storystorynight  ストーリーナイトプロジェクト  storystorynight

 

ストーリーストーリーナイト・・と歌っていたのは誰でしょう?古い歌で題名も知らないけど、耳に残っている好きな歌です。でも、これはその歌の話ではない。深夜放送でもない。夜の話・・・でも、色っぽい話でもないのです。

これは、97年秋から私がラオスで始めた、ささやかなるプロジェクトのニックネームです。

本当は「ラオス・モン族の口承文学の記録・保存と口承文化の継承に向けてのプロジェクト」です。

ラオスのモン族には、先祖代々語り伝えられている 民話(ダナン Dab Neeg という)があるのですが、それを録音して記録保存しようというものです。でも、単に記録収集することが目的ではなくて、こんな活動を通して、モンの人々自身が、自分たち民族の話と、民話語りの伝統の意味やすばらしさを認識し、次の世代にも伝えていってほしい・・・というのがほんとの目的です。

モン族 には文字がないので、文字で書き残されているものはありません。すべてが、先祖代々、口承によって語り伝えられてきたのです。(ちなみに現在は、アルファベット綴りのモン語の表記法がありますが、それでも、書くということは彼等にとっては得意とするものではありませんし、モン語の読み書きは一部の人が身につけている程度といっていいでしょう。)

 モンの人々は、民族や家族の歴史も、民話も、また儀式の方法なども、すべて、語り継いできたのです。先祖の記憶は、言葉によって語られ、次の聞き手の記憶にインプットされることで継承されてきたわけです。私はNGOスタッフとして難民キャンプで働いている時に、モンの人々がとても豊かなおはなしを数多く語り伝えているということを知りました。

 モンの人々は、民話を聞くのが大好きです。夜、語り手が語る話を生で聞くのはもちろんのこと、誰かがテープで聞いていても、またたく間にテープの回りに輪ができるのです。

「ある男の子が、民話のテープを聞いていた。だんだん、彼の回りに子どもたちの輪ができる。いつもは、うるさい子どもたちが、魔法にでもかかったように黙り、目を宙に向けて聞き入る。通りかかった大人たちが、これまた魔法にかかったように、はっと足を止めその場に立ち止まり聞き入る。あるところでは、ため息がもれ、どよめき、歓声がわきおこる・・・・」

と、そんな感じです。モンの語り手の口から流れ出してくる言葉は、活字のよせ集めではなく、言葉そのものが心であり世界であり、耳から直接心に伝わってくるような言葉の響きなのです。口から語り出された言葉が、まるで生き物のように、力強く敏捷に、軽やかに舞い上がり、静かに染みいるように耳に飛び込んでくる・・・そんな感じ・・・文字で記録するということがなかっただけに、モンの人々の、語る言葉、聞く力、そしてすばらしい記憶力は、磨かれてきたにちがいありません。

さて、でも、現代の時代の流れの中で、語りの文化は、簡単に失われてしまいます。

 たとえば、「テレビ」が生活に入ってきた時・・・もう10年も前のことですが、タイのモンの村で、村の有力者の家にあるテレビの前に子どもたちが大勢集り、みんな真剣に、あの「ジュワッチ!」というウルトラマンのタイ語吹き替え版ビデオを見ていました。子どもの後ろにはおじいちゃんやおばあちゃんたちも座っていて、「へぇー、あんなのがいるのかねぇ」とつぶやきつつ、みんな口をぽかんとあけて画面に見入っていました。ウルトラマンの画面の前では、お年寄りたちは語る言葉を急に失ってしまったようで、もうここでは夜の静かな語りの時間は戻ってこないだろうな・・・と私は思いながら、この光景を見ていました。

 私自身ももちろんテレビは見るし、テレビが悪いとはいいませんが、今のモンの生活にテレビがいきなり入り出すと、語りの時間などすぐに失われてしまうでしょう。モンの人々にとっては、語りが失われてしまうということは、彼等がそれまでに語り伝えてきた民族の記憶、歴史、知恵などが次の世代へ語り継がれなくなってしまい、失われてしまうということなのです。それの代償に得るものが「ジュワッチ」だったりするのは、やっぱりハタで見ていても悲しく思ってしまいます。ラオスの山々の生活に、テレビが入り出すのだって、もう時間の問題でしょう。

 今、ラオスのモンの村では、まだ語り手がいます。でも、10年後はもう遅い、5年後でもちょっとヤバイんじゃないか・・と思います。豊かな話をたくさん知っているお年よりが亡くなれば、彼等の記憶も永遠に葬り去られてしまうからです。

 と、そんなわけで、ラオスのモンの民話や語りの伝統を継承していけるように、何かしたい・・・と思ってはじめたのが、この小さなプロジェクトです。現在、1年のうち数か月ラオスのモンの村に行って、モンのおじいさんやおばあさんにお話しを話してもらっては、録音させてもらっています。今までに、現在3年目に入ろうとしていますが、今年は、なんとか、今まで録りためてきた民話は、約200話になりました。これから、テープとして、またはモン語、またはラオス語(ラオスの国語ですから)に書き起こして本を作ったりして、聞いたり読んだり、人々が利用できる形で残したいというのが、目標です。

 最初は、村の人に「いったい何しにきたんだい?」とか、「はるばる日本から、民話を録音しに来たなんてウソだろう?本当は何か売りに来たんだろう?」とか、「民話の録音なんかじゃなくて、ホントーは、農業の技術援助をしてくれるんだろう」とか(「ホントーに民話の録音だけだってば!」というと最初はがっかりしていましたが・・)いろいろ言われたりしましたが、民話の録音をはじめると、村の人達が大勢集ってきて、聞き入っています。そして、その後、民話の録音テープをダビングして届けると、とても喜んでくれます。

 このプロジェクトは、ラオスの情報文化省の、文化研究所の研究員であるモンの人と私とで、現在やっています。最初の2年はトヨタ財団の方から活動費を少し頂いておりましたが、今は資金源もなく、困っています。言葉が大きな障害となるので、日本の方にどういう風に関わって頂くことができるのだろう?と、私自身も、今一つ広がりをもてずにおりますが・・・もし、興味のある方はぜひご連絡下さい。

 囲炉裏端でばっちゃまのお話しを聞く・・という世界をもうとっくに失ってしまった私たちですが、今、同時代に、日々失われようとしている、この「語り」の世界を少しでも残すことの手伝いができたら・・と思うのです。それは、彼等の為だけではなく、きっとこの時間のすさまじい流れの中で、日本ではとても見い出せない、ちっちゃな、そして大切なさまざまなことに、私自身が出会い、そして、見つめ直していく為なのかもしれない・・とも思うこの頃です。                       (2002年2月)

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