遼二は受付に立っていた。

あの後、つまり橋本に両頬を引っ張られた後のことである。


―何があってもスマイルです―


確かに橋本をはじめとして全員笑顔だった。

それもニヤニヤとかニタニタとかそういった類の笑みではない。

営業用スマイルなのだろうけ
れど、あくまで彼らの表情は自然だった。


ホストクラブじゃあるまいし、そんな器用に笑えるわけない・・・・・・・そこまで思って遼二はふと
気がついた。

そういえば女子がいない。紹介された先輩たちはみんな男子だった。

進藤さん・・・社長付で今その社長と一緒に出張中と言っていたが、まず99%男子だろうと遼
二は思った。



「杉野君?君何してるの?」

誰も来ない受付で暇に任せてぼんやりそんなことを考えていた遼二は、突然後ろからの呼び
かけにまたしても声を上げてしまった。


「ひゃぁっ!・・びっ、びっくりした・・・えっと・・・高田さん」


「君さぁ、いちいち驚くってことはよっぽど隙だらけなんだねぇ・・・」


「隙だらけって・・・後ろに目がついてるわけじゃないんだから、誰だっていきなり声かけられた
ら驚くじゃないですか」


高田は長い睫毛をぱちくりとしながら遼二を見た。

遼二は言い過ぎたと思いつつも、引くに退けなかった。

朝からさんざんばかにされたあげく誰も来ない受付に立たされていれば、多少なりともぶっきら
ぼうにもなると言うものだ。


「だからさぁ、何してるのって聞いてるんだけどぉ」

「見りゃわかるでしょ、仕事です!」

言い過ぎたと思っていたのに、どうやら相手には通じていないらしい。

それがまた遼二の神経を刺激した。

高田は不貞腐れたように横を向いた遼二の正面に廻り、カウンター越しに両肘を付きながら言
った。


「杉野君さぁ、それって仕事って言わないよ。ただぼんやり立ってただけでしょ」

「誰も来ない受付ですることっていたったら、立ってるだけしかないじゃないですか」

遼二はいくら仕事とは言え、無駄に1時間以上立たされていることが腹立たしくてしょうがな
かった。

高田は不貞腐れる遼二を叱るわけでもなく、むしろ遼二の言い分に同調しつつ言った。

「だよねぇ・・・。でも受付は立っていることが仕事じゃないでしょ。来客に備えるのが仕事でしょ
う」

「・・・・・・・・」

遼二は言葉が出なかった。


―来客に備える―


誰も来ないのではなく、来る時のために備えるのが受付の仕事だと高田は言っているのだ。

「今の杉野君の仕事じゃ、正面からお客様が来ても気がつかないよ」

でしょ?と高田が両肘をつけたまま首を傾げた。

「・・・はい」

高田に指摘されたことで、遼二はそれまでの不満が見当違いだったことを思い知らされた。

自分の非を認めて俯く遼二に、高田は笑いながら言った。


「だってねぇ杉野君、君ってば、まるでコーナータイムみたいに突っ立ってたよぉ。お仕置きもさ
れてないのに」


今度は遼二が高田の言動に大きく首を傾げた。


コーナータイム?オシオキ?・・・ナニヲイッテイルノデスカ??





自分の席に戻った遼二はへたり込むように椅子に座った。

動いていれば別だが、同じ位置に
一時間以上立ちっ放しだったので足の先がジンジン痺れていた。

しかも慣れない革靴がよけ
い足の指を締め付けた。


「あららっ、たったの1時間なのにかなり堪えたみたいだね。高田さんの言う通りだったね」

隣の席の吉川が遼二に声を掛けた。

「あっ、・・・すみません。あの、高田さんの言う通りって・・・」

遼二は椅子にへたり込むように座っていた姿勢をあわてて正した。


「1時間が限界だろうって。だから交代に行ってくれたでしょう」


何だかんだ言いながらも、みんなけっこう気にしてくれているのだと思うと、遼二は足の痛いの
も少しは報われるような気がした。

何だか嬉しくなって思わず照れ笑いを浮かべた。

吉川も遼二の照れ笑いに答えるように笑顔でさりげなく言った。

「心配しなくてもいいよ。いやでもすぐ慣れるから」

思いっきり心配になった遼二だった。

いやでも、は無理やりとも聞こえる。

ここの連中はスマイルなどと言って両頬を引っ張るのだ、
何をされるのかわかったものじゃない。

しかもひっかかる言葉がある。

朝からちょいちょい耳にするオシオキとかコーナータイムとか、意味がわからないなが
らもその言葉に不穏さを感じるのだった。



「杉野君これ」

不穏さの元凶ともいえる橋本がコンパクトモバイルを遼二に手渡した。

見れば他のみんなは専用PC(ノートパソコン)で、もくもくと仕事をしている。

「モバイルですか?」

「不足ですか?使いこなせたら君も専用PCになります」

遼二はPCは得意分野だった。ましてや遼二にとって玩具のようなモバイルは大いに役不足だ
った。

そんな遼二を見透かしたように橋本は言った。

「使い方を言っているのではないですよ。仕事で使いこなせたらと言っているのです」







遼二はデスクの上に置いたモバイルを見ながら、ため息が出そうになった。

こんなモバイルでは書類ひとつ作成出来ない。使いこなすどころか、機能的に不足していると
遼二は言いたかったのだ。

隣の吉川と目が合った。吉川がまたしても笑顔でさりげなく言った。


「何?心配しなくていいよ。当面君の仕事はモバイルで充分事足りるから」


・・・思いっきり心配する遼二だった。思わず吉川の席に詰め寄って聞いた。

「どう言うことですか?PCがなくちゃ、書類ひとつ作れないですよ。
モバイルで充分って、それじ
ゃ俺の仕事は受付だけってことですか!」

「そんなわけないだろ。他にもいろいろあるよ」

まあまあと吉川が苦笑いをしながら遼二の肩を叩いた。

「他って!?」

吉川の手を振り払いながら、何があるんだと言わんばかりの遼二の勢いだった。

「だから、来客のお茶出しとか」

「お茶出し・・・?」

「他の部署への書類のお届けとか」

「お届け・・・?」

「子守とか」

ここで遼二はキレた。

「何なんですか!そんなのはみんな女子の仕事じゃないですか!」

それでも最後の子守がどう仕事と関係しているのか全く不可解だったが、もうそんなことはどう
でもよかった。


吉川はあくまで大真面目だった。

「君こそ何言ってるの。男女雇用機会均等法だよ。仕事に男も女もないでしょ」

確かにそうなのだが、遼二はまさかと思っていたことを吉川に聞いた。

「ひょっとして秘書課に女子は居ないんですか?」

あっさりと吉川が答えた。

「居ないよ」



「ほらほら、自分の席に着く」

後ろから長尾が遼二を羽交い絞めにして、そのままズルズルと引きずるように席に着かせ
た。

「な・・えぇと・・長尾さん?ですよね!秘書課に女子が居ないって・・・」

「何?人の名前疑問系で呼ぶの、君。ちゃんと自己紹介したでしょう」

「あぁ・・長尾さん・・・」

遼二は長尾に席に連れ戻されて、ようやく仕事中であることを思い出した。

「遅いよ。騒ぐし怒鳴るし名前はうろ覚えだし・・・お仕置きだね」

長尾が羽交い絞めにしたまま、遼二の耳元で囁くように言った。

長尾のセンター分けの前髪が遼二の首筋にふわりとかかる。

一瞬勘違いしそうになるような耳元をくすぐる囁き。

しかしその内容はどこまでも物騒だった。

「・・・オ・・オシオキって?・・・。」

「お仕置きはお仕置きだよ。このまま会議室まで引っ張って行こうか」

遼二の両脇に通された長尾の腕が、ぐっと引き上がるように力が入った。







*コメント

長尾の羽交い絞め。これより長尾×遼二の長い小競り合いが続きます。

その結果遼二は長尾
がトラウマに・・・天敵?



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