SCRAP METAL
P1







 猫、だ。
 猫がいる。
 見るのははじめてだけれど、視覚情報がインプットされると同時に、補助電脳が自動的にデータベースを検索していた。だから、わたしは「猫」を知っていた。
「おいで」
 手をさしのべた。
 でも、猫は見向きもせずに走り去った。
 わたしはため息をついた。錆びたホイールに背中を預ける。ざらついた錆びのかたまりが砕けて落ちる。静かだ。周囲に人気はない。まるでこの廃棄場自体がスクラップのようだ。
「わたしもね」
 この丘の上の廃棄場で、あの人の眠る場所を遠くに見ながら、このまま朽ちていくのだろう。人は死に、機械は壊れる。人には墓地、機械にはごみ捨て場。辻褄は合う。不服はない。なのに、なぜかまたため息が出た。
 まなざしを眼下の墓地に投げる。
 と、頭の上にやわらかいものが乗ってくる感覚があった。
 小さな鳴き声が聞こえる。
 上目遣いに見上げると、一匹の子猫がいた。
 さっきの猫の子どもだろうか。特殊カーボンファイバー製の毛髪に顔をこすりつけてくる。とても小さい。小児規格のわたしのヘッドもその子にはちょうどいい寝床のようなものだ。春の陽はおだやかで、廃棄場に長時間座り続けていたわたしの毛髪も、そんなには熱くなっていない。むしろ心地よくぬくもっているくらいだろう。
 見ると親猫も戻ってきていた。いぶかしむように、探るように、前足でわたしの左腕をひっかいている。
 わたしの左腕。上腕から千切れたそれは、廃棄場の赤錆びた地面に、不恰好なオブジェのように横たわっている。感覚情報はもう送られてこない。それでも何本かの光ファイバーケーブルはまだつながっている。人工筋肉に信号を送るくらいはできるだろう。ためしに指先を動かしてみた。親猫はビクンと背を波打たせ、それから低く構えて威嚇するように小さくうなった。それでも、走り去りはしなかった。わたしを警戒してはいないようだ。
 それも当然だ、と、わたしは思った。
 わたしは人間ではない。生物ですらない。ただの工業製品でしかないのだから、と。
『そんなことを言うものじゃない』
 あの人の声が今もメモリの片隅に残っている。
 やさしくたしなめる声、どこか悲しげな響き。
 でも、あの人はもういない。誰にもあの人を修理することはできない。
 ふいに頭上の子猫があくびをした。
 ずいぶんと人間じみたあくびだった。
「猫はいいね」
 思わず、つぶやいていた。
「猫は猫だものね」
 自分は何か、とか、何のために存在するのか、とか、そんな人間まがいの疑問などは考えもしないのだろう。
 右手を上げ、指先で子猫に触れた。
 想像以上にやわらかく、あたたかかった。

次のページ>




もどる