1;アキラ いつの間に眠っていたのだろうか、気がつけば窓の外は明るかった。のろのろと身体をおこすと首が軋むように痛んで、そこに右手をあてた。じりじりと筋が痛む。どうやら寝違えたらしい。 「おお、起きたか」 声が聞こえて、アキラはびくりと震えた。見れば源泉が床に座って煙草を吸っていた。にかっと笑っている源泉の顔を見て、なんだか1年以上も源泉に会っていなかったという錯覚にとらわれた。 「しかしまあ、お前ら、ほんっと微笑ましいな」 にやにやとオッサン特有の含みを帯びた声に、アキラは眉を寄せる。身体を起こしかけた体制のまま、ふと見上げると、背もたれに寄りかかって座ったままの体制でナマエが寝息を立てていた。自分の頭の真下にはナマエの太ももがある。 息を呑んだ。飛び跳ねるように起き上がると、アキラの体の上から毛布が滑り落ちた。頬に熱が集まる。この状況を理解したくはなかった。 「アキラ、ナマエに毛布かけてやれ」 言われて、アキラは渋々と言った感じで毛布を拾い上げ、ナマエにかけた。ナマエが微かに身じろぎをするから一瞬びくっとなったが、それでも寝息を立て続けるので意味もなくほっと息を吐いた。 「オッサン、いつ来たんだよ」 ナマエの隣に座るわけにも行かず、アキラは椅子から離れて源泉の向かいに腰を下ろした。 「小一時間くらい前だな」 言って、にやりと笑って見せる。つまり源泉はここにきて、一時間近くもの間、アキラとナマエが寝ている姿をここでじっと見ていた事になる。アキラがげんなりした顔つきで源泉をじっと見ると、源泉が苦笑した。 「おいおい、他人の寝顔一時間もずっと見てるわけねえだろ。さっきまで仮眠とってたんだ」 確かに源泉の傍には几帳面にたたまれた毛布が置いてある。あながち嘘ではないようだ。 「まー、お前みたいに上等な枕はないがな」 からかわれているのは分かっているので、アキラは何も言わなかった。すると源泉はちぇっと口を尖らせ、口から煙草の煙を吐いた。その煙が空気に溶け込み掻き消えるころに、源泉はまた口を開いた。 「ケイスケは見つかったか?」 聞かれて、アキラは息を呑んだ。昨日の事を鮮明に思い出して、身体がこわばる。 「…その様子じゃ、見つかったみたいだな」 誤魔化す理由もなく、アキラは静かに頷いた。 「でも、逃げられた」 悔しさのあまり唇をかむと、源泉がそうか、とやるせない感じで呟いた。 「左手、怪我したのか」 聞かれて、頷く。 「手当てしたの、ナマエか?」 また頷くと、源泉がやんわりと笑って見せた。アキラは意味もなく左手の包帯の上に右手を重ねる。じっと包帯を見つめたままそうしていると、唐突に源泉が立ち上がった。歩き出すので、その姿を目で追う。源泉はいまだに眠りこけているナマエの前にくると、軽く頬を何度か叩いた。 「いつまで寝てるんだ、起きろ」 もぞりとナマエが動き、両手で目をこすり始める。 「も、とみ?」 きょとんとした顔でナマエが確かめるように呟くのを、源泉は笑って見やり、それからアキラとナマエを交互に見比べて「さて、」と呟いた。 「お前らに話がある」 源泉がぽつぽつと語りだした内容は、突拍子のないものだった。何でも、cfcと日興連が今日明日にでも戦争を始めそうな状況にあるらしい。予想もしなかった展開にアキラは困惑したが、ナマエは以前からそうなる事を知っていたのかひどく落ち着いた様子で源泉の話を聞いていた。 とりあえず確実なことは、もうトシマには長くは居られないということだった。 「トシマから逃げる気があるなら、俺が抜け道を教えてやる。まあ無理にとは言わないけどな」 緊迫した空気を和やかにするためか、源泉は苦笑した。 トシマを出たらケイスケを探せなくなってしまう。しかし昨日のケイスケの様子を考えると、ラインの中毒反応が出たようにも思えて仕方ない。死んでいるかどうかなんて分からないが、けれど――。 「源泉」 アキラの思考を遮るように、ナマエがぽつんと呟いた。 「ダメだったのか?」 俯きがちにナマエが呟く。すがるように源泉を見上げるナマエの目は、いつも以上に必死だった。源泉は無言でナマエの頭をぐりぐりと撫でる。ナマエが俯いて、腕で目をこすってから勢いよく立ち上がった。 ナマエの視線と源泉の視線がアキラに集まる。 「アキラはどうする?」 聞かれて、口ごもる。源泉はいつもどおりに自分たちに接しているが、それでも緊迫した雰囲気は隠しきれてはいない。そのくらい、今の状況はやばいのだろう。アキラは奥歯をかみ締めたあと、ゆっくり立ち上がった。ナマエがアキラに上着を投げてよこす。受け取ってナマエを見れば、ナマエは清清しい表情で微笑んでいた。 そうして悟った。さっきの源泉とナマエの会話は、ナマエの友人にかかわるものだったのだと。 「んじゃあ、行くか」 先を行く源泉の後ろをナマエとアキラは並んでついていき、教会を後にした。 ← ↑ postscript