フレンズ




陽が西の空に傾き始めた午後、体を起こし出窓の縁に腰掛けて外の景色を眺める。

医務室の奥にある病室からは、裏手に広がる花畑が見える。

赤紫と青紫が重なり合うように咲いているあの群生の一帯は、紫陽花。

巡り廻(めぐ)る季節の到来を淡い色影が伝えるように、レイニーシーズン・・・ああ、もうそろそろ梅雨の時期だ。

外の景色から、朝倉のいたベッドに目を移す。

鬱陶しい雨も時として心を潤す雫(しずく)に変わればいいのにと思う。

雨の上がる頃には厚い雲の切れ間から陽が差し込むように、朝倉の心にも温かな光が差し込むことを願って。





昨日、野外のバラ園から渡瀬に負ぶわれて病室に戻ってきた時、朝倉の姿はなかった。

その代わりに、三浦が待っていた。

「聡、大丈夫か?・・・朝倉は二階の個室に移ったから」

「三浦にまで迷惑かけちゃって、ごめんね」

「聡のせいじゃないだろ。後で川上も様子見に来るって言ってたぜ」

三浦がどこまで僕と朝倉の経緯(いきさつ)を知っているのかは分からないけれど、渡瀬の時と同じように余分なことは言わなかった。


「さてと、俺たちはまだこれから用事があるから行くけど、聡はちゃんと寝ていろよ」

渡瀬は理由がどうあれ、病室を抜け出したことを遠回しに非難するような口ぶりだった。

「・・・うん。ありがとう、渡瀬」

「何かあったら電話しろ。何のためにベッドに電話が付いているんだ」

各ベッドにはコールボタンの他、院内では携帯が使えない代わりに電話が備え付けてある。

今さらながらのことに釘まで刺されて、しかも渡瀬には泣いてしまったところまで見られているので、黙って頷くしかなかった。


渡瀬たちが帰った後暫くして、川上先生が様子を見に来てくれた。

川上先生は僕の額(ひたい)と胸に手を当て触診すると、点滴の準備を始めた。

施している間、先生は朝倉のことには触れなかったが、僕が病室を抜け出したことについては注意した。


「あまり点滴は使いたくなかったんだけどね。取り敢えずはぐっすり眠ることが先決だ。
・・・何か
あったら、コールボタンや電話を使いなさい」

「はい・・・。あっ、先生、同じこと言われました。さっき、友達に」

「同じ言(こと)?」

「はい。僕を・・負ぶって連れて来てくれた友達が・・・」

「ああ、渡瀬君」

点滴の処置を終えた川上先生が、微笑んだ。

「先生、渡瀬を知ってるんですか!?」

「知ってるよ。本条先生の風邪の看病をした子だろ?」

ああそうだ、まだ渡瀬たちが謹慎中の時・・・。


―遅いじゃないか、渡瀬君。午前中に取りに来なさいと言っておいたはずだよ―


手には大量の薬袋を抱えていて、先生だけじゃなくて三浦と谷口の分も。


カタリと、川上先生がベッド脇の椅子を引いて座った。

「今度は怪我の手当てらしいね」

「かなり出血していました・・・」

「本条先生にも困ったものだねぇ。彼は医務室には来ないから・・・いや、私が彼に敬遠されているんだけどね。
はは・・・まあだけど、渡瀬君は面倒見が良さそうだね」


「とても。僕が大学病院に入院中・・・千羽鶴を・・・吊るしてくれて・・・」

「吊るしてくれて・・・それから?」

川上先生のゆっくり語りかけるような話し方が何故か心地よく耳に響いてくる。

それから・・・

少し開いていた窓から風が吹き込んで、渡瀬の手の千羽鶴が舞ったように見えた。

椅子に乗っていた渡瀬がバランスを崩しそうになって・・・


―うわっ・・・と、びっくりしたぁ―

―落っこちても大丈夫だよ。ケガしてもここは病院だから―

―やだね、俺は聡みたいに我慢強くないんだ。痛いのはごめんだよ―


「・・・鶴に・・・・みんな・の・・メッセージ・・・・・・・・・」


―聡、頑張れよ―

―絶対、帰って来いよ―


「友達はいいね。・・・君の一番の薬だ」

耳の傍で聞こえる先生の声。一生懸命言葉を返そうと思うのに、目が閉じてしまって開かない。

僕は眠ってしまったのかな。手も動かないし声も出ない。


先生、もっともっと話していたいのに。まるで催眠術に掛かったように、体が眠りに落ちていく。


『先生、渡瀬が言ってくれたんです。


―千羽の鶴が、一羽の大きな鶴になって空に舞い上がるんだ。聡、不死鳥になれ― 』





いつの間にか眠ってしまって、おそらく途中からは夢の中で僕は話していたのだろう。

目が覚めると部屋全体が明るくなっていて、すっかり陽が高くなっていた。

あれほど疲労を感じていた体は嘘のように軽く、思わずここが病室のベッドであることを忘れてしまうほどだった。


昼過ぎに川上先生が来て、軽い診察と食事の指導をしてもらう。


「食事がしっかり摂れるようになったら、寮に帰っていいよ。明後日くらいかな」


そして夕方近くになって、寝てばかりだった体を少し慣らそうと起きて出窓に腰掛けた。

そこから見えた紫陽花の一群。

時期的に咲き始めの紫陽花は葉の色が全体に瑞々しく、淡い色合いの花びらの合間に薄い黄緑色の開花間近な紫陽花もまだたくさん混じっていた。



「聡、起きてていいのか?」

ぼんやり外を眺めていて、病室のドアが開くのも気が付かなかった。

不意に聞こえた声に振り向くと、和泉だった。

「和泉!・・・寝すぎだよ。退屈していたところなんだ」

「何だいそれ。昨日は死にそうな顔していたくせにさ」

「僕の方こそ!何だよそれ!僕が唸って寝ていればよかったの」

「いやっ、そう言うわけじゃ・・・心配して損したってやつさ!」

百面相のように変わる和泉の表情が可笑しくて、そしてその気持ちが痛いほど伝わって、笑顔が零れた。

つられるように和泉も笑顔になって、最終的には二人で声を上げて笑った。


「昨日・・・あれからもう一度、晩飯食べたら聡のところに行こうかと思ってたんだ」

「えっ・・・」

出窓から、僕はベッドに戻り和泉は椅子に座った。

「思ったんだけど、兄貴がさ・・・」

和泉はやや不本意そうに口ごもりながら、先生と会っていた時の様子を話してくれた。



先生と和泉は医務室を出た後、寮の和泉の部屋へ向かった。


「たまには部屋も見ておかなきゃとか何とか言いながら・・・おれは兄貴の宿舎には行きたくないからいいんだけどね」


和泉は僕にも先生の宿舎へは行かない方がいいと再三言っていたけれど、和泉自身もはっきり行きたくないと言った。

しかしそれは指導室という場所に対してなのか、或いは先生に対してなのか、そのあたりがまだよくわからなかった。

ただ和泉にとって先生は、学校においても先生というより兄に近いような気がした。

和泉は先生とは呼ばず、先生もまた普通に弟に接するような感じだった。


「夕飯食べた?って聞かれてさ、まだだって言ったら一緒に食べようだぜ」

「一緒に食べたの?」

「食べないって!寮の食堂だぜ!イヤだよ、兄貴が行くとみんな引くし・・・」

僕が苦笑すると、和泉は当然だろと口を尖らせた。

「しばらく話してたんだけどさ、あんまりお腹が空いたってうるさいから、そろそろ帰ればって言ってやったんだ。
そしたらいきなり立ち上がって・・・」



―しまった!忘れてた!―


「・・・何を?」

たぶん渡瀬に言っていたパトロールのことだ。

探るような聞き方は本意ではないけど、和泉は
知っていたのかな・・・。


「知らない、いつものことさ。しょっちゅう携帯でも呼び出されては慌ててんだから」

和泉にとって事の内容はどうあれ、先生の忘れてた≠ヘ、いつものことらしかった。


―和泉、それじゃまたね。・・・聡君のことは心配ないから、ゆっくり寝かせてあげないとね―


先生には和泉が、また僕のところへ行こうとしていたのがわかっていたのだろうか。

案外、話している間の素振りなどで察したのかもしれない。

和泉が僕たちより先生のことをわかっているように、先生もまた和泉の性格はよくわかっているのだろう。

結果としては良かった。もし和泉が来ていれば、部屋にいない僕をきっと探し回って・・・。


「何だよ?拗ねてんの。やっぱ来て欲しかった?」

急に黙った僕を、からかうように和泉が覗き込んだ。

「ん・・・それもあるけど、和泉もちゃんと先生の言い付け守るんだなって」

反対にニヤッと笑って返すと、途端に和泉の頬が膨れた。

「守るってわけじゃないけど!・・・あんなふうな言い方されたら、行けないだろ。
まるでおれが邪魔みたいにさ・・・」

「あははっ、邪魔だなんて思ってないよ。先生にはわかっているんだよ。
和泉がいると僕が大人しく寝ていないって」

ここでも、子供のように頬を膨らます和泉に原点を見る思いがした。


本条志信 教職・指導部としての原点・・・其処にいる、本条和泉。


ほんの少し出来た沈黙を他愛ない問い掛けで計ってみる。

「ねぇ、先生は僕たちが友達だってこと、いつから知っていたのかな」

「さあね・・・兄貴からすればクラスメイトはみんな友達だからな」

そっけなく答える和泉は、もう普通に戻っていた。

「それもそうだね。・・・あっ、そうだ、僕は明後日には寮に帰れるよ」

「本当!?聡が勝手に思い込んでるだけじゃないの」

今度は和泉がニヤリと笑って、僕をからかう。

「もう酷いよ、和泉!ちゃんと川上先生が言ってくれたんだから」

そんなふうにふざけ合っていたら、開け放たれたドアに人の気配を感じて僕と和泉は同時に視線を向けた。



「先客がいるのか。・・・聡、元気そうだな」

「渡瀬。三浦も来てくれたんだね」

渡瀬と三浦が立っていた。渡瀬はちらっと和泉に目をやると、やっぱり後はほとんど無視状態だった。

三浦は渡瀬とは反対に、和泉に話しかけた。もっとも三浦のそれは半分挑発気味だった。

「おっ、本条!昨日はお疲れさん。せっかくの交流試合だったのに、途中で俺たち帰って悪かったな」

渡瀬と三浦どちらにしても、僕から見ていてもあまり感じ良いものではなかった。

和泉には、尚更の様子だったに違いない。。

「別に・・・結果的に1勝1敗、五分五分ってとこでしょ」

「へぇっ!五分五分ね!?もう一回やんなきゃわかんねぇか・・・本条?」

昨日の試合の雰囲気を、そのまま病室で再現しているような二人だった。


三浦の挑発を止めさせるよう渡瀬に目で促したものの、渡瀬は三浦たちには全く関知せず話を始めた。

「朝倉は寮に帰ったらしいな。二階に寄ったけど、いなかったよ」

「えっ、もう!?早いね。でも、良かった・・・」

「手指だけだからな。怪我からすれば、先生の方が何倍もひどかったな。
後はメンタルな問題だけど・・・まぁ川上先生のカウンセリングだから、大丈夫だろ」


「朝倉?・・・怪我?」

それまで三浦に注意の向いていた和泉が、渡瀬と僕の間に割って入ってきた。

朝倉のことは和泉が知らないのは当然のことで、しかしすぐに説明出来るというようなものでもなかった。

和泉の拗ねたような表情が、また三浦の的になった。

「本条には関係ねえ話だって。あー・・・怪我は関係あるかな。お前の兄貴だからな」

「和泉、君と先生が帰った後、ちょっといろいろあって・・・。
簡単に話せることじゃないから、寮に戻ったら聞いてもらおうと思ってたんだ」

三浦の言葉に被せるように和泉に話した。

何とかタイミングが間に合ったようで、和泉は一旦三浦を睨みつけたもののすぐ僕の方に視線を戻した。

「聡・・・」

「だけど怪我のことは言っておいたほうがいいね。・・・手のひらを切っているんだ。
和泉、僕たちの話を聞くより、ちゃんと会って自分の目で確かめたほうがいいよ」

「そうかな・・・」

「そうだよ。それに・・・先生からも話してくれるかも知れないだろ」

和泉は納得してくれたのか、軽く首を縦に振った。

「ん・・・じゃあ聡、おれ帰るね」

ドアに向かって歩く和泉の背中に声を掛ける。

「和泉、明日も待ってるから」

背を向けたまま和泉が問い返す。

「・・・明後日はどうする?」

「もちろん、迎えに来てくれるんだろ」

ゆっくり・・・

振り返って笑顔と共にいつものお決まりの仕草。


―和泉が親指を立ててウインクをする―


「本条!お前、弟なら兄貴の花の世話くらい手伝ってやれよ!」

「あれは兄貴の趣味だ。おれには関係ないね」

和泉は、最後は三浦の挑発には乗らなかった。

フンと薄笑いを浮かべて、部屋を出て行った。


「バスケの時と変わんねぇな、生意気な奴だ」

「もう・・・三浦が悪いよ」

「聡の言う通りだ。いちいち相手にするからだ」

「・・・渡瀬も悪いよ」

僕の怒ったような口調に、二人とも自覚はあるのだろう。

ややバツの悪い顔で、お互いの顔を見合わせていた。


和泉が帰ってしまっても僕が口を噤んでいるものだから、三浦がギクシャクした雰囲気を仕切り直そうと話を切り出した。

「そんなに怒んなよ、聡。ところで・・・」

話し出した途端、ひょっこり覗いた顔に三浦の声のトーンが一気に下がった。


「やぁ、渡瀬と三浦も来てるの。聡君は、どうだい?」


和泉とほぼすれ違いのように、本条先生が入って来た。

「先生!たった今迄、和泉もいたんです。途中で会いませんでしたか?」

「和泉?いや、会わなかったけど」

「おかしいな、ほとんどすれ違いなのに・・・」

怪訝な顔をする僕と先生を前に、渡瀬が言葉を挟んだ。

「先生はどちらから入って来られましたか?」

「裏口からだけど」

「だそうだ、聡」

無表情に僕を見る渡瀬と、腕組みをしながら視線を逸らして壁にもたれている三浦。

「先生・・・」

「ああ、表玄関と裏口じゃ、そりゃ会わないよね」

先生の声だけが、やけに明るく響いた。



「あの・・・和泉に先生の怪我のこと言っておきましたから。怪我した理由までは話していませんけど」

「そうかい、和泉は心配してたみたいだった?」

余計なことと咎められるかと思ったが、先生はあまり気にしていないようだった。

むしろ和泉の心配を期待しているような口振りだった。

「はい。話した後、すぐ帰りましたから。先生の携帯に連絡が行くと思います」

「ふうん、そう。それじゃ、聡君も元気そうだし、ここじゃ携帯が使えないから・・・渡瀬、先に宿舎に帰ってるから」

それまでの無表情な渡瀬の顔が、あきらかに変わる。

「・・・先にって、どういうことですか?」

「消毒と包帯交換。当分毎日頼むよって言っただろ」

「先生、宿舎で手当てしなくても此処は医務室です」

「わかってるよ。でも川上先生がいるだろ、苦手なんだ」

それで裏口から・・・。

いままでもあまり医務室に行きたがらない様子だったけれど、その理由をあっさり先生は口にした。

あまりの子供じみた理由に、渡瀬は呆れたように先生を見た。

三浦は和泉の時の渡瀬のように、腕組みをしたまま壁にもたれて無視を決め込んでいた。

・・・が、それも長くは続かなかった。

「ああそうだ、三浦。谷口が花屋で待ってるよ」

「・・・何で谷口が花屋にいるんです?」

「何でって、僕は水が使えないじゃないか。谷口が表に出す花束と、ガラスケースの花を補充してくれているんだ」

包帯に巻かれた手を上げて見せながら、まるで共同作業のように先生は話した。

「俺たちは受験を控えていて、忙しいんですよ!先生、弟がいるんじゃないですか!
俺たちより、弟に言えばどうです!?」

野外バラ園の後片付けを夜中までかかって、翌日にまた駆り出されてと、さすがに三浦も黙ってはいなかった。

ましてや弟の存在を知れば尚更だった。

「忙しい?退屈って言ってなかったかい?和泉はいくら言っても手伝ってくれないんだ、花なんか興味ないって。
君たちみたいに聞き分けが良かったらいいんだけど」

少年のような笑顔の先生を前に、渡瀬はすでに諦めているようだった。小さく呟く声が洩れた。

「退屈・・・いつの話だ・・・」


「俺たちだって!!花なんか!!興味ありま・・・」

三浦がひとり気色ばんで声を張り上げたところに、携帯の着信音が鳴った。


〜♪♪〜♭〜♪.〜♪♪〜


「三浦のスボンのポケットから鳴ってる。院内では切っておかなきゃダメじゃないか」

「・・・すみません。・・・谷口からだ」

これは尤もな注意なので、言い訳は出来ない。一瞬で三浦は勢いを削がれてしまった。

「だから待ってるって言ったろ」

「くそっ!」

他人事のように先生に急かされて、三浦は谷口のいる花屋に向かった。

「それじゃ僕も行くから。聡君は大丈夫だね。渡瀬は後で頼んだよ」

それだけ言うと、先生も三浦に続いて病室を出て行った。



急に静かになった病室で、ついホッとして渡瀬に要らない言葉を掛けてしまった。

「何だか先生が来ると、慌しくなるね」


「・・・それでも俺たちが悪いか?聡」


昨日と同じくらい不機嫌な顔を向けた渡瀬に、もう何も言えなかった。




12歳 桜が吹雪く校庭で

真新しい制服の紺色も鮮やかに

高鳴る胸の鼓動と輝く瞳

僕たちは出会ったね

それから幾歳月の春夏秋冬を

共に過ごしただろう


健やかなときも 病めるときも

僕の友達






翌日―。

授業を終えた和泉が、さっそく来てくれる。

「聡、具合は?」

「退屈」

ひと言をひと言で返す。

和泉はちぇっ、と苦笑うと、真顔に戻って尋ねた。

「・・・今日は、三年の連中は来ないのか?」

「渡瀬たち?来ないよ。三年生は受験で忙しいからね。和泉の方こそ、先生に会った?」

「ああ、怪我のこと・・・。電話したら元気そうだったし、たいしたことないって言うから。
怪我の理由とかさ・・・あまりそう言うこと聞いても、兄貴は話さないんだ」

「あ・・そうなんだ・・・」

「生徒のプライバシーに関わる部分が多いだろ」

弟でも立ち入れない場所。昨日は三浦の挑発にカッとなったものの、和泉はちゃんとそれをわきまえていた。

簡単には話してもらえないことを、一番知っていたのは和泉だった。

「・・・ごめんね、和泉。でも、僕の話は聞いてよ」

「うん」

嬉しそうに頷く和泉の笑顔は、先生と兄弟であることを証明するほどに似ていた。

「あれから・・・医務室のベッドで寝てたんだけど、何だか不安になって・・・。また和泉に会いたくなったんだ」

「おれに?」

きょとんと和泉の目が見開いた。

そうだよ、と言うつもりが言葉に出なくて、でも和泉の見開いた目が照れたように細まって、お互いの気持ちが通じ合った瞬間。

きっと僕も和泉と同じ顔をしているんだろう。

「でね、抜け出しちゃったんだ。寮に行く途中で、渡瀬に出会って連れ戻された。
その時にね、
もう一人同じように病室を抜け出した生徒がいて、先生はその生徒を保護した時に怪我したんだよ」

「ふうん・・・まあ兄貴はいつものことだからいいんだけど。
・・・聡ってしっかりしているようで、
時々子供みたいなとこがあるもんな」

「和泉に言われたくないよ!」

「あーっ、酷でぇ!聡もおれのこと、そんなふうに思ってたんだ!
我慢できなくて抜け出すなん
て、まんま子供じゃん!」

「そうだね・・・川上先生に叱られた」

「当たり前だろ。兄貴でなくて良かったな」

差し障り無い程度に話をしながら、和泉にももうそれほどこだわりはないようだった。

それより
も和泉の何気ない言葉に、思わず引っ掛かってしまった。

「えっ・・・どうして?」

ふと、流苛や朝倉のことが思い浮かんだ。

お尻を叩かれなくて良かったってことかな・・・。

「尻、叩かれるとこだ」

やっぱり・・・。

「差し棒でバシッ!何てね。兄貴に限ったことじゃないけど、うちの学校はそうだろ。
聡は優等
生だから、叩かれたことないだろうけどさ」

ないどころか、お尻を叩かれながら泣き喚いた。

それも差し棒なんかじゃなくて、それこそ流苛
と同じ・・・先生の膝に乗せられて・・・。

中等部のそれも一年生と同じだなんて、言えないよ・・・そんなこと。

恥ずかしさから自然顔は俯きながらも、目は上目遣いに和泉を見た。

「何赤くなってんだよ。大抵みんな一度や二度くらい、叩かれてるぜ!
どうせおれは聡みたいに
優等生じゃないからさっ!」

和泉は自分のことと、勘違いしたようだった。

朝倉のことよりもこっちの方が、何だかとても気が引けてしまった。




校舎を取り囲む樹木は絶えず青々と茂り

校庭に溢れる花々の香り

同じ学び舎校庭の 時を過ごしてきた君と

共に一年のブランクを笑顔で


―君の隣かぁ、よろしく―


僕たちは出会ったね


健やかなときも 病めるときも

僕の友達




明くる日は迎えの和泉を待って、予定通り寮に帰った。







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