Round−7



今年も残すところ後一週間。

昨日の日曜日はクリスマスだったので、オレは和也さんと杉野さんの三人で'soleil(ソレイユ)'のクリスマスディナーへ。

親父とおふくろは橋本さんたちと'lumiere(リュミエール)'のクリスマスディナーに出席。

今回初めて会社の行事で親父と別行動になった。

和也さんがその意味をよく考えなさいと言ったけど、オレにはそれ以上にもっと深刻に考えなきゃいけねぇことがあるんだよ!






月曜日、朝。

休日出勤しても、代休は個々に取るので会社はいつも通り。

オレも冬休みなので、和也さんと一緒に出社する・・・コホッ。

あれっ?んんっ・・・コホッ、コホンッ!

「どうしたの?咳?」

「ん〜・・・ちょっと、喉がイガイガする・・・」

「風邪?まさかね。エアコンかな、暖房は乾燥するからね」

何か、微妙に引っ掛かるよなぁ・・・喉じゃないぜ?まさかって、どういう意味だー!


取りあえず加湿器をつけ、オレの前に「はい、水」とグラスを置いたので、一応それで許してやることにする。

ゴクゴクと水を飲んで喉が潤ったら、イガイガが取れた。やっぱ、エアコンだな。




朝食はレタスをたっぷり挟んだホットドッグと、ポタージュスープ。フルーツはりんご。

和也さんは例によって、昨日のクリスマスディナーの料理が胃にもたれているらしくコーヒーだけ。

・・・コーヒーの方が、よけい胃もたれしそうだけどな。

まっ、人の胃袋のことは置いといて、オレはポタージュスープ!

じゃがいもベースで、和也さんの作るスープの中じゃ一番美味いと思う。

とろ〜りとしてて、ほんのり甘くて・・・あれ?

二口、三口・・・うっ・・・コフッ!

何だ、これ・・・ザラついてるし、甘くない。


「和也さん、このスープ失敗してんじゃねぇの?味、変だぜ」

リビングでニュースを見ていた和也さんが、驚いたように飛んで来た。

そんなに驚くことか?っていうか、何で驚いているかはだいたい想像がつく。

「そんなはずないけど、味見はしているからね。味覚がおかしいって・・・明良君、やっぱり風邪じゃないの?」

やっぱり?まさかって言ってたくせに、自分の料理で判定すんのかよ!

ことごとく、引っ掛かるぜ!




「熱、測ってごらん」

食事を中断させられて、熱を測らされた。

オレ、腹減ってんだけど・・・。


ピピピ・・・。


「え〜っと・・・3・・・」

脇から体温計を取り出して確認しようとした途端、奪い取られる。

「37度2分。ほら、熱があるじゃない。見てごらん」

見てたよ・・・ケンカ売ってんのか。

買ってやるぜと睨みつけた相手は、

「確か風邪薬があったはずだけど・・・」

とかなんとか言いながら、薬箱を持ち出してゴソゴソしている。

・・・そっか。

いつにも増して和也さんの言動がカンに触るのは、熱のせいだったんだな。


「微熱だろ。たいしたことないけど、オレ今日会社やめとく」

せっかく一人でゆっくり出来るチャンスだし、ちょうど良かった。

佐伯のおっちゃん(プレイジングワールド=12話参照)に、クリスマスプレゼントで新作のゲームもらったんだよね。

思う存分ゲームが出来る!


「そうした方がいいね。はい、風邪薬。ゆっくり寝てなさい」

そうする、そうする。寝は、しねぇけどさ。

この程度の微熱なんて、薬のんでじっとしてりゃ治んだよ。

でもその前に、ホットドッグ、美味い!

味の濃いやつは、大丈夫だな。

中断させられた食事の続きをする。

デザートのりんごはいつものちまちました細工のじゃなくて、そのまま丸ごと1個。

普通の半分くらいの大きさで、最近は食べきりサイズのりんごが流行っているらしい。

カットせずにそのまま出したっていうのは、たぶんその大きさが珍しいから。

オレは普通の大きさのりんごでも、食べきりサイズだぜ。

それにしても案外流行り物に弱いんだな・・・とか思いながら、りんごを丸かじりする。

シャッコンッ! 美味い! 


「・・・ええ、明良君が風邪で・・・そうですね、会議は申し訳ありませんが・・・」


ゴフォッ!!の・・喉!!喉に詰まった!!


「どこに電話してんだよ!!オレは大丈夫なんだから、和也さんは会社へ行けよ!!」







一緒に休もうとする和也さんを会社へ追い出し、ホッとする。

何か疲れてなかったのに、疲れた・・・。

取りあえず、昼まで寝るか。

もちろん自分の部屋で寝るような、もったいないことはしないぜ。


リビングのテーブルに水分補給も兼ねた2Lボトルのスポーツドリンク、マンガ本、小腹の空いた時用のお菓子。

それからプレイジングワールドの新作ゲーム、全て揃えて完了!

ソファに横になって、TVがBGM。

薬が効いてきたのかすぐウトウトして、気持ち良い睡魔に引き込まれる。





・・・・・・○▼×★□♪▲♭〜◆☆☆〜♪♪♪

大皿に盛られた鍋の材料が、テーブルにずらりと並ぶ。

「やったー!今日は鍋だー!」

さっそく材料を手当たり次第にぶち込・・・・・・!!

「材料は火の通りにくいもの、アクの出るものから順番に入れていくんだよ」

ふ〜ん、そんじゃオレは、自分の好きな物入れようっと。

ウインナーとチーズ!

「そんなのは、この鍋の具材には合わないでしょう」

和也さんの仕切る鍋は具材のバランスが取れていて、きれいに並んでいる。

見た目は具材として合わねぇかもしれねぇけど、美味いぜ?

杉野さん家で実証済みだし。

そのど真ん中に放り込んでやった。


「鍋はみんなで囲むもんなんだぞ!!仕切んなーっ!!」


ガターンッ!!

ガタッ・ガタッ・ガターッ!!

ガッ!!

「むぐぐっ・・・ひゃ・・ひゃなせ!(は・・離せ!)」

乱闘からまたしても組み伏せられて、テーブルに顔を押し付けられる。


「明良ちゃ〜ん、見て、見て♪この取り皿の絵付けね、お母さんが描いたのよ!」

・・・・・・ババア、それどころじゃねぇんだよ!!


「淡い鶯色の背景に秋の草花が繊細に描かれていて、優美な雰囲気を感じます」

「ありがとう、和也さん。器の中身にしか興味のない明良に、あなたが付いていてくれて助かるわ」

礼を言う前に、息子を助けろよ!

このシチュエーションで、オレを無視して談笑すんなー!


「どうだ、和也。明良は可愛いだろ。明良はお前より、何倍も何十倍も可愛いぞ!」

「はい、社長。明良君は、とてもか・・・」

「なあ!!明良!!」

はあぁ??親父!?何言っての?

そんなことより、オレのこの状況を助け・・・・・・!!





○▼×★□♪▲♭〜◆☆☆〜・・・・・・???


ばちーんっ!!


「ふわあぁっ!!?」

「明良君、起きなさい」

うっ・・うぅ・・んんっ??・・・夢!?

すげー悪夢・・・。


オレと和也さん、おふくろと親父もいて、四人で鍋を囲んでいる夢だった。

・・・囲んでいるだけで、ひと口も食ってねぇけどな。

あげくテーブルに組み伏せられて、危機一髪・・・普通夢ならそこで終るよな。

なのに、尻が痛いってどういうことだ!!


「大丈夫?うなされていたよ。そんなところで寝てるからでしょう、全く・・・」

歯痒いって、こんなことを言うんだよ、きっと。

とにかく!和也さんとは、鍋は絶対一緒に食わねぇからなっ!!


それにしても、何で四人なんだろ?

昔は時々四人で食事することもあったけど・・・。

それだからかな?おふくろも親父も、昔みたいに名前で和也さんのこと呼んでたし・・・。

でも、おふくろが絵付けとか言ってるのは今の話しだよなぁ・・・。

やっぱ、夢だな。メチャクチャだ。


ところで、すっかり目は覚めたはずなんだけどな。

まだ悪夢の元凶が見える。消えろ。


「何で和也さんがいるんだよ?会社は?」

「早退させてもらいました」

時計を見ると、午前10時を回ったところ・・・行って帰って来ただけじゃねぇか!!


「病院予約して来たから、行くよ」

「病院!?何しに!たかが微熱だぜ!!」

「微熱でも、この時期だからね。万が一、インフルエンザだったらどうするの」


ゴワゴワに厚着させられて、会社と同じビルの中にある病院へ。

待合室は、咳き込む患者であふれていた。

・・・万が一の為にって、この中に突っ込んでいく方が無謀じゃね?



「熱は・・7度4分か、少しあるね。はい、あーん・・・」

「朝は7度2分でした。薬をのませたので、下がると思ったのですが・・・」

「じっと寝てなくちゃだめだぞ。せっかくの薬も効かなくなるからね」

寝てたら叩き起こされ、寒い中外に引きずり出され・・・どうやったら熱下がんだよ。

そういうことは、オレの後ろに張り付いて立っている奴に言ってくれよ。


「それで検査結果は・・・と、ああ単なる感冒だね。

喉の炎症もたいしたことないし、暖かくして寝ていれば二、三日で治ります」



疲労感いっぱいに車のシートにもたれ掛る。

「朝より熱が上がっているから、疲れたでしょう。家に帰ったらゆっくり寝てなさい」

「ゆっくり寝てたじゃん」

オウム返しは最大の抗議、顔を窓側に向けたまま言い捨てるように言ってやった。


「ちゃんとベッドで寝なさい。・・・インフルエンザじゃなくて、本当に良かった」

和也さんはオレがどんな言い方をしても、いつもきちんとした言葉で返してくる。

だけど、うるせぇよ・・・そう思いながら聞こえてきた最後の言葉は、オレに言っているというよりも、どこか独り言を呟いているようなそんな感じがした。





マンションに着くと、即効でベッドに寝かされる。

「大人しく寝てるんだよ。寝入ってしまう前に、少し何か食べる?薬ものまなきゃいけないしね」

少しじゃなくて、がっつり食いたいんだけど。

「オレ、ビーフシチュー食いたい」

「そう、ちょうど良かった、この間作って冷凍しておいたのがあるよ。すぐ仕度して来るね」

オレの大量に脱ぎ捨てた服を手早く片付けると、携帯を手に部屋を出て行った。


「・・・ええ、ご心配なく。インフルエンザではありませんでしたので・・・はい・・・」


和也さんがキッチンでメシの仕度している間に、オレはリビングに置いたままのゲームやらマンガ本やらを回収。

自分の部屋に戻って、さっそく新作ゲームを開封する。

本体にソフトを差し込んで、起動・・・うおぉっ!!すげぇー!!


「何してるの?寝てなきゃだめでしょう」

「どうせメシ食うまでは起きてんだし、いいじゃん別にちょっとぐらい」

「その油断が病気を悪化させるんだよ。熱が下がらないのも、リビングなんかで寝ていたからでしょう。
さっき学習したばかりなのに、おサルさんかと思っていたらニワトリだったんだね」


「・・・ニワトリ?」

「三歩、歩いたら忘れる?」


熱の下がらない理由は、もっと他のところにあると思う。



うおおぉぉっ!!こんちくちょうーっ!!







「7度6分・・・また上がってるね。今度こそ、ちゃんと寝るんだよ」


もう寝る以外ないから・・・。

ゲームもマンガ本も、体力気力があればこその物なんだよな。

体力はニワトリ発言で使い果たし、気力はビーフシチューで使い果たした。





「・・・これ、何?」

「ビーフシチューでしょ?」

ニワトリと同じパターンだけど体力はすでに無く、残すは気力のみ。

「肉!入ってねぇじゃん!!」

「スープに肉汁がたっぷり出てるよ。野菜も柔らかく煮込んだし、消化も良く栄養いっぱいのビーフシチューだよ」

「こんなのビーフシチューじゃねぇよ。ただのスープだ。オレは肉が食いてぇの!」


「普段は何でも好きなものを食べられて、健康な体で頑張ってくれているんだから、風邪の時くらい労わってあげなさい」


オレの体は肉を要求してんだけどな・・・。

でももう反論はしない。

肉なしのビーフシチューに最後の気力まで奪われて、エネルギーが枯渇した。

腹は減っているので、仕方なく肉をイメージしながら食べることにする。

三杯お代わりしたらそれなりに腹も膨れて、薬効果で・・・いや疲れて、即効眠りに落ちた。








・・・あつい。

猛烈に、あつい。

それもあつい≠フが、部屋が暑いのか体が熱いのか・・・とにかく汗だくで目が覚めた。


「あーつーいーっ!!」

ガバァと掛け布団を跳ねのけると、一枚余分に毛布が掛かっていた。

これか!毛布を剥ぎ取って床へ落とした。

アンダーシャツ一枚だけなので汗がスーッと引くかと思ったけど、ダラダラダラダラ額から胸から玉のように流れて止まらない。

あれか!ファンヒーターがガンガン焚かれていた。


「目が覚めたの。よく寝ていたね」

お玉を持ったまま、和也さんがオレの部屋を覗く。

メシの仕度か・・・何時?

携帯を手繰り寄せて・・・午後9時半!げっ、もうこんな時間。

ついでに着信も確認すると、親父とおふくろから入っていた。

和也さんが報告したんだな・・・。

心配してんのかなと思うと、ちょっとじ〜んとした。

掛け直す前に、留守録を再生する。おふくろから・・・


[ 明良ちゃん!良かったわ! ]

・・・・・・何がだ!!肝心なところが抜けてんだろ!!

しかも、たったのひと言・・・。


電話もメールも同じかよ・・・次、親父は・・・。

親父は、まだおふくろよりマシだからな。


 [明良!・・(社長!緊急に!)・・切るぞ!!  ]

掛けてくんなっ!!


携帯を投げ捨てて、額の汗を拭う。

「明良君、すごい汗だね。食事の前に着替えなさい」

「毛布とかヒーターとか、あつ過ぎんだよ。オレ、シャワー浴びてくる」

「汗をかくことで、体の熱を発散させているんだよ。
シャワーは、まだいけません。その代わり拭いてあげるから」

言うが早いか、あきらかに用意していたと思われる熱く蒸されたタオルで、顔から体から隈なく拭かれる。

気持ちいいけど、鬱陶しい。

「アンダーシャツは、これ。パンツは、こっち。
ズボンはハーフパンツより、ジャージのロングパンツの方がいいね」

さらに着替えまで、当然のように取り仕切られる。


「どう、さっぱりしたでしょう。食事は体が温まるように、生姜を使ったおじやを作ったから」

・・・肉、食いてぇ。しかもあれだけ汗かいたってのに、まだ温めるってか。

「病院で二〜三日って言われていたけど、この調子でいけばそのくらいで治るよ」

つまりこの調子が、まだ二〜三日続くってことだよな・・・。


うっざーっっ!!!!!うーざーいぃぃっ!!!!!


冗談じゃないぜ!!


スプーンを右手、タオルを左手に握り締めて、気合を入れる。

「いただきますっ!」

和也さん特製の生姜おじやを、食う!食う!食う!

噴き出す汗を、拭く!拭く!拭く!

「ごちそうさま!」

薬をのんで、すぐ寝る体勢へ!

床に落とした1枚余分の毛布を元に戻し!

ファンヒーターをガンガン焚いて!

布団にくるまって羊が一匹!羊が二匹!羊が三匹!・・・・・・zzz!!!








「6度2分!見てみろよ、平熱だぜ」

奪い取られる前に自分で測って、和也さんに見せる。

「本当だ、すごい回復力だね」

「オレも今日から会社行くから、朝メシはしっかり食べるぜ」

「はい、承知しました」


滝のように汗をかいた体に頭からシャワーを浴びて、学生服に着替えてテーブルに着いた。

テーブルには、リベンジのビーフシチュー!!

「風邪が治ったらすぐ食べられるように作り直しておいたんだけど、こんなにすぐとはね」

コロッコロの肉が、まいうーっ!!


「食欲は、風邪引いていた時でも変わらなかったよね。インフルエンザだったら、そうはいかないものね」

食欲はともかく、もしインフルエンザだったら確実に正月には掛かってたよな。

そうなってたら、おふくろは正月の旅行止めたかな。


「社長と夫人からも、携帯に掛かってきたでしょう。心配されておられたからね」


・・・この際、おふくろのことは考えないでおくことにする。


「和也さんは、オレがインフルエンザだったら、正月の旅行はどうするつもりだった?」

まっ、和也さんは会社の人間だから関係ないんだけどさ。


「止めるよ」

「えっ?」

「旅行は、いつでも行けるからね」

「・・・でも、彼女と行くんだろ。その人、納得すんの?また逃げられるぜ」

「あはは、大丈夫だよ。そうなった時は、たぶん彼女も家に来ると思うよ」

「えっ!?家って、ここ?」

「そうだよ」

「へえっ!オレひょっとしたら、和也さんの彼女に会ってたかも知れねぇんだな」


和也さんはそれには何も答えず、くすくす笑いながら席を立った。

ふ〜ん・・・。


「なあ、和也さん。正月の旅行だけどさぁ、オレも・・・」

「嫌」


まただ!! まだ途中だっ!!

即答すんな!!

人の話は最後まで聞けよ!!



オレだけ、正月どこにも行くところがねぇんだってば!!

直人と勉強だけの正月なんて、最悪だー!!







※ コメント

おちおち風邪も引いていられない明良と、心行くまで構い倒せた和也さん(本人の自覚はなし)

夢の中では家族揃って鍋を囲っているものの、皆てんでバラバラに(笑)

最後の方、明良は和也の構い倒しがうざいと思いつつも、時々見せる和也の親近感につい引き寄せられてしまいます。

その親近感はどこか父や母に似た、うざいけど・・・みたいな^^

もっとも、あっさりはねつけられて、その親近感もすぐ吹っ飛んでしまっています(笑)

「困ります」ではなく「嫌」というところにこそ、その思いはあるのですが、まだ明良には理解するに及ばないようです^^



NEXT