空の雲。
洗いたてのシーツ。
強烈な光。

曇りのない君の心。




White




・・・・・暑い。
毎年思うけど、日本の夏って、どーしてこんなにムシムシするんだろ。
数年前、アメリカで過ごした夏は日差しのキツさは日本を大きく上回るものの、
日が沈めばかなり涼しかったし、湿度がない分過ごしやすかった。

「・・うぅーーー・・・」
何度も寝返りを打ってみるが、寝付けない。
ここのところ、熱帯夜が続きでちょっと寝不足だ。

豪はこの暑さの中でもきっと豪快に寝息を立てているに違いない。
夏休みに入ってから、ほとんど家にいない弟の寝顔を思い浮かべてから
烈はもう1度寝返りをうつ。



今度の休みは、家にいるのかな?豪・・・。



豪は夏休みに入ってから、サッカー部の合宿でほとんど家を空けていた。
週に1度は着替えなんかを取りに帰ってくるが、そんな日でも
豪は1日中出かけていて、夜になると疲れたから、とろくに話しもしないうちに眠ってしまう。
次の日、烈が目覚める前にはいつも豪は家をでてしまっていた。
うちの学校のサッカー部の夏合宿と言ったら、厳しいことで有名で
普通は帰宅日にはみんな死んだように寝てるはず。
それを、あのバカはどこをほっつき歩いてるのか。


そのくせ、豪は合宿中に烈への電話をかかしたことはない。
修学旅行に行った小学生じゃあるまいし、毎日かけてこなくてもいいだろうと言っても、
それだけは、譲らなかった。
『兄貴の声きかないと、パワーが出ねーんだよ』
なんて。
そんな風に言われてしまっては、鬱陶しいと一蹴することもできない。
でも自分も豪の声が聞きたいだなんて言えるわけもなくて、
勝手にしろ。と、可愛くない答えを返した。


ホントは、電話越しの声じゃ物足りない。
豪の白い心に直接触れていたい。




            ×××    ×××     ×××




翌朝、寝が足りてないため、なかなか覚めない頭を軽く振って体を起こすと
背筋にゾクッと悪寒が走った。
身に覚えのある気怠さと関節痛に顔をしかめる。

38.7℃

・・・・なかなか高熱じゃん。
夏風邪をひくのはバカだなんて・・・昔の人が言うことも案外アテにならない。
ま、どーせやることもないし、2、3日寝てれば熱もさがるだろう。
烈は階下の母に少し体調が悪いから寝てる、とだけ伝えて布団に戻った。



そういえば、今年は海行ってないなー。
海どころか、この休みにどっかで遊んだ、という記憶がない。

・・・・・・一緒に出かけたい相手が側にいないのだから、当たり前だけど。



そんなことを考えながらうとうとしていると、電話のベルで起こされた。


・・・誰も出ない。
母さん、買い物かなー?
あーもー早くあきらめて切ってくれよ。
あ、鳴りやんだ。

げ。またかけてきたよー。
この音、結構頭に響くんだけど。
でも、何度もかけて来るってことは、よっぽど大事な用かもしれないし。
あ、また鳴りやんだ。

・・・・。
3度目のベルで、烈は体を起こすと受話器を取るべく、階段を降りた。

「・・・はい、星馬です」
『あ、アニキー?オレオレオレ。よかった、誰も出ねーから家にいないのかと思ったぜ』
相手が豪とわかって烈は少なからず出たことを後悔した。
朝より熱は上がってるらしく、体は異様に重いし、
豪のバカでかい声は頭に直接響いてガンガンする。
「・・・お前、まだ練習中なんじゃないのか?」
かろうじて、気持ちを抑えてそう訪ねると、豪は悪びれもせずそれを肯定した。
『そーなんだけど、どーしてもすぐにアニキに伝えたいことがあって、抜けてきた』
「お前なー・・」
『明後日!』
「は?」
『明後日から、アニキあいてる?』
「なんだよ、いきなり?」
明後日に限らず、休み中はほとんどあいているが。
『明後日から5日間、連休になったんだよ、部活!!』
今までの休みは1日か2日の短いものだったから、そーとー嬉しかったのだろう。
でも。
「そんなことで練習抜けて電話してくるなよ」
そう言いながら、5日間も休みがあるんなら、少しはゆっくり話も出来るかもしれない。
なんて期待して、ちょっと頬が緩む。
『そんなことって・・・ひでぇな。
 せっかく連休もらえたから一緒にどっか泊まりで遊びに行こうと思って
 アニキの予定聞こうと思ったのによー』


え?


『海、いこーぜ。海!』


海。
なんで、わかったんだ?
やっぱ、コレって血の繋がりのなせるワザってやつ?


『なんて、ホントはもう宿も取っちゃったんだけど・・・大丈夫だよな』
「・・・ん、大丈夫」
答えてから、今の自分の体調を思い出したけど
豪の喜ぶ顔を見たい気持ちのが、勝ってしまった。
「でも、よくそんな急に宿なんかとれたな」
『まぁ、そこはトモダチに協力をしてもらってだなぁ・・・』
また、藤吉くんあたりに迷惑かけたな・・・コイツ。
「わかった。その辺空けとくから、早く練習戻れよ。
 見つかって、休み取り上げられてもしらないぞ」
『なんだよ、もっと喜んでくれたっていーだろー。ちぇ。
    また、夜電話する』
「・・・・・あぁ、練習、がんばれよ。
 ・・・・・っと、海・・楽しみにしてるからな」


ガチャン。


なんだか顔が熱いのはめずらしく素直な言葉を出したせいなのか、熱のせいなのかわからない。
いつの間にか、頭痛は軽くなってた。

ま、とりあえず・・・。
ゆっくり休んで、風邪、治さなきゃ。




            ×××    ×××     ×××




だっるーい。
熱はだいぶ下がってるけど、こーゆー微熱のほうが変に気怠かったりするんだよな。

烈はテーブルの向かい側で朝食を貪る豪をぼんやり見ながら
自分は牛乳だけを口にした。
「烈兄貴、食わねぇーのか?」
「んー、ここんとこ夏バテ気味であんま食欲無いんだよな」
わざわざ心配かけることもないし、熱があることは伏せておく。
「食わねーと、余計バテるぞ」
「・・・お前みたいに食い過ぎるのも、どーかと思うけどな」
「オレはいーの!その分、体動かしてっから!ったくよー、人がまじめに心配してるのに・・・」
「悪かったよ。昼はちゃんと食べるから心配すんなって。
 オレが結構タフなの知ってるだろ?」



そのタフな自分がどうして寝不足ぐらいで風邪なんてひいたのか。
豪に会えない日が続いただけで。
そんなに、豪の存在が自分を浸食していたなんて。



「そーだな。病は気からっていうし、パーっと遊べば気分も良くなるかもしれねーよな」
「そ。だから、早く食って支度してこいよ」
「おぅ」
豪は、無理矢理残ってたご飯を詰め込むと、2階へ荷物を取りにあがって行った。

「ったく、自分で食べた食器くらい片づけろよなー」
と、食器をシンクまで持っていこうとして、軽く立ちくらみがした。
久々に、豪とゆっくり過ごせて、心は満たされていくのに、体がおいつかない。
心配なんか、かけたくないのに。



「兄貴ー、何やってんだよ。オレ、もう行く準備バッチリだぜ?」
振り向くと、いつの間にかでっかい荷物を肩からかけた豪が立っていた。
はぁ。
ボクが文句をつけてやろうと口を開いたところで
豪の頭にゴツンと母さんの拳が降ってきた。
「烈はお前の食器を片づけてくれてんだろ?まったく、お前って子は・・・。
 烈、あとは母さんがやるから、行ってらっしゃい」
人間、いつでもいい行いをしていれば人は見ていてくれるものなのだ。
思い知ったか、豪。
「なっ、母ちゃんもこう言ってることだし、早く行こうぜ!」
・・・思い知ってないな。全然。
とりあえず、豪の頭に自分からも拳をひとつプレゼントして、母さんに
「じゃ、行ってくるね」
と、声をかけて、家を出ることにした。




「豪、ちょっと待てよ。そんな急がなくったって、海は逃げないだろっ」
家を飛び出した豪はなかば走るようにして駅へ向かってく。
このスピードは、今のボクにはちょっとキツイ。
豪はやっと立ち止まってこちらを向いた。
「食器だって、片づけてから来たってよかったのに・・・・」
やっと追いついて、豪の顔を見上げると。
「だってさ、兄貴と2人だけになるのって、すげー久しぶりじゃん!
 1分でも、1秒でも、長く一緒にいたいって、兄貴はそう思わない?」
心底、不思議そうな顔でこちらの顔をのぞき込む。
まるで、そう思わないなんて、おかしいんじゃないか?とでも言うように。
ま、実際その気持ちは痛いほどわかるから。

「そーゆーことなら、仕方ない。今日だけ小言は特別免除な」
と言って、腕を絡ませると豪は
「だろ?」
と言って、笑った。




この笑顔が、すごく好き。




自由に大空を飛んでゆく雲。
汚れのない洗いたてのシーツ。
すべてを呑み込む強烈な光。



それが君の心の色。




ボクのなかにキレイな白が染みていく瞬間の、幸せ。





「なんか、急にお腹空いてきちゃったな」
「牛乳しか飲んでねーんだから当たり前だろ」
「向こう着いたら何食べよーっかなー」
「海と言えば!
 焼きそばだろー、焼きもろこしだろー、おでんとー。
 あ!かき氷とラーメンははずせないよな、やっぱ」
「・・・それ、全部オゴリ?」
「んなわけねーだろっ!」
「はぁっ・・・豪がずっと家にいなくて淋しい夏休みだったなー」
「〜〜〜っ!!
 わかった、オレの負け。なんでもおごらせていただきますー」
「そーこなくっちゃ」




You make me feel so HAPPY!



→RED SIDE



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