ランチボックス(前編)

※エルキドゥが料理をします
※昆虫食描写あり
※登場するサーヴァント:弓エミヤ、タマモキャット、ブーディカ、ティーチ
※モブ職員が複数登場し、喋ります
※なんでも許せる方向け
 早朝、端末から鳴り響くアラームで私は目を覚ました。手探りで端末を手にとってアラームを止めて、飛び起きる。顔を洗って身支度を整え、鏡の前で変な所はないか確認してから部屋を飛び出した。
 社員寮の区画入り口へ向かう足は、自然と小走りになる。
 いつから待っているのかと一度聞いてみたことがある。毎日毎日無理しなくてもいいのにと言葉尻に付け足せば、「それは野暮だよ」と笑って一蹴した人が相変わらずそこに立っていた。私を目に留めるなり、笑顔を向けてくれる。
「おはよう
「おはようございます!」
 駆け寄れば、エルキドゥさんが両手を広げるので、そのまま胸に飛び込む。しばらくぎゅっと抱き合う。そのあったかさは相変わらずだ。
 最初こそ、顔を合わせて挨拶をして微笑むくらいで終わっていた。ある日ふと悪戯心が芽生えて抱きついてみたのがいけなかった。次の日からエルキドゥさんは両手を広げて催促するようになって、それがだんだんと朝の恒例行事へ移り変わってしまったのだ。
 エルキドゥさんなりの好意を示す行動だと理解しているし、私としても凄く嬉しい。でも、やっぱり気恥ずかしい気持ちはまだ拭えないし、何よりこれが当たり前になってしまった先に待ち構えているものを想像すると、色んな意味で自分が駄目になりそうで怖くなる。
 だって離れがたいのだ。あまりにも心地がいいから、このままずっとこうしていたいと思ってしまう未知の何かがエルキドゥさんにはある。
 私がぎゅっと力強く一度抱きしめて、エルキドゥさんが応えるように頭にほほを擦り寄せる。これが離れる合図になってしまった。ほんの少し距離をおいて微笑み合うと、指を絡めるように手を繋いで食堂区画へと向かう。
「あの、エルキドゥさん」
「何だい?」
「今日のお昼なんですけれど、一緒に食べられません」
「…………えっ?」
 エルキドゥさんが立ち止まるから、私も立ち止まるほか無い。
「よく聞こえなかったな。何やら一緒に食べられないとか耳を疑うような発言が飛び出してきたけれど……もう一度言ってくれるかい?」
「ばっちり聞こえてますよね」
「……は僕に飽きてしまったのかな?」
 そう言うエルキドゥさんはどこか遠くを見つめている。
「誤解を生む発言はやめましょう。飽きてませんから、全然」
 エルキドゥさんの手を引っ張って歩き出す。
「地下に発電施設があります。今日と明日と明後日、そこの設備のメンテナンス作業をするんです。で、移動時間を考えると、お昼は現地にご飯を持って行った方が時間短縮になるので……」
「うん? 今日と、明日と、明後日?」
「はい。今日から三日間、お昼を一緒する事ができません。ごめんなさい」
 エルキドゥさんは形容し難い表情で私の顔を見ていたけれど、やがて小さく嘆息した。
「別にが謝ることではないよ。仕事なら仕方ないさ。が誰かと楽しくお喋りをしながら昼食をとっている間、僕は一人寂しく部屋で静寂に身を委ねる事にするよ」
 あからさまに拗ねておられる。
「そ、そんなにいじけなくても……」
「いじけてはいないさ。ただ、最近はといる事に慣れてきたから、久しぶりに一人で過ごすことを不憫には思って欲しいかな」
 なんとも言えない罪悪感。別に私が悪い事をした訳じゃないのに、自分が悪者になったような気さえしてくる。
「私だって、出来ることならエルキドゥさんとお昼一緒がいいですよ」
「そうか。なら、ついていってもいいと思わないかい?」
「通路の手すりとかとかサビだらけですよ? 触るとぽろぽろ剥がれるし」
「錆びは……嫌だな……」
 本当に嫌そうに言うから、ちょっとおかしかった。
「夕食は一緒にできるんだよね?」
「もちろん!」
「それなら、夕食の時間を楽しみにするよ」
 納得してくれたらしい。内心、ほっと胸をなでおろす。
 食堂区画の近くまで来ると、人の気配を感じ取ったエルキドゥさんが繋いだ手を緩めたので、名残惜しく感じながら手を離した。
 お盆に空の食器を乗せ、パンにジャムを塗って、スクランブルエッグと蒸し野菜を適当にお皿に盛り付けた。席に座ってそれを食べている間、エルキドゥさんは向かいに座って白湯を飲んでいる。もちろん、私の上着を羽織ってあっためてくれていた。
 いつもの光景になりつつある朝食を終え、カウンターの返却口へ向かう。エルキドゥさんのカップもついでに持っていこうとしたけれど、エルキドゥさんは頑なに「自分が飲んだものだから」と言って聞かなかった。
「ごちそうさまでしたー」
「ごちそうさま」
 食器を返して、一緒に声をかける。エルキドゥさんから程よくあったまった上着を受け取って羽織る。ぬくぬくに浸っていると、ブーディカさんがカウンターから顔をのぞかせた。
「キミ、今日お弁当の申請を出してたよね?」
「あっ、はい!」
「ちょっと待ってね、今持ってくるから」
 そう言ってブーディカさんはすぐに奥へと引っ込んだ。戻ってくると、手にランチバッグを提げていた。私の前までやって来て、几帳面にバッグの中身を見せてくれる。
 ステンレス製のフードコンテナと保温ジャー。そして水筒。
「こっちのジャーにはスープ、水筒には温かい紅茶が入ってるから。お弁当のほうは……開けてからのお楽しみね。キミの口に合うといいな」
「大丈夫ですよ。私の胃袋はブーディカさんにがっちり掴まれてるので!」
「あはは、そう言ってもらえるとうれしいな」
「……胃袋を掴まれている?」
 エルキドゥさんがぽそっと呟くので、顔をそちらに向ける。
 ごくごく普通の表情だけれど、どことなく不穏な気配を感じた。謎の圧力も感じるけれど、きっと気の所為に違いない。
「あの、揶揄ですからね」
「わかっているけれど……なんだろう、聞き捨てならないような気がする」
「そのまま捨て置いてください」
 ブーディカさんからバッグを受け取る。
、頑張って」
「いってらしゃい。気をつけてね」
「はい! 頑張ります! それじゃ、行ってきます」
 見送る二人に手を振り、その場を後にする。そのまま待機室に直行し、まずは歯磨きを済ませてから必要な道具を揃えて背嚢に詰め込む。そのまま先輩方と合流し、私は地下へと向かった。


 朝食の時間も過ぎた頃。後片付けのためにキッチンから食堂に足を踏み出したエミヤだったが、いつもは見慣れぬ姿が目に止まり、思わず立ち止まった。
 食堂のカウンター席。エルキドゥが頬杖をついて座っている。何かを飲むでもなく、食べるわけでもなく、ただじーっとキッチンの奥を見つめている。その視線の先をたどれば、せっせと動くブーディカがいた。
 エミヤは時間を確認する。いつもならエルキドゥは自室に戻っているだろう時刻だ。エミヤは訝しみながらもそのまま後ろを通り過ぎ、大皿をかき集め返却口へ戻す。そうして戻り際、結局気になって声をかけてしまった。
「珍しいな、君がここに単独で長時間いるのは。何か飲むかね?」
「いや、その気遣いだけで充分だよ。……少し気になる事があってね」
 語りながらも、エルキドゥは一向に視線をそらすことがない。
「気になる事か、ふむ……」
 そんなエルキドゥの視線を追いかけ、再度ブーディカの姿を目に捉えると、エミヤは肩を竦めてみせた。
「君が気になる事で行動を起こすと、大抵碌な事に繋がらないとマスターがぼやいていたが……さて、彼女に何か思う所でもあるのかね?」
「どうやらが胃袋をがっちり掴まれてしまっているらしいんだ。取り返したい」
「……他人の胃袋を取り返すとはこれまた珍妙だな」
 エミヤはそう言いながら、こめかみを手で抑えて小さな溜息を吐いた。
「まず、個々の味覚の問題だという事はわかっているのかね?」
「わかっているさ。ただなんとなくね、ブーディカから弁当を受け取った時の笑顔は僕に一度も向けてくれた事のないものだなと思ったら、気になってしょうがなくなってしまった」
「変な所を気にするものだな。胃袋を掴むのは調理が出来る者の特権だよ。君は、お世辞にも料理が出来そうに見えないが?」
「一応、それらしい事はした事があるよ」
「ほう?」
 片眉を持ち上げて反応するエミヤに、エルキドゥがようやっと顔を向けた。
「ギルと旅をしている時だ。彼が空腹を訴えるものだから、樹洞から食料を持ってきてね」
 樹洞、つまり木の虚とは、木の根本が腐る事によって出来た空洞の事である。
「ちょっと待て!? 一体何を持ってきた!?」
「芋虫だよ。ちょうど僕の手のひらに収まる程の大きさだったな。人間にとっては必要な蛋白質の塊と呼べる代物だろう?」
 エミヤの口元があからさまに引きつった。
「……食料なら他にもあっただろう?」
「そうだね。枝に止まって羽を休める鳥や、地べたを這う鼠、木々の合間を駆ける獣、葉の裏で眠る蝸牛や、巣を作っている最中の蜘蛛もいたけれど……それらを分析した結果、栄養価が一番高く滋養が行き渡りそうなのが、樹洞に巣食う芋虫だった」
 エミヤの引きつった口元が、もはや痙攣を起こし始めている。
「あまり聞きたくはないんだが……それをどうしたんだ?」
「まず頭を切り落として、内蔵を扱き出した。川の流水で洗った後、木の枝に刺し、焚き火で炙って火を通した」
「あいつ……まさか、食ったのか……?」
「うん」
 エミヤは立ちくらみを起こした。だが持ちこたえる。
「ギルは初めて見る料理は口にする主義のようだからね。塩を持ち歩いていたからそれをまぶして一口齧り飲み込んで、『腐った土木の味がする』と言ったんだ。あの瞬間、ギルはお酒の味もわかるけれど、芋虫が自分の血肉とした腐葉土の味もわかるのだなと感服したものさ。でもそれ以上は口にせず焚き火に放り込んで不貞寝してしまったからね、残りの芋虫を囮に川で魚を捕まえ、それを焼いて食べさせたよ」
「最初から魚を取れ!」
「面倒だったからね」
 ふっと表情を和らげるエルキドゥを見下ろし、エミヤは二度目の溜息をついた。あの不遜な英雄王に対してそんな態度を取りながらも五体満足を維持しているのは流石というべきか。なかなかいい性格をしていると胸中で感心すら覚えてしまう。
「まったく、その調子で胃袋を取り返すだと? 冗談も大概にしたまえ」
「冗談ではないよ、僕はいつだって本気さ。だからこうして調理場に立つ君達を観察し、模倣しようと試みているんだよ」
「模倣か。まあ、見て学ぶのは何事においても第一歩ではあるがね……」
 エミヤがむむうと唸ると、その脇からひょいっと誰かが顔を出した。
「ふっ……我の出番のかほりがするな」
 タマモキャットだった。彼女は大きな狐耳をピクピクと震わせながら、毛むくじゃらの手で顎をなでさする。その表情は自信満々を通り越し、もはや自信過剰の風格を見せている。
「昼食の下拵えは済んだのかね」
「終わったぞ。後はオーブンで焼くだけだ。このキャットを見くびるなよ?」
 エミヤに悪態をついたかと思えば、キャットの目がきらんと光ってエルキドゥを捉えた。対するエルキドゥは唐突な乱入者の登場に、目を丸くしたまま固まっている。
「戦闘民族的な何かが料理に興味を持つのは大変よき。このキャットが手ほどきしてやらなくもないぞ」
「僕は戦闘民族ではないよ。でも、戦いは好きだけれどね。君が僕に料理の手ほどきをしてくれると言うのかい?」
「おうともさ。ブーディカと料理バトルをしたいと見受けた」
「いや、料理で戦うのは別に興味がないかな」
「なぬっ、違うのか? おまえの闘争心はどこへ行った?」
「どこにも行っていないよ。僕の中にある。でも今の所、闘争は求めていないな」
「ならば、求めるものは何だ」
の胃袋だね」
 ちぐはぐながらも真っ当に会話をこなしている光景を目の当たりにし、エミヤは三度目の溜息を吐いた。
 おおむね、バーサーカークラスのサーヴァントは意思の疎通が難しいと言われている。エミヤの見立てではエルキドゥとタマモキャットはほぼ初対面と呼んでも過言ではない間柄にあるはずだ。
 タマモキャットの波長が偶然エルキドゥと噛み合ったのか、それともエルキドゥにバーサーカーの傾向があってタマモキャットと噛み合ったのか。そのどちらが当てはまるのかエミヤには判別ができない。しかし、自他ともに認める苦労症の性質が、このまま二人に付き合えば疲労を加速させるという警鐘を鳴らしていた。
「……戻ってもいいだろうか?」
 エミヤが呆れ気味に言えば、エルキドゥがすかさず首を横に振った。
「ううん、もうちょっと待ってくれるかい?」
「そうだぞ。今から三人で胃袋奪還作戦会議だワン」
「どうして私が含まれているのか、まるで意味がわからないんだが」
「考えるな感じろ」
 タマモキャットの力強い断言を耳にし、エルキドゥはふっと笑みを浮かべた。
「考えるな、感じろか……キャットを名乗りながら犬の鳴き声を真似た事に関しては、何も考えないほうがよさそうだね」
「そうだ。細かいことを気にしたらハゲるぞ」
「……だそうだよ。とりあえず座ったらどうだい?」
「まだやる事がごまんとあるのだがね……」
 エルキドゥが椅子を引くので、エミヤは観念した様子で渋々と腰を下ろした。
「とりあえずだ。明後日のブーディカのお弁当の予定を一つ減らす。そして戦闘民族、おまえがブーディカの代わりに弁当を一つ作るのだ。ブーディカの弁当を凌駕する、究極の弁当をな!」
 毛むくじゃらの手にビシっと指をさされ、エルキドゥは一瞬きょとんとした後、和らいだ表情を浮かべる。
「さっきも言ったけれど、僕は戦闘民族ではないよ。エルキドゥという。それに弁当を作ると言っても慣れていないから、やり方がわからないな」
「それに関してはこのキャットに任せろ。サポートしてやる。まずは今日明日で料理に慣れてもらおうでわないか」
「うん。何をしたら良いのかい?」
「夕飯の仕込みの手伝いだ。包丁に慣れろ。具材を切ってもらう」
「……それは、私が君にやれと命じたものではないのかね?」
 胡乱な目つきのエミヤが言う。
「細かいことは気にするなハゲるぞ。エルキドゥ、できそうか?」
「切り落とすのは得意だよ。それくらいならできそうだ」
「よし、それならスパルタにビシバシいくからな」
「……ところで、私がこの場にいる意味は本当にあるのか?」
 再度、胡乱な目つきのエミヤが言う。
「あるぞ。弁当を作るにしても嗜好があるだろ。エミヤは件の胃袋の食に対する嗜好を理解しているはずだ」
「ふむ。彼女は特に嫌いなものは無さそうに見えるな。ただ、酢豚やピザのパインは絶滅して欲しいと言っていた」
「ほーん、あれの良さがわからんとは子供か? まーパインなんてそうそう使わんしな、そこは気にせんでもいいだろ。あとは弁当の方向性だな」
「方向性?」
 エルキドゥが首を傾げて尋ねると、すかさずエミヤが口を開いた。
「和食にするか、洋食にするか、それとも中華か。主食にしてもパンや白米など違いがあるだろう?」
「なるほどね」
「あとは胃袋スタッフが食う環境にもよるな。椅子とテーブルがあって落ち着いて食べられるなら凝ったヤツでもいいだろうが、ここのスタッフは立ったまま食う場合もあるし移動しながら食ってる時もあるからな」
「後者であるならサンドイッチとかの軽食がいいだろう。ブーディカは今日はサンドイッチにしていたようだが、座って食べられるならば選択肢は広がる」
「エルキドゥはその事について、夕飯の時にそこはかとなく聞いておけよ。そしてアタシに教えろ」
「うん、必ず聞いておくよ」
「んじゃ調理場に行くぞエルキドゥ。貴様の腕前しかと見せてもらおうではないか!」

 調理場に入ってきたエルキドゥを目に留めるなり、ブーディカは目を丸くした。心底びっくりした様子である。
「君が手伝ってくれるの?」
「そうだよ。駄目かい?」
「ううん。手伝ってくれる人が増えるのは嬉しい。いつも人手不足だから」
「それならよかったよ」
 涼し気な表情で応じるエルキドゥに対し、ブーディカは疑心暗鬼を顔に滲ませている。エルキドゥと料理という図式がどうあがいても結びつかないのだ。それが失礼であるとはわかっていながらも、ブーディカは不安を拭えない。
「エルキドゥ、さっさとこっちに来い」
 キャットの呼ぶ声に反応し、エルキドゥは顔をそちらに向けた。
「うん、今行くよ」
「あっ、ちょっと待って!」
 ブーディカはエルキドゥを引き止め、エプロンのポケットを探りはじめた。やがて何かを取り出すと、それをエルキドゥの前へと突き出した。エルキドゥはまばたきをしてブーディカの手元を確認する。何の変哲もない、シンプルな髪ゴムだった。
「調理場でおろしっぱなしは厳禁」
「……なるほど。使わせてもらうよ、ありがとう」
「どういたしまして」
 エルキドゥはブーディカから髪ゴムを受け取ると、長髪を後ろで一つにまとめながら、キャットのいるステンレスの作業台へと向かった。
 台の上には、まな板と、こんもりと積み重ねられた玉ねぎがある。すでに皮が剥かれており、白くてかてかと光沢を放っていた。エルキドゥが首を傾げると、
「今からこれを切る。薄切りだ。わかるな?」
 キャットはそう言って、エルキドゥにエプロンを押し付けてきた。
「うん、それくらいはわかるよ。半分に割った玉ねぎを細く切ればいいんだろう?」
「そうだ」
 エプロンを身に着けながらエルキドゥが言えば、キャットは大仰にうなずいてみせた。
「まず包丁を利き手に持つだろ」
「こうかい?」
 エルキドゥが包丁を構える。築地の三代目といった風体だ。
「違う違う。その持ち方は危ないからやめろ。こうだこう」
「……こうかな?」
「うむ。そしたら反対側の手は猫の手を意識するんだワン」
「こうだね」
「後は玉ねぎを半分こにして切るんだ。見ての通り円形だから刃が滑りやすい。一端表面を刃先で撫でるようにして、包丁がはまるような溝を作ると切りやすいぞ」
 キャットが玉ねぎを薄切りにするのをエルキドゥはしげしげと観察し、見様見真似で玉ねぎを切り始めた。最初はゆっくりな手つきだが、次第に刃を入れる間隔が狭まってゆく。
 しばらくして。
「ぐわぁーっ! もうだめだ、アタシは一旦離脱する!」
 キャットがそう叫んだかと思えば、ずびずびと鼻をすすり、目尻に涙を浮かべて飛び出していってしまった。エルキドゥは一旦手を止め、荒々しく立ち去るタマモキャットの背中を見送ると、何事もなかったかのように玉ねぎを切る。
「割と筋がいいな」
 タマモキャットと入れ替わるようにして、対面側にエミヤとブーディカがやってきた。エルキドゥが細切りにした玉ねぎを見て、二人共感心した様子だ。
「タマモキャットの見様見真似さ。あとは、彼女の教え方がよかった所もある」
「にしては、幅も均一だな」
「ちゃんと角度を計測した上で、切り落としているからね」
 斜め向かいで肉を切り分けていたブーディカが、くすっと笑みをこぼした。
「頼もしいな。あ、ティッシュが必要になったら言ってね」
「……ティッシュ?」
 エルキドゥが首を傾げると、ブーディカが苦笑を浮かべた。
「ほら、玉ねぎ切ってると涙が出ちゃうでしょ? キャットもそれで飛び出しちゃったし、あたしも今、目の奥がつーんってしてるもの」
 ブーディカの言葉に、エルキドゥは不思議そうにまばたきを繰り返す。短い思考の中で合点がいったのか、エルキドゥは納得を示すように目を細めた。
「……ああ、そうか。僕は大丈夫だよ。君達と違って、催涙物質が目に染みて涙が出ることはないんだ。そういう真似事はできるけれどね」
 エルキドゥの言葉にブーディカは戸惑いがちにへどもどし、エミヤは何も言わず黙り込む。微妙な空気が漂う中、エルキドゥ一人だけが穏やかな様子でふっと笑ってみせた。
「生き物と違って便利だろう? だから休むことなく無限に玉ねぎが切れると思うよ」
 おどけたように言えば、一拍の間をおいて、エミヤもつられるようにふっと笑った。場に漂う空気が和らいだ調子を取り戻す。
「無限に切らんでいい。指定の分量だけ切ってくれ」
「うん。わかっているとも」
 二人のやり取りを眺めるブーディカも、やがて微笑を浮かべてみせた。

 玉ねぎを切り終えてもタマモキャットは戻ってこなかった。仕方なくエミヤがエルキドゥに指示を出すことになる。切った玉ねぎを大鍋に移し炒めるものの、玉ねぎの半分に火が通った頃にはすぐに水を注いで煮込んでしまった。あとはこれにソーセージを入れるだけらしく、エルキドゥは手持ち無沙汰になる。
 次の指示を仰ぐにしても、残りはオーブンで焼く料理がメインで特にすることもないようで、エルキドゥはその話を素直に聞き入れると、キッチンの隅の休憩スペースにある椅子に腰を下ろして一休みに入った。
 エルキドゥは何をするでもなく、ぼんやりと虚空を見つめる。と、ブーディカが気を利かせてカップに紅茶を注いで持ってきた。エルキドゥは逡巡した末、ゆっくりとした動作で受け取った。ブーディカも一休みに入るらしく、エルキドゥの隣の椅子に腰を下ろす。
「君が料理をしようと思ったのはもしかして、今朝の事が原因?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「その、ちょっとね。あの時なんともいえない圧を感じたから」
 苦笑を浮かべるブーディカをじーっと見つめ、エルキドゥは紅茶に口をつける。口の中の隅々まで水分を行き渡らせてから、エルキドゥは口を開いた。
「やっぱり、変だろうか?」
「ん、何が?」
「僕自身も何と言えば良いのかよくわからないのだけれど……昼食を用意するのは兵器である僕の役目ではないし、味覚を通じて得られる心境の変化を解っている君達のほうが理に適っている。ここで働く職員の体調維持は、カルデアのシステムが回っていく上で必要不可欠な事だし、食事管理もその一つだろう。今朝の事にしても、たかが一食分を君が渡してが笑顔で受け取った、ほんの些細な事にすぎない。……でも、そんな些細な事にどうしても引っかかってしまってね。きっと僕のシステムが誤作動を起こしていると思うんだけれど、特に異常も見当たらないんだ」
 エルキドゥの言葉は段々と尻窄みになっていき、言い終わる頃にはうつむきがちになってしまった。思案げな表情を浮かべ、カップの中の水面を見つめている。
 ブーディカはそんなエルキドゥを見て、うーんと小さく唸り声を上げたかと思うと。
「つまり、嫉妬?」
「……えっ?」
 エルキドゥが跳ねるように顔を上げた。数度ぱちぱちと瞬きをしながら、ブーディカの顔を凝視する。
「えっ、じゃないよ。そういう事でしょ? やきもち」
「……これが?」
「あたしは、そうじゃないかなって思うよ」
 ブーディカがそう言うと、エルキドゥはゆっくりじわじわと顔をそらす。
「……これが、嫉妬……そうか……」
 確かめるように呟くエルキドゥを見て、ブーディカは微笑みながら紅茶に口をつけた。
「もしかして、わりと独占欲が強いほう? ちょっと意外だな」
「そういうつもりはないよ」
「本当に?」
「本当さ。君とが互いに友好的な感情を持って接しているのは、とても喜ばしい事だよ。嫌悪し合っているよりはずっといいはずさ」
「ふーん……それにしてはあの時喜ばしい顔じゃなかったよね?」
 エルキドゥの肩が、ほんの僅かにピクっと跳ねた。
「それはたぶん、に愛着を持っているからさ。……どのサーヴァントよりもね」
 エルキドゥはブーディカをちらっと見ると、すぐに目をそらした。気まずそうだった。
「僕ですら愛着を持てるという事は、きっと他の誰かも愛着を持つようになるかもしれないだろう? それは本来は喜ぶべき事だけれど、どうしてか不安の方が先立つ。可能性を考えれば考えるほど思考回路もなんだかおかしくなるし、らしくもない事もしてしまう。……なんだか、嫌になるよ」
 ブーディカはエルキドゥの発言に目を丸くして、再度うーんと考え込み、答えを見つけてふっと微笑んだ。
「それは、君がちゃんとあの子の事を考えてるって、好きだって証拠だと思うな」
「そうかい?」
「うん。相手が好きになりすぎるとね、自分がどうしたいかとか関係無くなっちゃうから。優先順位が狂っちゃうんだよね」
 言いながら、ブーディカは苦笑を浮かべる。
「そういうものなのかい?」
「うん。心って思い通りにいかないものだし。理屈とか理論が通じない。不可抗力っていうのかな、そういうの」
「……そうか、そうだね。理屈では制御できないものだ」
 心は海だ。その海をよく知らないエルキドゥは、感情によって引き起こされる波にたびたび翻弄される。さざ波のように密かな揺らめきもあれば、荒れ狂う大波のように豪快なうねりも発生する。以前のエルキドゥならばそのうねりに身を任せ、さながら水面に浮かぶ木材の一片がごとく揺蕩うようにして、感情の波が収まるのを待っていた。それが自分にとっては最善の方法であると信じていた。余計なリソースを費やす必要がなく、楽だったからだ。
 しかし、今となってはそうもいかない。
 対話を積み重ねるたびに己の空虚さが浮き彫りとなったからこそ、認識を広げなければならないことを実感した。何かをしなければいけないという焦燥感。だが、エルキドゥ自身の少ないリソースが邪魔をする。現代家電のように気軽に増築すら許さない程の性能の弱さが、枷となって呪いのようにつきまとう。それでも屈する事無く、届く範囲に手を伸ばす。
 そうして疑問が生じれば、第三者に聞けばいい。
「なら、今の僕の行動は不可抗力の最中にあり、別におかしくはないという事かな?」
「あたしからすればね。でも、君は一種の暴走状態にあるかもしれないね」
「一種の暴走状態……なるほどね」


 整備点検作業が終わる頃には、全身を倦怠感が包み込んでいた。重たい息を吐きながら、作業に携わった先輩と、のろのろとした足取りで施設の上層へ戻る。待機室に立ち寄り工具を片付け、一服をはさむ先輩方に挨拶をして、お先にあがらせて貰った。まっすぐ食堂へ足を運ぶ。
 食堂区画の入り口が見える距離まで来ると、やっぱりというべきか、白い人影が壁にもたれかかるように立っていた。遠目ではその姿をぼんやりとしか認識できないけれど、色合いからすぐにエルキドゥさんだと分かった。くたくたの状態だったけれど、小走りになって近寄る。
 距離が近づくと、エルキドゥさんは壁から離れて廊下の真ん中へと移動した。目を細めて微笑んでいる。走り寄る私を歓迎するかのように両手を軽く広げたけれど、食堂が近い事をうっかり忘れていたのか、慌てた様子で開いた腕を元の位置へと戻していた。取り繕うような仕草に、思わず笑ってしまう。
 夕食を頂く前に、ブーディカさんにランチバッグを返却する。
「どうもありがとうございました。すっごく美味しかったです!」
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな」
 私とブーディカさんがやり取りをしている間、エルキドゥさんは私の隣でじっと静かに聞いていた。今朝と違って、変な圧力を発したりする気配はない。少しほっとする。
 そのまま食事を受け取って、二人がけのテーブルがちょうど空いていたので、そこに座って食べることにした。
「いただきます」
「うん」
 手を合わせてから、食事を口に運ぶ。
「今日はどうだった?」
「冷却水のタンクのハシゴの昇降でこう、キューッってなりました」
「きゅー? なんだい、それは?」
 エルキドゥさんが不思議そうに首を傾げる。きゅーの言い方がちょっと可愛くて、自然と頬が緩んだ。
「んんと、高い所に登ると足がすくむみたいな、恐怖で頭が痺れるみたいな、そんな感じです」
「ううん……よくわからないな。そういう気持ちになった事はない。それに、遠くを見渡せるような高い所が僕は好きだから、理解できそうにない。ごめんね」
 申し訳無さそうに言うものだから、私は慌てて首を横に振った。
「あ、謝らないでください。エルキドゥさんって高い所平気なんですね。いいなあ」
は、高い所が苦手なのかい?」
「苦手ってわけじゃないですけど、やっぱり少し怖いです。これがジェットコースターとかの楽しい高さなら平気なんですけど……」
 言い終わってから、エルキドゥさんはジェットコースターがわかるのだろうかとハッとした。胸中に焦りがにじむ。説明すべきか迷っていると、エルキドゥさんはそんな私を見透かすかのようにふっと微笑む。
「ジェットコースター……知識としてはわかるよ、現代の遊具の一種だね。一度乗ってみたいかな」
 内心ほっと胸をなでおろす。
「すっごく楽しいですよ!」
「なら、と一緒に乗ったらもっと楽しく感じるんだろうね。もしそういう機会があったら、一緒に乗ってくれるかい?」
 思わず面食らった。エルキドゥさんの顔を見れば、いつもと変わりがないように見える。つまるところ、嘘偽りのない言葉という事だ。
「もちろんです!」
「よかった。嬉しいな、約束だよ」
「はい!」
 エルキドゥさんとの約束がまた一つ増えた。
 叶うかどうかもわからない、果たせるかさえ不明瞭な気安い口約束。それでもエルキドゥさんが持ちかけたものだから嬉しさはひとしおだ。大事に大事に、心の奥底にしまっておく。
「そういえば、昼食はどこで食べたの?」
「地下にも一応休憩室があるんです。そこで食べました」
「そうか。錆びだらけの床に座って食べているとかじゃないから安心したよ」
 どうやら変に心配させてしまってたらしい。ちょっと申し訳ない。
「そう言うエルキドゥさんは、お昼は何をしていたんですか?」
「僕かい? 炊事の手伝いをしていたよ」
「えっ!? エルキドゥさんが?」
 思わず目を丸くした。エルキドゥさんに炊事という行動が頭の中でうまく結びつかなかったからだ。
「意外そうな顔だね。そんなに驚くような事かい?」
「だってそんな素振り一つも見せなかったじゃないですか。てっきり、一人で部屋にいるのかなーってお昼食べてる時にずっと考えてたんですけど……予想が外れましたね」
「……へえ? ずっと考えてくれてたのかい?」
 微笑むエルキドゥさんから、たまらず視線をそらした。
「そんなに考えてないです。……3分くらい」
「ふふ、嬉しいな。それに、の意表を突けたみたいで何よりだよ」
 気になって視線を元の位置に戻すと、エルキドゥさんは変わらずに微笑んでいた。
 食事を終えてもすぐには席を立たず、食後のお茶を楽しみながらひととおり雑談を交える。いつもの風景だ。お腹がこなれてきた頃合いを見計らって、二人で食堂を後にした。
 廊下を進むにつれて人の気配が遠ざかると、エルキドゥさんがするりと手を絡めてくる。これもいつもの風景だ。強弱をつけてにぎにぎしてみると、予想通りにぎにぎと反応が返ってきた。くすぐったくて嬉しい。
はなんでも美味しそうに食べるけれど、好き嫌いとかあるのかい?」
「んー……特に無いですね!」
 そう答えれば、エルキドゥさんは何か思う所があるような表情を浮かべている。
「本当に? 和食とか洋食とか、そういう好みは?」
「全部好きです!」
「そうか……」
 一人で神妙そうな面持ちになっているエルキドゥさんをじっと見つめて、思案を巡らせる。そういえば今日、エルキドゥさんは炊事のお手伝いをしていたと言っていた。だからこの疑問が出てきたのかもしれない。エルキドゥさんは色んな事を訊ねてくるけれど、こういう風に具体的な事に踏み込んでくるのは珍しいような気がした。そして私の解答がこの有様だから、きっと思っていたような返答を得られなくてこんな顔をさせてしまったのかもしれない。
 嫌いなもの、苦手なもの、不得意なもの。頭の中を記憶を必死に掘り返す。
「あっ、でも、ゲテモノ料理は遠慮したいです!」
「げてもの……一般的とはかけ離れたものの事だね。うん、わかった」
「あと、ピザにパインを乗せるのは犯罪ですよ」
 神妙そうな面持ちはどこへやら、エルキドゥさんはきょとんとして首を傾げた。
「おかしいな……聖杯からの知識によると、ピザにパインを乗せるという行為はどの国の法律にも犯罪として当てはまらないみたいだけれど?」
「確かに犯罪じゃないです。でもあれは……人間のする事じゃないですよ」
 一拍の間をおいて。
「どうやら、パインに対してただならぬ何かを感じているようだね? よくわからないけれど、そこまで言うなら心に留めておくよ」
 きりっと大真面目な顔つきでエルキドゥさんは言う。ちょっと大げさに言い過ぎたかもしれないけれど……まあいっか。
 そんなこんなで取るに足らない話をしているうちに、いつの間にか寮の区画前までたどり着いてしまった。楽しい時間はいつも呆気なく過ぎてゆく。それが大好きな人といるなら尚更。
「それじゃあエルキドゥさん、おやすみなさい」
「うん、おやすみ。また明日ね」
 ふいに襲った一抹の寂しさは、エルキドゥさんの言うまた明日の一言で薄れてゆく。
 しかしどうにもこの場を離れがたくて、今の気持ちをどう言葉にしたら良いのかわからないでいると、エルキドゥさんも少しそわそわしているのに気がついた。
 じーっと見つめ合って、それからどちらともなく笑いあう。お互いに迷うこと無くひっついて、ぎゅーっと抱きしめ合う。おさまるべき所におさまったような不思議な感覚が身を包んだ。エルキドゥさんの肩に頬をすりよせてしばらく堪能する。寂しさが無くなる代わりに、とびきりの充実感で満たされた。毎日顔を合わせて言葉を交わして、手を握ったり抱きしめあっても、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
 顔を上げてエルキドゥさんの表情を伺えば、嬉しそうに微笑んでいた。つられて私の頬が緩むと、エルキドゥさんはいっそう笑みを強くしたかと思えば、口元を緩めたままぱちりと目を閉じる。何も言わずに、服の裾をちょいちょいと引っ張ってくる。
 多分、キスしてほしいのだと思う。でもさっきご飯を食べたばかりだし……と躊躇っていると、もう一度服の裾をちょいちょいと引っ張って催促された。明確な意思表示に、なんだか照れくさくなってくる。
「人が来ちゃうかもしれませんよ」
「来ないよ。近くに人の気配を感じないからね」
 エルキドゥさんのほうが一枚上手だった。
 少し悩んだ末、背伸びをして、軽くちょんと触れるだけのキスに留めた。
 エルキドゥさんが瞼をゆっくり持ち上げる。照れ隠しに笑ってみせると、エルキドゥさんもへにゃっと緩みきった笑顔を浮かべた。と思いきや、間髪入れずに顔を近づけてくる。ほんの一瞬だけ唇を触れ合わせると、私の頭に頬をすり寄せてきた。おまけに撫でてくれる。慈愛に満ちた手つきにが嬉しくて、ぎゅっと抱きしめた。
 無性に照れくさいけれど、温かくて居心地の良い空気は、エルキドゥさんと別れて自室に戻った後も残っていた。


 深夜。節電のため、必要な照明以外が落とされた食堂区画。キッチンだけは昼間と同じような明るさをたもっており、漏れだす光が薄暗い廊下まで伸びている。シンと静まり返った空間に、キッチンから何かを叩きつけるような怪音が響き渡る。
 キッチン内部。エルキドゥとタマモキャットが休憩スペースの椅子に腰を据え、顔を突き合わせて話していた。何やら神妙な面持ちである。
の食の好みに関して、特筆すべきものはないみたいだった。大体は好きだと言っていたよ。ただゲテモノ料理が嫌いみたいだ。それと、ピザにパインは犯罪だと言っていた」
「パイン本当に嫌いなんだなー、まあ入れんけどな。あと、ゲテモノ料理は作らんぞ。そんなん出したら暴動がおきかねん」
 タマモキャットは腕を組んで、むむう、と唸っている。
「さて、どうすっかなー……エミヤ、何か案はないか?」
 ステンレス台に向かってパン生地の塊を叩きつけていたエミヤの手がぴたりと止まった。叩きつけるような音の発生源は、エミヤであった。
「私は朝食の下拵えで忙しい。二人で決めろ」
 言い終わるなり、エミヤはまたパン生地を台に叩きつけ始める。とりつくしまもない。
「へっ、ちょっとくらいアイデアくれてもいいだろケチ! ブーディカは何かないか?」
「ええっ!? あたしに聞いちゃうの?」
 蚊帳の外だと思いこんでいたブーディカは、いきなり話を振られて目を丸くした。食パン型にバターを塗りつけていた手を止めるものの、一拍の間をおいてすぐに手を動かし始める。
「聞いちゃうぞ。そもそも今日、どんな弁当作ったんだ?」
「んんと……サンドイッチと、蒸し野菜と、フルーツと、トマトスープだよ」
「はっ? なんだ? それだけか?」
「うん」
「ほう……この勝負勝てるぞエルキドゥ!」
 そう叫び、タマモキャットは椅子をガタッと鳴らして大げさに立ち上がる。右手の拳を、ぐっと固く握りしめていた。
「何度も言っているけれど、これは勝負ではないよ。でも、何か良い案でも思いついたのかい?」
「ああ。超グッドな案だぞ。これなら胃袋の胃袋を奪還できるはずだワン!」
「フッ、胃袋の胃袋……まあニュアンスはわからなくもないがね」
 無関心を装いながらも聞き耳を立てていたらしいエミヤが苦笑を浮かべた。
「どんな案なんだい?」
「聞いて驚くなよ。いややっぱ驚け。キャラ弁だ!」
 自信満々な発言に、エルキドゥは首をひねった。聖杯の知識によると、弁当の一種のようだった。しかし実物を見たことがないのでわからない。
「キャラ弁? なんだいそれは?」
「食材の配置により、キャラクターに見立てる弁当のことだ。インパクト特大、これなら大勝利間違いなし。勝ち星を上げられるぞ。そのままカルデアの星にもなれるだろう」
「意味がわからないな。第一、星になるという事は成層圏を突破しなければいけないし、そうすると僕は消滅してしまうよ」
「細かいことは気にすんな。それじゃあどういうキャラ弁にするか今から考えるぞ」
「わかったよ」
 いまいち会話が噛み合わず、傍から聞けば会話が成立しているのかもあやふやな問答だったが、それでも二人は意思の疎通ができたらしい。二人一緒に席を立ち、ひそひそ話を交えながら、あっちをいったりこっちへいったりと忙しない。
「あの二人、大丈夫かな……?」
 ブーディカがエミヤに尋ねると、
「知らん」
 エミヤは我関せずだった。