Round−8

 enqueteより 

     ・ 反省の過程が丁寧に描かれているから




5月第2日曜日。

休みの日でも朝メシの時間は平日と同じ。

休日平日限らず、たまーに手抜きを感じることがある。

例えばスープがなかったり、サラダがレタスとトマトだけだったり。

正当に文句を言うと、いつも帰ってくる言葉が、

嫌なら食べなきゃいいでしょう

最近気づいた、おかしくね?

嫌だって言ってんじゃなくて、手を抜くなって言ってんのにさ。






例によって、今日もそんな感じ。

だから手を抜くなって言ったら、やっぱり帰って来た決まり文句。

「オレ、嫌だなんて言ってねぇだろ。手を抜くなって言ってんだ!」

和也さんは黙ったまんま。そりゃそうだろ。

オレの朝メシだってちゃんと仕事の内なんだからさ。

へっ、黙らしてやったぜ!と、ちょっと余裕かましてたら、和也さんはお構いなく黙々と食ってる。

・・・え〜と?そろそろ何か言ってくれねぇと、オレの食べるタイミングが・・・。

「明良君はどの料理が手抜きだって言うの?」

自分だけ食べ終えた後、コーヒーを片手に聞いてきた・・・自分だけ食うな!

「ここ三日連続で牛乳だろ!一昨日、昨日は会社が忙しかったら許すとしても、休みの日くらいミキサー使えよ!」

「ミックスジュースとかイチゴジュースとかバナナジュースとか?」

「わかってんじゃん」

「君が一昨日の前日、昨日の前日、今日の前日、用意していた果物を食べたからでしょう」

えっ?オレ?果物?

頭をフル回転させて、一昨日の前日まで巻き戻す。

夕食が終わり、オレはすぐ部屋に戻って勉強。受験生だからさ。

9時頃になるとちょうど集中力もエネルギーを要求する感じで、小腹が空くんだよね。

で、冷蔵庫を開けると、一番目の付くど真ん中に皮をむいたオレンジが皿に盛られていて、横にはバナナが2本置いてあった。

あまりにも目立つ位置なので、見つかると和也さんがうるさいので一応聞いてみた。

「いいですよ」

と、すんなりOK。

ちょっと拍子抜けしながらも、ここで余計なことを言ったらまたややこしくなるのでそのまま部屋へ持ち帰って食べた。

美味かった。

次に昨日の前日も、小腹はだいたい同じ時間帯に空くので、また冷蔵庫開けたら、昨日と同じ位置に食べて下さいと言わんばかりに今度はイチゴが。

また和也さんに聞くと、やっぱり昨日と同じ答え。しかも笑顔で。

「いいですよ」

で、今日の前日も・・・もういいよな!

「いいですよ≠チて、わざと言ってただろ!明日のジュースの材料だって言やあ、オレだって食わねぇじゃん!」

「私は別にジュースでも牛乳でも構わないので。まあでもそうやって聞いてくれると、私も助かります。
勝手に漁って持って行かれたら、朝食や昼食の予定が狂うでしょう」

と言うことは、ちょこちょこ冷蔵庫や食品棚漁ってたのがバレてたってことか・・・。

「罠なんか張るなよ。一言聞いてねって言やぁ、済むことだろ」

「そう?罠にハマったおサルさんは、聞く前からイチゴやバナナを口にくわえていたよね。
あまりにも可愛くてつい顔が綻んでしまいました」

・・・それが笑顔の理由かよ。

まっ、可愛いって言ってくれるんだったら少しはマシかな。

マシ・・・マシ?・・・どこがっ!完全にバカにしてんじゃねーか!


「 さて、私は少し出掛けますので、お昼には帰って来ます」

「えっ、買い出し?オレも行く!ちょっと待って、すぐ食っちゃうから」

サル呼ばわりはいつものことなので、あっという間に頭から去る。

「君は君で、行くところがあるでしょう」

「行くところなんかねぇよ。一日中ずっと籠ってたら、勉強してても集中力持たねぇしさ」

「ほら、食べたら食器はすぐシンクに運んで」

おっ!?連れてってくれんのかな。急いで最後の牛乳を飲み干して、食器をシンクへ。

「明良君、今日は何の日か知ってる?」

何を聞いてくるのかと思えば・・・。

「ババァの日だろ。幼稚園児でも知ってるぜ」

食器をシンクに置いた途端、パァーンッ!と強烈な平手が一発尻に飛んできた。

「うがぁ!?痛ってぇなっ!!何すんだよ!!」

体を起こそうとするも、押さえ付けられる。シンクの縁が腹に食い込んで苦しい。

この状況、またしても罠にハマってる?

「明良君、今日は何の日?」

「だからババァの日ってんだろ!!」

バシーンッッ!!

「ふぎゃあっ!!」

あきらかに痛さが違う!かろうじて体を捩ると、和也さんの手には料理で使う木べらが。

「凶器使うなんて卑怯だぞ!!」

「つい近くにあったものですから。で、明君良君、今日は何の日?」

ギブ・・・もうわかったって。

「母の日・・・だろ」

「はい、よろしい。それじゃ行って来ます」

車のキーを手に、オレを置いてさっさと出て行った。

ちぇっ、結局オレは尻叩かれただけかよ。

手だって十分凶器なのに、最近は手以外の凶器を使ってくるしさ。

そっちがそうなら、オレもうかうかしてられねぇ!!

今度バックを取られたら、即座に和也さんの足の甲にかかと後ろ落としだ!

もしくは空いてる方の手で、シンクの中の汚れた食器を掴んで振り廻す!

これいいな!汚い水が和也さんに降り掛かって、100%風呂場にダッシュだな。

あははは・・はぁ・・・いくら思い描いても空しい、この尻の痛み。


・・・おふくろ家に居んのかな。

カーネーションは毎年親父が花籠にして送ってるからさ。

そういや、年々豪華絢爛になる花籠に、おふくろが

―何これ、大きけりゃいいってもんじゃないのよ。部屋の調度と全然合わないじゃない。むしろ邪魔ね―

とか文句ダラダラ言ってたけど、今年も親父から届いてるんだろうな。

しまったなぁ、親父にアドバイスしてやりゃ良かった。

ちょっと様子見てこようかな・・・。

―君は君で、行くところがあるでしょう―

そう言うことなんだよな。

オレが顔見せに行ったら、和也さんの教育係としての株が上がるってわけだ。

おふくろはきっと和也さんが行かせたって思うに決まってんだからさ。

まっ、今更どうでもいいけど。

ということで、オレもマンションを出た。

いつものようにチャリンコに乗って・・・だーっ!!

し、尻が痛てーっ!!

くそったれー!立ち漕ぎで凌ぐ!

オレにおふくろの顔見せに行かせたかったら、オレを送ってから自分の用事に行けよ!

一度も送ってもらったことも、迎えに来てもらったこともねぇけどなー!

うおーっ!段差がっ!イテッ!

信号!青だぁぁ・・・間に合わず赤で停止!イテッ!

うわわわっ!いきなり路地から前と後ろにでかいカゴを積んだママチャリババァが、オレの前を横切って行く。

急ブレーキとハンドルを大きくきって、危うく衝突を回避!

一旦停止も左右確認もしないのは、ババァ独自の交通ルール?

勘弁してくれよ・・・尻がもたねぇ。

これだからババァは・・・いや、尻が痛い元々の原因は和也さんだよな。

ちくしょー!やっぱ絶対リベンジだー!と、チャリを漕ぐペダルに再び力が入り、今度は空しくなる前に家に到着。


チャリはいつものようにガレージの横に置いて、門横の小さなくぐり戸から入る。

玄関は格子柄の引き戸。

「ただいまー!オレ!」

スーッと開くのはいいんだけど、鍵かかってたことねぇな。

ん?何だこれ?すげー靴がいっぱい。来客?

「まあっ!明良坊ちゃま!お帰りなさいませ!門の方からお呼び下さればよろしいのに」

奥から出迎えてくれたのは、お手伝いさんの美代さん。

十年以上だから家族同然なんだけど何年経っても、そこの一線は越えて来ない人≠チてのが親父たちの評価。

小さい頃は・・・いや、和也さんのところへ行かされるまではそんなことわからなかったし考えることもなかったけど、今はわかる。

要するにきちんとわきまえていて、口が堅いってことだ。

美代さんがいてくれることがオレの安心。

「来客多そうだね。おふくろは?」

「もちろんいらっしゃいますよ。今日お見えのお客様は、奥様の陶芸のお仲間の方たちです」

ってことは、この来客全ておふくろの客ってことか。

「親父は?」

「もちろんいらっしゃいますよ。書斎の方に」

完全にハミゴだな・・・。

「おふくろ、友達と楽しくやってんだったらそれでいいや。
オレが来たことだけは、美代さんから言っといて。んじゃ、ね」

美代さんは帰ろうとするオレの袖を慌てて掴んだ。

「ダメです。すぐ奥様をお呼びして来ますから、そこに腰掛けて待っていて下さい」

玄関の上がり框のところに柔らかな絹座布団を置いて、おふくろを呼びに行った。

オレには悪くない。部屋で待つよりもずっと。

ダメですと言いつつ無理に部屋に通さないところが、一線を越えないっていう気遣いなのかなと思う。

とは、後で思ったこと。


腰を下ろした途端、いきなり後ろからドーンッ!と抱きつかれる。

柔らかな絹座布団がオレの尻を救う。

「明良ちゃーんっ!!来てくれるって信じてたわー!!」

「ちょ・・いきなり子供かよ!苦しいって!」

「美代さん!美代さん!明良ちゃんが子供かよ≠ナすって!つい最近まで喜んでいたのは、明良ちゃんの方なのにねぇ」

「つい最近って・・・幼稚園の時くらいのことをつい最近なんて言わねぇの」

立ち上がろうにもオレの背中に子泣き爺のようにへばりついている。

「お母さんあなたが生まれた時から和也さんの所へ行くまでのことは、昨日のことのように覚えているわよ。
何が好きで、何を喜んで、何に泣いていたか・・・。でもそんなことは、もうどうでもいいの」

「えっ・・・」

何だよ、この急にしんみりする空気は・・・。

「いまはたまにしか会えないけど、こうして抱きしめて、わずかでいいの話をするだけで、あなたの成長が手に取るようにわかる。
成長の中に明良の全てを感じることが出来る。それ以上の幸せがある?」

・・・おふくろがこんな真面目な話しをするなんて、想定外。てか、後ろからの抱きつきで良かった。

恥ずかしくて顔なんて見られねぇじゃん。


「明良?明良!やっぱり母さんに会いに来たんだな。父さんもいるぞ、早く上がって来い」

さすが親父!助かった!出て来るタイミング抜群だな!

「さっ、お母さん、お友達のところに戻るわね。気を付けて帰るのよ」

この変わり身の早さ、子泣きババァがオレの背中から離れる。

「何だ、明良帰るのか?」

「うん、おふくろの顔見に来ただけだから」

と、おふくろの顔を見ずに言う。

「キャーッ!明良ちゃん!こっち向いて言ってちょうだい。まあ!可愛い!」

おふくろが無理やりオレの顔を両手で挟んで自分の方へ・・・くっ、首が!!

「やめっ・・首がひん曲がるだろ!相変わらずムチャクチャだな!」

「大丈夫か、明良?大丈夫だな、うん、うん」

またしても親父、言う相手が違う!おふくろを注意しろよ!

「そいじゃ。花やプレゼントは親父には太刀打ちできねぇからさ」

花籠の件は帰ってから電話で親父に伝えといてやろう。来年のこともあるし。

「そうなのよ!今年もお父さんから大きな花籠もらって、助かるわぁ。
今日は皆が造ったり絵付けしたりした花瓶を持ち寄って、生け花大会してるの。みんな大喜びよ」

・・・ああ、そうか。陶芸するようになって、親父の花籠はいい材料だってことだ。

無残に抜き取られた花籠が目に浮かぶ。

でも、親父も何も言わないし、そういうとろは太っ腹だな。

「それじゃ、和也さんによろしくね〜」

あっさりおふくろは友達のところへ戻って行った。元のオレの部屋へ。

「明良、帰るのか?父の日というのもあるぞ。前倒しで母の日と・・・」

「旦那様、お話の途中で誠に申し訳ありません。奥様が旦那様を皆様にご紹介したいと仰っておられましたので、
お昼をご一緒していただくようご了承いただきたいのですが」

「美耶子が!私は構わんぞ。明良、すまん母の日だからな。気を付けて帰れ」

前倒しから一転、すまんと嬉しそうな親父に、オレも少しほっとした。

このままじゃ可哀そうを通り越して、哀れだもんな。

「明良坊ちゃま、お気を付けてお帰り下さいませ」

すでに親父も引っ込んで、美代さんだけがオレの見送り。

「サンキュー!美代さん!親父とおふくろを、よろしく!」

颯爽とチャリに跨り我が家を後にする。

角を曲がったところで、一旦降りてそっと乗り直す。

尻の痛みはマシになったとはいえ、サドルの硬さが微妙に響く。

急いで帰る必要もないし、ゆっくり走ると尻への影響も最小限だしさ。

住宅街を抜けて駅前に出ると、直人の家。住居兼用の吉田産婦人科がある。

直人は圭一兄ちゃんと、カーネーションの花束とプレゼント買いに行くって言ってたな。

・・・いいな、兄ちゃんがいて。

何でも話せて、一緒に行動出来て。

直人は和也さんも兄ちゃんみたいだって言ってたけど、今日だって自分のことは何にも話してくれないし。

行動だってバラバラ・・・・・・あ、何で気付かなかったんだろ。

和也さんは墓参りに行ってるんだ。

一回だけ和也さんの部屋で見たことがある、写真立ての中の綺麗な女の人・・・。

和也さんんと年もそんな違わないくらいに見えて、姉ちゃん?って聞いたんだ。

―母です―

そのとき、少しだけ話してくれた。

写真は和也さんの中学入学式の時のまだ健康だった頃ので、亡くなったのはその二年後だったってこと。

若かったから病気の進行が早かったこと・・・・・・ガンとは言わなかったけど。


何だか急に腹が立ってきた。

尻が痛いとか、リベンジしてやるとか、そんなんじゃなくて。

墓参りに行くなら行くって言えばいいじゃん!

しょせん兄ちゃんみたいな人は、どこまでいってもみたいな人なんだよ。

駅前から商店街を抜けて幹線道路に沿った自転車レーンを真っ直ぐ走る。

ちょっと寄りたいところが出来て、ここからはスピードアップ。

幹線道路沿いには色々な店舗が並んでいる。その一番角っこの店。

快走!快走!快・・・ポッ・・ポツ・・ヒッ!冷たっ!えぇっ?・・・雨?

ポツ・ポツポツポツポツ・・ザーッ!!うわわわっ!雨かよ!

行きはママチャリババァで、帰りは雨って、ついてねぇな・・・。

雨粒をまともに受けながら、チャリを漕ぐ。

店に到着とほぼ同時に雨が止む。

だけどずぶ濡れには十分な通り雨だった。



行きと帰りに時間がかかって、マンションに着いたのが昼過ぎだった。

和也さん帰ってんのかなと思いつつ、合鍵で玄関開けるといい匂い!

「ただいまー!オレ!腹減った!」

「お帰り。お昼食べてこなかったの?」

キッチンから和也さんの声。

何だ、いい匂いは自分用のかよ。

「食べてねぇよ、オレも!」

ダイニングにいる和也さんのところへ行く。

「ああ、雨が降っていたからね。髪も服も濡れちゃったね、シャワー浴びてきたら。その間にお昼用意しておくから」

何だよ、このあっさりした言い方。いいけどさ、しょせん兄ちゃんじゃないし。


「和也さん、これ」


シャワーを浴びる前に、後ろに隠し持っていたカーネーションの花束を渡した。

片手で隠し持てるくらいのだから、そんなたいしたものじゃないけどさ。

幹線道路沿いのフラワーストア、赤いカーネーションの花束が色々なメッセージ付きで店先のワゴンに並んでいた。

数はそんなに多くなかったけど、白いカーネーションの花束もあった。

【天国のお母さん、ありがとう】

・・・和也さんは、こっちなんだな。

白いカーネーションの花束を掴んでレジへ。

メッセージカードは、メッセージ欄が空白のに変えてもらった。



「和也さんの姉ちゃんみたいなおふくろさんに。一応さ、一緒に住んでんじゃん。
写真は一回しか見せてもらったことねぇけどさ」

な・・なんだよ。じーっとオレを見つめるその目。

大量生産のワゴン商品だもんな、確かに売り切れごめん感満載だけど・・・。


「ありがとう。風邪引くよ、早くシャワー浴びておいで」

にこっと微笑んで一言お礼を言って、後はいつもの和也さん。

一応っていうのが気にいらなかったのかな・・・それともワゴン商品だから・・・。

別に何かを言って欲しいってわけじゃないぜ。

・・・どうでもいいや、シャワー浴びてこようっと!

携帯だけ洗面台の棚の上に置いて、濡れた服は脱衣かごにくちゃくちゃに入れてやる。

頭からシャワーを浴びて、シャンプーで頭をガシガシ。

次にボディシャンプーを両手につけて、首から下をスリスリ。

泡だらけの体に勢いよくシャワーの雨。こんな雨ならいいのにさ。

「あー、さっぱりした!」

風呂場から出るとバスタオルとトランクス、Tシャツ、ハーフパンツの着替え一式が、いつものように用意されていた。

バスタオルは用意されてて当然だけど、着るものくらい好きにさせてくれよ・・・。

あっさりしている割には、オレの身の回りの事に関しては鬱陶しいほど構ってくるんだよな。

ガーッとヘアドライヤーで髪を乾かして、和也さんチョイスの服を着て、ダイニングへ・・・。

おっと!携帯を忘れるところだった。

前に置き忘れた携帯を和也さんが持って来てくれたんだけどさ、サンキューって受け取ろうとしたら、


―そんなお礼の言い方がある?―

―へぇ〜、んじゃ、どんな礼の言い方があるってんだよ!―


それでもうわかるよな。乱闘になって晩メシが1時間遅れた。



「腹減ったー!腹減ったー!」

と、大声で催促しながら着席・・・えっ?

ランチョンマットが三人分。一枚はオレ、一枚は和也さん。もう一枚は・・・

「今日は、母も一緒に。でないと私が母に叱られるからね。いいかな?」

「も!も・も・も・もちろんいいに決まってんじゃん」

何でオレがこんなに焦ってんだよ!

オレの真向かいに置かれた写真立て。あの時見たのと同じ、変わらない綺麗なまま。

それから白いカーネーションの花束が、ガラスの花瓶に活けられていた。

自分で言うのもなんだけど、とてもワゴン商品の物とは思えない。

「本当に可憐で美しいね。母は花がとても好きだったから、喜んでるよ」

「そ、そっかな、でもそれワ・ワ・ワ・ワゴン商品のだぜ」

だから何故焦る!オレ!

別に和也さんにそこまでさせることを望んで、花束買ったわけじゃないんだけどな。

「ワゴン商品の物でもオーダーメイドの物でも、花の美しさは変わらないよ。
白いカーネーションの花びらについていた雨粒が、私には真珠のように見えたよ」

「わ・わかった!もういい!オレ、腹減ってんだって!」

「そうだね、すぐ用意するからね」

ダメだ、どっちかっていうと純粋な動機で買ったわけじゃないのに、和也さんの中ですごいことになってる・・・気がする。

もう忘れよう・・・食べる方に集中!!


「はい、お待たせ」

「うはっ!やったー!エビグラタンだ!」

それからマッシュポテトと、ブロッコリーとカリフラワーのサラダ。

オニオンスープ。塩パン!これ美味い!

「夫人はお元気にしてた?」

「アメフト並みのタックルで抱きつかれた。陶芸の友達がたくさん来てて、自分たちで絵付け?した花瓶で生け花大会だってさ」

「そう、花瓶も扱われるんだね」

「けどさぁ、材料の花は親父が毎年贈る母の日の花籠ってちょっと酷くね?
去年までは大きすぎて邪魔だって言ってたくせに、助かるわぁだってさ」

和也さんは黙ったまま、時折くすくすと顔を綻ばせながら話を聞いていた。

そりゃ批判的なことは言えないよな、和也さんからすれば社長夫人だしね。

エビグラタン美味〜い!マッシュポテトを頬張って、塩パンをガブリ。

オニオンスープをお代わりして、続きを話す。

「でも親父は何にも言わないで嬉しそうな顔してんだぜ。ああいうところは太っ腹だよな」

そう言った途端、和也さんが大笑いした。おふくろに部屋を取られたって話した時以来の。

姉ちゃんみたいなおふくろさんの写真を見ながら、笑いのツボに入ったのかまだ笑ってる。

これはこれでどうなんだ?親父、社長だぜ?


「社長は太っ腹だそうですよ」

和也さんはなかなか収まらない笑みを堪えながら、写真の方に話しかけていた。

何だろう・・・懐かしそうな?やっぱり和也さんには、姉ちゃんじゃなくておふくろさんなんだな。


写真を見つめる和也さんを、パシャッ!

「和也さん!顔を上げろよ!」

「何?」

と、顔を上げたところを、パシャッ!


「へへ、ツーショット撮ってやったぜ」

照れるかな?そういや和也さんの照れた顔って見たことないな。見せてみろ。


「ありがとう。今日は明良君のおかげで、親孝行が出来ました」


え・・・照れないどころか、本当に嬉しそうな顔で礼を言われた。

「いや・・あの・・ごちそうさま!後でそっちの携帯に送るから」

逃げるように席を立って自分の部屋へ駆け込んだ。

何でオレが照れるんだよ!

はぁ〜、あんな風に言われると何か調子狂うんだよなぁ・・・。

机に片ひじ付きながら、さっき撮った写メを和也さんの携帯に送る。

あっという間に終了。

さあ勉強するか・・・そう思うも、なかなか携帯が手から離れない。

ツーショットの写メを見ながら、おふくろの言葉が思い出された。


―成長の中に明良の全てを感じることが出来る。それ以上の幸せがある?―


写真の中で微笑むこの人も、オレのおふくろと同じだったのかな。

同じなんだろうな。1枚目に撮った、写真の方を見つめる和也さんの表情でわかる。


ポツリと何かが机の上に落ちた。

またポツリ。

それが涙とわかったのは頬が濡れたから。

オレ泣いてる・・・?


急いで鼻をズビーッとかんで、目をゴシゴシ擦る。

こんな顔、絶対和也さんに見られたくない!

と思った瞬間部屋をノックする音!?

「どうしたの?目が赤いよ」

どわあぁぁぁーっ!!!

いきなり覗き込むようして和也さんの顔が!

「なんで勝手に入って来てんだよ!!」

「ノックしたでしょう」

「ノックしながら入って来んな!何の用だよ!オレは勉強・・・・・・」

「鼻もかんでいたみたいだけど、花粉症かもしれないね。取りあえず目薬差してあげるからリビングへおいで」

げっ!!

「花粉症なんかじゃねぇって!」

「じゃあどうしたの?」

うっ!!

「鼻・・・鼻くらいかむだろ!目は・・・目にゴミ?が入ったみたいで・・・」

と、痛くもかゆくもないのにゴシゴシ擦る。

「ほら、擦らないの。よけい酷くなるでしょう」

腕を掴み、目薬目薬と呪文のように唱えながら、オレをリビングへ引き摺って行く。

「ちょっと待てって!そもそも何の用事でオレの部屋に来たんだよ!」

「写メのお礼です。すぐ送ってくれて、それにとても綺麗に撮ってくれてありがとう」

「写・・・そんなのは晩メシの時にでも言やいいじゃねぇかー!!」


「嬉しくて」

そう言って、和也さんは穏やかに微笑んだ。


オレの腕は掴まれたままだけどなー!!離せーっ!!







※コメント

ここから和也さんの明良構い倒しが大爆発「嬉しくて」(笑)

明良は、一緒に暮らしているのにあまり自分の事を話さない和也に不満を感じます。

比べる相手が近くにいるので余計ですね(直人と圭一兄ちゃん)^^

白いカーネーションの花束も、半分くらいは何も話してくれない和也へのあてつけで買ったものと思われます。

もう半分は明良の優しさでしょうか。

そして明良が初めて感じる親の深い愛情。和也と写真の母のツーショットに涙した場面です。

自分の母のこと、和也のこと、和也の母のこと、そして自分のこと。

たぶん一瞬のうちに思いが駆け巡り、感情が込み上げ涙が零れたのでしょう。

自分が泣いていることに気付くよりも早く。

明良には色々大変な母の日でしたが、和也には一生忘れることのできない母の日になったことでしょう。

そして添えられたカードの空白のメッセージ欄には、

【母さん、弟の明良からだよ】

案外ラフな感じで書き込んでいそうです。もちろん、明良立入禁止の自分の部屋で^^

尚、相変わらずノックしながらも許可なく入って来る和也と、すでにバナナを口にくわえながら食べてもいいかと聞く明良。

兄が兄なら弟も弟なのですが、この辺のことは第三者でないと気付かないところですね^^


あっ、それからお手伝いの美代さん、よろしくお願いします^^

明良父にも、家での地位に多少サポートする人が必要かと(笑)



2018.5.18



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