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秘書課秘書室。


一時間三十分の昼休憩を終えた午後、遼二は配属後初めてと言って良いほどのんびりとデス
クに座っていた。


橋本は和也の執務室に入ったままだった。中には明良もいる。

長尾と高田は社用で外出、社長付き進藤は当然社長が動けば席にいないし、吉川は遼二と時
間差で昼休憩に行っている。

まだ決められた仕事を持たされていない遼二は、今のところ電話と来客のみに気を配ってい
ればよかった。

受付には常時立つ必要はない。

本来ちゃんとカウンターに呼び出しベルがある。

秘書課受付は会社の総合受付と違い、いわゆるデモンストレーションの意味合いを兼ねてい
る。

会社の総合受付が広く清潔感のある雰囲気なら、秘書課の受付は重厚VIP仕様の雰囲気を
かもし出している。

そこが会社の象徴であり、社長の存在をアピールしているに他ならない。



「アドレス、メール、スケジュール、メモ、電卓、辞書etc・・・便利だけど、これってPCがあって初
めて便利な代物なんだよなぁ・・・」

遼二は配属初日に橋本から渡されたコンパクトモバイルを見ながら溜息をついた。


―不足ですか?使いこなせたら君も専用PCになります。

使い方を言っているのではないですよ。仕事で使いこなせたらと言っているのです―


PCと併用なら便利だが、単独だとどうしても機能的に不足を感じる。

隣の吉川の席を見れば、きちんとノートパソコンが置いてある。

吉川に限らず皆仕事で使いこなせたからこそ、専用のPCが与えられているのだ。



「まぁ・・とりあえず初期化して・・・」

いずれにしろ使いこなすことが必須なのだ。

遼二はモバイルに自分のパスワードを入力した。

これでこのモバイルは遼二専用となる。

役不足と思っても、元来PC類の好きな遼二である。

いろいろ設定をさわっているうちに、けっこ
う充実した機能にはまってしまった。


「何?君、まだ立ち上げてもいなかったの」

横からの声に驚いて顔を上げると、吉川が覗き込んでいた。


「あっ!すみません、お帰りなさい」

「・・・相変わらずだよね。僕だからいいけど、長尾さんや進藤さんだったらただじゃ済まない
よ」

吉川にあきれた顔をされながらも、遼二も見られたのが吉川で良かったと自分の迂闊さにぞっ
とした。


「もうほぼ設定も出来て・・・これで使用可能です。何だかずっとバタバタして、なかなかモバイ
ルまで手が・・・
あぁ・・えっとこれって・・聞き苦しい?・・・ですよね。あははっ」

ぞっとした後はほっとする。

吉川と二人だけということも、遼二の気を緩ませたのかも知れな
い。

秘書課三大ご法度も半分冗談交じりに、遼二は笑い飛ばず余裕さえ見せた。


「君のモバイルのことなんか知るか」


冷ややかな吉川の声。

遼二の余裕など、ひと言で消し飛んでしまった。

「吉川さん・・・」

「何のためにひとり部屋に残ってるのさ。僕が入って来ても気が付かないんじゃ、お客様が来
たって気が付かないだろ」

もっともだった。

「仮に呼び出しベルで気が付いても、慌てて飛んで行くのがおちだ」

ますますそのとおりで、反論の余地はない。

「君は仕事に夢中になっていたんじゃなくて、モバイルに夢中になっていただけだ。
ただじゃ済
まないって言うのは、長尾さんも進藤さんもそこは見逃さないってことさ」


吉川と遼二は一年しか違わない。

違わないが自分中心で物事を考えていた遼二と、秘書課全体の動きで物事を推し量る吉川と
ではその差は歴然だった。


社会人一年の差は大きい。


「すみませんでした」

遼二はまだ吉川で良かったと思ったことを後悔した。

と言うより、一年しか違わないということで
吉川を甘く見ていた自分の軽率さを恥じた。


ひと言の言い訳もなく素直に謝る遼二に、珍しく吉川が戸惑った。

吉川の認識では、いつもなら概ねここで遼二が反論してくるはずなのだ。

「・・・ふんっ、僕はいいけどさ。・・・せめて注意されたことぐらい、わかるようになれよ」

ツンと遼二から顔を逸らした吉川だったが、 なぜか少し照れたように顔が赤い。

吉川自身はじめて先輩としての立場を感じたのかも知れない。


―これから先輩は大変だよ、吉川君―


いつだったか長尾から言われた言葉を、なんとなく吉川は思い出した。





「ただいまぁ〜。今日は暑いよねぇ。日焼けしそうだよ」

外出先から帰って来た高田が、自分のデスクに鞄を置くなり化粧室へ入って行った。

秘書課に女性社員はいないが、雰囲気だけは近いものがあった。


「お帰りなさい。何か冷たいものでも飲みますか?」

化粧室から戻って来た高田に、遼二は声を掛けた。

「ん〜・・・いらない。今飲むとまた汗が出るから。だけど、気が利くようになったよね、杉野君。
ありがとう」

高田から褒められて、遼二は改めて吉川の方を見た。

吉川は見向きもしない。

しかしそんな吉川に、遼二は笑みが零れるのだった。


「ところで橋本さんは?」

「秋月さんの執務室に。明良君も来ています」

高田は鞄から書類袋を出して、橋本のデスクの未処理と記されたキャビネットに仕舞った。


秘書課の業務は実に簡潔に出来ている。

決済を仰ぐもの、受け渡しの書類等、全て橋本の未処理のキャビネットに入れて置くだけで良
い。

そして橋本が選別したものを和也とさらに検討し、それが秘書課の仕事として成立して行
く。

高田や吉川はまだ橋本の決済を仰ぐような仕事はしていない。

高田の提出した書類は、橋本
からの指示で貰い受けに行って来たものだった。

長尾・進藤クラスで報告書等、決済を仰ぐ仕事になる。

この辺りになると仕事も壮絶となる。

提出した書類を突き返されるならまだしも、あっと言う間にシュレッダー行きなど日常茶飯事の
ことなのだ。

理不尽などという言葉は、仕事においては和也・橋本には論外だった。



「明良君も来てるの」

ぱぁぁっと高田に笑顔が広がる。

遼二はこの笑顔をもう散々見ているので、高田が何を思って
いるのかは一目瞭然だった。

「・・・高田さん」

明良のことを思えば、苦笑するしかない。

「明良君も惜しいよねぇ。せっかく会議室の椅子蹴り倒しではお仕置き免れたのに」

高田がちっとも惜しくない表情で、いつものようにコクッと首を傾げた。







両肘を置いてグルングルン右に左グルングルン、ここでも明良は椅子に座りながら、社長室の
椅子と同じように回転させていた。

ただ昨日はつまらなさそうな明良だったが、今日は膨れっ面
だった。


和也執務室。デスクに明良。ソファには向き合う形で和也と橋本がいた。


「明良君、こちらに来なさい。君に橋本さんは聞いているんだよ」

どうやら橋本と明良の話らしい。

明良の聞こうとしない態度に、和也が注意した。


「・・・オレがやったって証拠があんのかよ」

明良は膨れっ面のまま、椅子から動こうとしない。


「くっきり運動靴の跡がついてましたよ。それもよほど腹が立っていたんでしょうね。ガンガン蹴
った跡が」

ゆっくりした口調でニコニコしながら話す橋本は、どこから見ても温厚そのものだった。


「スニーカー履いてんの、オレだけじゃねぇもん」

「靴底見たらわかります。くっきり形が付いていましたから」

明良は、さすがにこれにはギクッとした。

何せわざわざ靴底を汚しにビルの中庭に出て、泥を
こすり付けて来たのだ。


「靴底なんて、みんな同じじゃんか!」

ギクッとしながらも、ここまで来たら引き下がることは出来ない。徹底的に突っぱねる。


「メーカーによって違います。あの靴底はNIKUでした」

白地に紺の模様をあしらい赤のNIKUマークの入ったスニーカーは、明良の黒の学生ズボン
にとてもよく映えていた。


「・・・・・・NIKUなんて誰だって履いてるだろ。オレんだって証拠写真見せろよ」

だんだん赤らんで汗ばんでいく顔の変化に、明良本人だけが気付いていなかった。

ついに証拠写真とまで言い出した。


「証拠写真はありませんが、証拠番号はありますよ」

「・・・・・・証拠番号!?」

最後の切り札のつもりが、カードで言えば返されて、自分への切り札となってしまった。


「君のそのスニーカー、NIKUのワールドカップ記念限定品なんだよ」

和也が証拠番号の意味を説明する。

「・・・・・・それが証拠番号と、どう関係してんだよ」

だんだん明良の声にハリがなくなって行く。

明良はすでに次のことで頭がいっぱいになってい
た。


「靴底を見てごらん。製造番号が振ってあるでしょう」

「番号まで私に言わせますか?」







昨日、地下駐車場で橋本が高田と遼二を連れ、明良を見送った後のこと。

秘書室に帰ろうとエレベーターに向かう橋本を、遼二が呼び止めた。

「橋本さん・・・あれ・・・」

橋本が振り返ると、遼二がシーマを指差していた。


「・・・あ〜ぁ、やられたな」

車体の側面、運転席側のドア一面に蹴られた足跡が、はっきりくっきりついていた。

車体の色が紺のせいもあって、より鮮明に跡が残っていた。


「よっぽど腹が立ってたんでしょうねぇ。だってこれ泥ですよ」

真剣な顔で橋本を見る遼二とは違って、高田は半分笑いを噛み殺している。

「あの・・・これってやっぱり明良君が・・・」

やっと会議室の一件が落ち着いたばかりなのにと思うと、遼二は心配で仕方がない。

「そうに決まってるでしょう。橋本さんに自分だと思わせなきゃ意味がないじゃない」

ねぇ橋本さんと、高田は相変わらず嬉しそうだ。

「靴跡だけじゃ、明良君がやったっていう証拠にはならないからね。
まぁ、今回はここに証拠が
あるけど」

車体に番号つきの靴跡が付いていた。これで限定品ということがわかる。



明良の失敗はその靴にあった。

スポーツメーカーの一流ブランドNIKUの記念限定品を意識せずに履いているところなど、や
はり金持ちの坊ちゃんといえる。

社長である父が、プレイジングワールドを通じて明良のために購入したものだった。

そのやりとりを秘書課の人間が知らないはずがなかった。

当の本人は「サンキュ」のひと言で終わっている。







「ちょっとした悪戯じゃん。ごめんなさい、橋本さん」

明良は観念したのか椅子から降りて、二人の座るソファの前で橋本にペコリと頭を下げた。

ニッコリと、思わず怒る気がそがれる様な明良の笑顔だった。

シラを切り通すことが不可能とわかった時点で、今度は懐柔に出た。


「その通りですね。私が聞いた時に正直に言っていれば、ちょっとした悪戯で済んだんです
よ」

橋本もニコニコと温厚な態度を崩さない。

しかしよくよく聞けば、もう悪戯では済まないですよと
明良に言っている。


「君のしたことは悪戯なんかじゃなくて、腹いせでしょう。たちが悪い。
そういう姿は君自身に出
るんだよ。今の態度がそうでしょう。反省しなさい」

和也がソファから立ち上がって、明良の腕をとった。


「・・・そっちだって汚ねぇじゃん!!知ってたくせに、追い詰めるような真似すんな!」

謝って損したとばかりに、明良は和也の手を振り払った。

「違うでしょう。君がウソにウソを重ねるからでしょう」

和也はしいてもう一度、明良の腕を取ろうとはしなかった。

その代わり和也のその言葉は、明
良に次の言葉を出させなかった。


「昨日はちゃんと反省することが出来たのに。
今日はこんなくだらない事に意地を張るなんて勿
体無いと思いませんか、明良君」

橋本はソファに座ったままだった。橋本の表情からは、ついさきほどまでの温厚さはとれてい
る。

橋本もまた、厳しく明良を問い質すのだった。







―私はこのまま帰ってもいいけど、君はそれでいいの?―


明良も自分がしたことの程度くらいはわかっている。

会議室の椅子を蹴り倒したのは、やり過ぎたと思う。

もちろん言いたいことは山ほどあるが、そ
れを差し引いたとしても。



和也を駐車場に待たして、明良は再び会社に戻った。

全力疾走で秘書室に駆け込むと、橋本がデスクから明良を見ていた。

今までなら「走ってはいけません」と注意されるところだが、橋本は黙ったままだった。

明良は呼吸を整えながら橋本の前へ進んだ。

席に座る橋本の真正面に立つ。

橋本は座ったままで、明良は立ったままだ。


橋本は明良を見ているだけで、声を掛けることはしなかった。

「・・・橋本さん、オレ謝りに来た。・・・すみませんでした」

明良が起立の状態から深々と頭を下げた。


「頭を下げるくらいならサルでもしますけどね」


―やり過ぎたと思う。もちろん言いたいことは山ほどあるが、それを差し引いたとしても―

そう思って、引き返して来た明良なのだ。

ここが我慢のしどころだ。橋本のそんな挑発に乗ってはいけない。


「オレ、ちゃんと見学出来なかった。みんなの会議の邪魔をした。
・・・椅子まで蹴り倒して全部に迷惑をかけた・・・かけました」

明良は、自分・秘書課・会社のそれぞれに対して、頭を下げる理由を述べた。

サルとは違うところを、橋本に証明しなければいけない。

「その中で、何が一番いけなかったかわかりますか」

橋本はまだ明良を認めない。


「・・・・・会議の邪魔をしたこと。口を挟んだ」

少し間があったものの、橋本の問いにしっかりと明良は答えた。


何が一番いけなかったのか、それがわかっていることが大事なのだ。

わかっていること≠キなわち反省出来ていることであり、同じ轍は踏まない(同じ失敗はしない)ことに繋がる。


「次からは気をつけなさい」

橋本の言葉に明良の顔が綻んだ。



橋本がすっと立ち上がった。

秘書室を出る明良の後ろへ橋本が付いた。

高田と吉川が部屋にいたが、高田が立ち上がって橋本に続いた。

秘書室を出て受付のところで遼二がさらに続いたが、明良が後ろを振り向くことはなかった。

三人を従え真直ぐ前を向き、和也を待たせている駐車場に再び戻った。







―昨日はちゃんと反省することが出来たのに。
今日はこんなくだらない事に意地を張るなんて
勿体無いと思いませんか、明良君―


「思わねぇよ!!んべぇ―――っ!!」

明良は和也と橋本に向かって、おもいっきり舌を出した。


思うもんか!

昨日だってその実は頭を下げながら、心の中は悪態三昧だったのだ。


―・・・やっぱりムカつく!!クソオヤジ!!もっと蹴飛ばして車体ボコボコにしてやりゃ良かっ
たな!―


反省なんか誰がするか!!

そう簡単に人の心は改心出来るものではない。


時々明良は息が詰まりそうになる。

和也も橋本も正論でくる。明良から見ると彼らはいつも正し
い。

言葉を返せば、傍にいてくれるだけで安心出来る。

しかし、わかってはいるがその正しさが時にたまらなく息苦しいのだ。



たまにはハメを外したっていいじゃん!!


バターンッ!!


和也、橋本が「あっ」と思う間に、明良は執務室から走って出て行き、そのままの勢いで橋本の
デスクに飛び乗った。


ダンッ!!ダンッ!!ダンッ!!


「オレの証拠番号!つけといてやるよ!」


橋本のデスクの上をスニーカーで歩き回る。それも大きく足を上げて。


高田、吉川、遼二の面々もさすがにこれには驚いた。


「こらっ、明良君。降りなさい!」

高田が注意しながら明良に駆け寄った。


トンッ!橋本のデスクから飛び降りた明良は、ダンッ!!また別のデスクに飛び乗った。


高田のデスクだった。

高田より明良の方がずっとすばしっこい。


「高田さん、オレの決済やる!!」


ダンッ!!グシャッ!!


「ちょっと・・・!ぎゃぁぁぁっ!!やめて―――!!」

高田の悲鳴が響き渡った。


「何?騒々しいな」

「長尾さん!あの・・・明良君が暴れて!」

遼二は長尾が帰って来たことにホッとした。勝手だが、こういう時は頼りになる。


「ああぁ・・、進藤さんからプリントアウト頼まれてた書類なのに!」

またしても進藤絡みで焦る高田であった。

書類は明良に踏まれてグシャグシャになってしまっ
た。

「そんなところに出しっ放しにしているからですよ。ファイルケースに入れておけば・・・」

ここでも冷ややかな吉川の声。

「わかってるよ!そんなことよりもう一度プリントアウトし直して・・・進藤さんが帰って来るまで
に・・・よっ・・吉川君!何してんの!!」

「次の会議の資料を100枚プリントアウト中です」

「こ・・こんな時に!!!」

高田も明良以上に騒々しかった。


長尾は暴れる明良と開け放たれた執務室から明良を見ている二人で、おおよそ検討が付い
た。

「ダメじゃないか、明良君。秋月さんの部屋に行きなさい」

高田のデスクからポンと飛び降りた明良は、長尾を見てにやりと笑った。

「・・・長尾さん、髪の毛変だ。すっげ短い。全然似合ってないぜ」


今の長尾に髪の毛の話は禁句だった。

切りたくない髪の毛を、社長のひと言で切らなくてはならなくなった。そこが宮仕えのサラリーマ
ンの辛いところなのだ。

しかもその息子に、さらに憎たらしい口を叩かれたのではたまらない。


「それはどうも、明良君。大人にそう言う憎まれ口を叩くような悪い子は、うちの会社ではお仕
置きされるんだよ」

長尾もにやりと笑って、横をすり抜けようとする明良を強引に引き寄せ小脇に抱えた。


「離せーっ!ちくしょぉぉぉ!!親父に言いつけてやる!みんな丸坊主だぁ!!」

185cmの長尾に158cmの明良。

身長差もさることながら、吉川や遼二でさえ長尾の力には
敵わない。明良が太刀打ち出来る筈はなかった。


「社長はただ今会議に出席中です」

「し・・進藤さん!!」

明良を飛び越えて声がした。高田の、ほとんど悲鳴に近い声だった。

「何ごと?部屋の外まで聞こえてるよ」

「カッパ!進藤さん、その髪の毛カッパみたいだな!」

長尾、明良の動きを封じても口までは封じ切れなかった。


進藤も心境は長尾と同じだったが、そこはやはり大人だった。

いちいち子供の挑発になど引っ
かかることはない。

「それはどうも、明良君。でも残念ながら、受けたのは一人だけですね。・・・高田君?」


よれよれの書類で口元を隠していた高田だが、はっきり目が笑っていた。

目ざとい進藤がそれ
を見逃すはずはなかった。

「で、プリントアウト出来てる?出来てるよね。ねっ?ねっ?ねっ?」

進藤の細い眉が猛烈につり上がっている。挑発には引っかからないが腹は立つらしい。

「出来てたんですけど!明良君が・・・」

高田、カッパで思わず笑ってしまったのが命取りになってしまった。

「過去の話なんて聞いてないよ」

完全に進藤の八つ当たりの対象にされてしまった。

明良印決済の書類を手に、高田、絶体絶命―。







一方で長尾に連れ戻された明良も、和也、橋本の前で絶体絶命だった。


「また派手にやりましたね、明良君。・・・しかしこんな事は、すればした分だけつけは自分に返
って来るんですよ」

橋本は別段叱る口調でもなく、むしろ息子を見るような眼差しで明良に言うのだった。


「どうせ叩かれるんなら、同じだろ。あーっ、清々した!スカしてんじゃねぇや!」

明良は完全に開き直っている。


「そう。どうせ叩かれるのなら、君にとっては10回も100回も同じなんだね」

橋本とは正反対の厳しい和也の眼差しだった。和也は明良の甘えを許さなかった。


明良百叩き決定。







「高田さん、出来てますよ。割り込み使えば済むことでしょう。
何のために機能が付いていると
思ってるんです?」

吉川がプリンターから書類を高田に手渡した。ついでにくどくど文句も忘れない。

「吉川君・・・ありがとうっっ!これ!進藤さん!!出来てます!!」

目の前にまで詰め寄られた進藤の、目の前に高田は書類を突き付けた。

「・・・・・・ふ〜ん、出来てるんじゃない。それじゃ、汚れないように持っといて。明日貰うから」



秘書課騒動の中、遼二は珍しく巻き込まれずに済んでいた。

それでも見ているだけで冷や汗が出る。

秘書課それぞれのメンバーに与えられた仕事の責任と後継者教育の責務。

まだまだ遼二の出る幕はない。

しかしその中にいて、遼二は秘書課の一員であることの自覚を感じ始めるのだった。







「手、邪魔」

ベシッ!!

「痛だっ!」

庇う手を和也から払われる。


バシッ!バシッ!ビシャーン!

「痛あぁぁっ!!」


「ほら、手、邪魔でしょう」

バチンッ!


痛さのあまりつい尻を庇おうとする手を、ことごとく和也に払いのけられる。

むしろ手が動かないように、背中にでも押さえつけられた方がまだマシかも知れない。

執務室のデスクに手をつく体勢から始まった明良のお仕置きだったが、もう体勢も何もあった
ものではなかった。

上半身が完全にデスクに落ちてしまって、ほとんど乗り上げている状態だった。


尻も痛いが庇う度に叩かれる手も痛かった。

持って行きようのない手の痛さでもがき倒しているうちに、手が電話のインタフォン機能
に触れてしまった。

直に肌を打つ甲高い音と叫び声が、執務室から秘書室にアナウンスで流れた。


ビシャーン!パチーン!

「ひっ・・痛ぃぃぃ――――っ!!人殺し―――――!!」





A&Kカンパニー社風、尻叩き。

自分のしたことのつけは自分の尻で払う。社長の息子でも例外はない。







※ コメント

NIKUの製造番号付き限定品については、他の商品の製造番号付き限定品の応用です。


良い悪いは別にして子供のパワーは大人の正論でも抑え切れません。明良の鬱憤が爆発しま
した。

明良対橋本が、明良対秘書課にまで発展してしまいました。



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