Round−6
今年も残すところ、あと一ヶ月を切った。来年の春はいよいよ高校受験。
オレは私学より公立に行きたいから、和也さんとも相談して公立の進学校を志望校に選んだ。
去年の今ごろなんて学力が全然追いついてなくて、小学生の問題からトコトンやり直したぜ。
一年でよく追いついたなって?
そりゃそうさ、和也さんとこじゃ勉強しかすることがねぇんだから。
今日の夕食は煮込みハンバーグ。
デミグラスソースたっぷりの中に、人参やちっこい玉ねぎなんかも一緒に煮込んである。
とろ〜りチーズを乗っけて、ナイフとフォークで食べる。
夕食はナイフとフォークを使うことが多い。
箸が手に馴染んでいるのと同じように、ナイフ、フォークにも馴染むようにってさ。
これは仕方ねぇかな、何せオレんとこはレストランだからな。
「明良君、カチャカチャ音が大きい。そんな押すように切るから、ナイフの刃が器に当たるんでしょう」
「・・・ハンバーグが柔らか過ぎっから、刃がすぐ器に当たるんじゃんか」
「力加減って言葉知らないの。言葉だけじゃ意味ないけどね。
ナイフ使うだけなら、サルでも出来るよ」
いつだけっか、似たようなこと言われたことあったな・・・。
―頭を下げるくらいなら、サルでも出来ますよ―
ああ、橋本さんだ。・・・・・・腹、立って来た。腹!立って来たーっ!!
「誰がサルだー!!二人していつもオレのことサルサル言いやがって!!」
食事は一旦中止する。
ナイフとフォークを皿に叩きつけて、目の前のイヤミ男に突進。
和也さんは見かけ穏やかで軟弱そうなんだけど、これが意外に強い。
強いっていうか、かわし方が上手い。
かわした次の一手で的確に相手の攻めを読み、逆手をとって組み伏せる。
最初の頃なんて転がされる投げ飛ばされるで、体に触れることも出来なかった。
ケンカとはあきらかに違う動き。
秘書課のメンバーは親父と出歩くことが多いので、一応全員護身術を習うらしい。
年明け早々習に行くという杉野さんから聞いて、納得した。
オレがむやみやたらに突っ掛かって行っても勝てないわけじゃん。
けど秘書課全員って、高田さんも習ってんのかな。
それであのへっぴり腰じゃ、とても想像つかねぇ!あははっ・・・って、人のこと笑ってる場合じゃねぇんだよな。
いまもまた、テーブルに組み伏せられていたりする・・・。
「降参?」
「・・・・・・オレも来年、杉野さんと一緒に習いに行く」
「護身術はケンカに使う為のものじゃないよ」
「尻叩く為のものでもねぇだろ」
「・・・・・・屁理屈だけは、おサルさん以上だね」
結局和也さんは、尻を一発叩いただけでオレを解放した。
「ライス!お代わり!」
何事もなかったように、再び食事に戻る。
いつ頃からか和也さんとケンカになっても、あまり後を引くようなことはなくなった。
うるさいのは変わんねぇんだけどな・・・。
「ほら、また。ライスの中にフォークを突っ込んで掬うから、ボロボロこぼれるんでしょう。
ナイフを使って適量をフォークに乗せるんだよ」
「ライスはどう食ったっていいだろ。フランス料理にライスなんて出てこねぇじゃん」
「出てくる、出てこないの問題じゃないよ。食べ方を言っているんだよ」
うるせぇな・・・。ああ、箸で食いてぇ。
「・・・たまには和食が食いたい」
本当はどちらかというと和食は面倒くさくて好きじゃない。
ちまちま小皿が多いし、特に煮魚なんか小骨が邪魔で食いにくい。
けど、オレ知ってんだぜ。へへへっ、和也さんは和食が苦手だってこと。
まだオレがここに来て間もない頃、おふくろが言ってた料理習ってたって話。
―明良ちゃん、秋月さんの作るご飯美味しいでしょう。
明良ちゃんがそっちでたぶん窮屈な思いするだろうから、せめてご飯だけは美味しいものを食べさせてあげたいって、お料理習ってたのよ―
和也さんが料理を習ってたのは、教室とかじゃなくて会社のシェフなんだよね。
おふくろは内緒だって言ってたけど、どういうわけか会社中知ってるぜ。
まっ、そんなことはどうでもいいんだけど、詰まるところ洋食専門ってことだ。
何んも言わなくなった和也さんに、さっきの仕返しをしてやる。
「なぁ、和也さん料理上手いじゃん」
「・・・和食は手間ひまが掛かるから、時間に余裕のある時でないと作れないけど」
和食は苦手だって言やいいのに・・・言わねぇんだよな、これが。
和也さんと橋本さんは絶対言うタイプじゃねぇな。
けど明日は日曜だぜ、墓穴掘りやがった。
「あっそ、んじゃ明日は休みだから、時間はたーっぷりあるよな。オレ晩飯楽しみにしてっから」
「君、明日は向こうで食べて来るんじゃなかったの?」
そのつもりでいたけど、やめた。
何が何でも和也さんに和食を作らせてやる。
明日は久々に自分の家に帰る。帰るって言っても、泊まるわけじゃないけどね。
泊まるのは正月なんだけど、さすがに・・・あまりにも部屋が汚い。
前はどれだけ散らかっていても、気にならなかったんだけどな・・・。
とてもじゃないけどあの部屋で正月は越せない。
おふくろはオレの部屋は臭いから嫌だって、掃除機もかけてくれねぇし。
仕方ないので、正月前に自分の部屋の片付けに帰ることにした。
ついでに?たまにはおふくろとも話してやんなきゃな。
またとんでもないところで手とか振られちゃ適わねぇからさ。
「最近は親父も休みは家にいるみたいだし、晩飯は二人でゆっくり食べたらいいんじゃね。
親父はいままでずっとおふくろのこと、独りにしてたんだからさ」
考えてみりゃ、これが一番もっともな理由だよな。
ふがぁっ!!
何しやがんだ!鼻を摘まれた・・・。
「・・・生意気言って」
和也さんはひと言呟くと、そのまま後片付けにキッチンに向かった。
なに笑ってんだよ! 笑えんのも今のうちだぜ!
翌日はちょっと早めにマンションを出て、チャリで自分の家に向かう。
当然のように和也さんは送ってくれない。
普段から会社に行く時と買出しの時以外は、あんまり車に乗せてもらえねぇし。
直人が遊びに来て、帰る時でさえ送るのは駅までだったし。
元々和也さんは学生のオレたちに、車なんて贅沢だって思ってるからな。
―まだこの時間だよ。電車で充分でしょう。学生の君たちに送り迎えは必要ありません―
そりゃそうかもしれねぇけどさ・・・和也さんはオレの何なんだよ・・・。
ちくしょー!今日は信号赤ばっかり引っ掛かるぜ・・・しかも風がきつい!
前に直人が言ってたけど、
―明良さぁ、お前一応社長の息子だろ。そしたら普通もっと気を使うよなぁ―
その通りだぜ。もっと気を使ってくれてもいいんじゃねぇの!?
オレの教育係っても、それだって仕事の一環(全体的なつながりとしての一部分)じゃん。
この間'lumiere(リュミエール)'のオープン記念で一緒の席になった神矢の家庭教師って言ってた人。
あの人だって、言ってみれば和也さんと同じ立場なのに全然偉そうじゃなかった。
あれが普通だよなぁ・・・。
偉そうにすんなってんだ!
冷たい風に鼻水を啜りながらチャリを走らせて二駅。
駅前で産婦人科をしている直人の家の前を通って住宅街に入ると、もうすぐオレの家。
直人はこのところ、日曜でも塾に行ってるって言ってたな。
オレと同じ高校を志望校に選んでいるんだけど、数学が偏差値に足りないらしい。
―俺、もう少し数学頑張らねぇと、明良と同じ高校受けられないから―
オレは無理に環境を変えられたところからスタートしたけど、あいつは自分で気付いて努力してんだよな。
あいつの方が、オレよりずっと頑張ってる気がする。
正月は片付けたオレの部屋で、直人を呼んで受験勉強すっかな。
とかなんとか考えていたら、家に到着。チャリはガレージの横に置いて、門横の小さなくぐり戸から入る。
「ただいまー、オレ!」
玄関の格子柄引き戸を開けると、おふくろが小走りで出迎えてくれた。
「明良ちゃん!お帰りなさい!待ってたのよー!どうしたの?急に!?」
「いい加減でちゃん&tけはやめろよ。・・・それと、あんなとこで手なんか振んなって。かっこ悪りぃだろ」
つい気恥ずかしさから出る言葉とは裏腹に、内心は変わらないおふくろの笑顔にホッとする。
大きな目を一層大きく見開いて、嬉しそうな顔。
'lumiere(リュミエール)のパーティ会場で、オレに気付いた時と同じ顔だ。
今になって、おふくろの方がオレよりもずっと寂しかったんだと思う。
それまではおふくろのことよりも自分のことばっかりだったから、そんな気持ちに気付くこともなかったけど。
・・・笑顔の分だけ、寂しさがあったんだろうなって。
受験が済んだら、もうちょっとマメに帰るようにするかな。
「急にって・・・おふくろが掃除機もかけておいてくれねぇから、掃除しに来たんじゃん。もうすぐ正月だし」
部屋に直行するオレの後ろを、おふくろがひょこひょこ追いかけて来る。
「明良ちゃん、掃除ってどこの?」
「どこって、オレの部屋に決まってるだろ。ひょっとして、おふくろ掃除してくれてんの!?・・・あれっ?」
やっぱおふくろだよなと、期待してドアを開けて驚いた。声も出ねぇ・・・。
嘘!?
俄かには信じ難い状況に直面して、怒りよりも動揺が走る。オレん家だぜ・・・ここ。
「おふくろ・・・?オレの部屋がねぇけど・・・」
オレの荷物が一切合財無くなっている・・・というより、すでに全く違う部屋になっている。
壁紙も床もカーテンも完全に模様替えされていて、こんなに広かったかなと思うくらい広い。
「明良ちゃん、お母さん今ね、陶芸の勉強しているのよ。主に食器全般、実際に絵付けや型を作ったりもするのよ。
前からしたかったんだけど、ほら、ようやく一人の時間が出来たじゃない」
ようやく?おふくろ、オレが出てった後、そんなことしてたのかよ・・・。
いや、それは別にいいんだけどさ!
「それとオレの部屋が無いのと、なんの関係があんだよ」
動揺から、ふつふつと怒りに移行する。
「ここ陽あたり良くてちょうどいい広さだったから、陶芸仲間のお友達呼んで勉強会に使っているのよ」
おふくろの一方的な説明が、さらに怒りに拍車を掛ける。
「オレだって!直人呼んで勉強会するつもり・・・ああもう!そんなことじゃねぇ!
勝手なことすんなっ!!オレの部屋だろ!!」
「空いてるのに、勿体ないじゃない。明良ちゃん居ないし」
「空いてねぇよ!!オレ、居てんじゃん!!」
マメに帰ってこようと思った矢先に、部屋が無くなっていた。
「たまにしか帰ってこないじゃない。寝るだけの部屋なら他にいくらでもあるし。
それに部屋もらうわよって、メール送ったでしょ。今ごろ言わないでくれる」
「肝心なことは電話で話せ!おふくろのメールは、いっつもわけ分かんねぇんだよ!」
「お母さんの電話には出ないくせに。明良ちゃんの荷物は納戸に置いてあるから、いるものは持って行ったら?」
昔からおふくろはサバサバしてたけど、あまりにもし過ぎだろ!?
「オレの荷物はゴミか!!勝手なことしやがって!!もうみんないらねぇや!!」
「そうよねぇ、服もサイズ合わなくなってるし、あとはゲームとか漫画本とかガラクタばかりだもんね。
使えるものはバザーやフリーマーケットに寄付するわ」
ここに至って、おふくろに対するオレのセンチメンタルな気持ちは、木っ端微塵に砕け散った・・・。
「何だ?騒々しいな。明良、帰ってたのか」
最近では休日でも家に居ることの多くなった親父が、のん気な顔で現れる。
いくら平日は仕事で忙しいからって、おふくろが部屋を改造しているのを知らなかったなんてことはないよな。
親父にも不信感が募る。
「おふくろに部屋取られた!オレ、正月帰るとこねぇじゃん!親父何で言ってくれねぇんだよ!!」
「母さん、ちゃんと明良に話したって言ってたぞ。・・・まぁ、寝るところくらい、いくらでもあるから心配するな」
おふくろと同じこと言うなよ・・・。
「寝るところとかの問題じゃねぇだろ!親父もおふくろも、オレのことどう思ってんだよ!」
「明良ちゃんは、お母さんの大事なひとり息子よ。見て、あなたの机よ。
あなたが秋月さんのところで勉強を頑張っているように、お母さんもこの机で陶芸の勉強をしているの」
インテリアにはうるさいおふくろが、模様替えした部屋にアンバランスなオレの・・・元オレの机だけはそのまま置いていた。
その机の上にはテキストと一緒に、ボロボロの筆箱もあった。
筆箱はロボットの絵の描かれた、オレが小学校の頃に使っていたやつだ。
「・・・どうせ、机の中身も処分しちまってんだろ」
「もちろんよ!机の中から昔の答案用紙とか成績表がたくさん出て来たわよ。
あんな酷い点数、もし万が一陶芸仲間のお友達に見られたら、お母さん恥ずかしいじゃない」
昔は0点とか取って来たら、一緒になって笑ってたくせに。よく言うぜ・・・。
「だけど今のは、ほらこうして取っているのよ。これはこの前、秋月さんが持って来てくれた成績表。
すっごい上がっていて、お母さんお友達に自慢しちゃったわ」
「はははっ、明良が勉強するようになって、母さんも感化されたみたいだな」
間の抜けたタイミングで親父が言葉を挟む。
それもオレの方を向いてしか言わない。
「・・・おかしかねぇよ」
おふくろには何も言わない親父を横目で睨んで、ひとまず居間に移動する。
TVをつけると、いまが旬のお笑いタレントが出ている番組が流れていた。
向こうじゃ和也さんに邪魔されて、こういうのほとんど見れないんだよなぁ。
ソファに寝転がって暫く見てたけど・・・つまんね。
「・・・オレ、帰る」
することなくなったし、TVは面白くないし、第一自分の部屋が無い。
「もう帰るの、明良ちゃん」
誰のせいだと言いたいけど、また話が振り出しに戻りそうなのでやめた。
「晩ご飯は食べていかないのか?明良」
これで和気あいあいと飯が食えたら、たいしたもんだぜ。
「まだ晩飯まで時間早いし、受験勉強あるからさ。親父も家にいることだし、たまには二人でゆっくりしたら。
オレ邪魔だろ。部屋もねぇくらいだからさ」
無駄と知りつつイヤミも付け足して、晩飯の誘いをお断りする。
「あらぁ!明良ちゃん、食べていかないの!?せっかくだったのに、お父さんひとりね」
「・・・親父ひとりって、おふくろは?」
「これから陶芸のお友達と忘年会なの。お父さん最近は家にいて留守番してくれるから、お母さん助かるわぁ。
じゃあね、明良ちゃん。時間ないから、バイバイ」
・・・晩飯もへったくれも、あったもんじゃねぇ。
どうなってんだよ、オレの家・・・。いつの間にか逆転している。
部屋を出て行くおふくろの背をあっけに取られて見ていると、いきなりその背がくるりと向いた。
「あっ、そうそう、明良ちゃん。お母さん今度のお正月三が日は、お友達と陶芸の里に泊まりだからね」
「おふくろ正月いないのかよ!? 親父どうすんだよ!? オレはどうしてくれんだー!!」
絶叫するオレをよそに、おふくろはさっさと踵を返して足取りも軽く出て行った。
誰が笑顔の分だけ、寂しさがあったんだって?
クソババア!!!
「明良、たまには父さんと二人で食べないか」
「食べねぇよ!」
「・・・父さん、ひとりだ」
「知らねぇってば!和也さんとこにオレをやったのは親父だろ!
それに今までオレたちのこと放ったらかしにしてたんだから、仕方ねぇじゃん!!」
オレも情けないけど、親父も情けねぇぜ・・・。
情けない男二人を残して忘年会に出掛けたおふくろは、いつにも増して若々しくそして生き生きとしていた。
親父は家で、おふくろは友達と、オレはチャリで和也さんのマンションに帰る。
親父とおふくろとオレと。
いまじゃ親子三人顔を合わせても、それぞれがバラバラで一緒に食事をすることもあまりない。
だけど昔より今の方が、何となく家族らしいって気がするのは・・・なんでかな。
あまりにも早く帰って来たオレに和也さんは驚いていたけど、部屋が無くなった話をすると大笑いされた。
そりゃ、他人が聞いたら笑うよな。
おふくろの暴挙のおかげで脱力感が著しく、勉強なんてする気が起きない。
和也さんは思った通りキッチンに篭りっきりで晩飯を作っているので、悠々とリビングに居座ってTVを見たり、マンガ読んだり出来る。
ああでも、正月どうするかな・・・。
自分の家で、何で客間で寝なきゃいけねぇんだよ。旅館じゃねぇっての!
TVを見ながらそんなことをウダウダ考えていたら、チャリの往復が適度な運動になったみたいでつい寝入ってしまった。
「起きて」
当然のように尻を叩かれて、目が覚める。
・・・心なしか強めに叩かれた感がするのは、和也さんの乱れた髪と比例するのかな。
晩飯の仕度は、かなり時間を要したみたいだった。
時間の経過を証明するように、リビングの電灯が煌々とついていた。
「へぇ〜・・・美味そうじゃん」
ダイニングテーブルの上に、ずらりと並べられた今夜の夕食。
和也さんのレパートリーには、まずないはずの和食の数々。
メインは煮魚か。
それに・・・だし巻き卵、茄子の味噌焼き、かぶら包み蒸し、貝割菜とワカメの酢の物が小鉢や小皿に盛られている。
後はきゅうりの漬物と吸い物は貝汁。
見た目は合格ってとこかな。
和也さんにご飯をよそってもらって、一気に腹減った!
「いっただきまーすっ!!」
まずメインの煮魚を・・・。
だし巻き卵と茄子の味噌焼きと、あっちの小鉢もこっちの小皿も・・・くそうっ!どれもこれも、美味いぜ!!
味も合格ってことは、和食も作れんのか。
「どう?」
聞いてくるのはいいんだけど、その得意気な顔が気に入らねぇ。
「やれば出来んじゃん。面倒くさがらずに、たまには作れよ。仕事だろ」
オレが普段和也さんや橋本さんに言われている言葉を、そっくりそのまま返してやる。
和也さんはそんなオレの言葉よりも、食べている姿でわかったようだった。
嬉しそうに頷いた。
「ええっと・・・これじゃない・・・これ・・・?」
「何してるの、食事中でしょう」
「ああ、これだ!ほら、おふくろがメール送ったってやつ。和也さん晩飯作ってて、手が離せなかっただろ」
長文が打てないおふくろのメールは、主語がないうえに単語の寄せ集めを過度なデコレで飾り立てている。
[ \☆・'。・‘♪♪部屋 もらいまーす♪♪‘・。'・☆/ ]
誰の?どこの?何の? ・・・意味、わかんねぇし。それも、まさか自分の部屋なんて思わねぇじゃん。
万事こんな調子だから、いちいち返信しねぇっての。たいがいスルーだ。
「なぁ、こんなでわかると思う?」
オレの携帯を覗き込んだ和也さんが、首を傾げた。
「・・・・・・飾りがいっぱいで、可愛いメールだね」
聞いてることと、答えがあってねぇ!
要するに和也さんでも、わかんねぇってことだ。
けど、正月どうしようかなぁ・・・・。と、やっぱりそれを考えつつ、煮魚に箸を延ばす。
・・くそっ・・・コノヤロ・・・煮魚の身が上手く取れねぇ。
魚の骨はおふくろが抜いてくれてたから、自分でやるとぐちゃぐちゃになる。
和也さんの皿の煮魚は、片側の身が剥いだように綺麗になくなっている。
食べ方まで器用だな。
和食がこれだけ出来んのなら、正月おせちも作らねぇかな。
・・・和也さんは、正月決まってんのかな?
そうだ!もし和也さんがどっか行ったら、正月はここで直人や他の奴ら呼べばいいんじゃん!
料理はシェフがいるし!
さっそく聞いてみることにする。
「和也さん、正月どっか行く?」
「行くよ」
「どこ?」
「温泉」
田舎の次は温泉かよ・・・。
「誰と?」
「知り合い」
まただ・・・。また聞いてやる。
「彼女?」
「はい」
「えっ?」
「何か?」
「彼女って誰?」
「君の知らない人」
だから聞いてんじゃん! 杉野さんと姉ちゃんみたいに、同じ会社の人かな? まっ、それはまた調べるとして・・・。
「ふ〜ん、じゃあ正月は、オレここに居ていい?留守番しといてやるよ」
「駄目」
「何でだよ!オレ、向こうの家は部屋無くなって、直人たち呼べねぇし!」
「そんな理由なら、ますます駄目。君たちだけなんて、部屋が汚れる」
和也さんの思考には、オレ=サル≠ゥ汚い≠オかないみたいだ。
・・・君たち≠セから直人も入ってるよな・・・って、どこまでも失礼な奴だな!
「そんじゃあ!オレも温泉連れて行けよ!!」
「嫌」
イヤって何だ!!イヤって!!それも即答だよ・・・。
オレだって本気で言ってるわけじゃねぇけどさ!そこまではっきり言わなくてもいいんじゃね!?
ホント全然優しくねぇ!!どこが兄ちゃんみたいだ!?
直人の目は節穴どころか、洞穴だな。すぐ食い物に釣られるから、先が見えなくなんだよ。今度注意しといてやる。
「それはそうと、明良君。何、その魚の食べ方」
あっ、やっぱ言ってきやがった。
「骨が邪魔で上手く身が取れねぇ。小骨は抜いといてくれよ、食べにくいじゃん」
「何の為の箸なの。箸で食べにくかったら、他に何を使うの」
・・・おかしいな?箸で食べたかったはずなのに、箸が苦痛になってる。
しかしこれ以上逆らうと、また飯がゆっくり食えなくなりそうなので無視を決め込むことにする。
パリパリきゅうりの漬物がうめぇ。飯が進むよな。
「お茶碗は胸の辺りで止めて、箸でご飯を運ぶんだよ。かき込まないの」
・・・・・・吸い物、吸い物っと。
「お吸い物、音を立てて啜らない」
だし巻き卵、オレ好きなんだよね。
「君の箸はフォークも兼用しているの?突き刺すなんて、箸にそんな使い方ないでしょう」
茄子の味噌焼き食うぜ!
「かぶりつくから、歯型がつくんでしょう。切れ目を入れているんだから、箸で割いて・・・」
・・・・・・うるせぇ。
「聞いてるの?ご飯粒が落ちてるよ」
うるせぇ! うるせぇーっ!!
煮魚を骨ごとほお張る!小骨はペッペッと吐き出し!だし巻き卵は串刺しで口に放り込む!
かぶら包み蒸しを三口で制覇して!酢の物なんて一口だぜ!
がががっ!と、飯をかき込んで!!
「ごちそうさまっ!!うるせぇんだよ!!飯食ってる時はしゃべんなっ!!!」
オレ、もう和食イヤだ・・・。
この後? 決まってんじゃん、いつもの如く・・・さ。
※ コメント
最後はいつもの如く、乱闘に突入の模様(笑)
さて、今回は母、美耶子でしょうか。
美耶子は明良が家を出た後、必死に第二の人生の道を模索していたと思われます。
陶芸に自分の生きがいを見出した時、ようやく子離れが出来たようです。
明良もそうですが、離れて暮らすことによって、周りのことが見えてきます。
美耶子は明良のいない寂しさを克服した時点で、明良がもう家に帰って来ることはないと予感しました。
また帰って来る必要性もないと思ったからこそ、部屋を取ったのです。
机を残したのは、母として明良に対するこれまでの贖罪(育て方の過ち)であり、自分への戒めでもありました。
自分の育て方の過ちにより、子がほとんど座ることのなかった勉強机。
その机にいま母が座り、精一杯勉強をしているのです。
明良はこの先、高校卒業まで和也と生活を共にし、その後六年間をアメリカで過ごし、帰国後はマンションを借りて一人暮らしをします。
明良が一谷の家に戻ることはありません。
補足。さしもの一谷さんにも、落日(仕事ではなく、女性遍歴の方/笑)は来るようです^^
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