を一陣の風が吹きぬけた。

「フッ パメラお前、マーニャと約束したんだろ。シレジアを守るって」

「エッ!?」

「今 風が教えてくれた。お前が死ぬのはまだ許されない」

「おうじ・・・・・」

「もし心苦しいと言うのなら、己を捨てて王家の盾となれ」

「はっ レヴィン王よ承知いたしました」

「母上を頼む。俺はザクソン城へ行ってくる」

レヴィンはついて行くと言うフュリーを強引に説得し、単身ザクソン城へと行き、
ダッカーを倒した。



760年春

シレジアの内乱を収めたシグルド達は、シレジア城に入り今後の事を話し合う事になった。
「シグルド、このままシレジアにいても攻め込まれるのを待つだけだ打ってでよう」

「レヴィン、シレジアの人々をこれ以上巻き込む訳には行かない、明日は我々だけで出発する」

「何言ってるんだ。俺も行くんだ」

「何を言う。王である君が国を離れるなんて」

「母上も承知している」

「ラーナ様が!?しかし・・・・」

「シグルド公子、もはや戦は大陸全土に広がっています。あなたは一刻も早くグランベルに戻り
争いの根を断ち切らねばなりません。レヴィンもお役に立つでしょう」

「そう言う事。ただこれからの戦は厳しいぞ女性陣だけでも、ここに残して行こう」

「そうだな・・・・、皆に伝えよう。ただし奥方の説得は自分でやってくれ」

「おい・・・・、やっぱりダメ?」

その夜レヴィンはティルテュの寝ている部屋を訪れた。
半年前に結婚し、ティルテュは身ごもっていたのだが、体の具合があまりよくなかった。

「あっ レヴィン」

「体の調子はどうだ?」

「うん 大丈夫だよ。それより今日はすごい活躍だったんだって?
 フォルセティの攻撃であっというまに戦が終わったって。
 かっこよかったてシルヴィアが言ってた」

「まあな、でもこいつはあんまり使わないようにしたい」

「どうして?」

「戦わなくていいならそれに越した事はないだろう」

「うん、そうだね。あたしもレヴィンとお父様の戦う姿なんて見たくないもん」

「ティルテュ・・・・、明日 俺達はここを出る。お前はここに残れ」

「えっ!?どうしてあたしも行く」

「その体じゃ無理だ。ここで待っててくれ、シグルドの無実を晴らしたらすぐ帰ってくる」

「それならあたしもやっぱり行ったほうが、あたしお父様を説得する。そのほうが絶対にいいよ」

「ダメだ、これからの戦はなにがあるか分からない。君にもしもの事があったら」

「レヴィン・・・・・」

「母上と待っていて欲しい。元気な子供を産んでくれ」

そう言うとレヴィンはティルテュを抱きしめた。


次の日 ティルテュと赤ん坊を産んだばかりのラケシスを残しシグルド軍は出立した。

「パメラ 母上とティルテュを頼む」

「はっ 命にかえましても・・・・」

「シグルド公子・・・・、御武運をお祈りしております」

「ラーナ様、有難うこざいます。お元気で」

そう言って去っていくシグルド達をラーナはいつまでも見送っていた。

「お母様、もう見えなくなってしまいましたね」

「そうね ティルテュ貴方は体を冷やしてはいけないわ、さっ 入りましょう」

ラーナ達にはその進軍がこれからの苦難に満ちた時代の始まりとは知る由もなかった。




数ヵ月後、シグルド死すの報がシレジアに届く・・・・。

「なんという事でしょう。公子がお亡くなりなさるとは・・・・」

「ヴェルトマーのアルヴィス卿のだまし討ちに遭いシグルド軍は壊滅生き残った者はいないと・・・・・」

「そんな・・・・」

それを聞いてレヴィンの帰りを心待ちにしていたティルテュはその場で気を失った。

「あっ王妃様・・・」

「パメラ ティルテュを部屋へ、おなかの子にもしもの事があれば・・・・」

「はい ラーナ様」

パメラが戻ってくるとラーナは天馬騎士を総動員するよう指示した。

「パメラ グランベルは落ち着いたらきっとシレジアに兵をむけてくるでしょう。
レンスターのキュアン王子もトラキアのトラバント王に殺されたと報告がありました」

「そんな事が・・・・」

「なんとしても、この国を守らなければ」

「ラーナ様・・・・」

「王妃に子供が産まれたら奥地に隠します。貴方には護衛を頼みます」

「そんな!!私はここで戦ます」

「いいえ、ティルテュが産む子供はシレジアの希望です。なんとしても守らなければ」

「・・・・解りました。絶対にお守りいたします」


混乱の一夜が明けた。
ラーナの元に入って来るのは悪い知らせばかりであった。
そこにラケシスが訪ねてきた。

「どうしました?ラケシス王女」

「ラーナ様、わたくしはレンスターへ行きます」

「何を言うのです。こんな混乱の真っ只中に貴方を行かせる訳には行きません」

「いいえ、今だがらこそ女一人だったら何とかなると思うのです」

「でもどうして・・・・、まだデルムットも小さいのですよ」

「兄との約束を果たします・・・・」

「エルトシャン王の?」

「はい・・・・、アレスはレンスターにいます。それにこの子は父親の国で育てたいのです」

ラケシスの夫フィンはレンスターの騎士でキュアン王子の片腕だった。

「ですがフィンもキュアン王子と共にイード砂漠で亡くなったと・・・・」

「それでも行きます」

「・・・・・、解りました。ですが貴方に護衛は殆ど付けてあげれませんよ」

「はい、護衛はいりません」

「ラケシス王女・・・、いつ発つのですか?」

「用意ができ次第すぐにでも」

「解りました。必要な物があれば言って下さい」

ラケシスが退出した後、ラーナは深いため息をついた。

「風が止んでしまった・・・・」


次の日ラケシスは、ラーナがつけた護衛を断り、イード砂漠に向かう商隊と共にシレジアを後にした。

「お母様・・・・、ラケシス様は行ってしまわれたの?」

「ええ さきほど」

「いいな・・・あたしもイードに行きたい、そこからグランベルへ・・・・レヴィンの所に」

「ティルテュ・・・・、興奮してはお腹の子に触ります。気を楽にしなさい」

「でも・・・・」

ラーナはティルテュを寝かしつけ執務へと戻るのだった。


ひと月後 ティルテュは男の子を産んだ。

その子は髪の色はティルテュと同じ銀色だったが
フォルセティの聖痕がはっきりと現れており城内は歓喜に包まれた。

「テュルテュ、貴方に似た可愛い男の子よ」

「お母様・・・・、この子の髪の色・・・・」

「大丈夫、髪の色などは気にしないの。この子の瞳の奥にレヴィンが見えるわ」

「レヴィンが・・・・」

彼女は赤子をギュッと抱きしめるのだった。
二人が赤ん坊をあやしているとパメラが飛び込んできた。

「ラーナ様、テュルテュ様!!」

「どうしたのですか、慌てて」

「レヴィン様がお戻りになりました!!」

「えっ!?」

「フュリーとアレク殿も一緒です」

「まあ・・・・、ティルテュなんて嬉しいことでしょう」

ラーナはまだ信じられずに放心しているティルテュを抱きしめた。

「今こちらに参られます。お子様の事はまだお伝えしていないので驚かれますわ」

そこに勢いよく扉が開きレヴィンが現れた。

「ティルテュ、母上 今戻りました」

「レヴィン・・・・、よく無事で。さあティルテュと赤ちゃんそばへ・・・・」

「えっ!?産まれたのですか」

レヴィンは思わずベッドに駆け寄った。

「レヴィン・・・・、生きててくれたのね」

「ああ ティルテュ必ず帰ると約束したろ」

「うん・・・・」

レヴィンは彼女を抱きしめた。
ラーナとパメラはそっと部屋をでて、フュリー達のもとに向かった。



「フュリー、アレク・・・よく無事で」

「ラーナ様・・・・」

「他の方々も無事なのですか?」

「解りません。エーディン様はシグルド様がシャナン王子と子供達をイーザークに
 逃がす時にご一緒に行かれました。
 私とアレクはファノーラ城にいたのですが、バーハラの戦の後
 近辺を探しましたが見つかったのはレヴィン様お一人でした・・・・」

「そうですか・・・・、疲れたでしょう。ゆっくりと休みなさい
 夜には貴方達の帰還と王子の誕生を喜びましょう」

「御生まれになったのですか」

「ええ」

「おめでとうこざいます」

三人は生死の分らない仲間に思いを馳せながらも、暖かな気持ちになるのだった。




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