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A&Kカンパニー急成長の最先端を担う営業部、No.1 園田、27歳。
普段は社外を歩き回っているが、月に何度かはデスクに座って書類整理をする。
取引先の会社の変動や顧客の推移、また営業部全体の動きなど。
トップとして常にきめ細かにデーターとして把握しておかなければならない。
会社の外にいても内にいても園田は忙しかった。
「間違えた?右側の書類袋だと言っただろ。わかるか?右側。箸を持つ方だ!」
「お箸?美花は左手で持ちますぅ」
遼二は美花の間違えた書類を引き取りに、営業部に来ていた。
営業部では、数名の居残り社員の中に今日は真紀がいた。
「遼ちゃん!美花先輩と一緒に・・・・・・何かあった?」
真紀は遼二の傍へ駆け寄って、小声で尋ねた。
新入社員の真紀でさえ、長尾たちと同じ反応を示した。
もはや美花については周知の事実のようだった。
「あぁ、ちょっとね、書類袋を間違えたらしくて・・・。真紀は、電話当番?」
「そうよ、でも遼ちゃんと営業部(ここ)で会うのは初めてね。
前の時は忘れ物取りに帰って、すれ違ったようなものだったもの」
遼二と違って仕事中でもあまり頓着はしない、真紀は嬉しそうな笑顔を見せた。
遼二と真紀がそんなことを話している間に、美花は書類袋を交換に園田の席へ行っていた。
書類袋を間違えたと言う美花に、園田はまさか届け物すら出来ないとは信じられない思いだった。
園田からすれば届け物など仕事の内にすら入らない。
あげくの果てに、厭味混じりに注意しても通じないどころか理解する観点がズレまくっている。
―お箸?美花は左手で持ちますぅ―
営業部の入り口付近で美花からの書類を待っていた遼二は、突如として物凄い形相に変わった園田にぎょっ!!とした。
二人の会話は聞こえなかったが、その表情でおおよそ見当が付く。
「そっ・・園田さん!秘書課杉野です!!書類をいただきに来ました!!」
遼二はここでも冷や汗が止まらなかった。
「遼ちゃん、そんな慌てなくても大丈夫・・・って言っても、無理よね。
うちのところじゃ、普通なんだけど・・・」
真紀は美花よりも、園田に突進して行く遼二に軽いため息をついた。
「ああ、君か・・・」
遼二が駆け付けて来て、浮き上がりかけた園田の腰が椅子に落ちた。
園田は遼二を覚えていた。
一度でも会ったことのある人物の顔と名前は覚えておく、営業の基本。
とはいえ、園田が社内の新入社員まで覚えるのはあまりも無駄であり、必要性もない。
遼二が園田に覚えてもらえていたのは、明良が一緒にいたからだ。
園田には、遼二は書類を届けに来た新入社員ではなく、明良の新しいブレーンとう認識で記憶されていた。
まだ遼二にそんな自覚の1%も芽生えていないうちから、園田の記憶は素早く遼二をインプットする。
営業は膨大な人物との折衝なのだ。
求められるものは先見と即断の判断。園田はそれが実に素晴らしかった。
美花はもはや書類交換どころではなかった。
―私はまた何か、園田さんを怒らすようなことを言ってしまったのかしら・・・―
いくら美花でも形相の変わった園田を目の当たりにすれば、そのくらいのことはわかる。
しかも'また'と思っているということは、過去に何度も同じことがあったのだろう。
美花は損ねた園田の機嫌を直そうと、必死で取り繕う話題を考えた。
「えっとぉ・・・」
頭の中で考える言語は普通の口調なのに、声に出すと超おっとりの口調になってしまう。
もちろん園田と遼二には、そんな美花の必死さは伝わらない。
むしろあまりにもゆっくりの間合いは何を考えているのか恐ろし過ぎて、それを考えるのすら恐ろしい。
首を傾げて考え込む美花に、二人は固唾を呑んだ。
「杉野さんはぁ、真紀ちゃんの彼氏なんですぅ」
ダンッ!! ガタ―――ンッ!!
園田の椅子が大きく後ろに倒れた。
「それが何だー!!」
「園田さんっ!!落ち着いて下さい!!」
デスクに両こぶしを叩きつけて立ち上がる園田を、遼二が横から抱きつくようにして押さえ込んだ。
「その件につきましてはですね・・・えっ、怒鳴り声?いいえ・・・あっ、そう言えば時々!
電話が混線して関係ない声が入るみたいなことが・・・ですよねぇ!有りますよねぇ!!」
「高野さん、これ総務部にFAXして!」
「はい!」
「あっ、悪いな、これもついでにコピー頼むよ。10部ね!両面刷りでいいから!!」
真紀はもう業務に戻っている。その他の居残りの営業部員たちも至って平静のままだった。
しいて言えば騒々しい園田の席からの雑音に、仕事のやり取りがかき消されないよう適当に誤魔化したり若干声を大きくしたりしているくらいのものだ。
「すみません・・・誰か!・・・」
十名近くの営業部員がいるのにもかかわらず、誰も仲裁に入るものがいない。
営業部の揉め事に他部署の人間が止めに入っている。どう考えてもこの状況はおかしい。
真紀!と呼びたいところだったが、その真紀とのことで揉めているのだ。
美花はますます激しくなった園田の形相にオロオロするばかりだった。
遼二は園田を押さえながら、室内を見回した。
ロココ調薔薇絵柄仕様のコーヒーカップを優雅に口元に運び、ひと口コクリと飲むとニッコリ遼二に微笑んだ。
「まっ!松本女史!!見てるのなら、この状況を何とかしてください!!」
「杉野さん、手を離しなさい。人の恋路を邪魔するものじゃないわよ」
―えっ?―
遼二もだが、園田の動きも止まった。
「あなたたちも、じゃれるのは結構だけど場所をわきまえなさい」
そろそろ潮時かしら・・・松本女史は誰に言うでもなく、デスクの卓上カレンダーに目を落とした。
遼二と園田は数秒固まった後、お互いほとんど同時に口を開いた。
「そう・・だったんですか、園田さん」
「・・・・・・・・・君の彼女は高野じゃないのか?」
きっちり美花の情報をインプットしていたところはさすが園田だが、仕事外のワイドショーネタ的なことは、美花を遥かに凌ぐトンチンカン振りだった。
「いや・・あの・・松本女史の言うあなたたち≠ヘ、園田さんと美花さんのことですが・・・」
「へっ・・・?」
園田は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で遼二を見た。
美花は真っ赤な顔をして俯いている。
遼二は二人交互に目をやりながら、いつの間にか書類交換の件から大きく逸れてしまっていることに焦った。
早く書類を引き取って秘書室に戻らなければならない。今日は全員揃っている。
仮に正しい理由で遅くなったとしても、長尾、進藤辺りが難癖をつけて来るのは否めない。
遼二は長尾の膝の上の感触を思い出して、身震いがした。
ポカンと口を開けている園田に、再度遼二は書類の引き取りを申し出た。
「園田さん、書類を・・・」
「なぁに、その間の抜けた顔は。仕事以外は本当にキレない男ね」
カツ、カツ、カツ・・・8cmピンヒールの靴音がフロアに響く。
松本女史が園田に話しかけながら近づいて来た。人が話していようがいまいが、お構いなしに。
「・・・女史、あんたいい加減にしろよ。仕事中にじゃれ合うだのなんだの・・・。
人が聞いたら変に誤解するだろ、っとに・・・いっつもろくなこと言わねぇな」
普段は松本女史に突っ掛かれても無視する園田だが、ここまで仕事以外のことに口を出されては黙っていられない。
今度こそ席を立ち上がって、真っ向松本女史を睨み付けた。
それまで普通に業務をしていた営業部員にも、さすがに園田と松本女史の直接対決は緊張が走った。
営業部内の動きがピタリと止まって、二人に視線が注がれた。
「フフフッ・・・園田君、あなたって人は。おほほほっ・・・」
「なっ・・・何だ。何が可笑しいんだ!?」
いきなり高らかな笑い声を上げた松本女史は、手を口元にあてひとしきり笑いを堪能した後、ゆっくりその手を園田に突きつけた。
「人が聞いたら変に誤解するようなことを、あなたはわからなかったのね。自分のことなのに」
松本女史の指摘に園田は戸惑った。
どうしても色恋ごとは苦手だ。敢えて避けていた部分もあった。
美花については、時々あまりにも仕事の出来ない美花がどうして営業部にいるのか、その程度に思うくらいだった。
「うっ・・それは・・・わかるもわからないも、俺は美花のことなんて全く意識にもないんだから・・・」
園田の言葉に美花の細い肩が微かに揺れて、真っ赤になって俯く顔に悲しみの色が広がった。
そんな美花の表情の変化に気付いていたのかはわからないが、松本女史は威圧的な態度のまま園田に言い放った。
「・・・園田君?聞こえなかったわ、もう一度」
「しつこいな!あんた、仕事しないのなら出て行け!!
俺は仕事の出来ない奴は仕方ないと思っている。けどな、しない奴はだいっ嫌いだ!!」
初めて園田は松本女史を怒鳴りつけた。
心の隅でしまったと思うものの、日頃の鬱憤がとうとう爆発してしまった。
シーンと室内が静まり返る。
営業部No.1とそれを牛耳っている人物との対立に、誰も止めに入ることは出来ない。
むしろ少しの空気の揺れも憚られた。
遼二に至っては部外者にも関わらず、その場から動くことも出来なかった。
しかし、Purururu・・・・部員の手は止まっても、仕事は止まってくれない。
デスクの電話が鳴った。
「はいっ!営業部!」
「うわあぁ―――っ!!」
「はいっ?悲鳴・・・気のせいです!!それよりご用件は・・・はい・・・」
電話の着信音が合図のように、松本女史はデスクを挟んで真正面から園田の背広の衿を力任せに掴んで引き寄せた。
「手の掛かる男ね。誰があなたの意見を言えと言ったかしら。
違うでしょう、私が聞いているのは」
まだ園田が営業部で駆け出しの頃、何度こうして松本女史から背広の衿を掴まれたことか。
しかも当時はそのままデスクに押し倒された。それも屈辱的なうつ伏せの状態で。
トラウマはそうそう消えるものではない。
園田の絶叫とともに、あっという間に勝負は着いてしまった。
鼻先を掠める松本女史の顔から、目を逸らすようにして園田は口を開いた。
「・・・だから・・俺は美花のことなんて・・・」
バシーンッ!! ガタタ――ンッ!!
園田の言葉の終らないうちに、松本女史の平手が頬に飛んだ。
同時に掴まれていた胸元の衿も放されて、園田は反動で後ろにひっくり返ってしまった。
「わあぁっ!園田さん!なっ・・何するんですか!いきなり殴らなくても・・・・」
遼二は園田を助け起こしながら松本女史の行為に強い口調で出たが、尻すぼみに声のトーンが小さくなった。
女史が相手では迫力の差は否めない。
松本女史は遼二を無視、園田をフンと鼻であしらうと、ちらりと美花に視線を向けた。
美花は自分のせいで園田が殴られたと思ったようだった。ギュッと目を閉じ、唇を噛み締めていた。
「美花先輩・・・」
真紀が心配そうに傍に駆け寄った。
いつもぽやぽやとしている美花の、こんな姿は誰も見たことがなかった。
松本女史は視線を戻すと、滅多に使わない上司言葉で園田に対した。
「園田君、仮にも営業部のトップが自分の部下をなんて≠ニは、どういうことですか」
「あっ・・・いや、俺は別に・・・そんな意味で言ったんじゃ・・・」
そんな意味だったのだ。
仕事の出来ない美花なんかがどうして営業部に・・・
思っていることは無意識のうちに口や態度に出てしまうものだ。
思わぬところを突かれて、園田は狼狽した。
「では、どんな意味ですか」
「それは・・・」
畳み掛けてくる松本女史の詰問に、園田の視線が泳ぐ。
「あのっ・・・女史!もぉ、いいんですぅ。園田さんの、言う通りなんですぅ。
美花はぁ、仕事・・間違えてばかりでぇ・・・。美花なんて・・・なんてなんですぅ・・・」
それまで俯いて震えていた美花が、真紀の心配する手を振り解きながら女史の前に出た。
「美花ちゃん」
「美花・・・」
傍に来た美花に女史が驚いた様子はなかった。
反対に園田はまじまじと美花を見た。
まさか美花に庇われるとは思いもしなかったのだろう。
園田と目が合った美花は、精一杯の笑顔で微笑んだ。
しかしそれはどこか所在なげで、つぶらな瞳に浮かぶ涙が意地らしかった。
―か・・可愛い・・・―
園田は思わず仕事中に、仕事以外のことに目を奪われた。
美花はこんなに可愛い顔をしていたのだろうか。
同じ部署で毎日顔を合わせていたのに、全然気が付かなかった。
「園田さん・・・すごい汗ですが・・・」
額から流れ出る汗を拭おうともしない園田に、見かねた遼二がそっと呟いた。何せ汗は他人事ではない。
「あっ・・ああ・・・」
慌てて園田はポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭いた。
「園田君、顔が赤いわ。熱でもあるんじゃない。
それとも・・・ようやく美花ちゃんの可愛さに気付いたかしら」
松本女史に図星を指されて、園田の額からまた汗が吹き出た。
「だから、仕事中にそんな話・・・美花のことはその・・・もう少し仕事が出来るように・・・。
女性社員の教育は女史の責任でしょう」
松本女史は確かに鋭い。しかし話が仕事以外の余計なことに逸れ過ぎる。
園田は冷静に話を差し戻そうとした。
「この男は仕事以外何にも目に入らない唐変木(とうへんぼく=まぬけ)ね」
まったく園田の言葉を聞こうとしない女史に、再び園田の表情が強張った。
「女史ぃ!園田さんはぁ、唐変木なんかじゃ、ありませぇん・・・!」
誰も口出し出来ない雰囲気の中、美花がこぶしを握り締めながら猛然と松本女史に抗議した。
「ああ、美花ちゃんはこの唐変木が好きだったのよね」
「えっ!?俺・・・?」
「園田さんを!?」
驚いているのは園田だけだった。真紀や他の営業部員はうん、うん、と頷いている。
「園田君、あなただけよ。この営業部内で美花ちゃんの好きな相手を知らなかったのは」
女史の目がすっと細くなった。
「俺だけ・・・えっ?・・・美花の好きな相手は自分で、しかし自分は知らなくて・・・?
だけど他のみんなは知っていて・・・えっ?・・自分を好きな美花が・・・」
仕事のことならPCの並べ替えのように一瞬で整理出来るのに、それ以外の特に色恋ごとはからっきしダメだった。
園田は整理しようと小さな声で反芻するが、声に出すとよけいわけがわからなくなった。
「・・・園田さん、美花さんは園田さんが好きなんです。
他のみなさんがそのことを知っているのは付け足しに過ぎません」
色恋ごとでは、ずっと遼二の方が先輩だった。そぉっと園田に耳打ちをした。
見る見る園田の顔が赤く染まっていく。
営業部内は、明るい歓声に包まれた。
―やったね、美花ちゃん!―
やっと園田に伝わった美花の思いを、居残りの部員全員が口々に喜び合った。
その美花は、真紀の肩口に隠れるようにして顔を埋めていた。
とてもさっき女史に向かっていった美花とは思えないほどに。
もっとも、女史には美花の芯の強さが見えていたようだった。
「美花ちゃんは就職活動で見学に来た時に、ひと目で園田君に見惚れてしまったの。もの好きだけど。
第一希望の営業部にすんなり入れたのは、入社試験がトップだったからよ」
えええっ!!!ざわめきより、どよめきに近かった。このことは誰も知らなかったようだった。
トップ合格もだが、さらにそれが園田を慕う一念からというのが周囲のみんなを驚かせた。
「美花先輩!すごいですね!しかもそんな頃から園田さんのことが好きだったなんて!
もう、そんなビッグニュース!女史だけ知っていたなんてずる〜い!」
真紀の興奮した声に、美花はますます恥ずかしそうに後退りした。
遼二は園田と美花に当てられたのか、まだ歓喜と興奮の覚めやらない真紀を何となく見ていた。
そう言えば真紀は、美花のトップ合格を本当ですか!≠ニは言わなかった。
普通に考えれば信じ難いことなのだが、女史が言うのだから本当のことなのだと疑いもしないのだろう。
信頼とはそういうものなのか・・・。
遼二は松本女史がただの傍若無人なだけの女史ではないことを、真紀のその発言に見る思いがした。
みんなの興奮がひと息落ち着くと、松本女史はさらに美花に向けて言葉を続けた。
「美花ちゃん良く頑張ったわね。筆記能力は抜群でも実践能力が皆無だったあなたが、三年間大きなミスをすることもなく」
実践能力が皆無・・・はっきり仕事が出来ないと言っているのだが、女史の顔は穏やかだ。
「・・・それはぁ、美花が会社のみなさんにぃ、いつも助けられているからですぅ」
「それも能力のひとつよ。みんなあなたを放っておけない、何故だと思う?」
小柄な美花は、首を真上に向けて女史に答えた。
「美花がぁ・・・失敗ばかりするから・・・。みんなに・・迷惑ばかり・・かけ・・・」
つぶらな瞳がゆるゆると揺れて、言葉が途切れた。
それ以上声に出せば途切れた言葉と一緒に涙も零れそうになる。
「あなたが甘えていないからよ。助けてもらうことを当たり前と思っていないからです」
「・・・じょ・・女史ぃ・・・」
やっぱり言葉と一緒に涙が零れてしまった。
美花の涙はそれこそ真珠の玉のように、ポロポロと頬を転がり落ちた。
「美花ちゃん、来年はいよいよ都内進出で園田君も今以上に忙しくなるし、そろそろこの辺が潮時ね」
女史は美花の涙で濡れた頬を両手で優しく挟んで、そして最後に礼を言った。
「ご苦労様でした。三年間ありがとう」
その瞬間、どっと拍手と歓声が沸いた。
どよめきなどではなく、はっきり決定したことを祝っているのだ。
―おめでとう!美花ちゃん!―
「美花先輩!おめでとうございます!!」
真紀や他の女性社員が、交互に美花に抱きついた。
美花の周囲は祝福ムード一色だった。
ひとりポツネンと席に座ったままの園田は、事の成り行きのあまりの早さについて行けないでいた。
美花が自分を好きなところまでは理解した。
しかしそれがどうして、潮時になりご苦労様になって、三年間ありがとうになるんだ?
そう思いながらも、涙の後の笑顔満面の美花を見ていると、心の奥底から甘いそれでいて力強い何かが湧き上がってくるのを園田は感じていた。
「・・・園田さん?・・あの・・おめでとうございます!」
みんなが美花を取り囲む中、遼二は園田に祝福の言葉を掛けた。
たんに横にいたからというのも事実だが、遼二には園田のやや恋には疎そうなところが彼の人柄を表しているようで、美花ととてもお似合いのように見えた。
「ん?ああ・・・ちょっと参った。・・・どうなるんだろうな・・・ははっ・・・」
ありがとうとは言わないまでも、園田は祝福の言葉を否定しなかった。
いずれは・・・そんな予感も園田の心を疼かせた。
「さあ、みなさん仕事中ですよ、席に戻りなさい。
それから美花ちゃん、私はこれから人事部に行って、あなたの寿退社の日にちを決めてきますからね」
―どうなるんだろうな―
園田がいずれは・・・≠ニ予感した数十秒後に結果はわかってしまった。
・・・寿退社!?・・・結婚!?・・・いつ!?・・・誰と!?・・・俺!!
それでも園田は、妙に納得している自分が不思議だった。ただそれに伴う実感が欲しかった。
俺!!の部分において。
「ちょっと、女史!」
部屋を出て行こうとする女史を、慌てて園田は呼び止めた。
女史が鬱陶しそうな顔を向けたのは言うまでもない。
「まだ、何か?」
何かって・・・寿退社ってことはつまりその・・・美花が結婚することで・・・あの俺?と・・・」
「俺?この唐変木は・・・どうして疑問系なの、俺!でしょう。それとも、いやなの?」
「いや!そうじゃなくて・・・」
この際唐変木でも何でもいい。いや!と、強く否定している自分にも驚いた。
園田は高揚する気持ちを抑えながら、女史に食い下がった。
「俺と美花は・・・一度も・・あの・・デートすらしたことがないんですよ・・・つき合っていたわけじゃないし。
これから・・その・・・だからまだ結婚の話は早すぎると・・・」
呆れたように女史が呟いた。
「よく言うわね。散々美花ちゃんと食事に行ったり、旅行に行ったりしておきながら」
「誰が!!俺が!?いつ!!」
記憶の欠片にもない。キツネに摘まれたような顔で園田は横にいる遼二を見た。
「やっ・・・俺に聞かれても・・・」
ひょっとして・・・内心思い当たる節はあったものの、あえて遼二は黙っていた。
「美花ちゃん、この間の食事会は楽しかったわね。あの後、誰に家まで送ってもらったの」
「園田さんですぅ。・・・美花送っていただいて、すごく嬉しくってぇ・・・」
「・・・あれは、高野たち新入社員の親睦食事会じゃないか!!」
その後、家の方角が同じだからと、美花と他何人かの女性社員を順番で送り届けた。
「その前は社内納涼大会で花火を見たわね。お花見、新入社員歓迎会、新年会も忘年会も。
あなた何度も美花ちゃんにお酌してもらってたじゃないの」
「・・・まさか、旅行って社内旅行のことを・・・」
「まさかは余分だけど」
「美花・・・この三年間いっぱいぃ・・いっぱい、園田さんとの思い出がありますぅ・・・」
いまはほとんど美花だけの一方的な思い出だが、いずれ園田にも愛しい思い出に変わるだろう。
同じ時間を共有していたのだから。
そんなものなのかと少し照れた笑顔を向けた園田に、遼二はちゃんと今度は言葉にして返した。
「園田さん、だから他のみなさんのことは、付け足しに過ぎないと言っているでしょう」
何だか当てられっ放しで、自分も真紀を求めたくなる。
仕事中なのに不謹慎だなと思い直しても、目の前に真紀がいるのだ。遼二の目はつい真紀を追っていた。
真紀は業務に戻っていて、自分のデスクに座っていた。
電話が鳴ってそつなく応対する姿に、もう新入社員の雰囲気はなかった。
RuRuRu・・・・・・
「はい、営業部です」
真紀のよく通る声は、遼二の耳にも届いた。
電話は内線だった。音の違いと点滅する色でわかるようになっている。
「・・・えっ?いえ、そんな、ありがとうございます。・・・それが・・・いいえ、そういうわけじゃ・・・。
もう、長尾さん・・・そんなことばかり・・・女史に言いつけますよ」
・・・長尾さん!?
「真紀!!お前誰と話してるんだ!!」
心臓が飛び出るかと思った。遼二は業務中ということも忘れて大声を上げてしまった。
「やだ・・遼ちゃん。大きな声で、恥ずかしいわね・・・長尾さんからよ。
代わろうと思うのに、いろいろ話し掛けてくるから・・・」
困った顔もどこか満更でもなさそうな真紀から、ひったくるように電話を取った。
「あのっ!長尾さん!もしもしっ!」
[ ・・・聞こえてるよ。大声を出すな、みっともない。それだけ焦っているってことは、一応は覚えていたのかな。
書類引取りに何時間掛かっているんだ! ]
いまここで、言い訳は絶対通用しない。
「すぐ、帰ります!」
[ 当たり前だ。書類は進藤に渡したら、君はそのまま会議室へ来い ]
「えっ・・・会議室・・・!!!」
[ 言い訳をしなかったね、えらいぞ。それは認めてやる。
・・・そうだな、ご褒美にその言い訳を聞いてやるよ、会議室で。待ってる ]
「なっ!長尾さん!!」
最後は恋人を待つように待ってる≠ニ囁く声で、電話は切れてしまった。
異様に耳に残る長尾の最後の声に、遼二は受話器を握り締めたままだった。
※ コメント
松本女史圧倒^^; 園田全く歯が立ちませんでした。
会社内の上下関係は書いていて楽しいのですが、それに恋愛が絡むとよけい楽しいです。
これで園田も、和也・橋本に恋愛でも並びました^^ 遼二のフォローはありましたが。
遼二は他人のフォローなどしている暇はないはずなのですが、やはりえらいことになっています(笑)
次は会議室、再び長尾×遼二の攻防となります。
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