GUNROOM
士官次室


上杉謙信春日城壁書に思う

2006/9/4

上杉謙信居城、春日山城の壁に書かれた『壁書』。 

運は天にあり。鎧は胸にあり。手柄は足にあり。 
何時も敵を掌にして合戦すべし。疵つくことなし。
死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。
家を出ずるより帰らじと思えばまた帰る。
帰ると思えば、ぜひ帰らぬものなり。
不定とのみ思うに違わずといえば、武士たる道は不定と思うべからず。 必ず一 定と思うべし。

有名な詩であり、若い頃よりなじんでいました。
はじめの2行は、なにもなく、そのままです。
続く3行には、思い出が在ります。母が脳出血で突然倒れ、ほぼ3週間後に他界 するのですが、病院の帰りには、いつもこれで最後かもしれないと覚悟を決めて いました。その裏にはこの3行がいつもちらついていました。「゛家を出ずるより帰 らじと思えばまた帰る。帰ると思えば、ぜひ帰らぬものなり。」です。
最後の1行です。この部分については、古文的でもあり 永くよく解していなかっ たので、解らないままにほおっておいたのです。しかし、病院の行き帰りに突然 思い当たりました。
不定と一定。音読みすれば、フテイとイッテイですが、何故か、フジョウ イチジョ ウと呼んでいました。今でもこちらの方が収まりがよく自然なのです。不定とは、 定まらないこと、一定とはひとつに定まっていることです。
私的訳文にすれば、「諸君は、そんな矛盾で理屈に合わないようなことは知れた ことではなく、嘘かも知れないし、戯言に決まってると言うのなら、そのように考え てはならない。武士たるものは、このような非論理的な事も強くそうだと肯定した 時、本当に道が開けてまさかと思っていたことが現実になるものなのだ。諸君! そう信じて疑うな。それが武士なのだ。」というのです。
そう信じて行動するのが武士だといい切った実に躍動感あふれ勇気凛々な言葉 です。自由闊達で悲壮感がありません。後年に世に出てくる葉隠は、「武士道は 死ぬことと見つけたり。」という有名な句で始まりますが、こちらの方は、聞く者を 閉塞感や悲壮感、薄暗さ、やりきれなさ等の気持ちにさせます。ややもすれば死 に急ぎの思想と誤解されることにもなりますが、私的には、明らかに謙信の壁書 の方が、生命感にあふれ自信に満ちています。

昔インターネット上で見つけた一句。

何事も 偽り多き世の中に 死ぬるばかりが 誠なりけり。

見つけたとき非常に気になったのでノートに書きとめていたものです。作者につ いては、とくに記述がなかったので知りません。有名な人なのか、またインターネ ット上の戯れ言か。これなど葉隠の匂いプンプンという感じです。
対して
「不定とのみ思うに違わずといえば、武士たる道は不定と思うべからず。必ず一 定と思うべし。」
今では、これが病院に通っていた日々を思い出させます。

平成16年3月10日 0700。
窓に雪がパラつく病院で母は他界しました享年82歳。その病室で即興で詠んだ 惜別の句

三月の 別れをさとす細雪 病の母は 今や思い出。

平成15年9月14日 0600 

父享年90歳。通夜の深夜、一人惜別の句を詠んだのですがこちらの方は不覚 にも散失してしまいました。生前母に見せたら、非常によい句とほめられたので すが残念です。

合掌

 追記
後日書類整理していたら、父への惜別の句を発見。
引潮に 乗せて旅立つ 笹の舟 あかねの果ての 先のその先。

同時に嫁母の葬儀で詠んだ惜別の句も発見。
平成15年10月2日
雨上がる もみじを歩く こぼれ日の 阿弥陀と君の 夢のさきがけ



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