「ハルト、これはどういう……」
適当に座らされて成り行きのまま遊馬にコップを持たされ波々とオレンジジュースを注がれながら、カイトはハルトに尋ねた。
ハルトの指定した今日がハロウィンという日であるということは既に聞いた。
しかしよく考えたらハロウィンであることがどうして九十九遊馬達と小さなパーティーをするという結論に至るのか。
まるで繋がらないのだ。
一見不機嫌そうに見えるカイトのその表情は、嫌がっているのではなくただ単純に戸惑っていだけなのだと理解しているハルトは注ぎたてのほんわかと暖かいホットチョコレートにふうふうと息を吹きかけて答えた。
「だって今日はハロウィンだから」
ハルトが火傷をしないよう適温に冷まされたホットチョコレートを啜りながらハルトはカイトを見つめた。
「今度いつ兄さんに会えるかわからないし、折角兄さんが僕のために休みを取ってくれるんだから、何か楽しいことをしたいなと思っていろんな人を呼んだんだ」
だからと言って、ただ人を集めるだけでは面白くない。
折角の休日……それも年に一度のハロウィンなのだ。
皆がそれぞれお菓子などを持ち寄れば、滅多に研究所から出ない兄や父にとっていつもと違う特別な日になると思ったのだと、ハルトはカップの中身を見下ろしながら呟く。
そう語る横顔がなんだか見慣れぬ表情に染まっており、カイトは朧気な何かを確かめるようにハルトの名を呼んだ。
「ハルト…」
「……迷惑だった?」
申し訳なさそうに見上げてくる琥珀色の双眸にカイトは否定の意を込めて頭を振る。
「そんな筈がないだろう?ハルトは本当に優しい子だな」
不意に右手を伸ばし、ハルトの頭を撫でるとハルトは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
ハルトの柔らかくさらさらとした髪はずっと撫でていても撫で飽きるということはないだろう。
弟との至福の一時に、カイトは暫し忘れていた。
自分が今どこにいて、誰が回りにいるのかを。
「なーカイト!このクッキーお前が作ったってホントかよ?超うめぇじゃん!」
オーブンの横で粗熱を取っている最中の天板を覗きこみながら遊馬はオーブンシートの上に並んでいる焼きたてのクッキーにそろりと手を伸ばした。
その手をすかさず退けながら、小鳥は遊馬から天板を遠ざける。
「遊馬ったら!これはまだ冷ましてる最中なの!」
「硬いこと言うなって小鳥ぃ〜!1個だけ!あと1個だけだからさ!」
「そんなこと言ってさっきもつまみ食いしてたの、ちゃんと見てたんだからね!」
オーブンの中には新たなクッキーが焼き上がろうとしていた。
それもその筈、ハルトに頼まれたのは沢山のクッキー。
沢山、というのが具体的にどの程度の量を指し示すのかわからなかったが、ハルトが来た時に万が一足りないという事態は避けなければならない。
一種の使命感に突き動かされていたカイトは大量のクッキー生地を作り、その時のために冷凍保存しておいたのだ。
冷凍庫から取り出し包丁で切り分けオーブンに入れれば、必要なだけクッキーが補充できるというわけである。
そんなわけで、当初の予想を遙かに上回る客人を招くことになり、オーブンは常にフル稼働の状態だ。
小鳥の手をかわしクッキーをつまみ食いした遊馬は熱い!と美味い!を交互に連呼しながら、再び小鳥の追走をかわしていた。
そんなドタバタ劇を間近で見ながらハルトもくすくすと肩を揺らしている。
「ほらね。遊馬も美味しいって言ってるよ。兄さんの作ったクッキーは世界一だからね!」
「ハルト…っ」
自分の作ったものを他人に美味しいと言われる機会も滅多に無く、カイトは何だかむず痒さを覚えて頬を掻いた。
しかしそれ以上にやはりハルトの笑顔が一番の原動力であることは変わりない。
ドアホンのモニタで九十九遊馬の顔を見た時はどうなることかと思ったが、心のどこかで良かったと思っている自分もいる。
何よりハルトがカイトのためを思って呼んでくれたのだ。なかなか口には出せないが素直にありがたいなと感じていた。
カイトはたまにはこんな休日も悪くはないなと思っているが、自分と同じように連日働き詰めの父は大丈夫だろうかと部屋を見渡す。
思えば父と顔なじみであるのは九十九遊馬やVくらいなもので、その他は年齢差の激しい子供達である。
つと気になって父の様子を横目で伺えば、父は数人の少年に質問攻めにあっていた。
彼らは遊馬の友人達だ。遊馬の口からカイトの父親の話は聞いているだろう。
普段は謎に包まれているDr.フェイカーの研究に対する疑問や、彼の所持するハートランドのことなど、その当の本人を前に、子供達の話題は尽きないようだ。
普段通り生活していればまず遭遇することのない年齢層の相手だ。
珍しく雄弁な口ぶりで子供達へと語って聞かせる父の顔は、カイトの心配など杞憂と言わんばかりに楽しげである。
父にとってもいい刺激となるだろうと微か微笑みを浮かべたそこへ、再びあの呼び鈴が響いた。
まさかこれも客人なのだろうかとモニタで確認しようと動いたカイトを、ハルトの声が呼び止める。
「兄さん、待たせちゃ悪いよ」
「え…ぁ…」
「それに、僕が呼んだお客様なんだからね?」
カイトの袖口を軽く引っ張りながら、ハルトはにっこりと笑った。
「う…そうだな。……行ってくる」
カイトは玄関先で待つ人物が誰かわからぬまま、ドアノブを回し開いた。
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