モンタくんのノートの続き。高校時代捏造・オリキャラ注意。


 クラス内が妙にざわついている中、門田はぼうっと無表情に窓の外、横一列に三人並んで歩く生徒を見下ろした。
 三人のうち、門田から見て一番手前の一人目は、色鮮やかな金髪が特徴的だった。背格好から察するに、友人の平和島静雄だろう。静雄はもっぱらの暴力自慢だと評判だ。その評判は校内に留まらず、他校の生徒がたびたび人数引き連れて押し寄せてくるほどだ。賢い人間が少ないこの学校ですら、あまり近づく人間はいない。それでも近づくのは、よっぽどの馬鹿だろうと門田は思っている。臨也がいい例だ。
 二人目は黒髪の――静雄と一緒に歩いているのだ、先ほど会話を交わしたばかりの岸谷新羅以外考えられないだろう。新羅もこれまたもっぱらの変人だと評判で、恋人にする前提条件として首を切断する、なんて噂がされている。会話を試みようとも、相手の一方的な話術に辟易するのが落ちだ。こちらもまた、あまり近づく生徒はいない。
 二人は群れから逸れた羊――なんて可愛いものではない。自ら群れを離れた羊、もしくは群れを見放した羊とでも言うべきか。あぶれたもの同士を一緒くたに纏め上げるように、いつも行動を共にしている。とはいえ互いに傷を舐めあうような関係ではないし、そもそも二人はそこまで弱くはない。何を言われようと飄々としているし、静雄なんかは時に力でねじ伏せる。黒髪に眼鏡にインテリと苛められそうな要因が揃っている新羅でさえ、手を出したら最後静雄にぼこ殴りにされるので、苛めっ子からも敬遠されていた。
 そんな、いつも二人で帰っていた静雄と新羅の間に、一人の女子生徒が並んで歩いている。意外の一言で済ませれる光景ではなかった。ここからでは静雄の死角になっているので顔が見えず――とはいえ相当な距離があるので顔が見えるわけがないだろう、後姿しかろくに見えなかったが、その後姿ですら門田にはまるで見覚えのない生徒だった。
 なるほど、だから新羅は焦った様子で帰っていったのか、と門田は挙動不審な新羅の態度に納得した。クラスメイトの話からするに、入学したての一年生だという。
 門田のクラスに残っていた生徒も異様な光景を目にしようと窓際に集っている。そのうちの一人の女子生徒が、勇気あるなあ、とぽつりと呟くのに、さすがの門田も同調せざるを得なかった。
 あの生徒は、どうやって二人と仲良くなったのだろう。静雄も新羅もあまり社交的なタイプではない。それでも静雄は単純だからまだマシなほうだ。すぐ顔に出るしわかりやすい。しかし新羅はそうでもない。頭がいいもんだから知恵が回るし、人としてどうかと思う言動――こいつに人徳はあるのか? と疑問に思うような事を言うときがごく稀にある。
 悶々と考え込んだ末、門田はかぶりを振った。人の噂から下世話な話に持ち込む流れが門田はあまり好きではない。そんな下世話な事を考えていた自分に、ひどく嫌悪してしまう。
 と、静雄が立ち止まっていきなり手を上げた。クラス内の女子生徒からにわかに悲鳴があがる。門田も殴るのかと目を見張ったが、静雄といえば立ちすくんだ女子生徒の頭を鷲づかみ、乱暴にぐりぐりと撫で回しはじめた。そうしてややあってから、女子生徒が両手を振り回して、見るからに怒りはじめた。新羅といえば、それをどうにか宥めようとしている。静雄が女子に対してこういう姿を見せるのは、珍しいどころか見たことがなかった。
 恐らくだが、静雄の昔からの知り合いだと門田は推測した。後輩だというし、大方、小学校か中学校からの、気が許せない仲なんだろう。でなければ静雄があんな事をするはずがない。
「ねえドタチーン」
 いきなり肩に手を置かれ、門田は驚きのあまり心臓が口から飛び出すんじゃないかと思った。クラス内で門田を“ドタチン”なんて呼ぶのは、ほんの片手で数えるくらいしかいない。門田は自分の顔に今の心境が出てない事を願いつつ、隣に立つ臨也に顔を向けた。
「あれ、誰かな」
 ぽつりと呟く臨也の顔は、文字通りの真顔だった。臨也の瞳は、ただ静雄を見ている。
「さあな」
 門田はぶっきらぼうにそう返したが、臨也はそれが不満だったらしい。わざとらしく目を閉じて、肩をすくめて見せる。
「俺、全く知らなかったんだけどさあ。ドタチンは知ってた?」
「知るわけないだろ」
 俺だって今知ったと付け足すと、臨也はふうんと門田を伺うように見た後、本当に何も知らないと悟ったのか、再度窓の外に目を向けた。
「――今日の昼さ、自販機のとこで新羅に会ったんだけど」
「ああ、聞いた」
「えっ、新羅に会ったの?」
 驚きの表情が門田に向けられる。
「今さっきな。わざわざ俺の科学のノート、届けてくれたんだよ」
 へえ、とさして興味なさそうに相槌を打ち、
「まあその自販機のとこでさ、牛乳パック二個持った1年生がいたんだよね。俺と新羅が話してるの、牛乳飲みながらじーっと見ててさ」
 静雄がようやっと女子生徒を解放すると、女子生徒は乱れた髪を整え、いきなり走り出した。静雄と新羅が慌てた様子でそれを追いかけ、学校の敷地から出て行ってしまう。
「今思うと、新羅の態度、変だったんだよね。妙にビクビクしてるっていうかさ。もしかして、あの子だったのかな」
 うーんと臨也が考え込む。そうして、ぽんと手を打って。
「今から走って追いかけたら、間に合うかな」
「やめとけ」
「冗談だってば」
 そんな凄まないでよ、と臨也は飄々とした態度で言いながら、自分の眉間を人差し指でとんとんとつついた。そうして初めて門田は、自分が眉間に皺を寄せているのに気がついた。無意識にやってしまったらしい。
「さーて、もっかい職員室に戻らないと」
「ん? さっき行ったばかりだろ」
「ハンコ。押すの忘れてたんだってさ」
 書類提出に不備があるとの事で呼び出されていた臨也だったが、ただ捺印に不備があっただけのようだ。臨也は自分の席に戻るとペンケースからハンコを取り出し、何事もなかったかのように教室を出て行ってしまった。
 さっき、臨也は冗談だと言ったのだ。今から追いかけるような真似はしないだろう。門田はそう思うのだが、しばらく窓際から離れることができなかった。


* * *


「さて、今の気分はどうですか静雄さん」
 正面の席に腰掛けているが、わざわざ静雄のほうに身体を向けながら尋ねてきたので、静雄は窓の外に目を向けた後。
「……わかんねえ」
 静雄は言いながら、はあっとため息を吐いて机に突っ伏した。
 朝のホームルームという、限られた時間の中で行われた席替えは、比較的順調に終わった。昨日静雄たちが担任教師に助言した事もあってか「くじびきは面倒だし、お前ら自由に座りたいだろ」と担任教師はそう言って、生徒に自由に席を決めるように言い放ったのである。ただし制限時間は8分。時間内に決めれなかったら、元の席のまま1学期を終えるぞ、と付け足して。
 ずっと同じ席だなんて堪ったもんじゃないと思ったクラス内の生徒の行動は、迅速的速やかに、だった。友人と集まり、相談して目ぼしい場所に席を決めたり、自分の意思で好きな場所に座る生徒もいた。後列に近ければ近いほど、なんとなくいい席だと言うことが生徒の中に刷り込まれていたので、はそれを逆手にとった。
 朝のホームルーム前、作戦会議と称した新羅と静雄との雑談中。は二人に向かって、窓際の前に座ろう、こう提案したのだ。静雄は即座に嫌だと突っぱねたのだが、が慌ててそういう意味じゃない、首を振り、2番目と3番目のことだと指差した。確かにその席は競争率も低いし、あまり目立たない列だ。
「窓際2番目にわたしが座る。その後ろ、3番目に静雄くんが座って、その隣に新羅くん」
 新羅はふむと納得し、静雄は理解は出来こそなぜその席順なのかと首をかしげていた。の思惑としては、一番前につめて座ってしまえば、の隣に誰か座りにくいだろうと考えてのことだった。前列がまるまる空いていれば、そこに誰かしら仲のいい生徒が並んで座ってくれるだろうし、そうすれば比較的静雄の周りも埋まりやすくなる。しかし無謀な賭けに近かった。
「ひとついいかな」
 新羅が発言の許可を求めるべく手をあげるので、がどうぞと了承すると、新羅はこほんと咳払いして。
「僕がさんの隣に座るのは」
「却下。そしたら静雄くんの隣に誰も座らないでしょ」
 にべもなく言われ、新羅が苦笑した。その横で、ちょっと傷ついている静雄だった。
「じゃあ僕の変わりに、さんが静雄の隣っていうのは?」
「うん、それをまず最初に考えたんだ。でもそうしたら、授業中、隣同士二人組んだとき、新羅君の隣に座る人がかわいそうだなって」
さんって結構ズバッと言うよね……」
「おまけに静雄くんが隣に座るってのを考えると、なんかこう、手を出したくなるからさー」
 は悪戯っぽく笑って、何かを掴むように両手の指を繰り返し動かす仕草を見せる。静雄が引き気味になっていた。
「新羅くん、静雄くんの隣やだ?」
「いや、そういうわけじゃないよ。でも、どっちかといえば、隣の席には花があるほうがいいよね」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいなー。でも今はそういう事を言ってられないんだねーこれが」
 があははと新羅に笑いかけ、それから静雄を見上げた。
「静雄くん、大丈夫?」
 さっきから静雄がずっと黙りこくっていたのが心配だったのだろう、の表情は少し不安げだ。
「え? ……ああ、うん。それでいい」
 まあ一番前でなければという気持ちで静雄は頷いた。しかしは気まずそうにあーとぼやいて。
「いや、ええと、そういう意味で言ったんじゃなくて――あ、でも、席替えがこれでいいなら、これで決まりね。んーとね」
 しばし逡巡した後。
「私のこういう話し方? っていうのかな、態度とか、大丈夫かなーって。今静雄くんちょっと引いてたしさ。昨日ホラ、お昼休みに怒らせちゃったでしょ。でも放課後は別にギャーギャー騒いでも普通だったし、その加減? がちょっとわかんなくて」
 ぽかんとする静雄の横で、新羅は目を丸くしていた。
「あーでもあれか、こういう話を持ち出されるほうがうざいかな」
 新羅は無言のまま、静雄を見た。無表情に見えるが、恐らく必死に考え込んでいるのだろう。
 しばらくして、
「おまえ、何も考えてないように見えて、すげえどうでもいい事気にしてんのな」
 静雄がしみじみと言った。さも呆れたような眼差しをに向ける。
「ど、どうでもいいて……悪いことしちゃったかなーって一晩すんごい考えたんだけど……」
「つか俺、なんかお前に怒ったっけか? だったら、悪ぃな。俺キレやすいからよ」
 が言葉につまる。それから悲しそうな顔を新羅に向けた。
「これってもしかしなくとも悩み損?」
「だねえ、思慮分別が過ぎたかな。さん、こいついつもこんな感じだから、あんまり気にしないで。普通にしてなよ。僕から見ても静雄は別にさんのこと、疎ましく思ってはないようだし」
 新羅は言いながら苦笑した。もし疎ましいなんて思っていたら昨日の放課後、あんな恥ずかしいやり取りはしないだろう。昇降口で身長を駆使して相手をからかった挙句、嘘つきは泥棒の始まりという話題がエスカレートした帰り道、いきなり静雄がの髪を掴み鼻の下で結び目を作り、ドロボーと馬鹿にしたように笑ったのにはさすがの新羅もぎょっとした。驚くを馬鹿にして頭を撫で回したりと、いい年こいてこの二人は何をやっているんだろうと思ったが、それでも仲良きことは美しきかな、である。別に害があるわけでもなし、好き勝手にやらせればいい。ただし危なくなりそうだったら、何かしら助言をしよう。新羅はそう決めていた。
「そかそかー……なんかすごく負けた気がするよ」
 はああああ、と盛大に溜息をついて、その場にしゃがみこんだ。くやしー、と悲しそうに呟いて、静雄の机の脚にぐりぐりと額を押し付ける。
「あー、なんかその、悪ぃ」
「謝られると余計惨めになるんですよ静雄くん」
「そうか、悪かった」
「だー、かー、らー!」
「わ、悪ぃ……」
 悔しそうに唸るを見て、ビクビクしながら静雄が謝る姿は、とても貴重だった。いつも新羅には上手に出る静雄だったが、こういう風に下手に出るのはあまりお目にかかれない。その時点でもう、が一晩悩んだのは無駄というようなものだった。
 ――こんなやり取りの末に決まった席順ではあったが、それでも席を取るまでにはなかなか労力を使ったと静雄はしみじみと思う。ぎゃあぎゃあと煩くなる教室内の中、情けなくも立ちすくむ静雄に対し、が手招きをしてくれなければ、動き出せなかったかもしれない。引き寄せられるまま窓際の席に座り込み、そうして騒がしい教室内を見回して、教壇に立つ教師と目が合い、ほんの少しだけ揶揄するように笑われたときの胸中を言葉に表すのは難しい。普通にからかわれるならまだしも、なんだか微笑ましいものを見るような目つきだった。馬鹿にされている笑い方じゃないと気づくと、どうしたらいいのかわからず、静雄は窓の外に目を向けるばかりだった。
 こうして生徒の席が決まり、机を移動して、短いホームルームが終わった今、安堵の息しか出てこない。嫌そうな視線を向けられなかった席替えは初めてだった。
「静雄くん安心しきってるねえ。わかるよーその気持ち。先生がこっち見てニヤニヤしてたときは何言われるか不安だったもん」
 も教師の視線に気づいていたらしい。静雄の机にひじをつきながら、うんうんとうなずいている。
「まあでもあの先生そこまで空気読めないってわけじゃないからねー。見た目の割りに優しい先生だし、冗談も通じるし」
さん、やけに知ったような口ぶりだね」
「うん。去年も一昨年も担任だったし、それに部活の顧問だったからさー」
 部活。その言葉にぴくりと反応した静雄は、顔を上げた。
「お前部活なんか入ってたのか」
「うん。そういう二人は……幽霊部員ってわけでもなさそうだねー」
 新羅も静雄もどの部活にも所属していない。いわゆる帰宅部という奴だった。静雄が頷いて見せると、がそかそかと相槌を打つ。
「あの先生、確か陸上部の顧問だっけ」
「うん。新羅くんよく覚えてるねー」
「まあそれなりにね。そうか、さん、陸上部だったんだ。種目は?」
「短距離ー」
「へえ。今は活動してないの?」
「3年生だしね、もう引退しましたよ」
 そうか、とあんまり興味なさそうな静雄の横で、新羅は怪訝そうに首をかしげた。確かに3年生になってから進学を理由に部活をやめる生徒はいるが、入学式の終わった3月に部活を辞めるという生徒は早々いない。就職にしろ進学にしろ部活に所属しているということは大きな強みになるし、ギリギリまで所属する生徒が殆どだ。とはいえ現役の陸上部員と比べると、の髪は長い。あまり部活に熱心に打ち込むタイプではなかったのだろうかと新羅は推測してみたが、心底どうでもいいな、とその考えを放り投げてしまった。
 ちょうどよくチャイムが鳴り、椅子を引く音があちこちで聞こえ始める。の隣に大人しそうな女子生徒が戻ってくると、は正面に身体を向け、隣の生徒と談笑し始めた。の馴れ馴れしい態度に彼女は若干引き気味だったが、それでもは話しかけている。そうしているうちに、の前の席に座る女子生徒が混ざり、なんとも姦しい感じになってきた。
「静雄、卒業したかったら寝るなよ」
「うるせぇな、わかってるよ」
 新羅に小声で忠告され、苛立ちを覚えながらも返事をする。教師が教室内に入ってくるのとほぼ同時に、静雄は机の中から教科書や筆記用具を引っ張り出した。


 新しい席での授業はつつがなく終了した。3時間目にもなると、静雄は時折睡魔に負けそうになったが、そのたびに隣に座る新羅が肘で小突いてくれたおかげで、居眠りをすることはなかった。ただし4時間目の授業で、シャーペンを1本無駄にした。舟をこいでいる最中に小突かれたため、ハッとしたその勢いで、握っていたシャーペンを折ってしまったのだ。バキリという音は静かに教室内に響き渡り、周りの生徒がちらちらと静雄のほうを見た。それでも前の席に座るは、ビクリと身体を震わせはしたものの、静雄のことを振り返る事はしなかったが。
「やー、正直なとこ静雄くんのほうから変な音したとき何事かと思ったよー」
 なんて笑って言いのけた後、はサンドイッチにモフモフとかじりついた。英字の新聞紙に包まれたそれはコンビニで売っているようなものではなかった。どこかのパン屋で買ってきたのかもしれない。
 席が近いおかげもあってか、自然な流れで昼食を一緒にとることになった。静雄と新羅も隣同士席をくっつけるだけで楽だったし、案外はこれが狙いだったのかもしれない。そうは思いながらも、新羅も静雄も互いにそれを口にすることはなかった。
「それで、何壊したの?」
 口に含んでいたものを飲み込んでから、が静雄に尋ねると、静雄はもくもくと口を動かし飲み込んだ後、小さくシャーペンと答えた。一緒に机を囲む3人の共通点は、食べ物を口に入れたまま喋らない、という事だった。ゆえに会話のテンポがやたら遅い。そのせいか静雄ものんびりとした様子で、あまり苛立っている風には見えない。新羅があまり味のよろしくない卵焼きを口に運びながら、案外相性はいい方なのかな、なんて考えているのも露知らず、は静雄に見せてとねだる。
「見ても仕方ねえだろ」
「減るもんじゃないし、いいじゃんかー」
 ぶーたれるを見て静雄が眉間に皺を寄せる。仕方ねえなあ、と面倒臭そうに呟くと、静雄は箸を置いた。机の中から壊れたシャーペンを取り出して、に手渡す。静雄が文房具屋で100円で買ったそれは、無残にも真ん中からポキリと折れていた。かろうじて薄く残ったプラスチックの膜でくっついている程度だ。
「おおー、すごい」
 感嘆の声をあげたは、興味津々といった感じでシャーペンをベタベタと触り始めた。何が面白いのかと静雄はさらに眉間に皺を寄せたが、それでも怒ることはせず、もくもくとご飯を食べ始める。新羅も新羅でいつ静雄が怒り出すか内心ハラハラしながら見届けていたが、怒り出さなかったことにホッと胸をなでおろしつつ、やっぱり相性はいいほうなのかもしれないと内心そう結論付けていた。
「静雄くん、予備のシャーペンあるの?」
「ない」
「えっ、じゃあさっきの授業どうしたの」
「新羅から予備のやつ借りた」
「ああ、そかそか」
 ほっとしたように胸をなでおろし、食べかけのサンドイッチを手に取った。それ以降会話らしい会話はなくなるが、かといって気まずいわけではない。新羅がゆっくりと左右に視線をめぐらすと、こちらを伺っていたらしいクラスメイトが慌てて視線を逸らすのが見えた。さっきシャーペンを壊したばかりだ、いつキレだすのか不安なのだろう。新羅からすれば見たとこ静雄はごく普通に落ち着いているし、恐らくそういう事はないだろうとは思う。むしろぶしつけに注目すれば注目するほど静雄はキレるんだけどな、と新羅は内心一人ごちる。
「ごちそうさまー」
 サンドイッチ一袋だけのが、先にご飯を食べ終わった。とはいったものの、すでに教室内はご飯を済ませた生徒で騒がしくなっている。はサンドイッチの包み紙を丸め、席から立ち上がるとゴミ箱に捨てて戻ってきた。そのまま机の横にかけているカバンの中を探り、財布を取り出す。
「飲み物買ってくるけど、二人のもなんか買ってこようか?」
 尋ねられ、戸惑う新羅の向かい側、静雄が牛乳と答えた。
「新羅くんは」
「ごめん、お茶で」
 わかったー、と気の抜けた声を残して、は教室を出て行ってしまった。騒がしい教室の中、静雄が菓子パンの袋を開ける。よくもまあ食べるものだと思いながら新羅がごちそうさまと弁当を片付け始めると、不意に、静雄の視線が斜め上を見上げた。新羅は不振に思い、振り返る。黒い学ランが視界の半分を埋め尽くす。誰か傍に立っているなと思いながら視線を上に向けた先には、気まずそうに笑う男子生徒がいた。
「あの、岸谷と平和島に、客」
 まるで伝えにくそうに言葉を途切れ途切れにする生徒の顔を見て、わかったと頷き、新羅は席を立った。静雄を見れば、眉間に皺を寄せていながらもパンを食べている。
「静雄、念のため言うけど、出てくるなよ」
「ああ」
 評判のよくない新羅に客なんて、片手で数えるほどもいない。新羅は嫌な予感を抱えながらも、静雄にそう念を押さずにはいられなかった。静雄も苛立ちを顔に出しながら、それでも席を立とうとはしない。俯きがちになってパンをかじっている。
 廊下に出るまでに思わず一度振り返ってしまったが、幼少の頃からのなじみだ。そのくらいの分別はつくだろう。息を吸い、思い切って廊下に顔を出せば、はたしてそこにいたのは予想とはかけ離れた人物だった。
「あれ、門田くんじゃないか」
 てっきり臨也だと思っていたので、新羅は心底安堵した。ほっとしたせいで表情が緩むのも気にせず、新羅は門田に近寄った。
「おう。静雄は?」
「ああ、まだご飯中だよ」
 へえ、と門田は呟いて、ドアの隙間から教室の中に顔を覗かせる。いまだパンを食べている静雄を捉えると、門田はおかしそうに笑った。
「ほんと大食いだなあいつ」
「まあその分のエネルギー消費してるしね。それで、どうしたんだい?」
「ああ、ちょっとな。静雄とも話したいんだが……」
「んじゃあ教室入りなよ。別に門田くんが教室にいても、迷惑だと思う人いないだろうし」
 いいのかそれは、と門田が問うよりも先に、新羅が教室の中に戻ってしまうので、門田はぽりぽりと後頭部を掻きながら教室の中に足を踏み入れた。とたんに門田に視線が突き刺さるが、それも一瞬のことで、各々が談笑に励みはじめる。まあ、3年生ともなるとそういうのには慣れたものだった。
「よう静雄」
 教室の端、二つ机をくっつけたそのうちの片方に座っている静雄に声をかけると、静雄はもぐもぐと口を動かしながら、ゆっくりとした動作で顔をあげた。門田を見るなり静雄は目も丸くして、ややあってからほんの少し嬉しそうに頬を緩める。
「なんだ、用があるのって門田だったのか」
 まるで安心したように静雄が呟くので、門田は口元を緩ませつつ、ああと頷いた。それから教室内をぐるりと見回し、ふうんと小さく頷いた。
「もう席替え終わったのか」
「今日の朝な」
「早いな。うちのクラスなんか来週やるとか言ってるぞ」
 新羅が自分の席に腰を下ろし、弁当を包み始める。それで話ってなんだよ、と静雄に促され、門田は少し逡巡した挙句、二人がくっつけている机の間に座るように置かれた椅子に手を置いた。
「珍しいな、お前らと一緒に飯食う奴がいるなんて。ここ、誰が座ってんだ」
 静雄の動きがピクリと止まる。門田がそこに腰を下ろすと、静雄が口の中のものを飲み込むよりも先に、新羅が口を開いた。
「そうか、門田くん、それを聞きに来たんだ」
「察しがいいな。ちょっとした噂になってるぞ。あの平和島と岸谷が、下級生とつるんでるって」
 わざと“あの”を強調して門田は言った。
「そうか……まあ当然だね」
 肩をすくめる新羅だったが、静雄ははて? と首をかしげた。
「俺たち別に下級生とつるんでねぇぞ」
 もっともな事実を告げると、
「はは、お前がそう言うんだからそうだろうな」
 門田が笑うので、静雄は眉間に皺を寄せた。怪訝そうな表情になる。
「このクラス、留年生がいるからピンときてな」
「ご名答。正解だよ」
 門田は最初、二人とつるんでいるのは昔なじみの年下の子だと思っていた。けれどもそんな話は互いに幼馴染同士である静雄と新羅の口から一度も聞いたことはない。たとえ意図的に隠していたとしても、そういう異性の気配は割とわかるものだ。そうして門田は留年生が静雄と新羅のクラスに配属されたことを思い出し、どうして仲良くなったか疑問には残ったものの、それでも答えとしては結構しっくりきたのだ。静雄も新羅も性格に難はあるが、それでも静雄は年上に敬意を払うし、新羅もその場にあわせる、というスキルくらい備えている。いずれにせよ、留年生と仲良くなったと予想するのが、最良の答えだと思ったのだ。まさかそんな安直な考えが、ものの見事に正解だったなんて事までは、流石の門田も予想はしていなかったのだが。
「靴とかジャージとか、前の学年のやつそのまま使ってるのか?」
「うん。靴もジャージも赤だからね、時々新入生と間違えられてるみたいだよ」
 門田と新羅の会話で、飲み込みの悪い静雄はようやっと二人が何のことを話しているのか理解した。
「ああなんだ、の話か」
「へえ、っていうのか。苗字は?」
、だよ」
 新羅が弁当箱をカバンの中にしまう。
「お前そんなくだらねえ事聞きにきたのか?」
「機嫌を悪くしたなら、謝るよ。でも……」
 なんかちょっと心配になってな、と珍しく門田が言い訳じみた事を口にする。それを聞きながら、まるで自分に言い訳してるみたいだなんて思っていると、新羅がほぼ同じような事を口にした。とたんに門田が焦りだす。本当に珍しい光景だった。新羅と門田の会話を聞きながら、静雄が不意に視線をそらすと、教室の入り口で、が伺うようにこっちを見ていた。半ば睨むような険しい目つきだったが、静雄と目が合うなり、はっとした表情になって、ピャッとドアの影に隠れてしまう。
「……何やってんだあいつ」
 思ったことが、ぽろりと口からこぼれた。呆れたようにドアを見つめる静雄を、新羅はきょとんとした表情で見、静雄の目線の先を追いかけた。それに釣られて門田がドアに目をやると、静雄がおもむろに立ち上がる。パンを銜えたままドアに向かい、静雄が廊下を覗き込んだ。やや間を置いて静雄が廊下に出て屈みこむと、静雄の話し声が微かに聞こえてきた。
 いきなり席を立った静雄に首をかしげる門田だったが、ドアの向こうに何がいるかを理解した新羅は、小さな笑い声をもらした。そうして静雄が牛乳パック片手にをつれてくるのを、新羅が笑いながら出迎える。
「つかまってしもうた……」
 開口一番にそんなことをぼやいて、はしょんぼりと頭をたれながら、新羅の前にお茶の缶を差し出した。ありがとうと新羅が告げると、はどういたしましてとしょんぼりしたまま呟き、それから何事もなかったかのようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「あ、すいません。今席空けます」
 門田が慌てて立ち上がろうとすると、がいいよいいよと笑って手を振った。それから目ぼしい椅子を見つけ、
「ねー安藤くん、椅子かりていいかなー?」
 少し離れた所で、少年漫画雑誌を囲み談笑している一群に向けてが言うと、すぐに「いいっすよー」と返事が返ってきた。が満足そうに椅子を持ってきて、門田の向かいに椅子を置き、そこに腰を下ろす。
「それで、いい年こいた少年が揃いも集って何を話していたのかね」
 こほんと咳払いしながら縁起過剰に言ってのける。反応に困っている門田と、もくもくとパンを食べる静雄を見て、回答を得られないと察したは最後に新羅を見た。
さんが噂になってるって話だよ」
 言いながら、新羅が缶のプルタブを起こした。空気の抜ける音がする。
「おっ。なになにー? それはこう、なんていうの? 可愛い可愛い先輩がいるとかいう感じですかね」
「うん、全くもってそういう噂ではないね」
「ですよねー」
 がはは、と乾いた笑みをこぼし、牛乳パックのストローに口をつける。ちゅーと吸い上げ、
「あれかな。変人コンビに新たに仲間が加わったとかそんな感じ?」
「まあ大体そんな感じかな」
 新羅が缶に口をつけ、お茶を口の中に流し込む。
「なるほどねー。それで君はその噂を確かめに来たのかな」
 いきなり話を振られたものだから、門田の肩が小さく震えた。
「名前なんていうの? 二人の友達? 何年生? あ、ちなみに私はね」
先輩ですよね。こいつらから聞きました。俺、門田京平って言います。3年です」
 一応先輩ではあるので、門田はそれなりに言葉に気をつけて自己紹介を述べると、は怪訝そうに、ん? と首をかしげた。何か不満でもあったのだろうかと門田が怯んだが、そんな事を全く気にした様子なく、が目を細めてぶつぶつと何かを呟きだした。カドタキョーヘーくん? どっかで聞いたなあ、かろうじてそう聞き取れる。うーんと唸っているだったが、いきなりああっと声をあげて。
「モンタくん! モンタキョーヘーくんでしょ! ノートの!」
 一瞬何を言われているのか理解できずに、ぽかんと間抜けな表情になる門田だったが、ややあって意味を理解すると仕方のないような苦笑を浮かべた。
「先輩だったんですか、あのノートを見つけたのは」
「うん。ご丁寧に振り仮名振ってあるから、てっきり騙されたよー」
 あははーとが照れ臭そうに笑った。普通、シャーペンの殴り書きだと気づいた時点で、よく見れば悪戯だろうとわかるだろうにと門田は思ったのだが、こういう人柄なのだろうと触れないことにした。見つけてくれてありがとうございますと門田が頭を下げると、お礼なら二人にも言ってね、と本当に照れ臭そうに言った。
「それで、お前ら、どういう経緯で仲良くなったんだ?」
 門田が静雄と新羅の顔を見比べて言い放つと、静雄は気まずそうに口を引き結んだ末、ただひたすらに黙り込んでしまった。対する新羅はにこにこしながら、無言で静雄を指差した。
「僕はさんとは静雄経由で知り合ったんだ。とはいえ静雄に聞いても、偶然助けてもらった、としか答えなかったからね。僕に聞かれても何も答えられないよ」
 新羅が淡々と事実を述べると、静雄の肩が小さく震えた。裏切り者とでもいいたそうな視線を新羅に向けるが、新羅は気にした様子無く、いつもどおり人のよさそうな笑顔を浮かべている。それを見て門田がほう、と面白そうに口角を吊り上げた。意地の悪そうな顔だったが様になっていた。
 始業式の帰り道に、新羅が静雄に対し、恐る恐るといった感じで何があったのかと尋ねても“助けてもらった”とそれしか言わず、事のあらましだけでもいいからと新羅が妥協しても、静雄は一切語らずだった。その一貫とした姿勢から、恐らくそう簡単に口を割らないだろうと、新羅もそれ以上追及することは無かった。けれども教えてくれなかったことに対し、新羅は少し根に持っていたのである。
「静雄に聞いても教えてくれなさそうだねえ。さん、何があったの?」
 ここぞとばかりに新羅が静雄に追い討ちをかけると、静雄がぐっと詰まったような声を上げた。問われたはうーんと首をかしげて、静雄の顔をじーっと凝視する。あまりにも熱心に見つめられるものだから静雄が顔をそらすと、はにっこり笑って、しばし考え込んだ末。
「ないしょー」
 悪戯っぽく笑い、静雄に向けて「ねー?」と同調を求めた。しかし静雄は目を見開いてを凝視し、目を伏せがちにして視線をそらした。その態度に不満が残るのか、新羅が不愉快そうにむくれた。
さん、別に減るもんじゃないでしょ」
「そうだけど、静雄くんは新羅くんに教えなかったわけだ。じゃあここはわたしも空気を読んで、黙っとくべきじゃないかなあ」
 それに喋ったらどうなるかわかんないし、後が怖いしね。と付け足して静雄に再度にっこり笑いかけると、ストローに口をつけた。ちゅーっと牛乳を吸い上げる。新羅が至極不満と言わんばかりに、静雄ーと腐れ縁の名前を呼ぶが、静雄は相変わらず無言を貫き通している。
「……何? さん、静雄と決め事とかしてたり?」
 埒が明かない。そう判断した新羅が、頼みの綱であるに尋ねると。
「ううん。そういうわけじゃないけど、新羅くんがさっき、聞いても教えてくれなかった、って言ってたからさ」
「とすると、僕がそれを言ってなかったら?」
「ふつーに、ぜーんぶ話しちゃってただろうねー」
 言葉は慎重に選ばないとだねえ、なんて暢気にが言ってのけるので、新羅は盛大にため息を吐いて見せた。お手上げだと門田に向けて苦笑し、肩をすくめて見せる。
「静雄くん、どうしても話したくない?」
 が何気なしに静雄に話しかければ、静雄は牛乳パックからストローを外しかけた手を止めた。に不安そうな視線をよこしながら、それでも口を開こうとはしない。無言は肯定、それを答えだとは理解したのか、そかそかと頷いて、にっこり笑ったまま右手の小指を出した。
「おい、どーいう意味だ」
「……紳士協定っていうの? 心配しなくても、静雄くんが嫌なら、別に喋ったりしないよ」
 ね? と念を押すように付け足され、静雄は眉間に皺を寄せながら――おそらく、表情が歪んでいるのは照れ隠しだろう、自ら右手の小指をぶっきらぼうに差し出した。がその小指に自分の小指を絡めたが、静雄は僅かに指を曲げるのみで、絡めようとはしなかった。二人の秘密だねー、なんてわざとらしくが言うものだから、静雄の身体がビクッと大きく震える。なかなかに微笑ましい光景ではあった。
「意図的にこういう事するから、二人とも狡いよ。あーあ、故意的な離群索居といっても過言じゃないね」
 はあ、とため息を吐いて机に肘をつく新羅は、寂しいともとれるような情けない表情を浮かべていた。こういう新羅を見るのは、結構珍しい。
「まあ新羅からすりゃ、そうだろうな」
 門田もこの気持ちはわからなくもない。今まで門田は静雄と同じクラスになった事は無いが、それでも互いに隠し事はしないといった暗黙の了解のようなものがあったと思っていた。だから静雄は結構門田に相談事を持ちかけてきたし、門田も親身になって対応していた。それの結果がこれである。裏切られた、なんて女々しい感情までには至らないが、それでも経緯を秘密にされてしまうと、それはそれで心に隙間風が入り込むのである。なんというか、今まで異性の気配が全く無かった友人に、実は彼女がいたというのを知った時の心境に似ていた。
 門田はぽりぽりと後頭部を掻いて、黒板の上にかけてある時計を見る。あと10分ちょっとで昼休みが終わってしまう時間だった。門田のクラスの次の授業は確か移動教室だ。そろそろ自分の教室に戻ったほうがいいだろう。
「ま、思ってたより普通そうだし、もう戻るな」
 門田が席を立つ。その際、新羅にちらっと目配せするので、新羅は門田の顔を凝視しながらも、怪訝そうに席を立った。
「あれ、モンタくんもう行っちゃうの?」
「用件は済みましたから。それと、モンタじゃなくて門田です」
「ああごめんごめん。門田くんね。それで新羅くんはどっか行くのかい?」
「トイレ。途中まで門田君と一緒に行くよ」
 そかそか、とが頷いた。
「門田、またな」
 静雄の言葉に頷き、ひらひらと手を振るに会釈をして、門田は新羅を引き連れて廊下に出た。しばらく二人で並んで歩き、空き教室の近くで歩く速度を緩める。
「で、本題はなんだい、門田くん」
「あー、臨也のことなんだけどよ」
 気まずそうに門田が後頭部を掻く。新羅としては予想の範疇だった。今日門田が顔を見に来たのも大方、臨也がらみだろうと新羅はわかっていた。
「昨日の放課後な、お前らのこと見てたからよ、あいつ」
 ふうん、と新羅が相槌を打つ。クラスの中で窓際に張り付く臨也が安易に想像出来てしまい、新羅は小さく笑った。
「想定内だよ。とりあえず、今のとこ、臨也が絡んできたりはしてないかな」
 新羅が苦笑を浮かべると、門田がほっとしたように表情を緩める。
「まあ、いつかは接触してくるだろうけどね」
 あいつ、僕たちが知らないとこで何やってるかわかんないからねえ、とおどけたように新羅が言った後。
「問題はどっちに接触してくるかだ。門田くんはどっちだと思う?」
 新羅が目を細めて笑った。門田が答えにつまると、しばらくして、新羅はひらひらと手を振った。回答はいらないという意味合いのジェスチャーだった。
「――こんなこと、僕らが予想しても仕方ないよ。いちいち臨也を警戒しても、どうしようもない。あいつは2枚も3枚も上手だ。こっちが動いたとしても後手後手に回るだけだし、流れに任せて放って置くのが一番いい」
「……まあ、そりゃそうだな」
「臨也のせいでさんの考えが変わったとしても、その程度の人だったと割り切るしかないよ。静雄には悪いけどさ」
 突き放すような言葉だったが、新羅のスタンスはいつもこうなので、門田は特に触れなかった。ただひたすら傍観に徹し、ごくまれに気まぐれを起こして手を差し伸べる。頼られれば適当に答えを与える。それが新羅だ。
「とはいえ彼女も、静雄にいい影響を与えているとは思うよ。だからさ、門田くんも、何かあったら教えて欲しい」
「ああ、わかった」
 それじゃあ、とトイレの前で別れる。門田の後姿を見送った後、すぐに戻ろうかと新羅は思ったのだが、事のついでだとトイレに入った。用を足して教室に戻と、自分の席はきれいに元通りになっていた。が椅子を静雄の机のほうに向けてに座り、静雄と何か話している。新羅は席に戻るなり、お茶の入った缶を手にし、煽った。
「新羅くん新羅くん」
 ぺちぺちと机をたたきながらさも楽しそうに名前を呼ばれてしまい、無視するわけにもいかず、はいはいと返事をすると、なぜか口を開いたのは静雄のほうだった。
「新羅、俺帰りシャーペン買わねーといけねーからよ」
「わたしもノート買わないといけないから、一緒にいこー」
「……わかった」
 セルティを思い浮かべながらも、この二人を一緒に歩かせたらどうなるかわからないなと案じた末、新羅は仕方ないと頷いた。一緒に行こうと言われはしたものの、二人を連れ立って歩くのを想像すると、まるで自分が二人のお守りのようで笑えてきた。
「言っとくけどさん、大きいとこには行かないからね。静雄が怖いから」
「うん、わかったー」
 にこにこ笑いながら、楽しみーなんてが口にする。そんなとは対照的に、新羅は段々と気分が沈んできてしまった。滅入った気分をどうにかしようとお茶を飲んでみるが、気分は沈む一方だ。まるでそれを後押しするかのように、スピーカーから昼休み終了を告げるチャイムが流れてくる。
「次の授業、なんだっけ」
「英語。だからよ、黒板見ろっつってんだろうが」
「あはは、ごめんごめん」
 パタパタと手を振って、が椅子をずりずりと引きずって正面を向いた。机の中を覗き込み、ノートと教科書を引っ張り出す。静雄もそれに習い、嫌そうに教科書とノートを引っ張り出した。静雄はどちらかというと、英語や現文は苦手な部類だった。文章を読んで誰かに感情移入するあまり、キレることがごくたまにある。最近はそういうのも滅法減ってきたが、それでも何かしら琴線に触れるものがあると、口元がひくついたりするのだ。油断ならない。
 新羅はため息を吐いて、席から離れた。空になった空き缶を捨てるために、教室の後ろのゴミ箱へ向かう。いつもならゴミ箱のすぐ近くまで行ってゴミを捨てるのだが、新羅は気まぐれに、一番後ろの列の席のすぐ近くから、空き缶専用の青いゴミ箱めがけて空き缶を投げてみた。弧を描いたそれはコンと甲高い音を立てて壁にぶつかり、ゴミ箱の中にすとんと収まる。いつもなら床に落ちるのにな、と新羅は自嘲した。いよいよ嫌な予感がしてならなかった。

2012/01/16