扉の向こう





がちゃり。
今日3度目に開いたドアの先で寒そうに肩を竦め待っていたのは、カイトの思ってもいない人物であった。
「……凌牙?」
「よぉ」
カイトに勝るとも劣らない無愛想な返事にカイトは目を瞠った。
ハルトが凌牙にまで声をかけていたことにもまず驚かされるが、それ以上に凌牙が大人しく招かれるというのも俄には信じられない光景だ。
どんなに信じがたくとも、目の前の人物が紛れも無い凌牙本人であることは一目瞭然である。
「らしくないな…」
思わず口をついた言葉に、凌牙も自覚があるのだろう。
気まずさからかカイトから顔を反らし、苦々しげに舌打ちした。
「妹が行ってこいってうるさいからな。……これ」
あぁ、そう言えばこいつも兄妹がいるんだったなと妙な共感を覚えたカイトを半ば睨みつけるように見やり、凌牙は無造作に右手を突き出した。
その手には可愛らしい紙袋がぶら下がっており、どうやら受け取れと言うことらしい。
袋の中には四角い箱。
蓋の上面は透明なフィルム状になっており、格子状に区切られた中にはコロコロと丸い形をした色とりどりのお菓子が几帳面に並べられている。
凌牙が持つには随分と可愛らしすぎるそれはケーキ屋などでよく目にするマカロンというお菓子だ。
「……これ、お前が?」
焼いたのか?それとも買ったのか?店頭で可愛らしいマカロンを品定めしている凌牙などあまりにも似合わない。
そんな勝手な想像がついつい顔に出てしまっていたのだろうか。
凌牙はカイトの意味深な視線に即座に否定の意を返した。
「んなわけねえだろ。妹が持ってけってよ」
「それもそうだ」
「他に何があんだよ……てなわけだ。ありがたく思え」
カイトが弟のハルトを溺愛しているのと同じく、凌牙もたった一人の妹に甘い。
そんな妹からのプレゼントだから大切に食え。ということなのだろう。
自分が凌牙と同じ立場でもきっと同じ事を言う。
紙袋を抱えまじまじ眺めていると、用は済んだとばかりに凌駕はカイトへ背を向けた。
「じゃあな」
「待て、帰るのか?」
「あぁ」
カイトの問いに一際ぶっきらぼうに返事を寄越した凌牙の利き足は、既に廊下の先のエレベーターへ向かい一歩踏み出されている。
呼び止められたせいで中途半端にカイトへ背を向けたまま凌牙は居心地が悪そうに頭を掻いた。
「俺の柄じゃねぇからな」
「……柄にもないのは俺も同じだが」
柄にもない、そんなことを言っていたらカイトだってそうだ。
ハルトが言い出したことでなければ、自分がこんなことをするなんて今でも信じられない。
そのハルトが凌牙を呼んだのである。
「……今日のお前はハルトの客人だ。
帰すわけにはいかない」
「はあ?」
「でなければ俺の面目が立たない」
ハルトはカイトのためと思って凌牙にも声を掛けたのだろうが、ここで凌牙を引き止められなかったと知ればきっとハルトは落胆するだろう。
大事な弟にそんな顔をさせるわけにはいかない。
凌牙の都合もあるかもしれないが、ここまで来たのだ。
乗りかかった船という奴である。
それは凌牙とて同じ事だろう。
カイトも凌牙も、状況は変われど共に兄という立場には違いない。
何を引き合いに出されたら困るか、同じ兄という立場だからこそ熟知している。
「お前も妹に言われて来たのだろう?…いいから上がっていけ」
カイトの言葉に不承不承といった様子で凌牙は革靴を脱いだ。
少しばかり照れた様子の横顔がふとカイトの横を通り抜けた際、ぴたりと一瞬凌牙は動きを止めた。
「これに見合う菓子じゃねえとイタズラだからな」
カイトに手渡した紙袋を視線で示しながら呟いた凌牙に、カイトはふっと笑みをこぼした。
「安心しろ。ハルトのために作ったクッキーだ。不味いわけがない」

客人をつれて戻ると、予想外の人物の登場に子供達がはっと息を飲んだ気配が伝わった。
そう言えば確か彼らとは学年は違えど同じ学校の生徒であっただろうか。
珍獣を見るような眼差しの中、真っ先に凌牙へ声を掛けたのはやはり九十九遊馬だった。
「なんだシャークも呼ばれてたのか!お前はどんなお菓子持ってきたんだ?」
カイトの持つ紙袋がそうだろうとばかりに遊馬がじろじろと覗き込んでくるのを凌牙が右手で遮った。
「これは天城に持ってきたんだ。テメェにはやらねえ」
「なんだよーケチケチすんなって!お菓子をくれなきゃイタズラだぞ?」
「ほぉ…面白い。デュエルなら相手になってやるぜ?俺に勝てたらお菓子をやるよ」
「マジで?よっしゃあ!絶対勝ってやるぜ!」
カイトが立ち尽くしている間にどんどん話しは進み、遊馬と凌牙はカードを広げ始めた。
「おっと、アストラルの助言はなしだぜ?これは俺と遊馬の真剣勝負だ」
「了解した。私はここで観戦させてもらおう」
二人がデュエルを始める様子に子供達はそちらへ集まっている。
ようやく一息ついてすぐ目の前にあった自分の焼いたクッキーを口にする。
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干したところで、カイトは隣でジュースを飲んでいたハルトに話しかけた。
「ハルト、お前一体何人に声を掛けたんだ?」
年の近い九十九遊馬達との繋がりはなんとなくわかる、凌牙もそうだろう。
これで全員なのか、まだ氷山の一角に過ぎないのか。
しかしハルトはカイトの質問には答えぬまま、にこにこと笑いながら、クッキーに手を伸ばした。
「それはその時のお楽しみだよ」
そこへ鳴り響く、お決まりの音。
「さぁ、次は誰かな?」
にこにこと笑みを浮かべるハルトに押され、カイトは今日何度目かの来客を迎えに行った。



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