扉の向こう





「ハルト!」
ドアの先には思っていた通り、久しぶりに会うハルトの姿があった。
その横にはオービタルの姿。
そしてハルトの言葉通り、滅多に外出しない父が気恥ずかしそうに佇んでいる。
「兄さん、トリックオアトリート!」
「……?」
ハルトの口から出た耳慣れぬ言葉にカイトは僅かに首を傾げたが、くんくんと香りを嗅ぐハルトの可愛らしい仕草にそんな疑問はどうでも良くなった。
「わあ〜いい匂い!兄さんのクッキーは匂いだけでも美味しそうだってわかるよ!」
「そ、そうか?」
弟からの言葉が何よりも嬉しいカイトは、久しぶりに会うハルトの変わらぬ可愛さに顔の筋肉が緩みっぱなしだ。
ふと、玄関先から足元を抜ける外気の冷たさに気づき、カイトは慌てたようにハルトを中へと招く。
「さぁ。風邪を引いてしまうから、早く上がってくれ」
「うん。お邪魔します」
「失礼スルデアリマス」
ハルトに続いてオービタルも家の中へと入る。
自然と最後に残った父に、カイトは用意していたスリッパを勧めて言った。
「父さんも、忙しいのに来てくれてありがとう」
「なに、ハルトの頼みだしな。それに、お前が仕事を早く済ませてくれたお陰で、部下たちに久しぶりの休暇をやれそうだ」
決して喩え話ではないその言葉にカイトは曖昧な笑みを浮かべる。
毎日のように顔を合わせてはいても、上司と部下ではなく親子として会話をするのは実家暮らし以来のことだ。
何となく照れくさくなって視線を彷徨わせると、向こうも同じ心境だったのだろう。
自分と同じくどこか決まりの悪そうな表情の父とお互い顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑を漏らした。
「あまり大した物は用意してないけど、今日はゆっくり寛いで行って下さい」
「そうだな。今日くらい、仕事の話しは無しにしよう」
傍目に見ればぎこちない会話に聞こえるだろうが、カイトもフェイカーも互いに苦手意識を持っているわけではない。
2人にとってはこれが普通で、これで十分な距離感なのだ。
「もう、2人共何してるの?」
なかなか部屋へ入ってこない様子に痺れを切らせたのか、リビングから待ち切れないとばかりにハルトが顔を覗かせた。
「父さん早く!兄さんのクッキー焼きたてだよ!」
口をもごもごと動かしながら二人を手招きするハルトに、カイトとフェイカーは揃って顔を見合わせ笑った。
「ハルト、まだ少し熱いから火傷に気を付けるんだぞ」
「うん。オービタルが渡してくれるから大丈夫だよ。ね?オービタル」
「ハイデアリマス!」
取り出しておいた天板はだいぶ粗熱が取れている頃だが、まだ完全に冷えきっているわけではないだろう。
ハルトが火傷をしないようにと気を利かせたオービタルは熱い天板からまだ幾分柔らかさの残ったそれを持ち上げ、適度に冷ました後でそっとハルトに手渡していた。
「兄さん、作ってくれてありがとう。このクッキー凄く美味しいよ」
「それは良かった。お前のために作ったんだ。遠慮無く食べてくれ。……父さんも」
「あぁ。頂くとしよう」
久しぶりに見るハルトの笑顔は室内に広がるバターの芳醇な香りよりも甘く、カイトの全身に染み渡ってゆく。
ハルトの顔を見られただけでカイトの心は癒されていたが、嬉しそうにクッキーを頬張るハルトの笑顔を前にそれまで重く肩にのしかかっていた日頃の疲れは一瞬にして消え去ってしまった。
室内には幸せな時間と共に、芳しい紅茶の香りが満ちている。
テーブルにはハルト達が持ってきてくれた紅茶やコーヒーとお茶請けにカイトの焼菓子が並び、久々の親子水入らずの時間だ。
カイトとフェイカーはストレートティー。
ハルトは砂糖とたっぷりのミルクを注いだこっくりとしたミルクティーを味わっていると、和気あいあいとした室内に再びあの音が響き渡った。



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