エンジェル



細い身体、フワフワの茶色い髪、大きな黒い瞳の幼い容姿の男の子。


―フェアリー・・・?―


―時々いるんだよ、妖精が、この学校に。聡は見たことある?僕はあるよ―


白瀬さんがそんなことを言っていたけど・・・。



透き通る肌、黄金色(こがねいろ)の巻き毛、色素の薄い瞳の幼い容姿の男の子。


―エンジェル・・・―


僕は天使を見た。







朝露の雫も弾き飛ばしてしまいそうなほど、ピンと張った木々の葉。

深い緑はどこまでも奥へ続き、キラキラと差し込む陽光に周囲の景観が浮かび上がる。

教室の窓から、陽光に映えて見えたのはシロツメグサの一群。 

学校を離れる最後の日・・・



先生が白い小さな花びらを集めてよって

手元の花びらは真珠のように 白く淡く輝いて


―どうだい、これくらいなら大丈夫だろう―  


僕の頭の上に ポンと乗せてくれた花冠(はなかんむり)


―もう・・いいんです。先生、僕が勉強する意味は?何も出来ないのに、壊れたコップも片付けられない・・・。
花さえも触れなくて、僕が生きている意味は?―




君が生きている意味は この白い花冠

花さえも(さわ)れないと嘆く今日でも 明日にはこうやって
 
花に()れることが出来るかも知れないだろう

君が生きている意味は 君の人生の中に

君が係わる 全ての人たちの中に 





「・・とし、・・聡!もうすぐ五時限始まるぞ!」

「・・・和泉?あっ、本当だ」

「何度呼んでも応答無し・・・雑木林なんか見ていて楽しいか?」

急いで着席する横から、和泉が呆れたように聞いて来る。

「雑木林って、まあそうだけど・・・。僕はこの学校の景観が好きだよ。
季節の推移とともに変化
する樹木やそれを彩る花々、見ていて飽きることはないよ」

「ふ〜ん・・・」

気のない返事をする和泉は、あまりそういうことには興味がなさそうだった。

「それより次は絶対見に来いよ」

和泉が親指を立ててウインクをする。これで二度目の念押し。



この間の放課後―。

和泉たちのバスケットボールの試合を見に行く約束を反故にしてしまい、寮に帰るとすぐ和泉の部屋へ行った。

寮は高等部が一人一部屋で、中等部が二人一部屋となっている。


「聡!何やってたんだよ、いい試合だったのに」

和泉はシャワーを浴びた直後のようで、私服に着替えてはいたがまだ髪の毛が濡れていた。

ガシガシとバスタオルで頭を拭きながら、残念そうに言った。

「ごめんね、急に行くところが出来て・・・」

「急用なら仕方ないけど・・・おれたち三年生に勝ったんだぜ」

電話をしてもメールを入れても、もう試合が始まる頃だったのだろう和泉は携帯に出ることはなくて、細かな理由までは伝えられなかった。

「へぇ、それは凄いね!見たかったなぁ。・・・薬を取りに行った医務室で友達に会ったんだ」

バスタオルを首に掛けて、手櫛で髪を撫でつける。

和泉は僕を部屋へ招き入れて、自分は勉
強机の椅子に、僕はベッドに腰掛けた。

「友達って・・・三年生?」

「そうだよ。・・・本条先生が風邪引いて、その薬を友達が貰いに行ってたんだ。
・・・和泉、先生
が風邪引いていたの知ってた?」

「いや、知らない。・・・何だよ、兄弟だからって滅多に顔なんて合わせないよ」

弟なのに知らないなんて・・・と、僕が非難しているように見えたのだろうか。少し憮然そうな和泉の表情だった。

「わかってる、そんなへんな意味で言ったんじゃないよ・・・。
返って心配させちゃったね、今はもう
大丈夫だよ」

自分の言い方が気を使わせたと思ったのか、和泉はすぐ普通の表情に戻った。

「風邪くらいで心配しないって。だけど兄貴の風邪と聡が来れなかったのが、どう関係してるんだよ」

「それは・・・」

いくら和泉が先生の弟でも、あまり渡瀬たちのことは大っぴらには言えない。

第一そんな内情を口外すれば、二度と本条先生のところへは出入りなど出来なくなる。

「先生風邪引いて花の世話が出来ないから、薬を届ける友達が一人で世話してるんだ。
大変
だろ?つい僕も一緒に・・・手伝えることがあったらと思って」

「・・・聡らしいね。ほっときゃいいんだってば。花は自分の趣味でやってんだから」

「それはそうだけど」

和泉の身内らしいストレートな発言に思わず苦笑しつつも、納得してもらえたようだとほっとした。

勉強机の椅子に座っていた和泉が立ち上がってサニタリールームへ向かった。

ドアは開けたままなので声は聞こえる。髪を乾かすドライヤーの音をさせながら、和泉が訊いて来た。

「・・・しょっちゅう行ってんの?兄貴のところ」

「二回目かな。まだ復学して一ヶ月だろ。新学期前の挨拶とこの間のと・・・」

ドライヤーの音が止んだ。しかしまだ和泉は出てこない。

「・・・謹慎中の奴らだっているだろうし、間違われたりとかさ・・・。
おれはあんまり行かない方が
いいと思うけど」

「和泉・・・?」

指導部とは無縁な一般生徒の和泉からすれば尤もな意見だと思うのに、声の調子もいたって普通に聞こえるのに、なぜか和泉の言い方に違和感を覚えた。

サニタリールーム、洗面台の鏡に映る和泉はどんな表情をして言ったのだろう。


ドンッ、ドンッ――。

「本条、食堂に行こうぜ!晩メシーッ!!・・・と、村上さん」

荒っぽいノックの音と共にドアが開いて、クラスメイトが和泉を誘いに来た。

「おうっ、行く!今日頑張りすぎ、腹ペコペコ!」

和泉がサニタリールームから出て来た。

きれいに乾いた髪が和泉の動きに合わせて、
流れるように揺れている。

「村上さんも行きますか?」

クラスメイトの、無理強いのない心遣い。


―君が係わる 全ての人たちの中に― 


「ありがとう、僕は後から行くから。・・・和泉、また明日。今日は本当にごめんね」

その時の和泉はうん≠ニだけ軽く返事をして、どこかよそよそしい感じがした。

翌日には普段通りの和泉だったので、結局それ以上昨日の件についての話はしなかった。







「次はクラス連合なんだってね」

二年生が三年生に勝ったことで、バスケットボールはかなり両学年の間でヒートアップしているようだった。

「へへっ、よっぽど悔しかったみたいだぜ。
こっちだって強力な助っ人C組から確保してるから、
連勝さ」

接戦をものにしたことで、さらに強気な和泉だった。

後ろの席のクラスメイトが、良し良し≠ニ和泉の頭を撫でる。

和泉の周りで起きる笑い声。明るい雰囲気が教室を包む。

そして五時限、午後の授業が始まった。

鐘が鳴り、スッとすべるように教室のドアが開く。

一瞬にして全ての動作が止まり、無言の静けさの中で教壇に立つ先生を迎える。


「起立!」



郊外の広い敷地 周囲は樹木に覆われて

規律正しく 厳格な進学校 

しかし 堅苦しいだけでなく 

一歩正門に踏み入れば 溢れる花々に

溜息が漏れ 目を奪われる

匂い立つ芳香は 自然の匂いなれば

草木に帰り 空気に溶け込む

パブリックスクール 緑の芝生 温室のバラ園

パブリックスクール 多感な少年たちの学び舎



午後3時10分、待機も終了して自由な放課後の時間。

和泉たちは、最近は体育館へ直行の毎日。

僕は変わらず、スタディルームとレストルームで過す日々が続いた。

先生のところへは、あの日以来行っていなかった。

和泉の言葉と態度が少し気に掛かって、行くのをためらっていたのも事実だった。


―・・・おれはあんまり行かない方がいいと思うけど―


もう新学期から一ヶ月・・・。

渡瀬たちはまだ戻って来てはいなかった。







先生の宿舎へ向かう。

和泉が知ったら、今度ははっきりと行くなと言うだろうか。

別に先生のところへ行くのを隠すつもりはな
いけど、あえて言うつもりもない。

これはあくまで僕個人の問題として割り切ることにした。



宿舎に着くと食堂から笑い声が聞こえてきた。

カン高く幼い声。中等部一年生が入って来ると言っていたけど・・・。


「聡!」

「よう、久し振り」

谷口が驚いたような、でも嬉しそうに名前を呼んでくれた。

三浦も同じように嬉しそうな顔を見
せてくれた。

二人とも元気そうで、風邪はすっかり治っているようだった。

良かったと思いつつも、僕の方の驚きが大きくて言葉が出なかった。



透き通る肌、黄金色(こがねいろ)の巻き毛、色素の薄い瞳の幼い容姿の男の子。


―エンジェル・・・―


三浦が膝の上で天使を抱いていた。


「そんなに驚いた顔するなよ、聡・・・」

「驚くよなぁ。ガキはうっとうしいって中等部には寄りつかない三浦が、こいつを抱っこしてんだぜ」

「こいつじゃないもん!!」

三浦の後を受けた谷口の説明に、三浦の膝の上の天使が異議を唱える。

谷口は食堂のテーブルに両肘をついて、笑いながら言った。

「そりゃ悪かったな。俺たちの友達の村上聡だよ。お前の名前も教えてやって」


「よろしく」

と、挨拶をすると、上目使いに窺がうようなしぐさは、その風貌と加味して神経質そうな一面を垣間見るようだった。


青色の名札紐を掛けるのは中等部一年生。 

谷口の言葉にゆっくりした動作で、胸の名札を僕の方に向ける。


―立木 流苛(たちき るか)―


「流苛の母親がフランス人なんだ。ちょっとビジュアル系だろ」

なぜか三浦が得意気に話す。すっかり懐かれているのが、体を預けるようにもたれている流苛の様子でわかった。

高等部三年生と中等部一年生。

特に流苛は小さく、まるで大人と子供くらいの体格の差があっ
た。

僕たちもこんなに幼かったのだろうか。


十二歳。一人前のつもりで入学式に臨んで、初めて寮で過した夜はたまらない不安に陥った。

同室のルームメイトは泣き出してしまって、どうせ眠れないのならと一緒にレストルームに行った。

レストルームは一晩中灯かりがついていて、明るい部屋には花が飾られ音楽が流れ、同じようなみんなが集まって来て、とうとう一夜を全員がそこで明かした。

先生たちにすれば、毎年のこととわかっているのだろう。

咎められることもなくて、一週間もす
れば僕たちは各自の部屋で夜を過せるようになった。

そこには渡瀬がいて三浦がいて、谷口がいた。

寂しさや楽しさを共有し合える仲間。

それもまた良い思い出―。

入学から一ヶ月、ここにいる流苛には・・・。


「そう言えば、渡瀬は?」
 
渡瀬の姿が見えなかった。

三浦が部屋の時計に目をやると、膝の上に座っていた流苛が降りながら言った。

「僕が起こして来る!」

「あっ・と・・、渡瀬はいいよ。勝手に起きてくるから、放っておけ」

慌てて三浦が駆けて行こうとする流苛をもう一度抱き上げた。

「何、今度は渡瀬が寝込んでるの?」

「病気じゃないって」

谷口が立ち上がって僕の肩をポンと叩いた。

その笑顔に、レストルームで一緒に夜を過した幼い谷口の顔が思い浮かんだ。


「ところで聡の方こそ何か用か。俺たちこれから花に水やりに行くんだけど・・・また驚いた顔すんな!」

「あははっ、三浦の面倒見がいいのは知ってるよ。でも花は意外だったかな。用って・・・もう一ヶ月だよ」

僕の言葉に二人はサバサバした表情で答えた。

「そうだな、でももう考えたって仕方ないし、なぁ、谷口」

「うん、なるようになるって思ってる。あっ、でもヤケクソで言ってるんじゃないぜ」

流苛は僕たちの会話に口を挟むことなく、じっと聞いていた。

「それじゃ、もう少し待ってろよ、渡瀬が来るから」



三浦と谷口が流苛を連れて食堂を出たのとほぼ入れ違いに、渡瀬が食堂に来た。

「・・・聡」

「渡瀬、ちょっと痩せた?寝てたって聞いたけど」

渡瀬が食堂の自販機でコーヒーを、僕にはオ・レを買ってテーブルに着いた。

「飲めよ」

「ありがとう・・・、疲れてるんじゃないの」

寝起きなのか、渡瀬にしては珍しくぼやっとした感じだった。

「前に比べればマシだよ。三浦たちの風邪が治って、分担しているから花の世話がずいぶん楽になった」

「分担って、花の世話は元々先生がいるだろ」

「・・・・・・どこに?」

「・・・・・・・・・・」

先生は自分の風邪が治っても、花の世話はほとんど渡瀬たちに任せているようだった。


渡瀬は話すだけ無駄と思っているのか、それ以上先生のことについては何も言わなかった。

「あ・・流苛君のことだけど」

「あいつと会った?あれで良くこの学校に入れたよ。まぁ、面接じゃ夜泣きはわからないからな」

中学生で夜泣き・・・、まだ渡瀬が寝ぼけているのかと思ってしまうような発言だった。

「ここのところはずいぶん減ったけどね、最初の頃は夜中ずっとだぜ。
おかげで俺は、今もほと
んど夜は寝られないんだ」

「それで・・・。渡瀬は、流苛君と同室だったよね。先生に言ったの?そのこと・・・」

「・・・・・・・・・・」

黙ってコーヒーを飲む渡瀬に、はっきり無駄≠フ二文字が連想出来た。


「あーっ、やっと目が覚めた。最近時間の感覚が無くて困る」

「・・・そろそろ体を戻しておかなきゃ、勉強だってそうだし。そっちの方が困るんじゃないの」

三浦や谷口、渡瀬までのん気なことを言うので、僕の方が焦ってしまいそうになる。

「勉強か・・・。流苛の勉強は俺たちがみてるけど・・・」

渡瀬の次に続く言葉は、もう聞かなくてもわかった。

話をしようと思っても、先生の話題になると途切れてしまう。


時刻は午後4時30分を指していた。中途半端な時間。

「渡瀬、時間があるならせめて数学くらい、どこまで進んでいるか聞いて来てあげるけど」

「ん・・・そうだな・・・」

そんな事を話していると、ドタドタと廊下を走る音がして先生が食堂に入って来た。

「先生」

「やぁ、聡君来てたの」

ハァハァと息使いも荒く、先生にしては珍しく急いでいる様子だった。

「どうかされたのですか?」

渡瀬は冷静だった。少々のことでは動じない、先生に対する常日頃がそっくり出ているような態度だった。

「うん。渡瀬、君たちの謹慎が解けたよ。処分は一ヶ月の停学だ」

先生はいつもの自分の席に座って、とても大事なことをあっさりと言った。

少々のことでは動じない渡瀬も、さすがにこれには驚いたようだった。

目を見開いたまま僕が声を掛けるまで、先生を見ていた。


「おめでとう!戻れるんだよ!良かったね、渡瀬!」


「あっ・・・、三浦と谷口にも知らせないと。・・・携帯」

渡瀬は急いでその場から携帯を掛けた。

三浦に伝える渡瀬の声は、少し震えているようだった。


「先生、三浦たちもすぐ帰って来ます」

携帯を切って先生に報告する渡瀬。自然と綻ぶ笑顔。

「それでいつ戻れるのですか」

肝心な日にちを教えて頂いていませんがと、今度は渡瀬がせっつくように先生に聞いている。

実感として少しずつ湧き上がって来ているようだった。


「いつでもいいよ」


「はっ?・・・・」

いきなりの謹慎解除に、渡瀬は信じられない面持ちで先生の顔を見直した。

息の落ち着いた先生とは反対に、渡瀬の息の方がだんだん上がって来ていた。

「聡君、あれから一ヶ月過ぎてるよね」

先生が日にちの確認を僕に訊いて来た。

「あ・・はい、新学期の前日ですから・・・正確には二日過ぎています」

「と言うことだよ。処分は停学一ヶ月だから、もう済んでるだろ」

しばし目を閉じ上がる息を整えて、渡瀬は礼儀正しく先生の前まで行って訊ねた。

「・・・・・事前に連絡は入らないのですか」

「今日電話が入ったんだ。・・・メールでも連絡があったらしいけど。
たくさん来るからどれがどれ
なのか、よくわからないんだ。・・・ごめん」

あまり申し訳なさそうでもない先生の笑顔。その電話で、慌てて先生は食堂に飛んで来たんだ。

確か前にも似たようなことを言っていたけど・・・。


ふと白瀬さんが、先生からメールは来ても返信は貰ったことがないと言っていたのを思い出した。

がっくり、疲れたように渡瀬が椅子に腰を落したところで、三浦たちが帰って来た。



「渡瀬!」

「聡!」

三浦と谷口が声を揃えて僕たちの名前を呼んだ。

大急ぎで帰って来たのだろう、汗を滲ませ零
れるような笑顔で、二人は渡瀬に抱きついた。

「先生、ありがとうございました」

頬を紅潮させた三浦が、喜びの声で先生に礼を言った。

続いて谷口も同じように先生に礼を言
い、頭を下げた。その目は潤んでいた。


「で、いつ帰れるのですか。・・・渡瀬、聞いた?」

やはり三浦たちもそれが一番のようだった。

先生がニコニコと少年のような笑顔を渡瀬に向け
た。

「処分は停学一ヶ月、謹慎は今日で解けたそうだ。今日にでも帰っていいと許可を頂いたよ」

渡瀬は余分なことは言わなかった。当たり障りのない内容に話をまとめて、三浦と谷口に伝えた。

三浦と谷口は渡瀬の言葉に、また二人抱き合って喜び、幾度となく先生に頭を下げた。


「今日は忙しくなるね。寮に帰る準備とかあるだろ。手伝えることがあれば言ってよ」

まだ感激覚めやらない二人に比べて渡瀬はもうすっかり落ち着いていて、テキパキと帰る段取りを考えているようだった。

「今日はここで寝るよ。荷物を今夜中にまとめて明日の朝早く寮に帰る。
・・・流苛のこともある
し。三浦と谷口はどうする?」

「そうだな、俺たちもそうするよ。・・・おい、流苛は?谷口」

「宿舎のところまで一緒だっただろ。お前が抱いて走って来たんじゃないか。流苛、どこだー?」

三浦と谷口が流苛の名前を呼びながら、あたりをキョロキョロと見回した。

二人とも自分たちの喜びが先に立って、つい流苛のことを放ったらかしにしていたことに気がついたようだった。


「流苛君・・・」

食堂の入り口のところで、体の片側だけ見せて立っている流苛がいた。

「流苛、ごめん、ごめん、忘れていたわけじゃないぜ。ほら、こっち来い」

三浦が手招きで流苛を呼び寄せた。

「・・・お兄ちゃんたち、帰っちゃうの?」

三浦の手招きに、流苛が食堂に入って来た。手にはボロボロの本が握られていた。

「流苛・・・?」

三浦が様子のおかしい流苛に気づいて駆け寄ろうとした時、

「お前がお兄ちゃんたちを連れて行くんだー!!」

バシーンッ!!

流苛が叫びながら、手に持っていたボロボロの本を僕に投げつけた。

「聡!大丈夫か!」

三浦は驚いて、僕の方へ駆け寄った。

「流苛!こらっ!人に向けて物を投げるなんて!!」

谷口が流苛の腕を掴んで叱った。

「大丈夫だよ。それよりこれ・・・」

流苛の投げつけたボロボロの本を拾い上げて、三浦に渡した。

「俺の教科書だ・・・」


「流苛!」

谷口がまた強く流苛を叱った。

しかし流苛は谷口の言うことなど全く聞こうともせず、そればかりか掴まれている腕が痛いと暴れた。

すると谷口は、掴んでいた流苛の腕をスッと離した。

流苛は一目散に先生のところへ駆けて行った。


「先生!」


流苛の叫びにも先生はいたって普通に、椅子に座ったまま流苛を抱き上げた。







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