扉の向こう





ピンポーン。
今度こそ予定にない来客だ。
一言断って席を立ち、壁に備え付けてある小型モニタを確認すれば、そこには予想外の人物が映っていた。
「…つ、九十九…遊馬…?」
モニタ画面一杯に映し出されている九十九遊馬が、きょろきょろと辺りを見渡したり振り返っている様子から、どうやら来客は彼一人だけではないらしいことが伺える。
とりあえず全く知らない仲でもない。
モニタ越しの対応も失礼だろうと、カイトは長い廊下を抜け玄関へと向かった。
九十九遊馬とは、親同士の交流から知り合った仲だ。
研究者であるフェイカーと、遊馬の父親で考古学者でもある九十九一馬が一体どういう経緯で知り合ったのか詳しいことは聞かされていないが、とにかくそれなりに長い付き合いである。
しかし彼が一体自分に何の用でここへ来たのかさっぱり検討がつかず、不審に思いながらもカイトは玄関の扉を開いた。
「トリックオアトリート!」
玄関先で待ち構えていた大勢の子供達から一斉に声が掛けられた。
予想以上の人数に流石のカイトも呆然とするしかない。
九十九遊馬とアストラル以外は名前も朧気でしかない関係性だが、一応全員に見覚えはある。
確か、全員が九十九遊馬のクラスメイトであっただろうか。
子供達の顔をざっと見渡せば、以前父の下で働いていたバイロンの息子、Vの姿まであった。
そんなVはカイトと目が合うと遠慮がちにはにかみを見せている。
九十九遊馬を筆頭とした元気に満ち溢れた子供達の有り余るパワーを前に、普段なかなか馴染みのないカイトは流石に少したじろいだ。
そしてその掛け声。
どこかで聞き覚えのあるような……と首を傾げたが、そう言えば先程ハルトからも同じ掛け声を投げかけられていたのを思い出す。
恐らく英語であるらしいそれは、直訳すると……。
「イタズラか、もてなしか……?さっきハルトも言っていたが、一体何のことだ?」
「え?」
カイトの口をついた疑問に、目の前の子供達も呆気に取られたような表情で困ったように顔を見合わせた。
困っているのはこっちである。
自らの置かれている状況が把握出来ていない様子のカイトに、遊馬の横でふよふよと浮いているアストラルが口を開いた。
「カイト。もしかして君はハロウィンを知らないのか?」
「ハロ、ウィン?」
物珍しそうに自分を眺めてくるアストラルをカイトは何とも言いがたい表情で見上げた。
アストラルの体は半透明で、その背後にいる遊馬の友人らの姿がぼんやりと透けて見える。
九十九遊馬の父、一馬が遺跡から発掘してきた妙なペンダントに憑いている幽霊ということだが、詳しいことは未だよくわかっていない。
そんな未知の存在に自分の無知を指摘され何となくバツの悪い顔を浮かべていると、カイトの背にした廊下の先からぱたぱたとハルトが駆け寄ってきた。
「遊馬!アストラル!わあ!みんな連れてきてくれたんだね!」
嬉しそうに飛び出してきたハルトの笑顔にカイトは戸惑いを浮かべた。
「え…ハルト、どういう…?」
「よぉ!ハルト」
はしゃいだ様子のハルトに笑顔を向ける遊馬達。
間に挟まれたカイトだけが置いてけぼりという状況にカイトは目を瞬かせるしかない。
「なあなあ、カイトってばハロウィンのこと知らないみたいだぜ?」
「え、そうなの?」
遊馬の言葉にハルトは意外そうな顔をしてカイトを見上げた。
「そっか……じゃあ仕方ないね。あのね兄さん。ハロウィンっていうのは……」
ハルトや遊馬達の放った呪文のような言葉と、その意味とをハルトの口から聞かされ、カイトもようやく納得する。
「そういうことだったのか…」
「うん。さあみんな入って入って!」
ハルトは遊馬の手を握りぐいぐいと部屋の中へ引っ張っている。
何故だか知らないがハルトに妙に懐かれている九十九遊馬を少しばかり羨ましく思いながら横目で追っていると、カイトはふと玄関先で戸惑いを見せる九十九遊馬の友人らの姿に気づいた。
一番手前にいるのは確か九十九遊馬に『小鳥』と呼ばれていた少女だ。
「どうした?」
「え…あの…」
入らないのかと声をかければ、黒髪の少女は不安げに友人らと顔を見合わせながら、揃ってカイトの顔色を伺った。
恐らく先程の会話を聞いた彼らは、家主であるカイトの了承の無いまま押しかけたことを気しているのだろう。
ハルトにデレデレと引っ張られるままの遊馬と違い空気の読める子供達だと感心する一方で、彼女らに子供らしくない気遣いをさせてしまっているのが自分のこの無愛想な仏頂面なのではと思い至りカイトはできる限り柔らかく口元を緩めた。
「ハルトの客人は俺の客人でもある。歓迎するぞ」
慣れない微笑みに多少のぎこちなさは感じさせてしまったかもしれないが、カイトの口から出た歓迎の言葉に小鳥達はぱっと表情を明るくし「おじゃまします」と、カイトに軽く頭を下げた。
軽く見積もって5つは年上であろう自分の大人気の無さに若干の不甲斐なさを感じていると、突然何かを思い出したようにハルトが遊馬を見上げた。
「そうだ、遊馬!トリックオアトリート!」
嬉々とした様子で遊馬の袖を引きながら今度はハルトが遊馬達に向かって先程の呪文をとなえた。
ハルトに聞いたハロウィンという行事は、家を訪れた子供が家主に向かってお菓子を求めるというものだったはずである。
混乱しているのはカイトだけのようで、子供達はにこりとハルトに頷いて見せた。
「あぁ。ちゃんと持って来たぜ!」
なぁみんな!と遊馬が友人達に声を掛けると皆一斉にどこに隠し持っていたのかそれなりに大きな手荷物をハルトやカイトへ披露した。
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!という掛け声に差し出されたのは大量のジュースやお寿司、ピザや手作りのものらしい肉じゃがという、何ともバリエーションに富んだ手土産である。
それら全てがお菓子とは言えないが、そのどれもが大人数で囲んで食べるには調度良い食べ物ばかりだ。
更なる疑問の浮かんだカイトをよそにハルトは遊馬達をリビングへと招き入れると、最後に廊下に立ち尽くしていたカイトをリビングへと引っ張った。



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