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チャリラリラリラン〜♪チャチャッチャチャンチャン♪

チャチャッチャチャンチャ―――――ンッ♪♪



Answer&KindがモットーのA&Kカンパニー!

皆様のニーズにお答えするAnswer

バリアフリーとエコロジー環境に親切なKind

Answer&Kind!A&K!

Answer&Kin・・・・・・・ブチッ!!



「何度聴いてもセンスのかけらもないCMだな・・・」

橋本がいまいましそうにラジオのスイッチを切った。



今年から自社のCMがラジオで流れるようになった。

行く行くはTVでの全国ネットが企業としての目標なのだが、その弟一歩たるラジオでのCMが
これではと、橋本は嘆息した。


「あははっ、確かに曲はいただけないね」

和也が可笑しそうに笑った。

「・・・のん気だな、お前は。俺は笑えるほど余裕ないんだけどね」

和也の執務室のソファに背もたれて、橋本は体を預けるように座っていた。


「来年二人目が産まれるからかい?」

和也も自分のデスクからソファに移動した。橋本と向き合う。

橋本は和也の言葉に軽く笑みを浮かべた。





和也と橋本は同期入社だった。

穏やかだが芯の強い和也と、一見温和そうに見えるがはっきり物を言う橋本。

同じ大学で知り
合ってなんとなく馬が合った。

入社について和也は必然的なことだったが、橋本は一流企業に内定するもまだ未入籍の妻子
が会社側の身上調査で発覚し、素行不良の理由で取り消しとなってのことだった。

今でこそ学生たちの間で人気企業のひとつA&Kカンパニーだが、当時はまだベンチャー企業
と呼ぶに等しいものだった。

和也が橋本を誘い入れた。





「次コケたら、当分干されるな」

橋本が背もたれから体を起こして、テーブルの上の書類を広げながら言った。

干されるというのは自分たちの事を言う。

「そうだね、もう減俸だけじゃ済まなくなる。たぶん強引にしてきたことのつけが来るだろう
ね」

言葉とは裏腹な和也の微笑だった。

「・・・相変わらず穏やかに物騒なことを言うんだな」

和也の笑みに橋本もつられるように微笑むが、二人とも目は真剣にお互いを見据えていた。



和也と橋本は今年27歳になる。22歳で入社してから五年間で大きく会社は変わった。

それは改革の五年間であり、特に後半急成長の中枢に関わってきた二人だった。

各分野にそれぞれのエキスパートを呼び、徹底した経費の削減や人員の整理を行った。

和也が強引と言ったのは、その辺を指してのことだった。



今のビルに移転して、さらに会社は伸びた。

三年前、億の金を積んで五十階部分全フロアをセリ落したのは和也だった。

移転を機に会社の屋号も変えることになったが、いくつか候補を立てているうちに社長である父がさっさと決めてしまった。

候補など全く無視して、鶴の一声でA&Kカンパニー℃ミ名が誕生した。


新しい社名に苦虫を噛み潰したのが和也で、苦笑いを浮かべたのが古くからの幹部と橋本だ
った。

和也が自身と会社の関係を話していたのは橋本だけだった。

あきらかに息子二人の頭文字を冠している。社長はいたくご満悦だった。


和也は一代で企業を築くような人物でも親の立場になるとただの親ばかになるのかと、社長の
後ろに付き従いながら何か面映いような不思議な気持ちがした。







「このクールが終わったら、今度はうちの企画部が手掛けるからきっとセンスの良いCMが出
来上がる」

和也も書類に目を通しながら、CMの件については今後の心配はないと橋本に言い切った。

「じいさん連中は外注に丸投げだからな・・・始末が悪い」

じいさん連中、すなわち幹部クラスのお歴方々を橋本は言う。

「ところで・・・」

橋本は途中まで見ていた書類をひと固めにしてテーブルの横に置き、改めて和也に向き直っ
た。



レストラン経営で着実に業績を上げてきたA&Kが、去年初めて本格的フランスレストランをオ
ープンした。

市内一等地に白を基調とした瀟洒な建物。格式高いフランスレストラン'soleil'(ソレ
イユ)は、A&Kを一気に業界の上位に押し上げた。

その'soleil'(ソレイユ)オープン前日のレセプションに、和也と橋本は明良を後継者として出席さ
せる手筈を整えていた。

社内では時期尚早の声も上がったが、実績にものを言わす二人の勢
いに押し切られる形となった。

ところが肝心の明良が、レセプション当日寄り道したゲームセンターでケンカに巻き込まれ会
場の到着時間に遅れたのみならず、左頬に切り傷をつけてきた。

ケンカでつけた傷は接客に
おいて致命的だった。

準備万端マスコミまで招致しての周到さも、一瞬のうちに崩れてしまった。

それも当の本人明良
の無自覚さによって。

さすがの和也もこの時ばかりは冷静さを欠いた。

まさかここでやらかしてくれるとはと内心自分
の詰めの甘さを悔やむもつい感情が先走り、思わず明良の左頬を叩いてしまった。


レセプションそのものは明良を欠いても滞りなく、翌日のオープンに繋がる良い前夜祭となっ
た。

しかし表向きは成功と言えるものでも、社内ではあきらかな失態だった。

それまでの派手な和也たちの行動を苦々しく思う連中も多い。

強引に進めてきたものは、反動も大きかった。

当然発言権は効力を失い、動きも封じられる。

初のCMについても、失敗の直後だっただけに和也たちは手を出すことが出来なかった。


'soleil'(ソレイユ)の一件について会議の席上、社長はひとこと言葉を発しただけだった。


「ばかが二人」


この失敗により、翌年の年俸更改で和也と橋本は大幅なダウンとなった。







「来年都心に出来るパークビルuniversity 21≠フテナントが取れたらしいな」

橋本の上半身がぐっと和也の方に近づいた。

テナントとはパークビルの中にA&Kが出店することを言う。

「さっき営業部の園田(そのだ)から連絡があったよ」

和也の目がすっと細くなる。

橋本が立ち上がって、ひと固めに横に置いていた書類をバサバサ
ッとゴミ箱に捨てた。

「グランメゾン'Etoile'(エトワール)の始動開始だな。しっかり次期社長の尻を叩いておけよ。
ソレイユの二の舞はごめんだからな」

橋本はパンパンと書類を捨てた手をはたきながら言った。



いよいよA&Kカンパニーが都心に進出する。

パークビルuniversity 21 内、グランメゾン'Etoile'(エトワール) 。

そのグランドオープンに明良を後継者として立ち合わせる。

それはこれからのA&Kカンパニ
ーの基礎固めであり、また若き後継者としての宣伝効果を狙うものでもあった。

和也をはじめ橋本、営業部園田ら会社の中枢を担う若い彼らが再び動く。


「叩いて言うことを聞いているうちは楽だけど・・・。それは君が一番良く知っているじゃない
か」

和也の目が穏やかに戻りながら言った。

「・・・・・・・・まぁ・・・な。最近は少々尻を叩いても言うことを聞かなくなった。5歳でそれだから
な」

少し困ったように苦笑う橋本には、また和也とは違う子を語る親としての穏やかさがあった。







橋本が和也の執務室で話し込んでいる頃、秘書課では進藤が出張から帰って来ていた。

社長付きになると出張だけでなくどこへ行くにも付き従うので、ほとんど自分の席に着いている
ことはない。

帰社すればかかった経費の精算や報告書、次の予定の下調べやチケットの予約
など忙しい。

進藤も例外なく忙しそうにキーボードを叩いていた。

そして進藤を除く他四名も・・・正確に言うと不穏な空気を醸し出す者一名、触らぬ神に祟りなし二
名。

不穏な空気に呑まれそうな者一名と、それぞれに自分の席で仕事をしていた。


「長尾、もう仕方ないだろ。杉野君が気にしてるじゃないか」

不穏な空気を醸し出す長尾と、その空気に呑まれそうな遼二。

見かねた進藤が長尾を諫めた。

進藤は長尾と同期だった。社長付きも和也が明良に付くことになり二人に回って来た。

去年和也から長尾が引き継ぎ、今年は進藤というぐあいに一年交代となっている。


「君は気にしなくていいから、ほら前を向いて仕事してなさい」

切れ長の目に細い眉がすっと一文字に伸びている。

パーマっ気のないサラリとした黒髪を揺ら
しながら、進藤はニコッと遼二に笑顔を向けた。


「進藤さん・・・」


物腰優しくきちんとした態度で接してくれる進藤に、遼二はようやくひと息つく思いだった。

進藤
のいるここ数日はとても心強かった。今も自分ではなく長尾の方を注意してくれた。

遼二にとっては、進藤が社長付きで居ない事が多いのが残念に思うほどだった。


再び進藤が忙しく仕事を始め長尾の不穏な雰囲気が少し和らぎ、遼二も気を取り直したところ
で執務室のドアが開いた。

橋本が遼二を呼び寄せた。

「杉野君、これ処分してください」

「はい」

遼二が手渡されたのは、先ほど橋本が書類を捨てたゴミ箱だった。

書類は勿論のこと、メモにいたるまでそのほとんどはシュレッダーにかけてからゴミ箱に捨て
る。

処分というのはシュレッダーにかけろと言うことだ。


「だけど秋月さんもイヤミだよなぁ。何も杉野君に渡さなくてもな。
まっ、でも今に始まったことじ
ゃないけど」

まだ不機嫌そうな長尾に進藤が後ろの席から同期のよしみで慰める。

しかしやはりそこは他人
事、半分笑いを含んでいた。

「くそっ・・・ったく・・・」

長尾は頬杖を付きながら、やたらマウスをカチカチ鳴らしていた。

「長尾ってば・・・だめだろ、くそっとか乱暴な言葉使っちゃ。頬杖も行儀悪い。
気持ちはわかる
けど。ねっ、高田君?」

長尾とはうって変わって絶好調の進藤だった。

振られた高田にとっては、隣の席の長尾も後ろ
の進藤も先輩なのだ。

新人の頃はあっちを立てればこっちが立たずで「えっと、あの・・・」と、あせる姿をよく二人にからかわれたものだった。

しかしもう新人の頃のような、あせる姿はない。

秘書課の中でも随一の柔和な表情で、コクリと首を傾
げそつなく高田は答えた。

「そうですね、ここは秘書課ですから。でも進藤さんも他人事じゃないと思いますけど」

「そうそう、お前も他人事じゃない。杉野君のゴミ箱確認した方がいいんじゃないの、進藤。
って
言っても、もう遅いけど」

そう言う長尾も忠告の割には、PC(ノートパソコン)画面から目を離すこともなく全くの他人事だった。


「えっ?」

進藤の細い眉がくっと眉間に寄った。

ジャーッ・・・・ジャーッ・・・ジャッ。

シュレッダーの音が止まる。


「えっ?」

思わず遼二は手を止めた。



「おい・・・、うそだろ。さっき橋本さんに提出したばかりだぞ。ほんの1時間前!」

ガタン!と進藤が席から立ち上がり遼二の方へ向かった。

遼二は何が何だかわからない。

「杉野君、ちょっとそのゴミ箱見せてくれるかい?」

物腰優しくきちんとした態度の進藤なのだが、その細い眉が猛烈につり上がっていた。


「し、進藤さん・・・?」

何故か遼二の額からまた汗が流れる。


―・・・キケン?―


「はああぁぁぁっ〜・・・」

進藤は遼二の両肩に手をかけ頭を埋めるようにして長い溜息をついた。


「あの・・・どうかしたんですか。この捨てられてる書類ですか・・・?」

遼二が書類ですかと聞くそのほとんどは、すでに紙くずになっている。

「・・・君、なんで長尾が不機嫌なのかわかってる?」

長い溜息から頭を上げた進藤だったが、手は遼二の両肩にかけたままだった。

そればかりか
じわじわと力が入る。


「あ・・秋月さんから処分するようにと渡された書類が、長尾さんの提出した書類だったから・・・
です」

「そうだよ。これと同じように紙くずにされてね。
紙くずにされちゃったらまたいちからプリントア
ウトして、作成し直さなきゃいけないだろ?大変なんだよ」

杉野君!と、さらに進藤の手に力が入る。


―・・・キケン!―


「あの・・・もしかして・・・これって進藤さんの提出した書類・・・だけど橋本さんが!」

「わかってる、処分しろって言ったんだよね。でもね、書類の表紙に作成者の印鑑押してるだ
ろ?
作成者が居るんだよ、ここに!シュレッダーにかける前にひと言くらい聞きなさい」

言い含めるように注意する進藤だが、ほぼ八つ当たりに近い。


「まぁしかし、一度目は許す」

そう言われると、では次はどうなるのだろうと不安に思うのが常だ。

遼二も例に漏れない。つい聞いてしまった。

「に、二度目は・・・?」

細い眉をつり上げたまま進藤がニコッと微笑んだ。

「会議室だよ」


―・・・危険―――――!!―


『・・・そうだねぇ、まっ長尾さんがもう1人増えたぐらいに思っていればいいよ』


遼二はやっと今、高田の言う長尾が二人を理解した。


「行く?」

素早く遼二の両肩から手を離し、腕を取った。

優しい問いかけとは逆に、強引に腕を引く進藤
だった。


「・・・だっ、誰か・・・」


助けを求めようとした遼二だったが、冷静にならずとも長尾だけは無意識の内に避けている。


高田と吉川に助けを求めるべく視線を向けるが、完璧に触らぬ神に祟りなしを決め込まれていた。


もはやここまでと思われたその時、またしても執務室のドアが開き橋本が遼二を呼んだ。


「杉野君、ゴミ箱」

するっと進藤の手が遼二の腕から離れた。遼二は大きく胸を撫で下ろした。


進藤が本来の相手、橋本に詰め寄った。

「橋本さん、先ほど提出した報告書ですが・・・」

進藤の声はあきらかに怒気を含んでいた。

しかし、そんな程度で動じる橋本ではない。


「報告書?知らないな。小学生の作文みたいなものはあったけど。
学校なら五重丸くらい貰える出来
栄えでしたが、ここは会社なので処分しました。進藤君、報告書を提出したまえ」

詰め寄る進藤をちらっと見て言うだけ言うと、橋本は再び遼二に声をかけた。

「杉野君、早く。それからちょっと部屋に来なさい」

「・・・はいっ」

橋本の言動は推して知るべしだった。遼二は恐ろしくて進藤の顔を見れない。

2〜3枚残って
いた書類を手早くシュレッダーにかけて、遼二はゴミ箱を持って執務室に入った。

進藤も怒り心頭だったが、遼二もとばっちりでほとんど焦っていたのだ。

ダメ押しのように進藤
の目の前で残っている書類を紙くずにして、さらに怒りを煽ったなど本人はこれっぽっちも気付いていなかった。







「僕は営業部に入りたかったんですよ。なのにあんな地味な秘書課に配属されて。
ちまちまと
事務仕事なんか・・・先輩、聞いてます?」

「・・・長尾、どこに座ってるんだ!デスクの上に乗るな!」

「他の会社だって内定取れていたのに、先輩がしつこくA&Kの営業部に誘うから・・・」

「秋月に言えっていってるだろ!営業部に決まりかけていたのを進藤までかっさらって行きやがって!
・・・進藤!勝手にデスクのものを動かすな!!」


長尾から先輩と呼ばれる男、A&Kカンパニー 営業部 園田。

和也、橋本と同期入社で、長尾とは同じ大学の先輩にあたる。

営業部はA&Kカンパニーを代表する花形部署である。

各企業に対する細かいケアと大胆な得意先開拓でA&K急成長の先鋒を担って来た。



営業部の日中は静かなものだった。

園田の席に座っていて仕事が出来るか!≠フ号令のもと、部屋に残っているのは電話当番の女子5〜6名と男子は2名だけだった。



「今日は君たちが電話当番?」

進藤が切れ長の目をおもいっきり細めて、こぼれるような笑顔を女子社員たちに向けた。

女子社員たちは歓声を上げて、すぐさま進藤を取り囲んだ。

電話はひっきりなしに鳴っている。

電話当番の女子は進藤の相手に忙しそうで、残っている2名の
男子が電話の応対に忙しそうだった。


「皆さんお茶にしましょうか。そうね、進藤さんもいらっしゃることだし。
自販機はやめて、来客用の
ティーカップにしましょう。長尾さんもご一緒するかしら?」

女子社員の中で一番年長の女性が、勝手にお茶の時間を決めている。

「営業部はいいなぁ、やっぱり気配りは女性だよね。・・・デスクの上が乱雑だな」

お茶をこぼしたら大変とばかりに、進藤はデスク上のものを両サイドに払いのけた。

そのまま
ザザザァ〜ッとおしやっただけなのでよけいぐちゃぐちゃになったが、乱雑を気にする割にはそれには無頓着だった。



園田は今、一番大事なホテル森之宮との商談成立を抱えていた。

互いに挨拶を交わし始まったところだった。園田はとても忙しい。

園田がパークビルuniversity 21≠フテナントを取り付けたのは、もうすでに過去の実績なのだ。


「長尾!進藤!さっさと自分の課へ帰れ!いつもいつも!自分のところのゴタゴタを・・・」

「園田さん!電話です!!」

電話当番ではない男子が電話を取り次ぐ。

「はいっ、園田でございます!」


「先輩もなんだが忙しそうですね・・・。わかりました、帰ります。
カッカしていても仕方がないし、
ちょっと頭冷やしてから・・・」

長尾は座っていたデスクから降りると窓の方へ向かって行った。


ガコンッ!!ビュゥゥゥゥ―――――――――ッッ!!


「うわぁぁぁっ!!契約書がぁー!!」

残って仕事をしていたもう一人の男子社員が大声を上げた。


窓は転落防止の為15cm程度しか開かない。

それでも五十階の高さで15cmの隙間が出来る
と、強風が吹き込んでデスク上の書類を吹き飛ばした。



「・・・・・はい、左様でございます。・・・では、明日の・・・・・少々お待ち下さい 〜♪♪
やかまし
い!!窓を閉めろ!!ティーカップを片付けろ!! 〜♪♪ お待たせ致しました。
はい、明
日の午後2時・・・はい、承知致しました!」



A&Kカンパニー 営業部 園田。

忙しすぎる男だった。







*コメント

教育9〜10話のレセプションのA&K側です。教育側からしたら明良の失態ですが、A&K側か
らすれば和也・橋本の失態です。

明良にも自覚はありませんでしたが、彼らにも自覚がなかっ
たのです。

勢いのある時はとかくテングになりやすいものです。彼らも例外ではありませんでし
た。

それを社長は「ばかが二人」と言ったのです。



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