1953 YAMAHA No300
当時の販売価格は26万円、サラリーマンの平均月収が24,000円位という
記録を参考にすれば、少なくとも300万円以上のものですが、当時の時代
背景を考慮に入れればそんなものではないと考えられます。
ブログでご紹介してきましたが、7月末(2014年)完成し無事お客様にお届けすることができました。
作業が佳境に差し掛かると熱中してしまいブログがおろそかになってしまいます・・反省。
オーバーホール作業をかいつまんでご紹介します。
戦後ヤマハがピアノ製造を開始し、シリアルNoを40000番から始めたと聞いています。
以後大体70000番までのピアノには国産(北海道)の蝦夷松が使われたそうです。
以後は蝦夷松の良材が枯渇したため、外材のスプルースにとってかわります。
したがって、このピアノは蝦夷松の響板という事になります。
塗装を剥がすと綺麗な木目が現れます。
木目がよくない部分には突板を貼ったりして
整えてゆきます。
塗装は外装だけではありません。 響板の塗装、フレームの金粉塗装など適材適所の塗料で仕上げます。
塗装が終わったら再び本体とフレームを合体します。
巻線を自作しています。
もともとの弦とは違う設計で作るので
楽器の性格が変わります。
オーバーホールの醍醐味がここにあるのだ!
アクションのパーツはぜ〜〜んぶ外して、新品に交換します。
ヤマハ純正ダンパーレバーAssy
いい!
同じく純正ウイッペンAssy いいい!
ハンマーはレンナーを使いました。
この後作業に熱中するあまり、写真忘れる・・ごめんなさい。
という事で・・・完成であります。
いつも思いますがすが、直す前とは別物です。
この年代のピアノは次元の違うものに化ける感じがします。
どう聞いてもヤマハの音ではなく
ヨーロッパのピアノ的な音色という印象を受けます。
なにはともあれ無事完成!ありがとうございました。
アクションレールは木製。 これがいい!
絶妙なトルクで沢山のパーツを保持してくれる優れもの。
この時代のピアノはいいよと言う理由の一つ。