Round−1



早いものでオレが和也さんのマンションで暮らすようになってから丸1年が経った。

14歳の夏休みの途中から行けって言われてそのまま。

最初は帰りたいばっかりだったけど、いつの間にかこっちにいるほうが安心感を覚えるようになった。

勉強とか生活習慣とか、今さらながらに以前のことを思えばずいぶん酷かった。

それを直してくれたのが和也さんだった。もちろんそれも仕事のうちなんだろうけど。






「あっつぅぅぅ〜・・・寝てらんね・・・チクショー!!地獄だ・・・」

あまりの暑さに飛び起きた。汗ぐっしょり、シャワーを浴びたみたいになってる。

「5時50分・・・やった!まだ10分もある」

急いでリビングへ行く。

リビングは早々とクーラーが効いていて、ソファに寝転ぶと体から汗がすぅ〜っと引いて行く。

すんげぇ気持ちいい!天国!!


「そんな汗だくの体でソファに寝転ばないでくれるかな」

・・・・・・・地獄からの使者がキッチンで何か言ってるよ。

「カバー掛けていても、それだけ汗掻いていたら浸透するでしょう」

・・・・・・・そうだよ、わかってるんじゃんか。

「それにそのカバー昨日代えたばかり・・・」

オレのことより、カバーのことかよ!第一汚れるからカバーなんじゃん!


「うるせぇな!カバー汚されたくなかったらオレの部屋にクーラー付けろ!!」



信じられない話だけど、オレの部屋にはクーラーがない。

去年さんざん付けろと抗議したけどまるで聞き入れられず、とうとう今年の夏もクーラーのない生活2年目を迎えようとしている。・・・いや、すでに迎えている。


「シャワーを浴びたら済む事でしょう」

あっ、こっちに来やがる!

何だっけか、昨日のテレビでやってたけど。夏になるとするんだよな、金田一少年のオヤジ版。

悪魔が来たりて・・・尻を叩くー!!


「起きたぁ!ジャスト6時!おはようございます!シャワー浴びてこよぉーっと」


危ない。いつまでもゴロゴロしているとろくなことが無い・・・のは尻で覚えた。


「・・・カバー、洗濯カゴに入れておいて」

いまいましそうに剥いだカバーを、グルグルに丸めてオレの背中に向かって投げつける。

ザマァミロ!出勤前に用事をひとつ増やす、ささやかなオレの仕返し。



シャワーを浴びてサッパリしたところで、ダイニングへ行くと朝めしが出来てる。

朝はパン。オレがシナモントーストで和也さんがフレンチトースト。

荒引きウインナーとカラフルパプリカのサラダ、ゆでたまご付き。トマト入りかき玉スープに夏みかん。

夏みかんはひと房ずつ皮をとって透明の器に盛り、少しグラニュー糖をまぶしてある。

酸っぱいのが、グラニュー糖の甘さでちょうど良くなっててめちゃ美味い。

和也さんはコーヒーが好きで、豆をミルで引いてコーヒーを立てる。

オレはバナナジュース。 バナナと牛乳仕立て。夏はそれに苺のアイスクリームが入る。

これがまた美味い。だけど牛乳だけの時もある。手抜きだ。

仕事に手抜きするなってんだよ。 


「何で牛乳なんだよ!手抜きするなよ!」

「嫌なら飲まなければいいだけのことでしょう」

・・・汚ねぇ。冷凍庫に苺アイス入ってんのに、きっとさっきのカバーの仕返しだ。意外にせこい。


「あーっ、飲むってば!下げなくってもいいだろ、ったく・・・いただきます!」

しかも引っ込めようとする。橋本のオヤジといい勝負じゃん。ほんと意地が悪いぜ。



「明良君、塩取って。スープは?もういらないの?」

「いる。・・・・・・牛乳も」

トーストを口いっぱいほお張って牛乳でぐびーっと流し込み、ウインナーをバクッとかじりスープをずずっ〜と飲み干す。

今でこそ普通に会話をしながら連続作業で食事が出来るけど、半年前くらいまではいちいち細切れにストップが掛かるから、食べれたもんじゃなかった。

やれ犬食いだとか、顔を上げろとか、やたらバチバチ叩かれて肘つくなとか。

後ろから襟首持たれて首が絞まってむせたこともあるし。


思い出したら腹が立って来た・・・。


睨みつけるような視線で和也さんの方を見たら、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。

コーヒーもまだメシのうちだよな・・・。メシ食いながら新聞読むなよ!


「行儀悪い」 ベシッ!!


・・・・・・・って、手を叩いてやったら気分爽快だよなぁ!!


「行儀悪い」ベシッ!!


「痛たぁぁっ!何すんだー!」


違うだろ!オレが叩かれてどうすんだよ!


「肘ついてるでしょう」

くそーっ、知らねぇ間に考え込んでたよ。よっぽどの願望だったんだな、オレ!

「和也さんだって行儀悪いじゃんか!メシ食ってる時に新聞読むなよ!!」

今度こそ本当に叩いてやる!!

素早く身を乗り出して、ベシッ・・・避(よ)けやがった―――!!

「私はもう済みました。君こそ済んだの?肘ついてボーっとしたり、急に立ち上がったり、
行儀が悪いからランチマットに一杯食べこぼしてるし」

だから!食べこぼしとかで汚れるからランチマット敷いてんじゃねぇのかよ!

「コーヒー飲んでんだろ!!まだ済んでねぇじゃん!」

「・・・・・・・食べ終わったらシンクに浸(つ)けておいて。着替えてもいないし。早くしないと時間がないよ」

あっ、話を逸らした。・・・やれやれ?溜息混じりに聞こえてんだよ。


わざとらしく溜息をつきながら席を立った和也さんは、そのままバスルームの方へ行った。

ソファカバーの洗濯だ。オレはまだ食べる。朝が早いからしっかり食べておかないと、昼まで腹が持たない。

和也さんの分のフレンチトーストも半分食べて、最後に夏みかんを食べる。やっと満足。

今日も完食!!


「ごちそうさま!」


と、誰もいないのに食事が済めばつい言ってしまう。ほとんど条件反射に近い。

別にいいんだけどさ・・・。

和也さんと暮らすようになって、一番初めにうるさく言われたのが挨拶。


「おはようございます」「お休みなさい」「いただきます」「ごちそうさま」


この四つは必須。番外で「ただいま」と「お帰りなさい」


オレ、朝起きても別に親父にもおふくろにも「おはようございます」なんて言ったことなかった。

特に親父なんて朝会うこと滅多になかったし。

だからそんな習慣なんてなかったから、いきなり言えって言われてもね。

何か照れくさいのもあって。それが当たり前に言えるまでに半年かかった。

でもあれ、うるさく言われたっていうよりほとんど実力行使?だよな。



「明良君、目上の人には、おはようございます≠ナしょう」

口をひねられ、頭に来て飛び掛って行ったら返り討ちにあって尻を叩かれた。


「明良君、まだ寝る前の挨拶してなかったよね。お休み」

オレもう寝てんだよ・・・わざわざ部屋にまで来て布団剥いで。

何しやがんだーって蹴り入れたらそのまま足掴まれて、裏返しにされて尻を叩かれた。



いただきます?ごちそうさま?小学校の給食の時間じゃねぇっての!

そんなご大層に言わなきゃなんないなら、メシなんていらね。

ハンバーガー買って食べてたんだけど・・・。

エビグラタン、牛サイコロステーキ、ハンバーグ、ほうれん草とベーコンのクリームパスタ、オムライス・・・目の前で食べやがんだ!

みんなオレの大好物ばっかり!!

「食べないの?」

「・・・・・・・・・いただきます」

「残さず完食だね。まだ食べる?」

「・・・・・・・・・・・・・・ごちそうさま」


嬉しそうに笑う顔が癪に障って、思いっきり目の前でげっぷぅ〜≠チてしてやった!ら・・・尻を叩かれた。






「明良君、私服はだめと言ったはずだよ。制服を着なさい」

夏休みなので、オレも朝から和也さんと一緒に会社に行く。

会社には、夏休みでも学生服を着て行くように和也さんから言われている。

「今日は昼から直人と遊びに行くんだ。着替えんの面倒くせぇもん」

「君が面倒くさいのは個人の問題でしょう。それを許すと会社は成り立たなくなるんだよ。着替えてきなさい」


別にいいじゃんか、ちょっとくらい・・・と思ったけど、でもそう思うオレが10人いたらどうなるんだろう・・・。

学校なら校則違反。会社は・・・どうなんのかな。成り立たなくなるって、どう言うことかな。

和也さんが黙って待ってくれている間に部屋に引き返し、私服は紙袋に突っ込んで学生服に着替えた。


「なぁ、和也さん!今度直人ここに呼んでもいい?同じ高校受けんだよ。一緒に受験勉強するんだ」

「いいよ。直人君の好きなもの聞いておいて。おもてなしさせていただきます」


午前八時、和也さんの車の後部座席に乗り込む。

休みの日とかは助手席に乗せてもらえるけど、普段会社に行く時は後部座席がオレの指定席。

オレの会社の名前?


「A&Kカンパニー」だよ。







※ コメント

久々の教育係り、明良語りです。
この「Round 1」もともとは、教育係りの二部として、明良16歳、和也28歳で考えていたものでした。
しかしその間に「A&Kカンパニー」を書き始めてしまいましたので、
現行(A&Kカンパニー)と添ったものに書き直しすることにしました。

A&Kの方では会社が舞台ですので、なかなか明良と和也の日常までは書ききれず、
時々は教育係りの方で二人の日常をご紹介出来ればと思います。
話の内容としては、ささやかなものではありますが。

今回は「A&K 15」あたり。
明良の学校が夏休みに入り和也と一緒に会社に行く、ある朝のひとコマです。



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